#3063/5495 長編 *** コメント #3062 ***
★タイトル (QWG ) 95/ 5/ 2 17:33 (171)
けせん(6) 道路掃除人
★内容
淵のわらしが露地から少し上った小川のそばで待っている。その流れに沿って裏
山にのぼるのだ。
「あ、こんにちは。わらしも行くの?」花菜が声をかける。
「スかだなぐ、さ」わらしは仏頂面でぶつぶつ言う「吾ァ山のぼるのなんか厭んた
のに、、、まったぐ」
「ねえねえ、わらし、おばあちゃん、どう?」
「どうって、」
臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのとっくりセーター、モス・グリーンのブ
ルゾンを身につけたカヤをまじまじと見る
「……どうがスたのが?」
「にぶいなぁ、服よ。カッコいいでしょ。わたしの貸してあげたんだけど、意外と
似合うと思わない?」
カヤはうれしそうにほほえんでいる。
「ンだなあ……なにニヤつィでら。まるってカヤみでだな……」
「あはは、どーゆー意味よ。。。わらしって、ホントおかしい」
「若ぇころの俺みでだっつごったえン? な、わらス」ほほえんだままわらしに目
まぜする。
「ン、ンだ……」座敷のやつ、いつのまにこんな器用にヒトの真似ができるように
なったのかと淵のわらしは思う。
「まンづ、ぐずぐずってどァ、日ィ暮れでスまァぞ。行ぐべァ」
「ンだぁ、行ぐべ、行ぐべ」カヤの口真似で花菜が言う。
「このわらスこァ、人真似スて!」こぶしを振りあげてたたくまねをすると、花菜
は、きゃあ、あはは、と声をあげて渓のほとりを駆けのぼっていき、カヤがそれを
追う。
「やンれ、ほに……」あきれたように首をふってわらしが二人を追う。
先頭にカヤ、後尾にわらしの一列になってのぼっていく。曲がりくねった渓を足
場を選んで右左とまたぎ越しながらいく。カヤにとってここは我が家の庭である。
ごろた石に印でもついているかのように確実に踏んでいく。花菜はこれまで家のわ
きを流れている小川の上流がどうなっているか見たことがない。小さな滝、小さな
淵、流れを裂く大岩、枝流、涸れ沢、薄暗い杉林の中を走る流れはどこまでつづく
のか先は木立ちにはばまれて見えない。立ち止まった花菜が木立ちの奥を見上げて
ほうっと息をはく。からだが少し汗ばんでいる。林のなかの空気は冷たくて重い。
わらしが追い越しざま「花菜、こえが?」と声をかける。「ぜんっぜん! 気分い
いよ、すっごく」。カヤは、と見れば、まるで夢中のように先を登っている。身軽
なわらしは飛ぶようにカヤに追いつく。
「ざし、、、カヤ、もぺァっこゆっくりど行げ」
カヤはやっと足を止める。「ああ、花菜にァホネだが?」
「汝のごどだ。カヤの年考ェろ。汝はきづぐねたって、老いの身にァこでァでらは
ずだじゃ」
そう言われて動悸が啄木鳥のドラミングのように鳴っているのに気づく。息は不規
則で荒々しい。
「ああ、ほンに、ぺァっこ休ませでやんねば……。ンだども、からだァうきうきって
登りたか゚ってるようなんだ……」
花菜が追いついてくる。
「疲れた? おばあちゃん」
「うん。ぺァっこ休むべ」
ふたたび歩きはじめると座敷わらしはからだを重く感じる。ペースを落としてい
るのだがときどき膝が抜けたように力が入らなくなり地面や岩に手をついてしまう。
杉林と雑木林の境目にきてついに立ち尽くしてしまう。もう一歩進むのもしんどい。
これから雑木林の急な傾斜を登らねばならないが手を引いてもらったとしてもとて
もできそうにない。淵のわらしが前に出て言う。
「カヤ、吾さおぶされ」
「すまねな、わらス」
「いいがら、ほれ」
わらしがカヤをしっかりと背負い、葉を落とした木立ちをぬって登っていく。花菜
がその後ろからカヤの尻を押す。
「ありがとう、花菜」
「ありがとうな、花菜」
カヤとわらしが異口同音に言う。
花菜の驚いたことに子どものなりをしたわらしは意外に力が強く、人ひとり背負
って楽々と傾斜をいくので、花菜は力いっぱい押さなくともよい。「俺のけっつ(尻)
ばり見でで、けっつまずぐなよ」
「んだ。ちゃんとわれの足元見でろ」
「うん」
「カヤはちゃんと前見でろよ。枝で顔かっちゃがれねよァに、な」
息の合った足どりで登る彼らは一体になったかのようだ。
「ありゃ」
河童が声を上げる。ふいに木立ちが切れて車のわだちが刻まれた道路に出る。
「あーっ! 道路があるんじゃない。知らなかったの、おばあちゃん?」
「知さねがった。。。この前裏山さ登ったのァ、樺太郎の姉ァ生まれる前だもの」
70年以上前だ。道路を来れば楽だったと花菜は思うが、渓に沿って登るほど楽し
くはなかったろうとも思う。
「てっぺんさ道つづいでっか見でく」と言ってカヤを下ろしわらしは道を登ってい
く。
道路に立ち、登ってきたほうをふり向くと、大船渡湾が一望のもとにある。意外
に高くまで登っていたのに気づく。
「すごぉい! 尾崎岬を越えて水平線が見える!」感嘆の声をあげる花菜。
貨物船がはるか遠くをいく。漁船が海面に帯をひいて防波堤の開口部から出てい
く。海を耕して畑にした海扇養殖筏。接岸港をもつ大きなセメント・プラント。花
菜の肩に片手でつかまってカヤもまたそれらを驚嘆しながら見ている。
「確かにたいスたもんだ、人間の力っつものァ」低声でつぶやく。
わらしが戻る。
「道ァ上さは行ってねな。そのかわり階こさェであっつォ」
山の斜面を削ってその土をプラスチック箱に詰めて埋め戻し杭で補強してこしら
えた、人ひとり通れる幅の階段だ。そこをまた三人いっしょに登っていく。ほどな
く傾斜がゆるくなり階段はいらなくなる。雑木の隙間の広いところをぬっていくと
高圧電線の鉄塔の下にでる。あの道路からもかなり登ってきたはずだ。
「すごいなぁ、、、人間って。こんなとこにまで塔たてて電線引いてる……」
平地で見慣れた鉄塔もこんな山の中にあるのを目にすると人の意志のすごさを思わ
ずにはいられない。人が踏んだ跡はさらに上まで続いている。
「ひぇ〜、まだこの上に行ってんだぁ!」
「いってァどごまで行ぐんだ……。先さ何ァあるんだ……」さすが淵のわらしも少
し畏怖を覚えている。
「頂上よ。そこに頂上があるから人は登るの。ヒラリーって人が言ったんだけどね」
「ひらりぃったら、テレビさ出でだ、相撲好きな」テレビ好きの座敷わらしである。
「それはヒラリーじゃなくて『ひらり』」
「相撲好ぎなのが、ひらりってやづ? 吾どとらねえンが?」相撲好きの淵のわらし
である。
「ひらりってのはテレビの(ってもわかんないか)……女の子なの」
「おなこ゚があ。んでァ、わがねな」声が沈む。
「さぁてど、、、わらスよ、吾どァ人でァねぇか゚、ひとまず頂上めざすべァ」カヤ
が言ってわらしの肩をたたく。
「こらカヤ、汝ァ人だど」
「う、、、ンだども、登るのァおめさんだえン? 俺ァおぶさってるだげだおん」
