#3170/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/12/24 21:23 (182)
クリスマス×イブ 1 永山
★内容
約束した時刻を、もう三時間も過ぎてしまった。
一時間経ったとき、彼の自宅に電話を入れた。「ついさっき、出かけました
よ」という返事があった。だから、何か理由があって、遅れたんだなと思うこ
とができた。
二時間経ったとき、もう一度、電話してみた。誰も出ない。十二月二十四日、
家で大人しくしている人は少ないということだろう。
そしてとうとう、今に至っている。持ち合わせのテレカ全部を、ずっと握っ
ていたけれど、もう電話する気になれない。
もたれかかった大きな柱。その死角から私の視界の中へと人影が入る度に、
はっと顔を上げる。彼ではないと分かって、前方斜め下へとうつむく。ずっと、
この繰り返し。
「すっぽかされたのかな……」
待ち合わせの時刻を過ぎたときから、段々と心の中を占めつつあった思いを、
口に出してみる。途端、目頭が熱くなってきた。
いけない、泣いちゃう。こらえようとしたけれど、こらえられそうもない。
胸の前で抱いていた包みから、片手を放し、親指の付け根よりちょっと下で、
目を押さえる。濡れているのが分かった。
急に、寒さを感じてきてしまう。制服の上から一枚コートを羽織ったぐらい
では、少し厳しい。鼻をすすったら、一旦は収まりそうだった涙が、また出て
きた。さっきとは違う手で、目をこする。
だけど、もう間に合わない。手のひらでは受け止められないぐらい、涙が溢
れ出していた。
手を下ろした。両手で紙の包みをぎゅっと強く抱きしめる。ぽろぽろと粒に
なってこぼれる涙。涙で濡れた跡が風にさらされると、とても冷たく感じられ
た。
「どうしたの?」
突然、声をかけられた。男の子の声だが、不愉快なぐらい甲高い。閉じかけ
ていた目を見開くと、男ばかり四人のグループが、私を取り囲むようにしてい
た。みんな、私と同じ高校生みたいだけど、私服だからどこの高校かは分から
ない。
「こんな日に泣いてるなんて、ただごとじゃないよねえ」
言って、意味のない笑い声を上げる。耳を覆いたくなった。でも、両手はふ
さがっている。ただ、黙ってやり過ごそう。
「何、無視してるんだよ」
別の一人が、少し、顔を近づけてきた。
「言わなくったってなあ、分かってるんだぜ。さっきから見てたもんな。待ち
合わせしていたのに、男の方が来ないんだろう?」
歯を覗かせて、きししと音が聞こえそうな笑みを浮かべている。
「ふられたんだよ。きっぱりとあきらめて、俺達について来いよ。その方がず
っと面白いって」
「ち、違うったら!」
反応してはだめだと思いながら、遂に声を出してしまった。
「へえ、何が違うって?」
案の定、最初の人が、からかうような調子で絡んできた。
「さあ、言ってみなよ」
私はまた黙った。早く、どこかに行ってほしい。
「何も言えないよねえ。どう考えたって、ふられたんだもんな」
「分かるもんですか! きっと来るわ」
また口答えしてしまった。彼のことを悪く言われるせいもあるけど、とにか
く悔しい。言い返さずにおられない。
「来ねえよっ! いいから、黙ってついてくればいいんだよ、おら」
四人の中でも一番短気そうなのが、手を伸ばしてきた。私はびくっとして、
ついで、目をつぶった。全身が緊張で堅くなり、動かなくなったのがよく分か
った。
そのとき−−。
「ああ! 遅くなってごめん!」
頭の上から、大きな声、優しげな声が降ってきた。私が待っていた彼の声じ
ゃない。
目を開け、心持ち見上げる。薄い色のサングラスをかけた、背の高い男の人
が、四人組の向こうに立っているのが目に入った。
明らかに私より年上。黒を基調にしたその服装のせいもあってかしら、何だ
か、恐そう……。そういう印象だったから、私はすぐ、この人も四人組の仲間
なんだと思い込んだ。
だけど、次の瞬間には、その想像が間違っていたと知らされた。
「何だ、おまえ」
短気そうなのが言った。
「僕は彼女に用があって、ここに来た。君らこそ何だね?」
サングラスの人は、当たり前のように、そんな台詞を口にした。
「おまえが彼氏って訳か。ふん、遅れやがったくせに、でかい顔するなよ」
「遅れたはずはない。僕と彼女は、今年の十二月二十四日、ここで待ち合わせ
しようとだけ約束していたんだ。日付が変わらない限り、大丈夫だろ?」
そうしてサングラスの人は、ふふっという風に口元で笑った。
「さあ、君らの方は、彼女にどんな用があるんだい? もしも、彼女がふられ
たと思い込み、慰めてくれようとしていたのだったら、お役御免だ。この通り、
僕は来た」
「……」
サングラスの人の演説口調に、四人組は圧倒されたようだ。無口になって、
互いに顔を見合わせている。やがて、
「けっ、ふざけやがって! ちゃんとつないでいやがれ!」
とかどうとか、口汚く罵りながら、去って行った。
「−−やっと行ったか」
時間がかかったなという感じで、サングラスの人は言った。そして、きょろ
きょろしたかと思うと、あるところで止まった。見れば、どうやら、電光掲示
の時計で時刻を確認したらしい。現在、四時十分。
その視線が、不意に私の方を向いた。
「あ、あの、ありがとうございます」
慌てた頭を下げる。胸の前で、紙の包みがかさかさと音を立てた。
「軽々しく、お礼なんて口にするものじゃない。もし、僕が二匹目のハイエナ
