#3173/5495 長編
★タイトル (RAD ) 95/12/25 0:41 (189)
サンタクロースはヒットマン(2) 悠歩
★内容
「おう、康平。ここだ」
康平が裏道の小さなスナックの扉を開くと、奥のボックス席から倉田が声をかけ
てきた。
営業時間前なので、他に客はいない。
スナックの経営者と倉田は、古くからの知人という事もあり、特別な話がある時
にはこうやって、営業時間前の店を借りていた。
「なんですか? 倉田さんの方から、俺を呼び出すなんて、珍しいっすね」
「まあいいから、座れや」
言われるまま、康平はテーブルを挟んで、倉田と向き合うように席に着いた。
「お前も何か飲むか?」
ウィスキーのグラスを片手に倉田は言った。
「いえ、俺はいいっす」
「そうか」
その会話の後、倉田はむっつりと黙り込み、ウィスキーと臭い外国煙草を交互に
口に運んだ。
康平は倉田が自分を呼びだした理由を、早く知りたいと思ったが、黙りこくった
倉田に、妙に深刻な物を感じて、何も言い出す事が出来なかった。
「実はな………お前に渡す物が有るんだ」
そう言って、倉田は背広の内ポケットから一枚の封筒を出して、テーブルに置い
た。
「これを、俺にですか?」
康平の質問に、倉田はこくりと頷いた。
康平は封筒を取り、中を開けて見た。
封筒の中には、二十枚の一万円札と一枚の写真が入っていた。
「その男を、こいつで………な」
今度は、鞄から取り出した紙包みをテーブルに置きながら、倉田が言った。
その意味を理解出来ないまま、康平はその紙包みを手にとった。
ずしりとした手応え。その手応えに、にわかに不吉なものを感じ、恐る恐る包み
を開ける。
「く…倉田さん、これは」
思わず倉田の顔を見上げる。
紙包みの中から現れたのは、鈍く黒光りする、一丁の拳銃だった。
「言わなくても分かるな?」
そう言った倉田の顔は、康平のこれまでに見たことのない恐ろしいものだった。
それが倉田のヤクザとしての、本当の顔なのかも知れない。
「年内、そうだな………クリスマスまでには、いい知らせを聞きたいな」
倉田は、いつもの優しい顔に戻っていた。
部屋の空気が、痛いほどに冷え切っている事に気づき、康平は電気ストーブのス
イッチを入れた。
指先をストーブで炙る様にして暖め、改めて拳銃を掴みなおした。
ずしりと感じる重量感は、その存在が決して夢では無い事を示している。
断る事は出来ない………出来なかった。
倉田に見放されれば、自分の存在はそれまで以下の物になってしまう様に思えた。
それに断って、倉田が康平をそのままで済ますとは思えない。
どんなに親切そうに見えても、やはり倉田はヤクザなのだから。
「やるしか………ないのか」
呟いた後、少しも暖まっていない部屋に響いた自分の声に、康平は慌てた。
決心は固まり切らなかったが、それでも康平は写真の男のマークを始めた。
倉田から渡された写真の裏に記された男の名前は、高畠修三。それ以外には何も
男について、詳しい資料は無い。
調べてみると知名度は今一つだが、都内でディスカウント・ショップ等を経営す
る、「タカハタ・グループ」のオーナである事が判った。
テレビの刑事ドラマの様な、尾行などという真似を巧く出来るわけが無い。倉田、
或いは倉田の属する組に狙われる様な人物が、康平ごとき素人の尾行を許すとは思
えない。
案の定、高畠の自宅を遠巻きに見張っていると、その周囲には身なりは整えてい
るが、どう見ても倉田の同業者と思しき男たちの姿が有った。
おそらくは、高畠は倉田の組と対立する組の幹部か、或いは商売上のトラブルで
狙われるはめになったのだろう。
それで倉田の舎弟となって日も浅く、高畠に知られていない康平が鉄砲玉として
抜擢された、と言うことらしい。
だとすれば、仕事をした後の康平の立場も怪しい思える。
かと言って、このまま逃げても、倉田が放ってはいないだろう。
「一か八か………高畠を殺って、倉田さんが手柄を認めてくれるのを期待するしか
ないのか?」
康平は尾行では無く、先回りをする形で、高畠の行動を探ることに事にした。
高畠の経営しているディスカウント・ショップは三店舗。他に小さなコーヒーショ
ップなども有る様だが、そちらは捨てて、主だった三店舗に先回りをし、客を装っ
て高畠を待つ。
その結果、おおよそ毎日同じ様なスケジュールで高畠が行動している事が判った。
アパートに戻り、康平はここ数日の高畠の行動を記したメモと、拳銃を見つめ考
え込んだ。
人を殺すという行為に躊躇いを感じ、迷いながらも、いつ何処でやるのが一番い
いのか、検討していた。
クリスマスは、あと一週間に迫っていた。
もう十分にもなるだろうか。
少年はアパートの部屋の前に立ち、ドアを睨み付けるようにしていた。
友達と喧嘩でもしたのだろう。少年の服は、そこかしこ綻びて、顔や手足にはあ
ざが見られた。
ふと思い立ったように、手をあげてはドアノブを掴もうとするが、すぐにやめて
しまう。そんな事を、幾度と無く繰り返している。
−−ガチャ−−
やがてドアは、内側から開けられた。
予想していなかった事態に、少年は一・二歩後ずさりをした。
「どうしたの、康ちゃん」
ドアの向こうから現れた若い女性は、少年の姿を見て驚きの声を上げた。
しゅうしゅうと、やかんが湯気を上げ始めた。
「お湯が沸いたみたい。康ちゃん、ちょっと待っててね」
下着姿の少年を残して、女性は台所へ向かった。
