AWC ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 16 リーベルG


        
#3213/5495 長編
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ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 16    リーベルG
★内容

                                   16

 リエは立ち上がった。鳥禍は4人を台風の目のように完全に避けて、兵士達だけ
を襲っていた。すでに立っている兵士は一人もいないし、脱出に成功した兵士もい
ないようだった。
 「どうして、あたしを助けたの?」
 「お前を連れて行かれたくないからさ」キキューロはにやりと笑った。「おれは
お前を手に入れたいんだ。こんな奴らに奪われてはたまらんからな」
 リエは銃を拾い上げて、残弾を確かめると、キキューロの胸に向けた。銃の威力
は知っているはずだが、キキューロは恐れる様子も見せなかった。銃弾など防ぐ自
信があるのか、リエが撃たないと確信しているのか。リエにはどちらとも判断がつ
かなかった。
 「なぜ、ここが分かったの?」リエは慎重に訊いた。
 「お前の後をずっと追っていたんだよ、リエ」
 「馴れ馴れしく呼ばないで!」リエは厳しく答えた。
 キキューロはくすくす笑った。後ろに立っているB・Vはにこりともしないで、
物騒な光をたたえた隻眼でリエを見つめていた。
 「もう片づいただろう」キキューロは片手を上げて、何か呪文を唱えた。
 たちまち鳥の大群は、兵士達の身体を食いちぎるのをやめて、空へ飛び立ってい
った。同時にリエが感じていた邪悪な波動も消え去っていく。リエは気付かれない
ように息をついた。
 「どうだ。素晴らしいと思わないか、この魔法は」キキューロは笑いかけた。「
魔法使い協会のせせこましい魔法に比べて、何の制約もないし、力の上限もない。
世界をこの手に掴むことも不可能ではないんだ」
 「助けてもらったことには礼を言うわ、キキューロ」リエはカダロルを助け起こ
した。「でも、あたしたちの邪魔をするなら、あたしだって抵抗するわよ」
 「まあ、誤解するなよ。お前の力のすごさは、さっき見せてもらったよ。たっぷ
りとな」キキューロは楽しそうに言った。「あのネイガーベンの街をぶっ壊したと
きなんか、ほんとにすっきりしたぜ。かねがね、おれはあの強欲な街を燃やしてや
りたかったんだからな」
 キキューロの意図が理解できず、リエは黙って相手を見返した。
 「しばらくは、自由にやるがいい」キキューロは続けた。「ネイガーベンでも、
どこでも身を寄せて、お前の故郷のやつらに捕まらないようにしろ。おれはお前を
手に入れたいが、焦らないことにした。状況が変わったからな」
 「状況?」
 「ネイガーベン都市評議会は、正式にお前達を保護下に置くことを決定した」キ
キューロは、リエにとっては意味がよくわからないことを言ったのに気付いて言い
