#3239/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/ 1 0:47 (200)
卒業 −−奥原丈巳の挨拶−− 4 永山
★内容
しかし、またも返事がない。念のため、ノブをがちゃつかせると鍵がかかっ
ている手応え。
「くそ、時期が悪いな。今頃はたいてい、大学は休みだからな。よほどでない
限り、下宿にとどまってる奴はいないかもしれない」
悪態をついてから、それでも他の部屋にも当たってみた。
状況は最悪だと分かった。十ある部屋のどこも、人がいない。電話を借りら
れないというレベルではなく、事件の捜査に間違いなく支障をきたすであろう、
悪い事態だ。
「しょうがない。大学までの道を行ってみよう。いくら何でも、電話があるは
ずだ」
初っぱなから手間取り、内心では焦っていた奥原。だから、公衆電話を見つ
けたときは、それだけでほっとしてしまった。
* *
玉置さん。どこからのファックスだと怪訝に思ったかもしれないが、こちら
は奥原だ。推理研の部員の中で、ファクシミリを持っているのは君しか知らな
いから、送らせてもらう。
断っておくが、原稿を書いたんじゃない。ちょっとしたトラブルに巻き込ま
れ、予定が狂うかもしれないから、報告しておこうと思う。
混乱して、何から始めていいか、まとまりのついていないのが正直なところ
だ。
自分が北海道に来るのは二度目だが、再び事件が起こるとは、想像だにしな
かった。殺人事件だ。どれほどそちらに報道されているのか知らないが、事件
の概要と共に、現時点で自分がつかんでいる情報について記し、ホテルのファ
クシミリを使って送ることにする。
自分は空港で中井佳寿美という女の子と知り合った。今年の春から短大に通
うそうだ。詳しいいきさつは省くが、同じホテルに泊まるということもあって、
一緒に札幌を回るという話になった。もっとも、中井さんには観光の他に高校
のときの一年先輩−−宗像恭一郎というHS大学の学生だ−−を訪ねたいとい
う希望があって、一番最初にそこへ向かった。
その下宿の宗像の部屋で、俺達は遺体を見つけた。死んでいたのは宗像恭一
郎本人で、死因は絞殺だった。他に腹部に刺し傷あり。とりあえず、警察に通
報したところ、いくらか質問された。俺の方はほどなく放免となったが、中井
さんは時間がかかった。と言うのも、彼女は宗像の恋人らしい。宗像に新しい
彼女ができたとかで疎遠になっていたのが、今年に入って宗像の方が積極的に
連絡してきたということだ。それに応じて北海道に来たところ、中井さんは事
件に巻き込まれた訳で、それを知った警察に疑われるのも、ある意味でやむを
得ない。この点、俺がアリバイ証言したことで、中井さんへの容疑は薄れたら
しかった。
そのあと、警察から聞けた情報では、宗像の死亡推定時刻は大雑把に言って、
昨日−−三月七日の午後十時〜八日の午前二時だという。何故、これほどまで
に幅があるかと言えば、現場である部屋には暖房がかかっておらず、冷え切っ
ていたせいらしい。血糊および遺体の状態から、犯行現場が宗像の部屋である
のは確実だ。凶器は絞殺に使われた物も、刺し傷の方も不明。目撃者について
も、宗像の入っていた下宿の他の住人は皆学生で、大学が休みに入るこの時期、
帰省等で全員が留守にしていたため望み薄らしい。
なお、警察が来るまでの間、俺は現場でいくらか勝手に調べてみた。例えば、
電話のリダイヤルボタンを押してみたんだが、何故か気象情報の一七七につな
がった。宗像は、恋人が来る日の天気を気にしていたのだろう。
また、留守番電話の内容も聞いてみた。二件あった。一つは、宗像のアルバ
イト先のファーストフード店から、出てくるように言ってきたもの。もう一つ
は、木林勝馬という男からで、「連絡がないけれどどうしたんですか」という
意味のことが入っていた。この木林は宗像の後輩で、中井とは同級生だったそ
うだ。部も同じで、今度の中井の北海道行きに関して、何かと気にしてくれて
いたらしい。木林は元々、中井に同行したがっていたそうだが、バイトとか免
許取得とかで無理になったということだ。だから、木林が来ていれば多分、俺
は事件に関わっていなかっただろう。
さらに、アドレス帳を見つけたので、可能な限りメモをした。女性問題が絡
んでいそうなので、主に女性の名前を書き留めた。今のところ、役立つかどう
か分からないが。
それから、中井さん自身から聞いた話だが、宗像は高校のときは陸上部、中
井さんは部のマネージャーをやっていたそうだ。
現在、俺達は一応、自由の身だ。外部への電話は自由、出かけるのも自由だ
が、その際は尾行が着く場合もあると言われた。