台所で働いている女性、姉の後ろ姿を見ていると、少年の心は不思議と落ち着い
てくる。
姉がただそこに居るだけで、安アパートの一室も、とても豊かな場所として感じ
られた。
「ちょっと我慢となさいね」
やがて姉は、ぬるま湯で満たした洗面器とタオルを持って戻って来た。
そしてタオルをお湯につけ、それを強く絞る。タオルを絞るために力が入る度、
少年は姉の手が傷つくのではないかと、不安になる。
「どうして喧嘩なんてしたの?」
少年の汚れた顔を拭きながら、姉は訊ねてきた。
しかし少年は答えない。答えられない。
「もう喧嘩はしないって、お姉ちゃんと約束したでしょ」
「だってあいら………」
姉の顔が悲しげに曇るのを見て、少年は思わず叫んでしまった。けれども、その
先の言葉は続かない。姉には、姉だけには喧嘩の理由を言う事が出来ない。
「また父さんや母さんの事を言われたの? それとも私のこと?」
「………」
「あのね、父さんや母さんの事で康ちゃんが恥じる事は何もないの。私の事だって
そう。誰に迷惑を掛けているのでもない。もし、そんな事が康ちゃんの喧嘩の原因
になっているなら、お姉ちゃん、とっても悲しいな」
少年の目から涙が溢れ出して来た。傷が痛む事より、喧嘩の悔しさより、姉が悲
しむ事が辛かった。
「お姉ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」
少年は姉にすがりついて泣いた。
「あら、男の子が泣き出したりして、おかしいわ」
そう言いながら、姉は優しく少年を包み込んでくれた。
時計が鳴り出すよりも早く、康平は目が覚めた。
「お姉ちゃん………」
呟いて部屋を見渡す。
そこは夢の中と同じ様な安アパートの一室。いや、姉の居ない分、遥かに冷たい
空間が有るだけだった。
夢の中で見た時間より、どれだけの時が経っただろう。
少年は青年になり、優しかった姉は消えた。代わりに、青年の許には一丁の拳銃
が残されていた。
姉の夢を観た後、康平は決まって不機嫌になる。いつもならそんな日には、なに
もせず一日をだらだろと過ごすところだか、いま康平を包む現実はそれを許さない。
身支度を終えると、康平は足早に部屋を出た。目指すはディスカウントショップ・
タカハタ南葛西店。
九時三十分、ディスカウントショップ・タカハタの開店三十分前、康平は裏口か
ら店の中へ入る。
「おはようございます」
「おう、おはよう、高田くん。今日もよろしく頼むよ」
若い店長が溌剌した調子で言った。その明るさは、店長が根っからの客商売向き
な性格で有る事を思わせる。
康平は三日ほど前から偽名を使って、この店でアルバイトをしていた。
高畠は毎日必ず、自分の経営する店をその目で見てまわる。普段は厳つい男たち
に警護されている高畠だが、客の前に現れる時には、男たちを遠ざける。
この三日間、南葛西店には午後一時半に現れ、三十分程店の様子を見た後、事務
所できっかり一時間、店長らと打ち合わせをしている。
警護の男たちが高畠から離れるのは、彼が店に立つ三十分。この時が、高畠を狙
う最大のチャンスであると、康平は判断していた。
ロッカールームに入ると、既に何人かのアルバイトが来ていた。着替え終わった
者たちは、それぞれ煙草を吸ったり、コーヒーを飲みながら仕事が始まるまでの時
間を潰している。
皆が着ているのは赤い服に、赤いズボン。そして赤い帽子。
康平を含めた彼らは、クリスマスセールの期間、サンタクロースとして来店した
客たちにサービスをするため雇われたアルバイトだった。
着替えの際、康平は周りの者たちの目を気にしながら、拳銃をサンタクロースの
衣装の下に隠した。少しだぶついたサイズの衣装なので、外から見て判る心配は無
い。多少の不安を感じながら、康平はそう納得した。
まるでパチンコ屋の様な音量で、店内から響きわたるクリスマスソング。青果市
場の様に威勢のいい店員たち。
ディスカウントショップ・タカハタは、徹底した薄利多売で急成長した会社であ
る。その為か、上品に高級感を醸し出すなどと云う販売方針は微塵も持ち合わせな
い。何よりも勢いが重視されていた。
より商品の安さを強調する勢い、客の財布の紐を緩ませる勢い。
それらの喧騒を背に、康平たちアルバイトは道行く人々へチラシと一口サイズの
チョコレートを配っていた。
ただチラシだけならば受け取る人も少ないが、何か安価な物でも品物を付ける事
で、受け取る人の数は急激に増える。
ましてや、チョコレートなどの菓子類を付けると、子どものために一人で二つも
三つも持っていく母親も珍しくない。
母親に包みを開けてもらい、チョコレートを頬張る子ども。他の人間から見れば、
「微笑ましい」光景なのかも知れない。だが、康平にはそんな光景が、非常に腹た
だしく見えた。
今、自分の置かれた状況から来る苛立ちもある。しかしそれとは無関係に、昔か
ら康平は他人の些細な幸せを不愉快に感じていた。皆、どこかで人を踏みにじりな
がら生きているくせに、自分だけは幸せそうな顔をして生きている。そんな思いを
持っていた。
そんな内心の苛立ちや緊張を隠しながら仕事を続けていくうちに、時刻は午後一
時を過ぎた。
「高田くん、山内くん、それと大野くんに………」
店長が康平ら、アルバイト数名の名を呼んだ。
「じゃ、食事休憩、行って」
先に食事休憩を取っていた連中が戻って来たのだ。