直した。「つまり、ネイガーベンは魔法使い協会の協力をはねつけた、ということ
だよ。これで状況は変わった。どうせ、明日にでも、ネイガーベンにいる魔法使い
協会所属の魔法使いには退去命令が出されるだろう。それに対して、協会は何も文
句を言うことはできやしない。それは、盟約に明記されたネイガーベンの権利だか
らな。今までは、その権利を行使するような度胸はなかったが、お前のせいで状況
が変わってしまったんだ」
 「それで引き下がるっていうの?」リエは疑惑を露にした。
 「今のところはな。おれとしては、協会とネイガーベンが互いに力を削ぎあって
くれた方が都合がいい。そのためにも、お前はネイガーベンにいた方がいいんだ。
力の均衡が保たれるからな。近辺の小都市もネイガーベンにつくだろう。魔法使い
協会が全てを支配していた時代は終わろうとしているのさ」
 「とってもいいことだわ」リエは少しリラックスした。「一党独裁なんていう政
治形態は、ろくな結果を生み出さないわ。あたしの世界の歴史が証明している通り
ね」
 「お前の言う通りかもな」キキューロは頭を掻いた。「だが、強力な支配者が充
分な力を発揮した場合、分権政治なぞ、かえってその力を妨げるだけだ。魔法使い
協会が今のような権力を握る前、立法院と議会が政治を行っていたことがあった。
どうなったと思う?政治の腐敗が呆れるぐらい進んで、100年で自壊したよ」
 「あんたが、その強力な支配者になろうってわけね」リエは皮肉った。「自分だ
けは腐敗しないって信じてるわけ?」
 「さあな。だが、今よりはましな世界にするつもりだぜ」少なくともキキューロ
は真剣そうだった。「魔法使いだけが権力を握るような世界じゃなくな」
 キキューロが彼なりに、世界を変える理想に燃えているらしいことは、リエにも
よく分かった。魔法使い協会が支配するアンストゥル・セヴァルティを変えていこ
うとするのは、並大抵のことではないはずだ。だが、キキューロは単なる革命家と
呼ぶには、危険すぎる力と頭脳と度胸を兼ね備えた男だった。
 「それにしても、あんたの魔法は残虐すぎない?」リエは周囲に横たわる無惨な
死体を示した。「殺さなくても、追い払うだけでよかったのに」
 「世界を変えようとするときに、一人や二人の命など気にしていられるか」軽蔑
したように鼻を鳴らして、キキューロはリエに指をつきつけた。「おれが灰色の魔
法に身を捧げているのは、荒療治が必要だと分かっているからだ。単純で手っ取り
早く、しかも結果は明確だ」
 「恐怖政治は短命よ」リエは、忠告してやる義理などないのにな、と思いながら
言った。「腐敗政治より始末に悪いわ」
 「言われなくてもわかっているさ。おれが全てを支配するまでの手段に過ぎんさ」
キキューロは空を見上げて、にやりと笑った。「おっと、そろそろパウレンが戻っ
てくるようだ。旧交を暖めたいところだが、こうるさい魔法監視官もいるらしいか
らな。また会おうな。愛してるぜ、リエ」
 リエが怒る間もなく、キキューロはB・Vの手を取って呪文を唱えた。一陣の風
が渦巻き、二人の姿は跡形もなく消えていた。

