#3020/5495 長編
★タイトル (DRH ) 95/ 4/23 8: 4 (155)
「友達」#2/2 /Tink
★内容
国道一号線から近畿自動車道に入り、名神高速道路で米原方面へと走っているのだが
、盆休みにはまだ遠いせいか、驚くほどに道は空いていた。
発達した入道雲が青空一面に広がっていて、夏らしさを一層と醸し出している。
時折、地熱の関係で見える陽炎が外の暑さを物語っていた。
香織とこんなに長距離のドライブをするのは始めてだ。
何を思ったのだろうと、ふと、心の片隅をよぎった。
突然、海に行きたい。そう思ったのだろう。
香織は、まるで猫のように気紛れなのだから。
僕の気持ちにも、きっと気がついていないのだろうと思い、軽く肩をすくませた。
いつまで、こんな関係が続くのだろうか?
いつまで、このままでいられるのだろうか?
気持ちを知られて、僕の側から香織がいなくなるのだけは嫌だった。
そんなことになるくらいなら、いっそ今のままの方が良かった。
ただ、誰よりも香織の事が好きなことだけは間違いがないのだから----。
いつのまに起きたのか、助手席でもぞもぞと香織が動きだした。
「ん、隆志、喉が乾いた」
香織は、軽く伸びをして、眩しさを避ける為にかけていたサングラスを外した。
「ちょうど、次のサービスエリアで止まろうと思っていたんだ。ガソリンもそろそろ入
れておきたいしね」
「わかった」
次のサービスエリアまでは、ちょうどいいことに、五キロくらいの距離だった。
しばらく走っていると、サービスエリアと本線の分岐路が見えて来た。
左のウインカーを忙しく点滅させながら、車をサービスエリアへと滑り込ませると、
ゆっくりと減速していった。
行楽シーズン前だからなのか、がらがらの駐車場へ車を止めると、しばらくアイドリ
ングさせてから、エンジンを停止させる。
キーを抜き取り、香織と一緒に車を降りると、大きく伸びをした。
大阪とは違い、すっきりとした暑さが全身を包む。
「うーん。夏なんだな、やっぱり」
「さっきと同じこと言ってる」
香織はくすくすと笑いながら、僕の背中を軽く叩いた。
★
サービスエリアの軽食コーナーで軽い食事を済ませると、落ち着いたからなのか、香
織は眠そうになまあくびを噛み殺していた。
「でも、香織って良く寝るよね」
ほっておいたら十五時間は寝ているだろう。
「だって、眠いんだもん」
「それで、良く高校を卒業できたもんだ」
僕がそういうと、香織はおかしそうに笑い出した。
「それがね、毎朝大変だったのよー」
「大変って?」
「だって、毎日目覚まし五つくらいかけてるのに起きれないから、結局はお母さんに毎
朝起こしてもらうでしょ。それも起きてから、暫くぼーっとしちゃって何も出来ないか
ら、いつも遅刻ぎりぎりでね」
「その時の香織の顔が見えるような気がするよ」
それにしても、目覚ましが五個も鳴ったらどんな音がするんだろうか?
「それでも学校行くのに、頭ぼさぼさじゃ嫌だから、軽くパーマとかあててね、ムース
をつけて行くの」
「先生には何も言われなかったの?」
「生活指導の先生には癖毛ですって言って、三年間通しちゃった」
香織はそう言ってから、はにかんだように笑い、長い前髪をくしゃりとかきあげた。
僕たちは、他愛ない話に三十分程費やしてから、サービスエリアを後にした。
米原から北陸自動車道に入ると、ほとんど辺りに車が見えなくなる。
「道がらがらだねー」
香織が道をぐるりと見渡してから言った。
「うん、阪神高速もこれぐらい空いてたら、乗る気もするんだけどね」
「言えてる」
「まあこの道も、お盆前後には凄い混むんだろうけどね」
「その頃には、阪神高速が空いてるね」
くすくすと香織が笑う。
いつも思うことだが、こんな時の香織は良く笑う。
僕は、香織のそんな笑顔が大好きだった。
ただ、この笑顔が僕だけのものじゃないと思うと、少しせつなかった。
★
海に着いたのは、三時過ぎのことだった。
海水浴場の脇にある駐車場に車を止めると、しばらくアイドリングさせてからエンジ
ンを切った。
「やっとついたんだね」
香織が助手席から降りて、大きな伸びをすると、長時間車に乗っていたからなのか、
背中の骨がポキポキと音を立てた。
防風林が多いせいか、蝉の泣き声がにぎやかに響いていた。
