AWC まだ死なれては困る 20   永山智也


        
#3147/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   9: 0  (200)
まだ死なれては困る 20   永山智也
★内容
 私は苦笑を作ってみせた。
「あの頃、浜田さんはともかくとして、佳子ちゃんにだけは信用されているも
んだと思っていたのだけど」
「叔父は確かに疑ってましたけど、私は半信半疑でしたわ、あの頃。その理由
の一つに、指輪のことがあったんです」
「指輪……紀子の指輪かい?」
 私は思い付きを口にした。それは幸いにも、的を射ていたらしい。佳子ちゃ
んがうなずいた。
「ええ。婚約指輪です。婚前旅行に出かけたとき、西山さんと一緒だった女の
人は、婚約指輪をしていました」
 これははっきりと憶えている。紀子の指から婚約指輪を抜き取り、安奈には
めさせたのである。
「あるホテルで、女性従業員がこんな話を……。その女の人、婚約指輪にゴム
の詰め物をしてずれないようにしていた、とね。私、これにはほんと、不思議
に思わされました。婚約指輪が抜けそうになるほどやせたのかと思ったけど、
あとで西山さんに聞いた話じゃ、そうでもなさそうだったし。そのとき、意識
はしていなかったけれど、気持ちの奥の方ではふと考えていたんでしょうね。
旅行中、西山さんと一緒だった女性は、紀子姉さんじゃないんじゃないかと」
「それがあったか」
 私ははっきりと思い出していた。
 安奈に紀子の指輪をさせようとしたところ、そのサイズが大きすぎ、まるで
合わなかったのだ。このままではすとんと抜け落ちてしまう。
 あれには焦らされた。普通ならサイズを直すところだが、旅行の日程を考え
ると、その暇がなかった。かと言って、妹の安奈を婚約者に見せかけるために
婚約指輪は欠かせぬ小道具である。
 窮余の一策として、指輪の内側にゴムを詰め、無理矢理にサイズ調整をした
のである。これでどうにかごまかし通せるものと楽観的に考えていたが、やは
り女性の目の付け所は鋭かったらしい。あっさり、ばれていたとは気付かなか
った。
「そのあと、指輪はどうしたんですか? 旅行から帰ってからは、サイズを直
す時間、いくらでもあったでしょうけど」
「直していないよ。だって、あれらは紀子の物であって、安奈がする物じゃな
いんだから。直す必要がない」
「……」
 静かになった。
 蒸し暑い夜になるかと思っていたが、そうはならなかった。これは、冷や汗
よりもむしろ、告白したことによって気が楽になったせいだろう。
「……彼女、紀子は、安らかに眠っているはずだよ。あの邸の地下の一部を取
り壊し、埋葬してあげたから。……安眠しているものと信じている」
「……でも……これからはちゃんとお墓を立てて、正式に弔ってあげなくちゃ。
そうでしょ、西山さん?」
「ああ……悪かったね」
「そして、最後にもう一つ、分からないことがあります。ひょっとしたら、西
山さんなら知っているんじゃないかと」
 佳子ちゃんの言葉を、私は、とうとう来たかという思いで受け止めた。
「さっき話に出た叔父の浜田のことです。叔父も十年前から行方不明になって
いるんですが、ご存知ありませんか?」


7 対決

 計画はそれなりにうまく運び、私はどうにか一息着けていた。婚姻届も疑わ
れることなしに受理されたし、紀子の姿が見えないこともどうにかごまかし通
している。
 そんな折−−。
「いるかね、西山君?」
 ぶしつけな声が、邸の内にとどろいた。必要以上に大きな声だ。
 玄関先に急ぐと、浜田がいた。紀子の叔父である。私は彼に対し、いい感情
を持ってはいない。彼の私に対する感情も似たようなものだろうが。
 ともかく、そんな不機嫌さを隠し、私は応対に出た。
「何ですか、浜田さん? せめて呼び鈴を鳴らしてもらわないと、びっくりし
てしまうじゃないですか」
 呼び鈴を鳴らさなかったことに対し、ちくりと注意してやったつもり。
「そりゃあ、すまなかったな」
