AWC Lの殺人 5   永山


        
#3088/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   9: 4  (177)
Lの殺人 5   永山
★内容
「仕事柄、興信所ともつながりがあるので分かったことなんですが、知り合い
の弁護士と関係の強い興信所の所員が、動いているようです。あなたの身辺を
調べるために」
「はあ?」
「気付いていませんか?」
「ええ。気味悪いわ」
「まあ、尾行はしていないようです。飽くまで、身辺調査の感じですねえ。と
ころで何か、思い当たりませんか? 再婚話か何か、持ち上がっているとか」
「いいえ。そんな話、ありません。他にも何も」
「そうですか。だったら、何なんだろう」
 百合子の強い否定に対し、弁護士は首を傾げた。
「誰の依頼で動いているのか、分からないんですか?」
「そこまでは……。興信所所員があなたを調べているということさえ、やっと
のことで掴んだ情報ですからねえ。あ、このことは公にしちゃだめですよ。お
願いしときます」
 百合子は曖昧にうなずいた。誰がそんな調査依頼をしたのかという疑問が、
頭の中で渦を作っていた。
 考えられるとしたら、高原継雄だ。帰宅してから、百合子はそう考えた。五
十嵐恵美の言葉が頭に残っているせいもあろう、他に何者も浮かばない。
 興信所の調査依頼をしたのが継雄として、その理由は? 寺西の居所を探っ
て、親子鑑定に協力するのを妨害したかった−−そう考えてみる百合子だが、
どうもしっくり来ない点もある。
 つまり−−寺西の居所を探りたいのであれば、百合子の身辺を調べなくとも、
直接、寺西の居所を調べてほしいと興信所に頼めばいいではないか。こういう
疑問が浮かぶのだ。
 それとも実際、寺西の居所を調べるように依頼したのかもしれない。だが、
興信所の方では手がかりがない。そこで、前の妻である百合子の的を絞り、機
会を待っていた……。辻褄は合いそうである。しかし、このやり方では、一歩
間違えると、手遅れになるのではないか。百合子が寺西との話を着けたあとで、
継雄が調査報告を受け取っても意味がない。普通、別れた男と女が接触するな
んて、滅多にない。継雄にとって手遅れになる危険性は大きかったはずだ。
(分からない)
 達也の枕元、百合子が頭を抱えているところへ、電話の呼出し音が鳴った。
はっと我に返り、電話に向かう。
 電話は五十嵐恵美からであった。寺西が殺された事件から一週間後のあの日
に再会してから、しょっちゅう、電話でのやり取りをしている。
 今日の用件は、近い内に百合子の家によってもいいかということ。明後日は
親子鑑定の日だから、それ以外ならいつでもいいわと伝えると、五十嵐はあっ
さり、三日後の昼と決めた。

「どうだった? 親子の鑑定は」
「おかげさま……と言うと変になっちゃうけど、達也は、寺西と私の間にでき
た子ではないと証明されたわ。これで、卓夫さんとの間の子だと、裁判所がす
んなり認めてくれればいいんだけど」
「裁判になるの?」
「そうらしいのよね。継雄さんが裁判を起こす準備をしているみたいだから。
例の殺人事件で休止状態だけど」
「ふうん。勝算はどれぐらいかしら」
「先生の話だと、こっちが六分、向こうが四分で、少し有利じゃないかって。
だいたい、私と卓夫さんとの間の子供じゃないとしたら、達也の父親がいなく
なっちゃう訳じゃない。そんなのってできっこないんだから、私は百パーセン
ト、勝てると思っている」
「そう、よかったわね。それに安心したわ。百合子、ずっと強くなってる」
「強くって?」
「中学や高校のときは、ずっと私にくっついていたんじゃなかったかしら?
気を悪くしないでね」
「ううん。恵美にそう言われたら、一言もない。転校して来て以来、あなたに
頼りっ放しだった、私。恵美が美大に行くと言い出したとき、泣きたくなった
わよ」
「そうそう、思い出した。私が志望校、美大に絞っていると知って、百合子、
凄く驚いていたわよね。茫然自失って感じ。最初、同じ大学を受けてって、色
色言ってきたわよねえ。覚えてる? あなた、相当、無茶を言ってたわよ」
「何となくね。あのときはもう、必死だった。恵美が意志を変えるつもりがな
いと分かったら、今度は自分が美大に受けるってまで言い出して」
「そうよ。周り、大騒ぎだったんだから。みんなしてなだめて、やっと決心し
たぐらいだったから、大学行ったあとも、私、心配で」
「ご心配をかけました。でも、高三のときで吹っ切れてたから、私」
「そうなの……」
「どうしたの、恵美? 何だか……らしくないわ」
「私の方はね……吹っ切れなかったのよ」
「何を?」
「それどころか、ますます、強く思うようになっていったわ」
「何のことよ、恵美」
「ねえ、百合子。菅沼先生はとっても優しい人なの」
「菅沼って誰? ……あ、あの服飾デザインの」
「菅沼先生、あんなに優しくしてくれていたのに、あんな男と結婚しちゃうな
んて……ひどい。そう思わない、百合子は?」
「ちょ、ちょっと待って。何のことか、はっきりしてよ、恵美。全然、理解で
きないんだから」
「分からないの? いいえ、分かるでしょ、あなたなら。女の子が好きなんだ
もの、百合子も」
「恵美?」
「ね? 分かるでしょ。思い出したでしょう? この感覚。あなたは吹っ切っ
てなんかいないのよ。私がそうだったもの」
「や、やめてよ、恵美。あれは……。あのときはあのときって、言ったじゃな
い。そうでしょ? 恵美は私を慰めるために」
「さあ……? 昔のことだもの、忘れかけちゃってる……。もしかしたら、私
は本気だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。だけれど、あ
のあと、あなたはずっと私の側にいた。付いてきた。それは女の子が好きだか
らでしょ。そうに違いないわ」
「待ってよ、恵美! ちょっと、嫌、嫌だったら!」
「−−」
「……恵美? だ、大丈夫?」
「……」
「い、嫌だわ。そんな恐い目。そ、そりゃあ、押し飛ばした私も悪かったけど」
「どうして拒絶するのっ!」
「な、な何を言うのよ……」
「昔、あなたの方から身を寄せてきたじゃない。それなのに、私の方から迎え
に行くと、どうしてだめなの?」
「恵美、お芝居はやめて。もうこの辺りで幕よ。ねえ」
「お芝居でも冗談でもないわ。本気よ。菅沼先生に捨てられてから、ずっと私
は努力してきた。この日のために。あなたと一緒になれるように、あなたの周
りをきれいにしてあげたわ」
「……恵美? 今、何て」
「あなた、男は嫌いでしょ。ね? 探偵に頼んで調べてもらって、びっくりし
たわ。あなた、結婚してるんだもの。最初、間違いかと思ったぐらい。でも、
こう思い直したのよ。二度も結婚したのも、相手からお金を搾り取ってやるた
めなのよね? それとも、子供がほしかったのかしら? どっちでもいいわ。
私、子供の内なら、男の子でも大丈夫だから。達也ちゃんがいたって平気。大
きくなったら、どこかに行ってもらうけどね」
「恵美! あなた、まさか。寺西を殺したの、あなたなの?」
「寺西だけじゃないわよ、ふふっ。高原卓夫を殺したのも私。睡眠薬を飲んで
から車の運転なんてしたら、事故るのは当たり前だわ」
「睡眠薬?」
「そう。アメリカのモデルからもらった特殊な睡眠薬。ほとんど麻薬みたいな
物なんだけど、元々人間の体内にある物質で作られる薬だから、日本の警察は
検出できなかったみたいね」
「卓夫さんを……何でよ!」
「さっき、言ったじゃない。あなたの周りをきれいにするためよ。寺西の方は、
よりを戻すつもりかと思って、焦っちゃった。本当は違ってたのね。まあ、ど
っちでもいいわ。あんな男と結婚していたという過去なんて、百合子にとって
汚点よ。始末するに限るわ」
「何を考えてるのよ、恵美! どうかしているわ!」
「怒った顔も好きよ。考えてみたら、あなた、いつも泣きそうな顔ばかりして
いた。一度か二度ぐらいしか、怒った顔なんて見たことない。こんなに魅力が
あるなんて、もったいないわ」
「やめて! いい? 警察に行きましょう」
「どうして? 私のこと、大事じゃないの? それに、警察は私のこと、知り
もしないんだから」
「……よく聞いてよ、恵美。私、あなたのことを嫌いになったわ。たった今!」
「百合子−−」
「卓夫さんまで……。絶対、許さない。せめて、警察に自分の足で行って!
そして二度と私の前に現れないでよ! それができないのなら、私、あなたを
殺してやるから!」
「……百合子、よく考えなさいよ」
「考えなきゃならないのは、恵美の方よ!」
「いいから、今度は私の言うことを聞いて……。男が好きになれる?」
「何の話っ」
「無理だと思うのよね、私は。今度のことで分かったでしょ。寺西については
言うまでもないわね。継雄って男は金の亡者。くだらない生き物だわ。あなた
がご執心の卓夫さんだって、自分が死んだあとのこと、ちっとも考えてくれて
なかったんじゃない? 達也ちゃん、かわいそうにねえ」
「そんなことないわよ」
「そうかしら? 一筆ぐらい、遺してくれていて当然だと思うけど。違う?
所詮、あなたの身体目当てだったのよ。家族としての将来は、何も考えてなか
ったのよねえ」
「違う! 違うったら!」
「分からないわよ。死んだ人に問い詰めたって何も答えてくれない。あなたは
お好みの返事を頭に描いているんでしょうけど、実際はどうだか、あやふやな
ものよ」
「そんなのじゃない」
「覚えているかしら、百合子。勝又君のこと。勝又康成君。あの子のこと、い
いなと思っていたでしょ。喧嘩別れするまで」
「……」
「思い出してみて。あのとき、凄くつまらないことで、喧嘩したわよね。で、
それっきり。男なんて、何を考えてるのか分からないわ」
「……」
「その点、女同士なら、すぐに理解し合えるんじゃない? あなたのためを思
ってやった私の行為、分かるでしょう? 中学のときを、ようく思い出して、
考えてみなさい」
「あ……嫌」
「逃げなくてもいいのよ。私は変わってないから。飛び込んできてくれたら、
しっかりと優しく、抱き留めてあげるから。ね?」
「……恵美……」
「ねえ、百合子。男の子と女の子、どちらが好き? 男と女を比べたとき、ず
っと一緒にいたいのはどっち?」
「わ、私……」
「言ってみて」
「……女の子が好き」
「いい返事。さあ、いらっしゃい。あのときの続きを」
「恵美」
「百合子」
「私……女の子が好きよ」
「分かっているわ」
「女の子が好き……殺してやりたいぐらいに」

−−終わり




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