以上のようなところが現状だ。情報が少ないかもしれないが、もし何か気づ
いた点があったら言ってくれ。自分は事件の渦中にいるせいか、さっぱりだめ
だ。北海道まで来て、また殺人事件に巻き込まれたことで、精神的に参ってし
まったのかもしれない。
そちらから発信するときは、(011)***−****までファクシミリ
を頼む。ホテルで受け取ることができるようになっている。
これからも分かったことは、ファクシミリなり電話なりで伝える。勝手な言
い種になるが、なるべく、家を空けないでほしい。
奥原さん、ファクシミリ、受け取りました。
大変なことに巻き込まれたようですが、大丈夫でしょうか? 私が言うとお
かしいかもしれませんが、深入りして危険が及ぶようなことのないように、ご
自重ください。
事件について、こちらではさほど大きくは報道されていません。それでも、
被害者の宗像恭一郎がこちらの出身のため、小さい扱いながら、何度かテレビ
のニュースで流れました。ただし、情報としては、奥原さんからいただいた以
上の物はありません。
気づいた点について。中井という女性のアリバイですが、本当の犯行時刻に
はアリバイが成立しているのは確かなのですか? 奥原さんが証言できるのは、
三月八日の午前十時頃以降だと思うのですが。
被害者の刺し傷は、生きている内に刺されたものですか、それとも死後に付
けられたのでしょうか。
以上、取り急ぎ。
玉置三枝子より
追記.次回送信分より、推理研の全員で応対できることと思います。
忙しい中、返信をありがとう。充分、精神的に助けられる思いだ。
質問に答えておこう。
中井さんのアリバイは成立している。三月七日は東京にいたと判明した。一
部、身内のみの証言で支えられているところもあるが、問題ない。
被害者・宗像の刺し傷は、生きている内にできたものだということだ。宗像
は、刃物状の凶器を間に、犯人ともみ合いになり、刺されてしまった。犯人は
宗像を完全に殺そうと、紐状の凶器で絞殺した……こういう風に推測できるが、
どうだろう。
一つ、周辺で変化があった。と言っても、事件に関係ないのだが、この間言
っていた木林勝馬が急遽、北海道に来た。事件を知り、中井のことが心配でた
まらなくなったようだ。バイトや免許を放り出してくるとは、よほどだ。髪型
も死んだ宗像とそっくりの長髪で、多分、中井に気に入られたくて真似ている
のだろう。
こう書くと、木林にも宗像を殺す動機があると考えるだろうな。俺も考えた。
それとなしにアリバイを尋ねてみたら、三月七日と八日は運転免許のための講
習とバイトをしていたという。これは俺が裏を取った訳じゃないが、警察が調
べればすぐに分かることだ。真実だと捉えて、まず間違いあるまい。木林も犯
人ではない。
警察の捜査では、宗像がこちらに来てから親しくなったと見られる女性三人
が、容疑の対象となっている。
一人目は新山英子。私立のF大に通う学生で、地元の出身。宗像とはコンパ
で知り合ったという。写真は見せてもらえなかったが、刑事の口ぶりからして、
かなり遊んでいるようだ。多少、茶髪に対する偏見も混じっているようだが。
二人目は藤村美代。演劇の専門学校生で、親元を離れて独り暮らし。宗像と
知り合ったのはアルバイト先のファーストフード店だそうで、今でもこのアル
バイトは続けているとのこと。こちらの方は物静かで冷たい感じの女らしい。
以上の二人は、宗像と付き合っていたらしいことに加え、犯行があったとさ
れる時刻にアリバイがないため、疑われている。
もう一人は、榊奈津江。この女性は、宗像のアドレス帳に載っていた中で、
ただ一人、今もってその所在が分からないため、怪しまれている。住所は判明
しているのでその近辺での聞き込みの結果、宗像と同じHS大の学生とだけ分
かっている。姿が見えなくなったのは、三月四日の午後からだという。
これぐらいだろうか。何か書き足りない気もするが、特に思い出せない。
中井さんは木林が現れたことで、少し元気を取り戻したようだ。高校を卒業
したばかりの二人を連れて、俺は引率のにいちゃん状態だ。木林は、バイトも
免許も放り出してくるだけあって、中井さんに優しくする。中井さんの方は宗
像への気持ちがまだ強く残っているようで、何も気づいていないようだが。
これは蛇足だった。ただ、木林を見ていると、うまく行ってくれと思う反面、
どこか違和感を覚える。俺から言わせれば、異常なぐらいに優しいのだ。その
仲は多少、ぎくしゃくしていたとは言え、彼氏を亡くしたばかりの女性に接す
るのなら、もう少し引いた態度でいるべきだと思うのだが……俺が齢を取った
証拠だろうか?