淵のわらしは喉の奥で笑って、「……まぁ、そォだどもな」
また三人一体で登っていく。傾斜がゆるいのですぐ先が頂上のように見えるのだ
が、そこまで行くとまだゆるい登りが先に続いているとわかる。そうやって何度も
期待が裏切られるうちにそれは壊れて徒労感と焦りになっていく。
「ねえ……まだなの、頂上」
花菜はしばらく前から足元を見たまま目を上げなくなっている。
「もぺァっこだがら、がんばれ」
そう言われてから五分。長い五分だったが、ようやく登りつめる。さ、着いたぞ、
と言われてカヤの尻から手をはなし、あたりを眺めまわすと、なるほど、前方は背
にした傾斜よりも急な下りとなり尾根をなしてまた一つの頂へとつながっている。
わらしの前へ出ると頂上を示すらしい頭をペンキで赤く染めたコンクリートの杭が
ある。ほっとする花菜の後ろでカヤが嘆息をもらす。
「はあ〜、、、こえ、こえ……」
それをまねて花菜が、おなじ思いを口にする。
「はあ〜、、、こえ、こえ……」
あっはっは、と笑ってわらしが言う。
「花菜、カヤの真似うめな」
尾根でつながる向こう山は、こころなしか下界で見るよりまぶしく見える空を背
景に斜めの日差しを浴びて、ゆるぎなく座している。はるかむかし奥州藤原文化を
支えた金鉱のあったヒタカミ山である。
「あの山がヒタガミ山だ」カヤが言う。
「ヒタカミ? 氷上山じゃないの?」
「もどもどァヒタガミだ。そのころァケセンの神様まづってだんだ。そのあどヤマ
トの神様さまづろうごどどなって、日高見っつゥ、日の本の国見下すような名でァ、
あんべァ悪っつごどで、ヒカミど呼び替えだんだ」遠くをあこがれるような眼差し
を山に向けてカヤは話す。
「じゃあさ、北上川もほんとはヒタカミ川だったの?」
「んだ。勘いぃな、花菜。こったごどァ学校の歴史でァ教ェでねべ?」
「教えないね」
「んでも、これも日本国の歴史なんだよ」
「へえ〜、そうなんだあ……」
「ヒタガミ山の右手向ごうさ、まだ山あるべ?」
「うん」
「そのさらに奥の遠ぐさ、まだ山あるべ?」
「うん」
「それさ向がって『おおい、やまおどご』って叫んでみろ」
花菜は大きく息を吸って、「お〜い、やまおとこぉ〜」叫ぶ。
▲おうぃあわおぅおう▲こだまが返る。
「だぁれ、標準語で叫んでもわがね、ケセン語でねば」
「似たようなもんじゃない」
「発音か゚大事なんだ。さ、も一回」
「おおい、やまおどごぉ〜」
▲おおい、やまおどごぉ〜▲
「ほれ」
「あれ、山男? 山彦じゃない」
「こだまだ。こんどァ『やまおどご、ぺァっこ面出スてけろや』」
「やまおどごぉ〜、ぺァっこ、つさ出スてけろや〜」
▲やまおどごぉ〜、ぺァっこつさだスてけろや〜▲
「『いづ来てけるや』」
「いづ来てけるやぁ〜」(ばかみたい、こだまが聞こえるだけじゃない)
少し長く間があって、
▲あすなさでいぃが〜▲
と声が返ってくる。
「明日朝くるど」
え? なに、いまの!?
「ほれ、返事。『あすなさ頼むぞ』」
花菜は呆然としている。
「ほれ! 『あすなさ頼むぞぉ〜』て」
「あ、あすなさ頼むぞぉ〜」
声がうわずっている。
▲おお、あすなさいぐ〜▲
「な、なに?なに?なにがどうしたの?」
パニクる花菜をよそにカヤは得たりとほほえみ、
「これで良ス。なぁに、あわくってら、花菜。座敷わらスァいで、山男ァいで、こ
だまもいる。なぁンもおがスィごどァながんべ? 明日朝、山男迎えさでるぞ。ほン
だら、下りンべァ」
こだまの仲立ちで山男と話がついた。