 相変わらず、相手は居丈高だ。ちっともすまなさそうでない。
「それよりも、何だい。紀子がいないからと言って、すっかり邸の主気取りな
んだな、君は」
「そんなことを言われても……こう言っては何でしょうが、紀子と結婚したか
らには、僕もこの家の主人として自覚を持っていいでしょう」
「ふん……。とにかく、上がらせてもらえんかね」
「ああ」
 はっきり言われては仕方がない。邸に上げることにする。
「コーヒーでも?」
「もらおう」
 応接間に移っても、態度が大きい。どちらが主面をしているんだか……。
 落ち着いてから、浜田と向かい合う格好で座る。そして即座に切り出した。
「伺いましょうか」
「何をだね?」
「こうしてわざわざここに来られたからには、何か話があるのでしょう? そ
れを伺いましょう」
「それね。なかなか、難しい問題もはらんでいるもんで、どうしたものかと。
まだ考えをまとめきっていないのだ」
 どうだっていい。そちらの都合なんて聞いていられない。
「では、考えをおまとめになってからにしてください」
「いやいや。まあ、話はするさ。非常にデリケートな問題だからねえ……。西
山君、私は今、金が入り用なのだ。会社の経営も苦しくてねえ」
「はい?」
 何だ、金の無心か。そう思った。それならわずかばかりの金を与えてもいい。
今は一人になりたかった。
 だが、相手の話はそうではなかった。さらに続く。
「紀子達の両親が亡くなったときにね、私は姉妹二人に生命保険をかけたのだ。
それなりの額だ。で、受取人がこの私になっているのもある」
 何を言い出すのだ、この男は……。私は心の中で身構えた。
「紀子は死んだんだから、そちらの方の生命保険をもらいたいのだよ」
「馬鹿な!」
 『死』というキーワードを聞いた刹那、私は叫んでいた。
「紀子は死んでなんかいない! 行方が分からなくなっているだけだ。彼女の
気まぐれは、あなたも知っているだろうに!」
「そう怒鳴りなさんな。私はね、知っているのだよ」
 余裕しゃくしゃくの態度で、浜田はソファにふんぞり返った。
「知っている、だと?」
 私の問いかけにも、いなすような反応しか示さない。
「何を知っているんだ?」
「言う必要はないと思うがなあ。何故なら、西山君、君も知っていることだか
らだよ、これは」
「……」
「なあ、紀子は死んだ。そうだろう?」
「あんた……」
「死んだんだったら、当然、俺は保険金をもらう権利がある」
「あんたが、どうしてそのことを知っているんだ! ええ?」
 自分でも意識せぬ間に、私は立ち上がっていた。興奮がやまない。
「どうだっていいじゃないか、そんなことは……」
 面倒臭いとでも言いたげに、相手は片手を振った。それが私の怒りを助長さ
せる。すんでのところで、手を出すのをこらえている状態だ。
「なあ、西山君。冷静に話し合おうや。君が紀子の遺体を片付けてくれたんだ
ろう? どうやったか知らないが、全くうまいこと始末したもんだ。いやあ、
実に感心させられたねえ」
 片付けて『くれた』? くれた、だと? 私の耳に、その言葉が引っかかっ
た。単語が含む意味を租借していく内に、私は思い当たった。
「浜田さん……」
「お、何だね?」
「あんた、あんたが紀子を殺したんじゃないのか?」
 指を突きつけてやると、浜田は驚いたように目も口も丸くした。
 私は高ぶった気分のまま、続ける。
「てっきり、紀子は不孝な事故で死んだものと思い込んでいたが……あんたが
今、口を滑らせてくれたおかげで分かった。あんたが殺したんだ!」
「……」
「どうやったか、詳しくは分からない。だが、塩素ガスを発生させて、洗剤混
合の事故に見せかけるのに、さほど苦労はいらないだろうな」
「そこまで分かっているのか。ならば、話も早くなるってものだよ」
 不敵な笑み。そうとしか形容のしようのない表情を、浜田は浮かべていた。
「西山君のご明察の通り、俺は紀子を殺した。姪っ子を殺す心理が分からない
かね? そんなもの、どうとでも解釈できるだろうが、俺の場合は特に簡単だ。
金だよ。金が全てだ。紀子のやつ、素直に金を貸してくれりゃあいいものを、
一円も出さんとはな。参ったよなあ。人間、素直じゃなきゃならん。大人しく
俺の頼みを聞いてくれてりゃ、紀子も死なずにすんだのに」
 私は−−目の前にいる男を殺すことに決めた。そして、それを怒りに任せて
行うのではなく、じっくりと考えてからにしようと思い直した。怒りの矛先を
収めるため、私はゆっくりと腰を下ろした。
「お、座ってくれたか。それがいい。君も素直にやってくれりゃあ、もめなく
てすむ。落ち着いて話そうじゃないか」
「ええ、浜田さん。お聞かせください、話とやらを」
 コーヒーを飲み、精神の平静を保とうと努める。
「思うに、君も所詮は紀子の財産目当てだったんだろう?」
「……まあ、ね」
 感情をどうにか押し殺し、肯定の返事をくれてやる。
「そういう点で、俺と君の利害関係は一致している訳だ。ここは一つ、お互い
の力を合わせようじゃないか」
「と言いますと?」
「俺は保険金を手に入れれば、当座はしのげる。君の方はこの邸が欲しいんだ
ろう? そのための協力は惜しまんよ」
 揉み手をしている浜田。私は嫌悪感を覚えながら、応対する。
「協力ですか」
「悪い話じゃないだろう。しばらくは紀子が生きているように見せかけたい、
そうと違うかね?」
「それは、まあ、ありますが」
 この点だけは本心だった。
「佳子の方がうるさく言ってくるかもしれないぞ。それを封じ込めてやろうじ
ゃないか。俺が口でうまいこと言えば、あれも信じるだろうさ」
「悪くない話だ」
「で、そこからが問題だ。遺体をどうするつもりだね、君は? まさか、いつ
までも隠しておくんじゃないだろう?」
「……具体的にはまだ固まっていないんですが、一応、どこかで焼却して、死
因を分からなくさせるつもりです」
「それはいい考えだ。だが、もしや、自殺に見せかけるつもりじゃないだろう
ね?」
「いや、そのつもりです。それが一番、警察の介入を招かないでしょうから」
「自殺はまずいなあ。そこを何とかしてほしいんだよ、西山君」
 すり寄るように手を出してきた浜田。金の亡者と化している。
「どうしてです?」
「分からないかね? 俺は保険金がほしいんだよ。そのために、まずは紀子の
遺体が発見されなきゃ困る。次に、紀子の死因が自殺じゃあ、保険金の額がが
たっと減ってしまうじゃないか。なるべく多くもらいたいのが、人情というも
のだろう」
 ここで、再び相手に対する怒りが沸々と沸き起こる。が、これも何とか内に
隠すことができた。
「分かりましたよ。では……事故死に見せかける線を考えてみましょう。事故
死ならば、警察の介入も最小限ですむし、保険金も結構な額となる」
「ありがたいねえ」
 卑屈な笑いを、浜田は顔中に広げていった。まるで、童話に出てくる悪者の
ひきがえるのようだ。
「ですが、事故死に見せかけると言っても、死因を分からなくすることをお忘
れなく。結局のところ、紀子の遺体を焼くことは避けられない」
「ふん、それはしょうがないようだな。じゃあ……紀子がある家屋に一人でい
て、そこで間違って火災を起こし、その結果、運悪く死んでしまった。という
風に見せかけねばならない」
「これを実現する計画は、一朝一夕にはできないと思います」
 私は提案をした。
「考える時間が必要だ。どうでしょう、浜田さん。お互い、さっきの線で計画
を考え、何日か後にそれを持ち寄る。そのとき、二人で検討をし、最終的な計
画を煮詰めるということで……」
「それがいいようだ。その間、佳子のことは俺に任せてもらおう。あいつがう
るさく言わないようにするから」
「頼みます」
 そう言って、その日は別れた。次は四日後にこの邸で会おうと決めた。
 私は浜田が帰ってからすぐに、計画を練り始めた。記すまでもないが、紀子
の遺体を始末する計画ではなく、あの浜田を葬り去る計画を。


−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE