#3168/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/11/30 15:30 (189)
アクセントは難しい 2 平野年男
★内容
その頃、浜本刑事はマンション着いて他の二人の入居者を調べていた。二人
共、前川宮子や森本夕造とは関係がなく今までトラブルを起こしてもいないよ
うだしアリバイもあったので、関係ないらしい。
次に管理人の渡辺菊雄に会って、聞いた。
「部屋の鍵は、誰が所持するようになっているのですか」
「一応、その部屋の人と私が持って置くことになっていますが、簡単な作りの
鍵なので合鍵を作るのも容易にできます」
「なるほど、それでは合鍵を使って犯人が部屋に入ったとして、どうして犯人
は密室にしようとしなかったんでしょうな」
「それは分かりませんが、合鍵にしろ、被害者が入れたにしろ、犯人は被害者
とかなり親しかったんでしょうね」
「そうですね、ついでに蛇足になりますが誰がこのマンションの経営資金を出
したのです。あなたは若くて、そう金持には見えませんが」
「そうですか。まあ、ある人から出資して貰っているのですよ。僕の身内から」
「どうも、ありがとう」
浜本刑事は、その足で前川宮子の所によく出入りしていたという、医者の前
田健司に会いに行った。髪は短めでヒゲは奇麗に剃ってあり、きちんと真っ白
な診察服を着ている。若い医師は、こういう格好の方が信用され易いのだろう。
浜本刑事が、
「あなたと前川さんは、どういう関係で?」
と聞くと前田医師は淀みなく応じる。
「只の友達で、それ以上でもそれ以下でもありません」
ここに、エルキュールポワロがいたら、こう皮肉っただろう。それ以上でも
それ以下でもないのなら、友達でもないことになりますな、と。
続けて、浜本刑事が聞いた。
「では、昨日の午後三時から八時までどこにいましたか」
「ずっと、病院にいましたよ。と言っても午後からは休診で、他の人達は帰っ
たし、入院施設もないので証明は出来ませんが」
「それは困りましたね。あなたには動機があるからなおさらです」
「どんな動機が、あるというのです」
「もしあなたが、前川さんが好きだったなら、森本夕造と浮気をしていたのは、
許せないでしょう。それで二人を殺したと」
「解釈によつて、どうにでもなりますよ。とにかく、私は殺しちゃいないんだ」
「そうですか。それではまた、近い内に御目に掛かりましょう」
そう言いおいて、浜本刑事は病院を出た。
吉田刑事と流次郎と盾野未来の三人は、社長夫人和子のアリバイの裏を取る
ため、K庭園にやって来た。吉田刑事が、そこの管理人に聞いた。
「それでは、確かに和子夫人は御茶会に出席したのですな」
「はい、そうで御座います。昨日はいつも以上にお奇麗な着物を着ておられた
ので、良く覚えております」
「どうも、ありがとう」
吉田刑事は管理人に礼を言うと、庭園を興味深そうに見ている、流と憂欝そ
うな顔(お嬢さんだから子供のときから何度もやらされているのだろう)の盾
野未来の二人に向かって言った。
「さあ、次はA商店街ですぞ
A商店街は、人通りで一杯であった。吉田刑事が聞き
込みに行っている間、
流は未来の希望で一緒に商店街を歩くことになった。一時間程して吉田刑事が、
二人の所へ戻って来た。そして、少し息を切らせながら、
「ダメですね、着物姿の人なら見たと言う人は幾らでもいるんですが、何の店
に聞いても買って行った着物姿の人はいないと言うんですよ。御覧の通り今で
も着物姿の人は何人でもいますから、アリバイは成り立ちませんね」
と言った。流は落ち着いた声で言った
「慌てることはありませんよ。ともかく署に
戻って浜本刑事の報告でも聞いた
らどうです」
署に戻って、吉田刑事と浜本刑事は調査の結果を交換した。吉田刑事が言っ
た。
「まとめると、動機があると思われる人物は、森本和子と前田健司、二人とも
アリバイがないときている。ここで問題となるのは、和子を迎えに来たヒゲ面
のサングラス男が誰かということになる
「和子と前田の共犯ということは?」
浜本刑事が言った。吉田刑事がそれに答えるより早く、盾野未来が言った。
「それはないでしょう。和子さんは、前田医師を知らないのだから」
「その通り。二人のどちらかが犯人だ。ただ、わしが思うのに有力なのは、前
田だな。こいつの方が前川宮子の部屋に入り易い」
吉田刑事がそう言うのを聞いて、流が言った。
「かなり強引じゃありませんか」
「何ですと。どこがです」
「もし前田医師が犯人なら、森本夕造と接する機会がないはずですよ」
「それはだな、うーんと、そうだ。前川宮子の部屋に行ったとき、二人が一緒
にいるのを見て発作的に二人をノコギリで殺したんだ」
「発作的にノコギリで殺しますかねえ。それに相手は二人ですよ。それから、
女性の部屋にノコギリがあるでしょうか、普通はないと思いますがねえ。まさ
か、前田医師が準備して来る訳、ありませんし。しかも警部さんの話通りなら、
犯人は夕造の首と前川の胴体を、外に持ち出さなければならなくなる。首はと
もかく、胴体は無理でしょう。もう一つ言わせて貰えれば、警部さんは容疑者
を先の二人だけだと、あっさり断定されましたが、もし夕造と手伝いの大家景
ができていたり和子夫人が運転手の大和邦行とできていたりしたら、この二人
も容疑者でしょうが。更に気に懸かることとして社長が死んだというのに、息
子さんの剣造君を呼び戻そうとしないのもあります」
「ふむ……。よし、すぐ調べて来い」
吉田刑事が浜本刑事に言った。約三十分後、浜本刑事が帰って来て言った。
「流さんの言った通り、大和邦行と和子はできている節があります。大家の方
は違いましたが」
「それじゃ、大和のヒゲ面のサングラス男という証言は嘘ということか」
吉田刑事が聞いた。浜本刑事が答える。
「いえ、それは手伝いの大家も見ているので、嘘ではありません」
「まさか大和と大家も出来ているんじゃないだろうな」
「そういうことはありません。次に大和のアリバイですが、昨日の朝九時から
午後四時まで大学で受講。午後四時から七時までバイト、午後七時からはずっ
と森本家にいた、ということですが大学での受講で午後三時から四時までは、
休講だった為ブラついていたというから、ここだけアリバイはありません。最
後に息子さんの件ですが若過ぎるから、ということでした」
「そりゃあ、おかしい。幾ら何でも葬式には出なきゃならんはずだ」
と、吉田刑事が言った。さらに続ける。
「しかし残念だな。大和のバイトの時間が空白なら、和子との共犯も考えられ
たのに
「その可能性もありますよ」
流が言った。吉田刑事が聞き返す。
「どういう風にですか」
「それは盾野未来さんに任せますよ。彼女はかなり頭がいいようだから。その
説明の前に聞いときますが、大和君はそのバイトは初めてだったんでしょう?
