#3114/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 6/29 2: 4 (199)
夢を叶えたそのあとは 8 名古山珠代
★内容
(あれっきりかな、クリスマスの話を書いたのは。あーん、サンタクロースの
話になるのかなあ。サンタクロースが出てくるサスペンスホラーだと、サンタ
が実は極悪犯罪者っていうパターンぐらいしか思い浮かばない。使い古されて
るから嫌。それより今度は、サンタを出さないで、クリスマスイブの話にした
い。
そう決めたとすると、クリスマスと言えば他に、プレゼント、ケーキ、ツリ
ー、キリスト、ジングルベル……こんなんじゃだめ。もっと大きな枠組み……
そうだ、カップル、これがあるか。カップルが絆を強くするイベントという見
方があるのよね、クリスマスイブって)
そこまで考えて、腕に浮かんだ汗に気付いた彩香。
(あーあ、私、何、考えてんだろ。こんな蒸し暑い時期に、クリスマスイブだ
なんて。馬鹿らしくなってきちゃう)
タオルを腕にあてがいながら、気持ちでぼやく。
「えーい。ぼやいてても始まんない!」
ぺちっと自らの両頬を軽く叩いた彩香は、昨日、短編と同時進行で思い付い
たアイディアを見返してみた。
クリスマスと合わせられそうなもの、合わせたら面白そうなもの……。口の
中でそう唱えながら、リストに目を通していく。
長い間、考えてみるも、形になるストーリーは浮かばなかった。
「……決まらない」
彩香は、話の起伏を思い描いてみることにした。最初、書き出しから、どこ
をどう盛り上げ、どう締めくくればいいか。
(ラストが肝心……。ただ単に、ブラックな落ちはやめようっと。『赤い服の
おじさん』でそういう締め方をしたんだから。だけど、ハッピーエンドも、ど
うも気に入らないのよね。因果な性格だわ。……こうなると、ハッピーエンド
と思わせて、実は裏がある、となるかしら。ううん。それもありきたりだから
……ブラックな落ちと思わせておいて、ハッピーエンドを持ってくる−−と見
せかけて、もう一つ、恐い裏話がある。これぐらいひねるしかないか)
ということで、話の運びは決まったものの、具体的なストーリーとなると、
まるで浮かんでこない。彩香はいくらか悩んでから、今日のところはこれまで
とした。
他にも考えねばならないことは、いくつもあった。仕事だけじゃなく、文芸
部のこともある。それにそろそろ、期末試験のことも。七月に入ってすぐだ。
(本当にできるかな、長編の粗筋。あーっ。試験もだけど、宿題が溜まりかけ
なんだ。それに、試験前にはクラブ活動が休止状態になるから、今度の月曜日
には文芸部の辻井さんに返事しときたいな)
脈絡がないようなあるような、そんな思考をする彩香だった。
文芸部の部室には、図書室横の司書室があてがわれていた。忙しさにかまけ
て、ほとんど図書室に入ったことのない彩香は、少々緊張していた。扉に手を
かける前に、軽く胸で呼吸する。
「あ、来てくれたの?」
突然、背中の方から呼びかけられ、取っ手に持っていこうとした腕が、扉に
ぶつかってしまった。
後ろ手に手を組んで立っている辻井を、振り返る彩香。
「辻井さん」
「結構、緊張してるみたいだね、新崎さん?」
「え、ま、まあ」
「とにかく、いつまでも突っ立っていたって、しんどいだけだしさ。中に入ろ。
それとも入らないで済むような、簡単な返事とか?」
「ううん。入る」
「その『入る』は、部屋に入るってこと? それとも……」
「私、文芸部に入るわ」
その意志を伝えた途端、辻井の顔がさらにほころんだ。
「ほんと? 嬉しいっ。あー、よかった。この間、こっちの気持ちをあんなに
はっきり言っちゃったから、どうかと心配だったんだけど」
「あの方がすっきりした。だから」
「私のやり方が吉と出た訳ね。これでみんなに大きな顔ができる」
ふふんと、冗談ぽく笑う辻井。そして彼女は扉を開けて、手を返した。
「さあ、入って。新入部員、大歓迎よ」
「これはどーも」