状況は理解できましたが、事件の真相となると、さっぱり分かりません。
明確なのは、死亡推定時刻と現場。そしてアリバイのない容疑者が三人いる
といったところでしょうか。
推理研のみんなで考えていたら、新たな疑問が浮かんできました。
状況はどうあれ、犯人は最初に刃物で被害者を刺し、その後、紐状の物で首
を絞めている。ここが不思議です。最初に刃物を使ったなら、とどめも刃物を
使えばいい。凶器が不明ということは、刃物が抜けなくなったという訳でもな
いんですよね。刃物で刺したはいいが、血を見て恐くなり、絞殺に変更したと
いうのも、その後の凶器を冷静に処理している行動とそぐわない気がします。
想像を逞しくすれば、犯人は最初、被害者の立場だったのではないか。こう
考えます。どういうことかと言いますと、宗像に呼ばれて彼の部屋を訪ねた犯
人は、宗像に刃物で襲われます。そしてもみ合いになり、刃物で傷を負ったの
は宗像の方であった。宗像は絶命こそしなかったが、息も絶え絶えの重傷。恐
くなった犯人は、自分を殺そうとした相手を助ける気にもなれず、とどめを刺
そうと決心。だが、刃物は嫌だった。そこでどこから調達したのかは分かりま
せんが、紐状の凶器で宗像を絞殺した−−。こういう模様が浮かんでくるので
すが、奥原さんはどう思われますか。
なお、書き記すまでもありませんが、この推測については、中井さんには伝
えないでください。憧れの先輩が人殺しをしようとしていたなんて、単なる推
測でも聞きたくないことでしょうから。
N大学推理小説研究会一同
報道されたことと思うが、宗像恭一郎を殺した犯人として、藤村美代が逮捕
された。現場に落ちていた髪の毛を盾に締め上げた結果、自供を引き出したら
しい。その毛髪は確かに藤村のらしいが、そんな物は部屋を訪ねたことのある
者だったら落ちていて当たり前だ。なのに藤村は詳細な供述を始めたというか
ら、この女性が事件に関わっているのは当たっていたのだろう。
表面上は事件解決となったが、問題は残っている。藤村の語る話が、少しお
かしいのだ。この話の内容の方は、まだ報道されていないと思う。これから書
くことは中井さんが聞いた話の伝聞だから、外に漏らさないようにしてくれ。
藤村は、宗像に殺されそうになったと言っている。みんなが推測したように、
三月七日の夜、藤村は宗像に呼ばれ、現場である下宿の部屋を訪ねた。しばら
く歓談していたが、午後十一時頃、突如として両刃のナイフで襲われ、抵抗し
たところ、やがて宗像がうめき声を上げて倒れた。恐ろしくなった藤村は、指
紋だけふき取り、あとはそのまま逃走したというのだ。
この供述を信じると、おかしなことになる。死因は絞殺なのに、藤村は首を
絞めてなどいない。殺していないのなら、事件を知って、何故、警察に通報し
なかったかという問いに対して、藤村は「自分が疑われるに決まっていると考
えたから名乗り出られなかった」と語ったらしい。理屈は合う。
無論、言い逃れとも受け取れる。が、それなら正当防衛だけを主張すればい
い。襲われて、正当防衛か過剰防衛かの判断は難しいが、相手を反対に刺して
しまった。それを放置するどころか、指紋を消して逃走したとなると、心証は
よくない。心神耗弱状態にあって逆上したまま、相手を絞め殺したという方が、
まだましだと思う。だから、藤村美代が事実を語っている可能性も充分あると
感じるんだが、どうだろう。
仮に事実だとすれば、傷を負った宗像を絞殺したのは誰か? その犯人は真
夜中の〇時から二時にかけて、現場に来ているはず。ということは、宗像とは
相当親しい間柄ではないか。しかも、現場の状況を見るまでは、絞殺犯は宗像
殺害を実行しようなんて考えていなかっただろう。それなのに、現場状況を見
た途端、あっさりと殺していることになる。かなりの恨みを抱いていたに違い
ない。取りも直さず、犯人は宗像と親しかったということを意味していないか。
とりとめのない内容に終始した。根拠のない推測ばかりで、物的証拠も心的
証拠もどこにもない。ただ、警察ではこのまま藤村を殺人犯としてしまいそう
な気配がある。もう少しでいいから、調べるべきでないかと思うのだ。そのた
めのきっかけが何かほしい。札幌にいられる残された時間は少ないが、気づい
た点があれば、知らせてくれ。
俺がこんなにも熱心なのは、中井さんのためだ。木林の方は、早々に帰りた
がっているのだが、中井さんは、宗像が藤村を殺そうとしたという点に納得で
きないらしく、真相を見極めたいと願っている。彼女のためにも、力を貸して
もらいたい。頼む。
−−続く