 「とんでもない奴に愛されたもんだな、リエ」
 カダロルの声が、唖然と立ちつくしていたリエを我に返らせた。リエは振り返っ
て、カダロルの顔に苦痛と笑みが同居しているのを見た。
 「カダロル。大丈夫?」
 「ああ。腕をやられたが、大したことはない」カダロルは傷の手当を、やり直そ
うと座り直した。「何か、包帯のかわりになるようなもの持ってないか?」
 「ちょっと待って」
 リエは近くに倒れていた兵士の戦闘ジャケットを探った。規定通りのポケットに
PMK(ポータブル・メディカル・キット)のケースが入っていた。リエは包帯と
消毒薬を取り出してカダロルに渡した。
 「なんだ、こりゃ?」カダロルはスプレー式の消毒薬を、胡散臭そうに眺めた。
 「消毒の薬よ。貸して」リエはスプレーを取り上げた。「少ししみるわよ」
 「うぉっ!」カダロルは叫んだ。「少しだって?」
 「ごめん。包帯を巻いてあげるからじっとしていて」リエは手早く包帯を巻き始
めた。
 「あいつはとんでもない奴だな」カダロルはおとなしくリエに腕を委ねながら、
そう言った。「あれは、噂にきく灰色の魔法に違いないな。パウレンが言っていた
が、キキューロってやつは禁じられた灰色の魔法に、魂を売ったそうだ。それが、
パウレンをマシャから去らせることにつながったと」
 「まさか……」リエは疲れたように訊いた。「パウレンとキキューロが恋仲だっ
たとか言うんじゃないでしょうね?」
 「そんな噂もあった」
 「……」
 「痛!本人にはっきり聞いたわけじゃないけどな。ところで、あんたの世界から
また兵隊が侵入してきたのは、何が目的なんだ?」
 「わからないわ」リエは首を振った。「ガーディアックと同じ事を考えているん
じゃないといいけど。さあ、これでいいわ。ネイガーベンに戻ったら、ちゃんと医
者に見てもらうのよ」
 「おれだって医者なんだがな」
 親しい波動が近づいてくるのを感じ、リエは空を仰いだ。キキューロの言った通
り、パウレンとティクラムが飛んできた。
 「二人とも無事で良かった」パウレンは穏やかな口調でそう言った。「ここに、
キキューロがいたのか?」
 「ええ」リエは簡単に、キキューロに助けられたことを語った。
 「あの血に飢えたろくでなしめ」パウレンは、地面に転がる死体を見て罵った。
「まあいい。とにかく、ネイガーベンに戻るとしよう。評議会委員たちが何か話が
あるそうだ。どんな話にせよ、食事ぐらい出るだろう。私は腹が減った」
 「食事ぐらい、私がご馳走します」ティクラムが口を出した。「今度こそ、事情
を説明してもらいますよ、パウレン。いいですね?」
 「大丈夫ですよ、パウレン」リエはカダロルを立たせた。「評議会は、あたした
ちを受け入れることに決定したみたいですから」
 「何故知っている?」
 「キキューロが言ってました」
 リエがキキューロの言葉を繰り返すと、パウレンとティクラムは顔を見合わせた。
 「どうして、魔法使い協会の魔法使いが、評議会での決定事項を知っているのか
しら?」ティクラムは疑わしそうな顔でリエを見た。「私だって、まだ知らされて
いないのに」
 「どうやら、評議会委員の中に、マシャと通じている者がいるようだな」パウレ
ンはリエに手を貸した。
 「そんな……」ティクラムは一笑に付そうとしたが、声を途切らせてしまった。
どうやら、指摘されてみると心当たりがあったに違いない。
 リエは別のことを口にした。
 「あたしが、アンストゥル・セヴァルティに来たときは、まだ隠密行動を取ろう
としていました」リエは地面に転がっている統合軍兵士の死体を指さした。「今日
の作戦は、隠密行動とは言えません。付近の住民に見つかることを何とも思ってい
ないみたいです。ネイガーベンの防衛を、急いで強化した方がいいかもしれません
ね」
 「いよいよ、侵略が開始されるというのか?」
 「わかりません。でも、備えておかなければ」
 リエはそう言いながら、火器で武装した地球軍に対して、ネイガーベンがどれだ
け抵抗できるかを考えて、暗い気持ちになった。無益な抵抗をして、出さなくても
いい犠牲者を出すぐらいなら、最初から両手を上げるべきかもしれないのだ。
 パウレンがリエの沈んだ表情の意味に気付かなかったはずはないが、深くは詮索
せず、カダロルを見た。
 「カダロル。飛ぶのは無理のようだな?」
 「すまんが無理だ」
 「ティクラム監視官、私はカダロルを連れて飛ぶ。おぬし、リエを頼めるか?」
 「いいでしょう」ティクラムは渋々答えた。「行き先は?」
 「都市評議会商工会館だな」パウレンは呪文を唱えた。「行くぞ」
 ティクラムも呪文を唱え、その身体は素早く白い飛竜に変化していった。飛竜は
リエに脚につかまるように身振りで促した。リエは恐る恐る、鉤爪の生えた脚をつ
かんだ。
 4人はふわりと宙に舞い上がり、そのままネイガーベンの方向へ向かって飛び去
っていった。長かった一日もようやく終わろうとしていた。



 マシャの定める聖ルディ歴696年ドゥード(4月)4日。この日は、クーベス
大陸最大の都市ネイガーベンにおいて、アンストゥル・セヴァルティの歴史の転機
となるべき複数の事件が発生した日として、人々に記憶されることとなる。その端
は、リエ・ナガセという異世界の女性が望まずして得た魔法の力に発している。地
球世界がアンストゥル・セヴァルティへの侵略を開始する10日前のことである。




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