AWC 医者(2)  みのうら


        
#3188/5495 長編
★タイトル (ARJ     )  96/ 1/26  19:25  (162)
医者(2)  みのうら
★内容
 ざく、ずばっ、どぶどぶどぶ。
 ほらほら、もう目を開けても大丈夫。せっかくの私の腕前を見て欲しかったです
がね。ほら、胃の内壁が見えるでしょう。
 え、水はどこに行くのかって?
 さあ。
 いや、本当に。
 売人は神田川に直接とか言ってたけれど、本当かどうかまでは、ねえ。臭いはし
ないからいいんだけど。
 二階からぶちまけられし黄金水、たった二杯で……いてて、わかったから耳を引
っ張るなよ。
 うちの看護婦、スカトロ系の冗談が嫌いでね。
 仕事しましょう。とりあえず洗浄機にかけます。
 はあ、洗濯機にしか見えない。
 何をかいわんや、ですな。この洗濯機はブランドものですよ。台湾から取り寄せ
たのを新千代田区役所からかっぱらって来たんですから。
 水流は……強にしましょう。時間は五分でね。大丈夫。痛み止めは打っておきま
した。なに、ちょっとしたウバタマ抽出液ですがね。
 ぐわらんぐわらんぐわらん。右回転。
 くわらんくわらんくわらん。左回転。
 ぐわらんぐわらん……以下略。
 さて、軽く脱水しましょう。おや、お客さん、寝ちゃ駄目ですよ。
 いやだねこの人は。白目むいてるよ。うーん、何が効いたのかよくわからんな。
 とにかく水を切ったらそこの台に、そう、そのピンで張り付けて。
 どれ、ほーう、かなり胃壁が荒れてるねえ。ほら、その襞の影が口内炎みたいに
赤く膨れているだろう。こいつを直してやらないことにはね。
 こっち、腸の絨毛の間にも見えるだろう。ルビーみたいに光ってるのが。これを
全部潰してやらにゃあ。
 これくらい多いと、ブラシがいるなあ。少なければ指で押さえて潰しちまうが。
 豚毛の歯ブラシ、使い古しのやつ。そこの棚にあったよね。そう、それでこすっ
ちゃいなさい。
「ひぎゃ」
 おや、意識が戻りましたか。あなた、十分ほど気を失っていましたよ。
 ほう、宇宙空間を飛んでいるような夢を見た。ははは。あなたって人は夢があり
ますねえ。
 ん、どうしたね。血が出た? 適当に拭いておきなさい。なに、拭けない。そう
か……次元的には連続なんだが……。
 ちょっとお客さん、ほら、あれをご覧なさい。
「うあ」
 わははは、簡単に引っかかりましたね。さあ、漏斗はかました。後は水を流し込
めば。
「あああああああああぶげぼが」
 そら、血も流れただろう。続けて。
 ぎしゅがしゅごしゅ。
 ぷつぷちぷち。
 大丈夫、痛くないですからねー。痛くないと思えば。
 ぶちぶちぶち。
 もう少しですからねえ。おや、また寝ちゃったよこの人は。
 都合がいい。例の薬をすり込みなさい。次元手袋、最後の一枚あったね。あれも
新しいのを注文しなければ。
 少したっぷりめにね。そうそうそれくらい。さあ、そのかたっぽ貸しなさい。私
も手伝おう。
 うりゃ。
「び」
 とりゃ。
「ぼ」
 あ、目が痛くなってきた。この薬しみるなあ。
 さ、どんどんやっちゃおう。急がないと涙が出てくる。タマネギ刻んでるようだ。
 ……こんなもんでしょう。ドライヤーかけておいて。あー、目にしみる。苦手だ
なあ、こういのは。
 あー、疲れた。
 ん? あーあ、このお客さんは。人が苦手なのがんばって治療してるってのに。
もう、お客さん、起きてて下さいよ。
 もう終わりですよ、終わり。あれ、なんか酔っぱらってるみたいだな。おーい、
聞こえてますかー!
 そうそう、目をしっかり開けてて下さいよ。もうすぐ終わりですから。
 あ、あ、まだ完全に終わってないって! 開腹したまま歩き回るな! 祈るな!
 土下座するな! 踊るなっつーのに!
 しょうがない。行け、診察椅子・ゐの五十二号!
 がこん。
 そうだ戦え、診察椅子・ゐの五十二号!
 げこん。がー。
 よーし、押さえ込め! おお美枝子くん、内臓内臓。急いで、早く!
 なんでもいいから適当につっこみなさい。次元的には連続なんだから。
 とにかく押さえてしまえ! 安全ピンでも磁石でも瞬間接着剤でもなんでもいい
からくっつけなさい! そこ、盲腸はみだしてるぞ、切ってしまえ。
 ぜえはあ、ぜえはあ。ああ疲れた。手術料ふっかけてやるぞこの馬鹿は。
 ……なに、目を覚まさない? 手間のかかる子だ。椅子を起こしなさい。
 セロテープ。いや、瞼を持ち上げてくっつけるんだよ。そう。目を開けさせて。
カーテン閉めて暗くして。ローソクも。
 はい、あなたはもう私の声しか聞こえません。
 ローソクの灯が見えますね。右、左、右。そうです。
 え? 眼球が動いてないだと。いいんだよそんな事は。何事も形から入るのだ。
様式美という言葉を知らんのか。
 私の声が聞こえますね。聞こえてますね。いいですかあ、
『お客さーん、終点だよー』
 これで本当に覚めちゃうんだから不思議だよなあ我ながら。
 はーい、お疲れさまでした。もう大丈夫。そうですか、食欲が出てきましたか。
それは結構結構。
 受け付けでお金払ってね。場合によっちゃあ各種リースも承ってますが、脊髄液
が後腐れなくていいと思うよ。

 次の方あ、どーぞー。

 おや美枝子くん、次のお客さんは……へえ、珍しいね。今日は。じゃあ、夜の診
察時間まで休憩にしようか。いや、出前もいいが、たまにはどこかで軽く……
 おや。
 どうぞどうぞ。いえいえ、うちは外科だけじゃありません。医療全般、産婦人科
から精神科まで。この季節には多いですから。
 いやあ、みなまでおっしゃらなくてもわかります。こう見えても私、精神科医と
してかなりのキャリアがありますから。長期入院も安心ですよ、解放病棟にしてま
すからね。環境も抜群。窓から千代田新山が望めますから。
 大丈夫大丈夫。あなただけじゃありませんて。
 うちの病棟にはヒットラーやナポレオンどころか革命議会委員が十八人、特殊警
察長官が三人、アメリカ・ヨーロッパ連合査察官が四十五人おりますよ。
 私個人の見解ですがねえ、ストックホルム症候群の延長線上にあるような症状だ
とにらんでます。銀行強盗で人質にされた人間が、生命の安全を図るあまり犯人に
愛情を抱いてしまったというあれ。
 ここだけの話、革命議会委員会は戦前の警察以上に凶悪ですからね。いや、戦前
の警察以上に正直ですから。
 やはり患者には新市民や転入者が多いんですよ。慣れれば天国なのに、順応でき
ないんですかねえ。異常順応だの順応過多だの言う同僚も多いですがね。
 権力者である革命議会と自己を同一視してしまうなどとは、逃避もいいところで
す。そこがまた、新東京らしいとも言えますが。
 なんだね美枝子くん。私は患者にはきちんと病名と状態を告知するのが主義なん
だ。少し黙っててくれたまえ。
 そうそう、特殊警察長官の件なんですけどね。年々増えるのはいいんですが、あ
てがう部下の方は年々減って最近じゃ十四人。長官が部下をを奪い合って大変なん
です。本当にいいタイミングだ。あなた、四人目の特殊警察長官としてぜひ、入院
なさい。ね。
「…………」
 いやいやその重々しい雰囲気、いけすかない態度。本物の特殊警察長官がいるよ
うだ。制服や肩章も凝った作りですね。その手のあなたほどの研究材料もとい、興
味深い患者は久しぶりですよ。
 うーん、それにしてもそっくりだ。思いこみからどんどん姿まで擬態してっちゃ
うんですねえ。この目で見るのは初めてですな。
 すみませんがちょっと写真、よろしいですか?
「長官閣下あーっ! どちらにいらっしゃいますかーっ!」
「閣下ーっ」
 あれ?
 ふん、そうかそうか。これはまた特殊な症例ですな。
 発端は誰にしろ、集団で一つの組織をシミュレートしてしまうとは。うーん、二
十年前の『革命新政府まるごと転覆事件』を思い出しますねえ。大変興味深い。
「あっ、閣下! ご無事でしたか」
「お探ししました!」
 あー君たち、そんなに一度に来られても困る。受け付けで性別、国籍、国民番号
を告げてから一人づつ順番にね。あわてなくても病室は充分あるんだから……
「先生、危ない!」
 なんだね、美枝子くん。私は今、何年に一度もないような素晴らしいケースにぶ

つかっているのだ。邪魔をしないでくれたまえ……

 ちゅどーん。



 …………。
 ……。
 げほ、ごほ、ごほ。
 み、美枝子くん、無事かね。
 いやとんでもない爆発だった。君が注意してくれなければ、このひどい自爆の犠
牲者に名前を連ねるところだった。それにしても、どうせいつか爆発するんだ、い
い時に自爆してくれたなあ。ああ、危険だからそのあたりをほじくらないように。
不発機器が眠っているかもしれん。
 しかし予想より随分早い自爆だった。これはなかなか研究の余地がある。今後の
課題としよう。うーん、しかし本当に本物がやって来るとは……。惜しい。
 いててて。言葉のあやだよ。耳を引っ張るなって。だが、第四秋葉原地下街の命
運もそろそろ尽きたということかな。なんせ特殊警察長官様直々のご視察だからね
え。
 なに、ここは客に事欠く場所じゃない。気にするなよ美枝子くん。それより今の
うちに雲隠れしなければ。目立たないようにな。例の場所で落ち合おう。
 急ぎなさい。捕まるなよー。
 ……さあて、次はどこで開業したもんかなあ。




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