#2989/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9:20 (198)
出会い 10 永山&平野年男
★内容
「頼むから、他言無用。な、な?」
「分かった、分かった。そういうことなら、許す。許します」
拝む格好の細山君に、手を振ってあげる。あー、涙が出て来ちゃった。
「……何でもいいわ。笑ったところで、流次郎犯人説を落ち着いて考えてみて
ね、リマ」
ミエにそう言われて、ようやく完全に笑いが引っ込んだ。
「何の話をしていたんだ?」
気を取り直したように、細山君が聞いてきた。まずは、第三者の意見を聞い
てみることにしよう。
あたし達三人は、他のみんなを放っておいて、喫茶に入った。売店も一緒に
なっていて、さほどでないにしても混雑してる。
「あの探偵が犯人ねえ」
ミエの考えを聞いた細山君は、判断に迷っている様子。
「正味、分からない。ただ、そういう可能性があるんだったら、すぐに行動に
出ないと危ないんじゃないか。流次郎は自分が探偵であるのを利用して、無実
の岡田さんに罪を被せ、逃げ切ろうとしているんだろ」
そうなるのよね。あたしにはそもそも、それが信じられない。探偵が何かの
拍子で犯罪をしてしまう。現実だろうと小説だろうと、それは起こり得る。だ
けど、流さんのような名探偵がなす犯罪とは、正義のためになされると信じた
い。福沢菊江という人が大犯罪者なら話がつながるんだけど、警察が何も言わ
ないところを見ると、違うんだわ、多分。あまりにも姑息な犯罪。違和感が消
せない。
と、そこへ、不意に飛び込んできた会話−−。
「えー? 平野年男ってそんなに面白かった?」
「全然、そんなんじゃないよ。でも、現実はこうして売れてるのよねえ。不思
議」
「あら、それは違うのよ。一人の人がまとめて買っていったの」
平野年男という語に惹かれて、声のする方向へ振り返る。売店で、三人の女
子従業員−−比較的年配者が一人混じってるけど−−が暇を見つけて、お喋り
に精を出していた。
「そうなんですかあ?」
「二日ほど前だったかな。サングラスをかけた、ちょっと格好のいい男の人が
来てね、『平野年男の小説、あるだけ買います』てなこと言って、景気よく買
っていったのよ。あれ、きっと作者の友達か何かじゃないかね?」
あたし達は顔を見合わせた。軽くうなずいてから、あたしとミエの二人が動
くことに。売店へ直行。
「すみません」
「はい、何か」
先ほどのけたたましい声とは一転、営業用のスマイルと共に、心地よい声が
返ってきた。
「あの、買いに来たんじゃないんです」
また一転、表情が憮然としたものになる。ここでくじけてなるか!
「さっき、平野年男がどうこうって言ってましたよね」
「それが?」
不愛想になってきた。こっちは話を聞き出さないといけない身だ。我慢して
粘ろうっと。
「本をまとめて買っていった人のことなんですが……」
あたしは、流次郎の容姿を言葉で表してみた。
「……こんな感じの人じゃありませんでしたか?」
「だいたい、当たってると思いますけど。……それが一体、何になるんですか、
お客様?」
嫌味だなあ。「お客様」じゃないって分かってるくせに。
「どんな名前の小説だったか、ご記憶してるでしょうか」
「そうねえ」
ありがたくも、覚えていてくれた。列挙されたいくつかのタイトルは全て、
流次郎の初期の事件とされるものばかりだった。
あたしにはまだ全貌は見えていなかったけれど、ミエが目を輝かせていた。
「どうもありがとうございました」
お礼を言って、あたし達は売店から離れた。きびすを返す寸前、三人の従業
員の怪訝そうな顔つきがおかしかった。
席に戻り、三人で額を寄せ合う。
あたしにとって次のミエの一言は、ある意味で衝撃であり、またある意味で
福音でもあった。
「あの男が流次郎だっていうのが、嘘だったのね」
「……え?」
あたしも細山君も、呆気に取られ、声を上げた。
それは一つの、思考の死角。
「よく考えてみて。私達の誰一人として、流次郎の顔も声も知らない」
「今なら知ってるわ」
「あの男に会ってから、でしょう? あの男が流次郎だという保証はどこにあ
るのかしら」
「だって、名乗ったじゃない。フロントに呼ばれたときも、流次郎って」
ミエは首を左右に振った。つやのある髪が揺れる。
「あの男が最初から流次郎という偽名で宿泊していれば、全て解決よ」
「そんな……」
「絶対にないと言い切れて?」
ミエの視線に射すくめられる。
あたしの気持ちは……事件の犯人であるかもしれないあの男が、流次郎さん
じゃないのであれば、どんなに楽になれるだろう。反面、あの男を探偵の流次
郎と信じていたことから来るショックも大きい。そんな気がしてならない。信
じていた者に裏切られたような。
「あの推理ぶりがどこか抜けていることからして、妙だなと思ってはいたの。
だけど、証拠がなかった。でも、今の売店の人の言葉で、霧が晴れた気分よ」