彩香も笑って、部屋の中へと顔を向けた。すでにいた何人かが、部長と彩香
の顔を見て、奇妙な表情をしていた。
「わあ、新崎彩香っ!」
真っ先に叫んだ女の子が一人。どうやら、一年生らしい。お下げの中の顔を
真っ赤にしている。
「……さん。あの、入ってもらえるんですか?」
「え、ええ。入ります入ります」
彩香の方も戸惑って、変な言葉遣いになる。何となく、嫌われてるんじゃな
いかなと覚悟していたのが、反対だったからだ。
「やったあ! 信じてました、私−−」
「静かに!」
辻井が言った。普通の音量だが、威厳めいたものが感じられる。が、彼女の
厳しい表情も次の瞬間にはころっと変化し、唇の端で笑みを浮かべた。
「図書室横だということをお忘れなきよう、諸君。さて、改めて言うわ」
彩香の腰に手を当て、前に押しやる辻井部長。
「二年生の新崎彩香さん、入部を決めたということだから。言わずもがなだけ
ど、新崎さんは商業作家−−プロだから、厳しい批評をもらえると思うし、う
ちの活性化になると期待しています」
それから彼女は、彩香を促した。自己紹介してということだろう。
「今度、新しく文芸部に入らせてもらいます。二年八組の新崎彩香です。初心
に戻って、一緒にやっていきたいと考えていますので、よろしくお願いします」
ぱちぱちと遠慮がちな拍手。もちろん、図書室の方に遠慮しているのである。
「じゃ、今度は私達の方ね。念のため、私から。二年一組、辻井文子。部長を
押しつけられてやっているわ。ファンタジーを書きたいんだけど、どうしても
暗い話になっちゃうので困ってる」
苦笑いしながら、さっと済ませた辻井。続いて、全員が順に名乗る辻井や彩
香を除いて、二年が五人、一年が五人の十人ちょうど。女子ばかりで、ほとん
どがファンタジー志向のよう。二年の子は、誰も彩香の知らない人ばかりだっ
た。
「三年生はゼロ。一人だけおられたんだけど、五月の頭に転校されて……。あ
と、男共が二人いるんだけど、こういう勢力関係だから、滅多に出てこないの
よ」
さぞかし出づらいだろうなと、まだ見ぬ男子二人に同情する彩香だった。
「で、今日やることだけど……別に何もないのよね」
両腕を大きく広げる辻井。
「みんな、嫌でも分かっている通り、試験十日前になると、部活禁止令が出る
からね。だから、試験後の最初の活動日を確認したら、それで終わり」
と、辻井文子は鞄から何枚かの紙を取り出した。大きさはB5の半分の、そ
のまた半分といったところか。ワープロらしき文字がプリントされたそれらが、
全員に配られる。
「書いてある通り、試験が終わる七月十六日の翌日、十七日に集まること。そ
の日、夏休み中に出す予定の本のプラン、詰めちゃうからそのつもりで」
あ、何か懐かしい。彩香は思った。中学二年までは文芸部ばかりに入ってい
た彩香だから、どこの部でもおんなじなんだと微笑ましくさえなる。
「新崎……先輩も作品、載せられるんです?」
先ほどのお下げの子−−千堂弘江がえくぼを作りながら言った。
「そう言えば……新崎さん、作品を部の本に載せること、できるの?」
少し不安な様子になる辻井。
「それは大丈夫。どこに書こうが私の自由」
彩香の返答を聞いてほっとする辻井の後ろで、千堂ら一年生が歓声を上げた。
どうやら、一年生には受けがいいらしい。彩香は自分の置かれた立場をそう解
釈した。
最初に会ったときと同じ店で、彩香は英俊社の上田と話していた。
上田は、用紙二枚に渡る長編の粗筋を、肩肘をつきながら読んでいた。どん
な表情をしているのか、紙に隠れて見えない。
「……」
周囲はかなりの喧騒だが、彩香はじっと黙っている。そうするしかない。
実際は、ここ数日は試験勉強とそのための作品ストックを作るため、寝不足
が続いている彩香だが、ここでは眠れない。緊張と言うよりも重苦しさで疲れ
る。
やがて上田の手が下がり、嫌でもその表情が目に入るようになった。
「……どうでしょうか?」
彩香はいくぶん、恐る恐る尋ねた。相手の表情には、読む前との変化は読み
取れない。
「自分一人がどうこう言うものではないけどね」