乾燥した熱気が頬を撫でつけるのが気持ちいい。
持って来た荷物の中から水着や小物を取り出してから、海の家の更衣室へと向かう。
こんな時間だからなのか、誰もいない更衣室は妙に寂しく感じられた。
手短に水着に着替えてから海の家へ戻ると、香織を待つ間煙草を吸っていた。
「おまたせ」
明るいパステルカラーのワンピースの水着に身を包んだ香織は、少し恥ずかしそうに
している。
「似合ってるよ」
僕が軽く微笑むと、少し安心したような表情を見せた。
「ちょっと太ったからなあ」
「それで太ったなんて言ってたら、そこらへんの女の子に殺されるよ」
実際もう少し太った方がいいと思うのだが。
「でも、気になるじゃない」
「気にすること無いって」
「そうかなあ、でもなあ。まあいいや、せっかく海にきたんだもん。泳ご!」
そう言うと、香織は僕の手を引っ張って海の方へと駆け出していった。
焼けた砂が足に絡みついて、とても走り難かった。
やっと波打ち際までたどり着くと、足先を海水に浸すように踏み出した。
「結構冷たいんだ」
冷たいとは言っても、この暑さの中では心地よい。
「隆志って泳げるの?」
「水泳習ってたからプールだと泳げるんだけど、海じゃ自信ないなあ」
「じゃあ、あのブイの浮かんでるとこまで泳いで見ようよ」
香織は、50メートル位の距離の所に浮かんでいるブイを指さしてから言った。
「あれぐらいだったら大丈夫かな」
ゆっくりと泳げる位の深さの在る所まで来ると、香織は平泳ぎで、僕はクロールでブ
イに向かって泳ぎ出した。
プールの淡水とは違い、海水は浮力が強いのでかえって泳ぎやすかった。
だけど、海水だと水の中で目を開けていられないので、どの辺りまで来ているのかさ
えも、いまいちつかみ難かった。
途中から平泳ぎに切り替えて、目を開けると、もうブイは目前だった。
何とかブイまでたどり着くと、驚いたことに香織は既に着いていた。
「おそーい」
香織はくすくすと笑いながら、器用に立ち泳ぎをしていた。
「泳ぐの早いんだね」
「だって、高校の時にインターハイに出たことあるんだもん」
「インターハイって……凄いんだ」
僕が驚いたように言うと、香織は少し照れたような表情を見せた。
「凄くないって、結局勝てなかったんだもん」
「でも、インターハイまで行けたってことだけで、凄いと思うよ」
「結局挫折しちゃったけどね、戻ろうか」
そういうと香織は、ゆっくりと陸の方へと泳ぎ出した。
日が暮れる頃まで海岸で遊び尽くしたあと、海水浴場を後にして、シティホテルへと
車を滑り込ませる。
簡単なチェックインの手続きを済ませてから、部屋へと行くとさすがに疲れたのか、
香織はベッドに倒れ込むようにして寝そべった。
「さすがに疲れたよね」
「うん、でも楽しかったなあ----。海って、すっごい、ひさびさだったし」
「それにしても泳ぐのうまいよね」
「昔から泳ぐの好きだったから。ただ、自分に限界感じてやめちゃったけど」
昔を思い出したのか、香織は軽く目を細めて天井を眺める。
「昔は良かったよな」
「うん、昔は良かった。自分の気持ちもストレートに出せたもんね。今は傷つくのが怖
くて、色々とカモフラージュしたりしてね。素直じゃないの」
香織はベッドから起き上がると、僕の横に腰かけた。
長い髪が頬にかかり、とてもチャーミングに見える。
ふいに、香織が唇を重ねてきた。
背筋に軽い電流が流れたような快感が走り、心臓の鼓動が早くなる。
「香織?」
「ずーっと一緒にいてね、分かったことがあるの。一度は断わったけど。もしかしたら
私の事を友達としてしか見てくれてないかもしれないけど。ずるいかもしれないけど、
私は隆志が好きなんだっ」
心臓が口から飛び出すのではないかと思える位、鼓動が早くなって来た。
頭の中が真っ白になり、暫く言葉が出ないまま見つめあう。
「僕も……ずっと好きだったんだ」
言葉にしないと通じない気持ちもある。
その時初めて気がついた。
ずっと一緒にいたけど、一番香織の気持ちを理解していたつもりだけど。
嬉しい誤算だった。
そして香織を抱き、体だけでは無く心も一つになれたような気がした。
強く抱き締めると、折れてしまいそうな華奢な体。
何よりも超えられないと思っていた、友達としての枠。
そう、いつまでも忘れたくない一瞬だった----。
(おわり)