AWC 風と空と草原     下          泰彦


        
#3152/5495 長編
★タイトル (BWM     )  95/ 9/17  10: 9  (147)
風と空と草原     下          泰彦
★内容
 最初に気づいたのは誰だったのか。
 だが、そんなことに意味はない。
 目前に迫ったその姿に村人はおびえ、家の中に入り、堅く戸を閉ざした。
 馬に乗った兵士。その胸には、剣と炎をあしらった「魔法戦士」の紋章が彫
られている。
 魔法戦士。
 貴族に忠誠を誓うことによって魔法の力を手にいれ、同時に剣技をみがいた
最強の戦士。
 その魔法戦士が、この村に何の用があるのだろう。
 ほとんどの村人がそう思う中で、その理由をはっきりと悟っている者もいた。
 村長、少年、そしてその姉。
 彼らには分かっていた。魔法戦士が少年の実験の成果を残さず消すためにや
ってきたという事を。
  だが、正確には少し違った。
 魔法戦士達は、この村1つを丸ごと消し去るつもりだったのだ。
 一度は逃げ込んだ村人も、火の精霊によって家に火がつくと、再び外へ飛び
出した。
 村人達は、それがごく当然であるかのように村の中心にある広場へと集まっ
てくる。
 今や、村は真紅に染まっていた。
 村人達が自然とともに暮らしてきた家は、炎の中に消え去ろうとしている。
 そして、それは少年の家とて同じだった。
 たまたま、荷物を入れる袋をもらいに村長の家へと行っていて家を空けてい
たため、すでに家は炎に包まれている。
 少年はたとえ火の中であろうと、飛び込んで設計図だけでも持ち出すつもり
だったのだが、村長に後ろから羽交い締めにされた。
「シェン・ラ君。君が飛ぶことに対して情熱を持っているのは分かるが、その
ために死ぬのは馬鹿げている!」
「離して下さい。あなたにとって馬鹿げていても、僕にとっては命よりも大切
なことなんです!!」
「そのためにお姉さんを悲しませてもか!」
「!?」
「君はただ1人の肉親を悲しませるのか」
 その言葉を聞いて、少年の体から力が抜けた。
 さすがに、自分の夢とたった1人の姉とを引き換えにすることは出来ない。
 村長はそんな少年の体を支えながら、広場へと歩き出した。



 広場にはほとんどの村人が集まっていた。とは言っても元が小さい村だけに、
人数は100人程である。
 姿の見えない人は、炎の中で焼け死んだのか、魔法戦士に殺されたのか。
 そしていま、広場は完全に包囲されていた。
 村人は、恐怖に顔をゆがませている。
 不意に、誰かが一歩進み出た。
「私はこの村の村長、ラグラス・デル・ザンです」
 やや青ざめた顔で彼はそう告げると、さらに一歩前に出る。
「私たちは王都への税をきちんと納めています。そのうえ、あなた方は何を望
むと言うのですか」
 反応は素早かった。
 まだ燃えている家から炎が矢のように飛び、村長の左腕に命中する。
 肉を焼く嫌な臭いが辺りに立ちこめた。
 村長の左腕は、一瞬にして黒く炭化していた。
「よくも村長を!!」
 いきり立った村の若者が、兵士に近寄る。いや、近寄ろうとした。
 その瞬間、若者の右腕がひじから上を残して吹き飛んだ。続いて左腕。そし
て、頭・・・・。
 同じ村で一緒に過ごしてきた仲間の死を、村人達はただ呆然と眺めているこ
としか出来なかった。
「シェン・ラはどこだ」
 初めて魔法戦士が言葉を発した。
 低い、威圧感のある声。まるで感情が感じられない。
 少年の肌は、周囲の目が自分の方を向いていることを痛烈に感じていた。同
情、嫌悪、その表情は様々だ。
 が、その感覚は頭まで達することが出来ずに、消え去ってしまう。
 少年の頭を支配していたのは怒りだった。
 自分のために死んでいった村の人。
 彼らを殺したのは誰か。
 答えは1つ。村にやってきた兵士達が、無造作に殺したのだ。つまり、あの
兵士達が悪い。
 そう思ったとき、少年の中で何かが目覚めた。
 すでに怒りは体をも支配し、少年が感情の流れに身を任せれば、すぐにでも
兵士につかみかかるだろう。
 だが少年の中にある何かは、それを頑強に拒んでいた。
 大きく息を吸う。
 心を静める。
 胸の前で印を組む。
 そして、少年は唱えた。

「恐怖を司る闇の精霊よ。
 あの者達の心を汝らで満たせ。
 あの者達にふさわしきは恐怖と死。
 いま、我に力を貸し与えたまえ。
 我が名は『自然を生きる』シェン・ラ!!」

 一瞬の静寂の後、兵士達は顔をゆがめる。そしてこの世の者とは思えない悲
鳴をあげると、大きくのけぞって・・・・死んだ。
 村人は、目の前で起きたことが信じられずにいる。
 その中で、少年は大きく息をはいた。



「シェン・ラ君。君は精霊と会話をする方法を知っていたのかね」
 2日後、すべてが一段落した後で、村長は少年にこうたずねた。
「いえ、別に知っていたわけじゃないです。何か心の奥底から沸き上がってく
るものがあって、それに身を任せたらああなったんです。案外、人っていうの
は生まれながらにして魔法の素質を持っているのかもしれませんね」
「にしても、魔法戦士全員を一撃で倒すなんて・・・・」
「それは僕の方が驚いてますよ。よっぽど向こうが弱かったのか、僕が強かっ
たのか、どちらでしょうね」
 そう言って、少年はおかしそうにくすくすと笑った。どちらにせよ自分が魔
法戦士を倒した事実は変わらない。
 村長の服の左袖が風になびいた。左腕は、あれから切断したのだ。
 その姿を最初に見たとき、少年の心には「自分のせいで」という思いがよぎ
ったが、村長は笑いながら言った。
「なに、腕の1本、かまわんよ」
 その笑顔を見ていると、少年は救われた気持ちになる。
 人々の心に明るさが戻ってきた喜びだ。
 だが、彼には1つの決意があった。
 自分が平民の人たちに精霊との会話の方法を教えよう。そしていつの日か圧
制者を打ち倒し、人々が心から安心して暮らすことの出来る世界を創ろう。
 そしてこの澄んだ空を、自分の夢見た大空を次の世代、さらに次の世代へと
受け継いでいこう。
  精霊と会話をすることが出来れば、自由に空を飛ぶことが出来るようになる
かもしれない。
 それは少年の夢が実現するということでもあった。



 数日後、『自然を生きる』シェン・ラは村を後にした。
 彼には使命があった。すべての人を幸せにするという使命が。
  誰が押しつけた訳でもないが、少年はいま、自分の進むべき道をはっきりと
見つけていた。
 そんな少年を、姉ファウ・ラは夫ラグラス・デル・ザンと共に見送ったので
ある。
 初夏の風が幸せそうな2人に、そして旅に出た少年に優しく吹いていた。



 それから3日たった。
 荒れ果てた村にも、1つ、また1つと家が建ち始めた。
 草原は焼け野原となったが、人々は知っている。
 近い将来、草が伸びてまた草原を形作るのだということを。
 そして人間社会もまた、悪政という火がつき、人々の心がこの焼け野原のよ
うにすさんでも、いつか必ず希望という芽から草が生えてくる。そしてそれは、
人々の心に根付き、一面を覆い尽くして平和という草原になるのだ。
 少年はいま、焼け跡に生えた一本の草となった。
 彼も仲間を増やし、いつしか草原を形作るのだろう。
 そして、それは決して遠い日の事ではない。



                            〜 Fin 〜



(by篠原 泰彦:BWM24499)




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 泰彦の作品 泰彦のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE