#3130/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 8/30 8: 9 (200)
まだ死なれては困る 3 永山智也
★内容
「似てましたから、つい……。ご迷惑でしたか?」
「いえ、別に気になさらずに。それより、あの方にお会いしたい気持ちなんで
すけど。無理かしら」
「あっと、そうだ。それがいい」
劇団主宰者は控え室の方を向くと、そのドアを開け、中に呼びかけた。
「おーい、安奈!」
西山が女性の名を呼び捨てにするのを聞いて、紀子はちょっとがっかりした。
そんなに親しい間柄なのかしら。
反応はすぐにあった。
「はい?」
「ちょっと来てくれ。会わせたい人がいるからさ」
手招きされて廊下に現れたのは、舞台で見た印象よりもかなり若い、西山と
同じく整った顔立ちの女性だった。
紀子は、
「わざわざすみません」
と挨拶しながら、自分の顔を見せた。
相手は「あ」と言ったきり、手を口に当てている。
「どうだ、驚いたか?」
西山がおかしそうに肩を震わせながら、安奈に聞いた。
「え、ええ。とても……」
だがしかし、紀子の方は、さほど感銘は受けていない。目の前にいる女性が、
あの赤い服の女性と簡単には結び付かないからかもしれない。年齢の点をとっ
ても、紀子よりは若いと見える。
「偶然ってあるんですね。あの、初めまして。私、西山安奈と申します」
「西山?」
相手の言葉を聞き咎めた紀子は、西山誠一の顔を見た。どういう意味?とい
う疑問を投げかけるために。
「安奈は僕の妹なんです」
「妹さん……。兄妹で芝居に熱中できるなんて……素晴らしいことですね」
何故かしらほっとした気持ちも手伝ってか、紀子は目の前の二人をたたえた。
「三月になったと言っても、まだまだ寒いわね」
そんなお座なりな言葉で、紀子は妹を邸に迎え入れた。
「何の用なの、お姉ちゃん?」
三和土に立ったまま、佳子は問い質す口調で言った。一応、邸に上がり込む
気はあるらしく、青のマフラーを外して畳みにかかっている。
「いいから、上がりなさい」
「忙しいのよ、これでも」
「試験が終わって、何が忙しいのよ。友達と約束でもしているのかしら?」
「それはないけれど……あれ?」
靴を脱いでいた佳子が、大げさな声を上げた。
「お客さんが来ているんじゃないの? 男物の靴があるけど……」
「あ、気が付いた?」
本心では気付いてもらいたかった紀子は、用意していた答を口にした。
「叔父さんじゃないみたいだし……」
妹の言葉を待つ紀子。
やがて、佳子は目を輝かせた。
「あ、まさか! お姉ちゃん、いい人を見つけたとか?」
「まあね」
口元に笑みを浮かべてから、紀子はうんうんとうなずいてみせた。
「じゃ、じゃあ、今日の用事っていうのは、その人に会わせてくれるとか」
「当たり。でも、もっと驚かせるかもしれないわね」
「どういうこと?」
姉妹二人でそんなやり取りをしている内に、長い廊下を渡りきって、いつも
の客間に到達した。
「さ、とにかく、会ってみて」
紀子は扉を開けた。
「誠一さん! お待たせ。学生やってる妹の佳子よ」
その声に、ソファに座って部屋の奥を向いていた人物が、勢いをつけてさっ
と立ち上がった。
「佳子、こちら、西山誠一さん。劇団をやってるの」
紀子が互いの自己紹介をしたところで、佳子と西山は頭を軽く下げた。
「初めまして。横澤佳子です」
「こちらこそ。西山誠一と言います。かわいらしいね」
西山の言葉に、どぎまぎした態度を露にする佳子。
全く、こんなときにまで演技なんかして……。そんなことを考えながら、紀
子は顔をしかめた。
「ふうん」
不意に西山は言うと、視線を佳子から紀子に移してきた。作ったような、い
くぶん奇妙な視線。
「どうしたのよ」
「いや。あまり似ていないんだな、と思っちゃって」
苦笑する西山を見て、紀子は膨れっ面をしてやった。
「妹はかわいらしくて、私はそうじゃないってことかしら? 普通の姉妹じゃ
考えられないぐらいに年齢の差が開いているから、似ていないって意味?」
「そんなことは」
と言いつつも、まだ笑っている西山に、佳子が声をかけた。
「あの、姉とはどこでどのようにして知り合ったんですか?」
「それはね」
と、西山が説明しようとするのを、紀子は邪魔してやる。
「待って。一番、肝心なことをまだ打ち明けていないのよ。ねえ、佳子。私、
西山さんと結婚することにしたから」
事も無げに言ってみせると、紀子の思惑通り、佳子はぽかんとしてしまった。
「あ……そうですか」
しかし、もう慣れたもので、佳子はすぐに順応する。
「おめでとうございます。お姉ちゃんもおめでとう。私が言ったとおり、いい
人を見つけたって訳ね」
「そういうこと」
「それはそれとして、あまりにも素早すぎるなあ」
佳子は疑る表情になった。
「まさか、とうの昔に見つけていたんじゃないんでしょうね、お姉ちゃん」
「冗談! いいわ。これから馴れ初めを聞かせてあげる。ただし、熱が上がっ
ても責任待てないから」
嬉しさを隠しきれず、紀子はおどけた口調で言ってから、婚約者−−西山誠
一の横顔を見つめた。
三人でテーブルを囲んだところで、紀子は話を始める。劇団「灯火」の公演
に足を運んだこと、主宰者の西山誠一に声をかけられたこと、そのときの劇に
登場した女性が自分に似ていたこと、幕が降りてから控え室に誠一を訪ねたこ
と、そっくりの女性が誠一の妹だったこと。
「そして次に会う約束をして……初めて会った日は、これだけ」
「きっかけは分かったわ。それで?」
「役者だからかしらね、口がうまいの、この人」
と、紀子は隣の誠一の肩を押す。
誠一の方は、いくらか当惑した顔で、
「嫌だなあ、人をそんな、結婚詐欺師みたいに」
と、おどけた調子でこぼした。
「でも、本当なのよ」
自分の考えを主張する紀子。
「私、つい最近まで、男の人が語る夢なんて、軽蔑していた訳。仕事に自信の
ない男が逃げ口上で言ってるんだってね。でも、この人が劇団にかける熱意を
聞いていると、催眠術か何かにかかったみたいに、意識がふわふわしちゃって」
「ちょっと」
佳子がストップをかける。
「もしかして、あの、西山さん。失礼ですけど、お仕事は?」
「アルバイト専門……フリーターっていうのになるのかな」
照れもなく、あっさりと答える誠一。それでも格好だけは、頭に手をやって
いる。
「あの、あの、年齢は?」
「二十七になるんだよ」
「うー、こりゃ、結婚詐欺師と思われても仕方ないですよ」
肩をすくめつつ、佳子が漏らした。すかさず、紀子が一喝。
「こらっ」
「冗談だってば、お姉ちゃん。でもさ、そうなると、一緒になってからは……」
「貸しビルと駐車場での収入で充分でしょ。それどころか、劇団の方に援助す
るつもりなの」
途端に不安そうな顔になる佳子。
そんな妹を見て、紀子はすぐにフォローを入れた。
「大丈夫。佳子の分に手を着けはしないわ、絶対に。それに、徐々にだけど、
劇団運営もプラスの方向になっているのよ。ねえ、誠一さん」
「ああ。だから、佳子ちゃんは心配しないで。ま、末永く見守ってちょうだい
よ」
にこっと笑う婚約者。
佳子もどうにか納得したらしく、次の話題に移った。
「私は口出ししないわ。……それで、いつ、結婚するの?」
「もう婚姻届は完璧。でも、離婚したのがほんの三ヶ月前でしょ。だから、え
っと、六月まで待つわ。六月の半ばに、ハワイかどこかで簡単に式だけ挙げよ
うかなって、相談しているとこよ」
言ってから、彼と顔を見合わせる紀子。
佳子が感激にしたように言った。
「わぁ、ジューンブライドなんだ。やっぱり、いい響き」
「そうなの。前の旦那とも六月挙式だったもんね」
紀子が前夫のことを持ち出しても、誠一は嫌な顔一つしない。聞きたがって
る節さえ見受けられる。そんなところも、紀子が気に入っている点であった。
「あー!」
さっきから感嘆詞を連発している佳子が、また声を上げた。紀子は、自分の
手元を見られていると気付いた。
「婚約指輪?」
「そうよ」
一度、隠すようにしてから、改めてかざして見せる。石は小さいが、シンプ
ルなデザインの指輪で、紀子自身気に入っている物である。
「これだけは、僕が買いました」
何かのキャッチコピーみたいに言ったのは、誠一。
「おかげで、あとの生活が苦しくて」
冗談めかして続けた彼の肩を、紀子はまた軽く押した。
「ジュエリーショップに一緒に行って、二人で選んだのよ。二回も婚約指輪を
買いに来たのはあなたが初めてだって、店の人から言われちゃったわ」
笑い話のつもりで聞かせる紀子。他の機会にも度々利用していることもあっ
て、そこの店員とは顔見知りになっている。だからこそ、気軽に接せられるの
だろうし、その方が紀子には嬉しかった。
誠一は誠一で、これも笑い話のように始める。
「一度、妹に誕生日のプレゼントとして指輪を買ってやったことがあったんだ
けど、参ったよ」
「どうしてですか?」
興味深げに、佳子。
「アクセサリーに関しては、男ってのはどこかで抜けている。サイズのことを
ころっと忘れていたんだ。持って帰った指輪のサイズ、妹には大きすぎて、ぐ
すぐす。とてもはめられなくて、仕方なしに二人でまた店に行くはめに。その
ときの失敗の経験が、今回活きた訳で」
言葉を切ると、不意に、袖を引いて腕時計を露にした誠一。
「あ、そろそろ帰らないと」
よほど時間が切迫していたのか、せかせかした態度になる。
「もう?」
「ごめん。次の公演の準備があって。チケットやパンフの印刷やら、会場の手
配やら、もちろん稽古も。本当に悪い」
「ううん。謝らなくていい。気にしないでやりたい道を進んでよ」
「ありがとう」
そう言ってから、佳子の方にも挨拶をして、誠一は帰っていった。
「ふーん。結構、忙しいみたいね」
「でも、儲かってる訳じゃない。素人劇団はたいてい、そんなもんらしいのよ」
片の高さで、両手のひらを天井に向ける紀子。
「それで……本当にいいわね、あの人と一緒になっても?」
「何をお姉ちゃんらしくないことを……」
紀子の問いかけに、妹の佳子は当惑した様子だ。
「お姉ちゃんが決めたことだもの、私は口出ししない。そもそも、お姉ちゃん
に再婚するようけしかけたのは、私なんだし」
「そう言ってくれたら、楽になれるわ」
「でも、例によって叔父さんは? 伝えてあるの?」
佳子の言葉に、紀子は顔をしかめたくなった。
「もう、いちいち報告したり確認したりする義務はないって、割り切ることに
したの。三十過ぎの女がやることじゃないしね。まあ、その内に」
どうでもいいじゃないという風に、手を振ってみせる。
佳子はしばしの沈黙の後、わざとらしいため息を付いてから、
「ま、なるべく仲良くやっていこう。悪い人じゃないんだし」
と言った。
「分かってるって」
紀子がそう答えたのが合図かのように、姉妹二人は笑い始めた。
−−続く