#3187/5495 長編
★タイトル (ARJ ) 96/ 1/26 19:22 (182)
医者(1) みのうら
★内容
次の方あ、どうぞー。
どうしました?
ああ、その前に性別、国籍、国民番号を。いやねえ、うちの看護婦がうるさいも
んですから。
なるほど、第二名古屋市からおいでね。お気の毒に。いや、なにすぐ慣れますよ。
仕事はあります? ほう、まあ妥当な職をお選びで、面白くもない。来年あたり、
うちで高給アルバイト募集しますよ。紹介しましょうか。
え? いらない。それは大変残念です。
で? ほうほう、仕事中に海に落ちて、それ以来どうも外耳炎らしい、と。そり
ゃあそうでしょうなあ。いやいや、外耳炎で済んであなたは大変ラッキーと言わざ
るをえませんな。
新新東京湾沿岸は下水道や原発から垂れ流される汚水でめちゃめちゃですからね。
水は飲みましたか? それは良かった。
国際救助隊? 国連解放軍? いやいや、あんな奴等は人間じゃあありませんよ。
ノーマルな人間なら新東京湾で泳いで、一月と正常でいられるわけはありません。
化け物です。人間以外ですよ。
しかし我が医院の技術をもってすれば新東京湾はもちろん、マリアナ海溝から深
海魚を拾ってきたり、日本海原発銀座の海底から排水パイプを伝って原発内部にお
散歩だってできます。どうです、あなた、実験体第一号に。
そうそうすいません。診察でしたね。
どれどれ、おや、これはすごい。
「あだだだだだだだだだ!」
ほほう、見た所かなり痛そうですな。
随分膿んでますよ。少し切らなければね。
大丈夫。まかせなさい。ここはね、東京、秋葉原ですよ。
麻酔? そんな物はいりませんよ。直接「耳の中に」鉗子をつっこむなんて野蛮
なこともしません。
さて、取り出だしたるはこの鉗子。一見ただの鉗子に見えるでしょう。え、見え
ない。おかしいなあ、ちゃんと鉗子に見えるようにって注文したのに。
とにかくこの鉗子。一見ただの鉗子に見えますが、見ると聞くでは大違い。
なんとこの私自らが設計し、旧JR高架線下のジャンク屋に特別注文で作らせた
スペシャル異次元鉗子!
おやおやお客さん。暴れなくても大丈夫。もちろん暴れても大丈夫ですよ。滅多
なことではその特製診察椅子は壊れませんからね。
それにこの鉗子、まだ納品されてからたったの三時間。自爆まであと二十一時間
は余裕があります。
さあ、観念しなさい。うふふふふ。
ぶつっ。
「ああああああああああ!」
じょき、じょき、じょき。
うふふふふふふうふっふうふうふうふ。おっと、この笑い方は止めるようにと言
われていたんだった。
じょき、じょき。ぴーっ、ぷつ。
「…………」
さても綺麗に切れました。見て下さいよ、この腫れ、この膿み具合。ほっておい
たら頭蓋骨まで腐ってしまったでしょうな。それから来ていただいても嬉しいです
が。私は芸術が大好きでねえ。
おや、お客さん。お客さん、しっかりして下さいよ。耳の中には鉗子、入れなか
ったでしょう。
頭蓋骨も避けましたから、中の皮膚だけを綺麗に切り取れましたよ。
ほら、なんだか羊皮紙みたいでしょう? あなた耳毛が薄いから。でも耳掃除は
きちんとした方がいいですよ。
おお、脈打ってる脈打ってる。
この鉗子で切り放した面と、切り放された面は次元的には連続であるわけで、ね。
血も出てないし痛みもないはずですよ。
さて、ここからが本番。ふふ。
おーい、美枝子くん。物理メス。そう、三次元のやつ。
ええ。他にもソフトウエアメスとか次元メスとか人間メスとかいろいろあります
が。
大丈夫。どれもちゃあんと滅菌消毒してありますからねえ。
さて、ちょっと痛いかも知れませんよー。
「ひいあああああああ! うはあうあああ!」
おお、出てきた出てきた黄色い膿が。美枝子くん、アルコール綿。
いやいやいや、ねっとりとしていて、ほほう、毛細血管まで混じってますな。あ
あこれこそ至福の一瞬。
さあて、全部出た。余分な薄皮も排除したし、おーい、例の奴。
横浜新中華街から回してもらってる生薬を特別にブレンドして煎じたんですよ。
メインはジュウヤクです。
ジュウヤクってあなた、どくだみをばかにしちゃいけませんよ。軽くあぶってほ
っぺのニキビに貼っとけば、一時間で油が出ます。
これ、ちょっといい鉄鍋でしょう。鉄分が溶け出して貧血にも効果あり。なにな
に、鉛なんてこれぽっちも含まれていないはず、です。
箸は竹にかぎりますね。薬用なら本当は象牙がいいんだろうけど重くて。どれ、
ちょうどいい温度だ。あなたの皮膚を洗いますからね。ちょっとしみるかもしれま
せんよー。
「うわあぁうあ?……ふう」
どうです、温泉に入っているみたいでしょう。箸で軽く支えて、こうして泳がす
と一番なんですね。うーん、なんだか湯葉を揚げているみたいな気分。それともし
ゃぶしゃぶかな。あなた、ゴマだれとぽん酢、どっちが好きです?
やだなあ、冗談ですよ。こうして少し、薬液に漬けて置きましょうね。コンロの
火は、自分で加減して下さい。熱めのお風呂くらいにね。
……どうです、いいでしょう。ええ、ええ。わかりますよ。美枝子くんドライヤ
ー。それから例の軟膏。大丈夫、危険な成分はいっさい無し。何と言っても原料は
人間の……、なんだね、うるさいなあ。わかったよ。成分は秘密。でもとてもよく
効きます。
さて、よく乾いた。これをですね、くるくるっと巻いて……耳出して。ぽん、と。
水泳の後みたいに、片足で跳ねてみてください。
大丈夫? 皮、ずれたりしませんね。
そうですか。塗り薬を一応出しておきましょう。普通の副腎皮質ホルモンをたっ
ぷりと。
それでは、はい、終わりましょう。
今日はお風呂に入らないように。
受け付けでお会計済まして下さい。お金がなければ血液でもいいよ。
次の方あ、どうぞー。
どうしました?
ふん、新電気街の? やあ、なんでそんなもの食べたんです。
はあ、まあね。そりゃ『あの』国立救護院で食べるよりは、ましかも知れません
がねえ。なにもヤミ屋台で食べなくっても……。あなた、新入りでしょう? 最近
来たばかりの新市民ですか。そりゃいかん。
で、それ以来、三日も水しか飲んでないと。
それはちょうどいい。切りましょう。
なになに、輸血も麻酔もいりませんよ。ちょっとばかり、切るだけです。
いやいや、縫合が必要になるような切り方はしませんよ。
手術台まで歩いてもらわなくて結構。この椅子は万能です。もちろんお客も逃が
しません。ほら、いい大人が泣かない泣かない。
はーい、リクライニング。はいはい。
万能診察椅子ですからね。海陸空全てOK。全天候対応。現在バージョンアップ
中のは月まで行けます。乾きの海だって沈ますに渡れる予定ですよ。
おっと、恥ずかしがらなくて結構。ここは病院。私は医師。美枝子くん、どうか
ね? そうか、じゃあ胃から小腸までを洗浄するだけで済むな。
彼女は優秀な看護婦でね。彼女のおかげでうちはレントゲンもCTスキャナーも
いりませんよ。きちんとコンピュータに出力もしてくれます。
美枝子くん、次元鉗子。
いやいや、今日は次元メスの調子が悪くてね。大丈夫ですよ。ちゃんと滅菌消毒
してあります。
ぴち。
「ひい」
ぶつっ。
「あああああああああ」
じょき、じょき、じょき。
ほらほら大丈夫、血なんて一滴も出てないでしょう?
シェイクスピアの時代に私の才能があれば、金貸しシャイロックは憎い相手の心
臓の肉きっかり一ポンド、回収出来たのにねえ。残念です。
ちょっと、顎を上げて下さい。めくった皮を胸の上で畳みますから。
自分の腹の裏側を見られるなんて、滅多な体験ではないですよ。ぜひご覧なさい。
どうです? ちょっと黒ずんでいるでしょう。腹黒い奴め、なんちゃって。うふ、
うふ、うふふふふ……。
おっとっと美枝子くん、手術中の医者に暴力をふるうもんじゃありませんよ。手
元が狂うじゃありませんか。
おっと、腸が見えてきた。そっち、引っ張って。そうそう。お、胃まで来た。食
道少し残して切ってしまいなさい。
ずるずる、ずるずる。うーん、いい感じだ。
はい、全部出ました。
いいですねえ。大丈夫、平気平気。空間としてはきちんと連続してます。心臓だ
って見られますよ。見たいですか? いらない。それは残念。
おや、顔色が悪いですねえ。何か、気を落ちつかせるものでも調合しましょう。
そうだ、先月上野で買ってきた「西郷どぶろく」があったでしょう。あれ、**を
加えて……にしたんだった。発酵促進槽から出してきてくれますか?
身体が暖まりますよ。
もちろん、腹がめくれてたって、次元は連続してますから寒くはないはずですけ
れど、ときどき敏感なお客さんはねえ。
え、飲みたくない。なんだかなあ。美味しいのに。
なんだなんだ、美枝子くんまで。そんなに嫌がらなくてもいいのに。ちゃんとブ
ランド物の発酵促進槽だよ。神田明神跡で呪術師やってる友人から、手術代のカタ
に巻き上げたんだから。
さてさて、寄り道してしまった。大丈夫、時間なんていくらでもあります。内臓
は……おお、綺麗に剥がれたな。準備を頼むよ。
さて、お客さん。アンコウって知ってます? そうそう。鍋とかにする、あの魚
のアンコウ。肝が美味しいんですよね。
旧築地市場の限定アンコウ鍋。一度だけ食べたんですが、いやいや、もうこれが
珍味。味もさることながら、こう、目の前で調理してくれたんですよ。いやいや豪
快でね。アンコウをカギに引っかけて吊るしてね、口から水をたくさん流し込む。
で、腹が膨れたら吊るしたままざっくりと切り分ける。すばらしい技術です。
おやおや、また顔色が悪い。大丈夫、ただの水です。飲んだからってなんともあ
りません。私が保証します。
大丈夫、お腹こわしたりしませんよ。ちゃんとあなたの体内温度に合わせてあり
ます。ヤミ屋台で昼食を取る勇気のあった人がなんですか、みっともない。
もう、うるさい人だな。美枝子くん、漏斗かませて。鼻詰まってない?そう、じ
ゃやっちゃって。
水道水ですよ。え? それが嫌だってのか。贅沢な人だ。大丈夫、何かあったら
私が必ず体質改善してあげます。もちろん人体実験でも改造手術でもありませんよ。
単なる体質改善。放射能も宇宙線も平気な身体になれます。便利でしょ。
さて、そろそろいいでしょう。美枝子くん……そうか、次元メスはないんだっけ。
ああそう、処分するはずだった次元包丁。あれ、まだ使えるだろう。持ってきて。
いえね、私は料理も趣味なんですよ。今、細工寿司にはまってまして。あれはな
かなか奥が深い。
大丈夫だって、そう言ってるでしょう。あなたの胃をクラインの壷にしたり、腸
をメビウスの輪にしたりなんてしませんから。
そうすりゃそうしたで、便利なんですがね。いやいや、大丈夫。
ほらほら、暴れないで。水が気管に入りますよ。
さて、ふくらんで来ましたね。こんなもんでしょう。ほら、これが次元柳刃包丁。
無銘ですが、いいものですよ。と言っても自爆装置付きですから、いくら持ちこた
えても二十四時間というのが惜しいとこです。
おや。おーい、美枝子くん。お客さんの汗拭いてあげて。
準備万端、仕上げをご覧じろ、てなもんだ。ああ、包丁の取り扱い気をつけてね。
いつ自爆るかわからないから。
行きますよー。せえの、
そりゃあ。