そう前置きした上田。
「いいと思うよ。自分、、彩香ちゃんの作品の中じゃ、デビュー作が一番だと
思ってるんだけど、それに継ぐぐらいの傑作になりそうな予感があるね」
「そうですか」
ほっとした反面、落胆もする彩香。彩香にとって、デビュー作の『僕はこの
星で殺された』は越えられぬハードル。自分自身は、それぞれの作品には独自
のよさがあり、また愛着もほぼ等しくあるのだが、世評では『僕この』が一番
に固定されている。新崎彩香は最初にして最大の傑作を書いてしまったと、一
部で言われているほどだ。
それを上回るような作品をものにしようと、いつも目標を置いているのだが、
なかなかかなわない。今度の「Xのイブ・アダム」でも、それは無理だと思わ
れたらしい。
「とにかく、これ、持ち帰って、関係してくる皆さんに聞いてみるよ。そこで
ゴーサインが出れば、そのまま書き始めてもらうってことで。そう、三日以内
に連絡するから」
「分かりました。でも、しばらくテストなので……」
「ああ、それは分かってますよ。分かってる。終わってから、万全の態勢で書
き始めてもらう方がいいに決まってる」
上田は眼鏡の位置を直して、にこやかに言った。続いて、ふと気付いたよう
に、
「パフェ、残ってるよ」
と、彩香へ指差して教える。確かにその通りで、彩香の前には背の高い容器
に、白色と茶色のクリームが目立つパフェが、ほとんど手つかずで放置されて
いた。何でもいいと言われて注文した彩香だったが、『審判』を待つ身として
は、上にはみ出たフルーツやウェハースを口にしただけで、あとは触手が動か
なかった。
「アイスクリームなんか、溶けちゃってるんじゃない?」
愉快そうな上田の視線を避けるため、彩香はうつ向き加減になって、残りに
取りかかる。
「見ていたら食べにくいだろうから、失礼しますか。テスト、しっかりやって、
執筆にかかってよ」
まだ愉快そうに歯を見せている上田は、伝票をつかむと、いやに丁寧な足取
りでレジへと向かって行った。
一瞬、おかまみたい、と思った彩香だったが、すぐに察した。上田は、彩香
から預かった粗筋の用紙を必要以上に傷めまいとして、手持の鞄をかばってい
る。そのため、あんな歩き方になっているのだ、と。
(小説の原稿じゃないのに……。軽い喋り方するけど、結構、仕事熱心?)
彩香は、新しく付き合いのできた出版社の性格を覗き見た気がした。
彩香は時間が気になって、どうしようもなかった。
「悪い点数と言うんじゃない。いや、平均点を上回っているから、まずまず、
いい成績だと言うべきかもしれないが……」
八組の担任は、ため息まじりに言った。どう取り扱っていいのかよく分から
ないものを任されたかのように。
「それは飽くまで比較であって……。新崎、おまえ個人の成績を見れば、だん
だん、下がっているぞ」
「はぁ……」
声にならない返事をする彩香。
「数学が特になあ。……僕の受け持っている教科がこうなるのは、ちょっとま
ずいんだよな」
とか言いながらも、あははと小さく笑う担任。本気で言ってるんじゃないら
しい。
「他に物理、化学……。まあ、理系はしょうがない。新崎は文系志望だろ?」
「あ、はい」
「国語三つは強いな、相変わらず。だけど、社会科目と英語、だいぶ落ち込ん
でいるよな。勉強、したか?」
「それは……できるだけのことは」
小さい声しか出せない。
「うーん……。こんなことは言いたくないんだが、小説を書いてたんじゃない
のか? 試験放ったらかしで」
「そんな」
とだけ言って、担任を見つめ返す彩香。実際は、小説を書きこそはしなかっ
たが、構想をまとめるというような作業は、少しやった。
「そうか」
まだキャリアの乏しい教師だからか、案外と簡単に、担任は引き下がったよ
うに見えた。
「小説を書くなとは言わん。立派にプロとして通用しているおまえをつかまえ
て、そんなことは言えないしなあ。だが、高校生でもあるんだから、こっちの
こともきちんとやってもらわないとなあ。他の先生方も、期待しているんだ、
新崎には」
−−続く