だったらどうするつもりだい」
「えっ−−」
「冗談だよ」
私の身の引き方が大げさだったせいか、サングラスの人は微笑した。サング
ラスの奥の目つきも、随分、穏やかになったように見える。
「それで、本当に彼氏、来ないのかな?」
「は、はい」
「お節介だろうけど、何時間ぐらい待っているのか、教えてほしい」
「三時間……」
私の答に、男の人は驚いたような表情になった。
「それは凄い! この寒空の下、周りを行き交うのはほとんどカップルだとい
うのに、よく辛抱できるもんだ」
「……」
顔が赤くなるのを感じた。
「じゃ、僕はこれで。君も、早く帰った方がいいと思うな。ボーイフレンドの
ことをどのぐらい思っているのか分からないが、君自身が風邪でもひいたら、
ことだ」
「あ、あの、待って」
きびすを返し、どこかへ行こうと足を踏み出さんばかりのサングラスの人を、
私は呼び止めていた。勝手に、口が動いていた。
「何か用でも?」
「……そ、その……。一人で帰っていて、さっきの連中に見つかったら、また
絡まれる。嘘だったんだなって。だから……」
私は思い付きを口にした。結構、その思い付き自体、当たっているかもしれ
ないけれど、今はとにかく、この人を引き留めたかった。
「−−なるほど。それじゃあ……格好だけでも、デートしてみますか」
サングラスの人は言いながら、やれやれという風に肩をすくめた。
「彼とどんな予定を立てていたのか知らないが、とりあえず、喫茶店にでも入
ろう。まず、身体を暖めないとね」
そうして、私達は手近の喫茶店に入った。ケーキ専門の店構えで、クリスマ
ス風の飾り付けが凝っていた。
すぐに駆けつけたウェイトレスに、大きなメニューをもらう。大きなメニュ
ーで、様々なケーキが色鮮やかな写真付きで示されていた。けれど、私は、す
ぐに決めた。イチゴのショートケーキとミルクティを頼むことにした。
「あの……名前、教えていただけますか?」
注文を出してから、そんな具合に話を始めた。
「……サンタクロースにしておこう」
「は?」
似合わない言葉だ。目が点になるとは、今の私のことを言うに違いない。
「名前なんて、ロッカーの番号札と同じだよ。区別するためのものだ。中身の
方が、よほど大切」
「……それもそうですね」
妙なことを力説する人だなとは思った。けれど、何だか納得できた。
「じゃあ、私は……マリア」
「ふむ。なかなか、しゃれている」
サンタさん−−サングラスの人は、すぐ横の窓から外を眺めながらも、楽し
そうにうなずいている。
「お仕事は? サンタだから、おもちゃの配達だ、なんて言わないでください」
「分かっているさ。中身が大事だからね。でも、折角のクリスマスイブだ。少
しだけ、ベールに包ませてもらおうかな。そう−−魔法使い」
「魔法使い?」
サンタクロースとあまり変わりないじゃない。そう言いたかったけど、黙っ
ていた。代わりに聞いてみる。
「手品師か何かですか?」
「ちょっと……いや、だいぶ違う。この現実世界から、少しでも嫌なことをな
くし、幸せを産み出そうと努力する魔法使い。そんなところだ。それより、君
のことも教えてもらいたいな、マリアさん」
マリアさんと呼ばれて、何だか新鮮に感じた。自分がいつもと違う名前で呼
ばれたこともあるかもしれない。それよりも、目の前のこの人が、私のことを
マリアさんと呼んでいる、それ自体、新鮮な驚きがあった。年下の私に対して、
対等に接してくれている。そんな気がする。
だけど、ここで、少し意地悪をしたくなった。
「魔法使いなら、何も言わなくても分かるんじゃないですか?」
「それはそうだが、僕はまだまだ一人前じゃないらしい。全ては分かりかねる
よ」
「できる範囲で、言ってみて」
「そうだね……S高校の二年生だとはすぐ分かるんだが、あとは……」
なるほど、私の制服の襟元にある校章と学年章を確認したらしい。でも、他
に分かることって、あるかしら?
「……うん。左利き。数学、特に幾何は苦手だろうね、多分。趣味は編み物。
でも、とても上手という訳でもない。他に趣味は……本はあまり読まない。ア
ニメ『***』が好きなのかな。食べ物は目新しい物よりも、標準的な物を取
る。学校ではクラブに入っていない、帰宅部かもしれないね」
「ど、どうして分かるんですかっ」
呆気に採られた聞いていたけど、このままじゃ何もかも言い当てられそうな
気になってきたので、慌てて口を差し挟んだ。
「ということは、全部、当たったのか。そりゃよかった」
「笑っていないで、教えてください」
そう詰め寄ったとき、注文していたケーキと紅茶のセットが届いた。私はま
たも慌てて、椅子の上で身体を小さくした。
「案外、いい香りがする。紅茶の専門店じゃない割には、合格点を出せそうだ」
いきなり、紅茶の批評を始めたかと思うと、サングラスのサンタは、軽く香
りをかいでから、紅茶に口を着けた。
「客に出すには、ちょっと熱いかな。でも、まあ、いける。あれ、どうしたん
だい? 飲んでごらん」
「は、はい」
確かに、紅茶は熱かったけど、これが普通だと思う。それとも、紅茶専門店
とかでは、適温に冷ましてくれるのだろうか。
「紅茶のことよりも、さっきの続きを。どうして分かったんですか?」
「ん? ああ、さっきの。当てずっぽうみたいなもんだからね、自慢げに説明
するのは気が引けるんだが」
「言ってくれなきゃ、気になって、今夜、寝られません」
−−続く