それと浜本刑事は大和君の名前を確かめただけなのでしょう? ああ、それな
らいいですよ。さあ、未来さん、説明してやってください」
「どうも、ありがとうございます。それでは、説明致します。まず、今の時期
はバイトをする人が特に多いようですから、雇い主の方も一々バイトをした、
人の顔などは、覚えていないでしょう。更に名前だけで確認し本人が初めての
バイトなら、別の人が『大和邦行です』と名乗ってバイトしていたとすれば可
能でしょう」
と盾野未来は髪を掻きあげながら言った。
「なるほど、そういう考え方もありますな」
吉田刑事と浜本刑事が、口を揃える。
「何はさておき、今は死体を発見するのが大事だ。私達も部下に全力を挙げる
ように命じますから。流さん達も心当たりがあれば、探してみてください。あ
っと、それから先程聞いたんですが前川の首と夕造の胴から、睡眠薬が検出さ
れました。やはり犯人は薬で被害者を眠らせてから首を切断したんですね。き
っと」
とは、浜本刑事。
「僕が思うには」
探偵事務所に戻って来た流が、記述者の私や『文庫本殺人事件』以来、秘書
になった流秋子、部下の東、それにお嬢さまの盾野未来に向かって言った。
「犯人はすでに用意してある前川宮子の胴に、誰か女性の首を添えて我々の目
の前に、提出してくるだろうな」
「仲々、面白い意見だ。でも、その反対、つまり夕造の胴に誰か男の首が添え
られている、ということだって考えられるだろう」
と、私こと平野年男が言った。流次郎はそれを聞くと笑った。
「それは、99%ないだろうね。何故ならこの事件で、これ以後殺されなけれ
ばならない男性は、一人しかいないのだもの。しかもその男性を僕は犯人だと
思っている。もし君の言うように男の方だったら、それは犯人が氷のギロチン
で自殺したということになるだろうね」
「まあ、奇抜な発想ですわね」
と、盾野未来が言った。流はそれにかまわず、話を転じた。
「ところで東君、突然で悪いが僕が言う二人の人間の指紋を調べてほしいんだ。
その二人の名前は……」
ここで、流は急に声を低くし東に耳打ちした。東が出て行くのを待って私は、
流に何と言ったのか聞いたのだが返ってきた答えは、
「それは秘密だよ。それよりも、どうだい君が『探偵クラブ』の記述に没頭し
ている間に、東は全ての科目だけでなく、科学捜査も基礎的なことならこなせ
るようになったんだぜ」
であった。そんなとき、電話のベルが鳴り流秋子が出た。しばらくして、秋
子が言った。
「次郎さん。吉田刑事さんから、お電話です。何やら随分慌てているようです
けど」
「どうも、はい、変わりました。吉田警部、何の用ですか」
「死体が出ましたよ、死体が」
「ほう、誰のです」
「社長夫人の森本和子です。場所はマンション近くの山の茂みの中です」
……もう、日が暮れようとしている、死体発見現場の山に流次郎達が到着し
た。死体は、首を切断され血が辺り一面に飛散している。夕陽を受けてその赤
が少し分かりにくくなっている。第一発見者はこの山の地形に詳しいというこ
とで、捜査陣に同行していたマンション管理人の渡辺菊雄であった。確認の為、
大和邦行と大家景も呼ばれていた。その二人は和子夫人に間違いない、と証言
した。そのとき、流が割って入った。
「僕は、探偵の流次郎という者ですが本当に森本和子さんの身体でしょうか?」
「そうに決まっているじゃありませんか。この首はどう見たって」
と、大和が答えた。大家の方は恐ろしくて引っ込んでしまった。流が再び言
った。
「いや、僕が言っているのは首ではなく、胴のことです。この胴体は本当に和
子さんですか。どうやら、あなたは和子さんと関係があったようだから、分か
るでしょう?」
「そんなことまで知っているんですか。そう言われれば、違うような気もしま
すね」
と、大和は口ごもりながら答えた。
「そうですか、どうも。警部、聞いていましたか? 胴の方は和子さんのじゃ
ないようなので、一応、検査を頼みますよ。それから、和子さんの胴が近くに
あるはずだから引き続き捜索をお願いします」
「分かった。おい、死体を運んでくれ。ところで、流さんどうして和子の胴が
近くにあるとわかるんです」
「それはですね、あなた方警察が和子さんに会って調査を済ませてから、まだ
それほど時間がたっていないからですよ。犯人はきっと、この近くに和子さん
をよびよせ何らかの方法で気絶させてからノコギリで首を切断したのでしょう」
そう流が言い終わらぬうちに、「胴が見つかりました。警部!」と言う声が、
上がった。和子のものと思われる首なし死体は、さきの死体発見現場から五百
メートルと離れていない、やぶの中の湿地帯にあった。大和が和子夫人に間違
いない、と言った。それでも、一応、写真等、必要なことが済んだあと、死体
は運ばれた。
「おや、ところで管理人の渡辺とかいう人はどこに行きましたか」
流が何気ない調子で聞くと、浜本刑事が、
「はい、死体を発見したあと、気分が悪くなったと言ってマンションに戻られ
ました」
と答えた。
流は呆れた口調で、「気分が悪くなったねえ……」と言っていた。
−−続く