そこへ細山君が口を挟む。
「どういうこと?」
「あの男が流次郎だとして、自分の活躍を記した本を買うかしら? 買うかも
しれないけど、こんな、スキー場の売店で買うのはおかしいわよ。そうなると、
あの男は流次郎じゃないと思えてくる。本を買い込んだのは、流次郎について
の知識を急いで仕入れる必要が生じたから」
「それは……玉置さんやリマが、流次郎のことを間接的とは言え、知っていた
せいなのかい?」
「恐らくね。自分が来たことを福沢さんに知られるのはまずいから、最初から
偽名を用いると決めていたんだと思うわ、あの男は。その名前が、流次郎。サ
ングラスをかければ、ほぼ完璧に自分の存在を福沢さんの目から隠せる。そし
て福沢さんを殺し、自殺に見せかけるつもりだった。万が一、偽装がばれても
『流次郎』を犯人として、自分自身は姿を消してしまえばいい。最初はこんな
風に考えていたんじゃないかしら。
ところが、犯行前に、流次郎は刑事事件に口出しできるほどの探偵だという
ことを、私達が教えた形になってしまった。これは利用できるって、あいつは
考えたのよ。二段構えの作戦が三段構えになったってところかしら。自殺に見
せかけて福沢さんを殺す。もし偽装が明らかにされても、『流次郎』として事
件に関わって適当な人物を犯人に仕立て上げる。それも失敗したときは、『流
次郎』に罪を被せ、自分は元に戻るつもりだったのよ」
「そうと決まれば」
テーブルを叩きたい気持ちを押さえて、静かに口を開く。
「すぐに警察に知らせなくちゃね。それであの男の身辺調査をしてもらって、
本当に流次郎かどうかを確かめた上で、偽者だったら……」
「どうするつもり?」
ミエったら、分かってるくせに、聞いてくるんだから。
「とっちめてやらなきゃ、気がすまないの!」
だけども……結局、あたしはとっちめ損なってしまったの。
何故って、ほんの一足早く、警察の方でもあの男の胡散臭さに気が付いたか
ら。あの男、調子に乗りすぎたみたいで、自分の推理を押し付けようとしたら
しい。あまりにも「流次郎」の肩書きを誇示するものだから、男の話を聞いて
いる間、地元警察の人は東京の方に問い合わせた。
その結果、過去のいくつかの事件に関して、確かに流次郎という私立探偵に
世話になっていると分かったから、一件落着しかけた。ところが念のためとい
うことで、顔の確認をしようと、顔写真をファックスで送ってもらったのよね。
写真は多少、系統は似ているものの、偉そうに推理を喋っている男とは全くの
別人。そのため、自称・流次郎の仮面はするり剥がれされた訳。当然、容疑が
一気に濃くなって、現在、厳しい取り調べを受けているから、やがて犯行も認
める模様。
「こっちに向かってるらしいですよ、本物の流次郎が」
どこから掴んだ情報か、剣持が惜しそうな口ぶりで言った。
何が惜しいかというと、あたし達、もう帰らなくちゃならないのよね。この
ままじゃあ、本物には会えないままになってしまう。
岡田さんの顔が見えた。すぐに駆け寄って、お詫びしとかなきゃ。
「ごめんなさい、岡田さん。あたしがあの男を探偵だと思い込んでいたせいで、
迷惑をかけてしまって……」
ミエと揃って頭を下げると、上から声が。
「そんなに恐縮しなくてもいいわよ。実害はなかったんだし。警察がすぐにあ
の男の言うことを信用して、私のところに来ていたらややこしくなってたかも
知れないけど」
「でも」
顔を起こし、今度はミエ。
「私達があの男を探偵だと言ったからこそ、あいつに『相談』を持ちかける気
になられたのでしょう? プライバシーに関わることを、あんな男に話させて
しまったのが申し訳なくて」
「あ、その話もあったか」
どういう訳だか、岡田さんは笑っていた。
「あんなとんでもない男でも、聞き上手だったわ。気分が晴れたもの、おかし
いわね」
「はあ……そうですか」
呆気。でも、ほっとする。本人がそう受け止めてくれてるのなら、あたし達
も肩の荷が下ろせる。岡田さんの言葉が、本心からのものだと思いたい。
「そうだわ」
どんなことを相談したのか、気になってきた。もう少しで、次の言葉が喉か
ら出そうなところ、ぎりぎりで飲み込んだ。
「何かしら?」
岡田さんが変に思ってるわ。
でも、聞ける訳ない。あの男が言っていたのは本当なのか−−同性愛の問題
を相談したのか、なんて。
「いえ、何でもありません」
笑ってごまかそうっと。
* *
プラットフォームに降り立つと、車内の暖気から開放されて、頭がすっきり
した。
「思っていたほど、寒くないな」
周囲を見回しながら、流がそんな感想を述べた。
とうに日は落ちていたが、辺りは完全に闇に溶け込んではいない。雪明かり
というやつだろうか。
「それにしても、偽者が現れるとは、君も有名になったものだ」
「冷やかしはよしてくれ」
苦笑する流。
「警察から知らせを受けたとき、ぴんと来たね。僕の名を語ったのは、この間
の依頼人だよ。彼−−今井慶一の容貌は、この僕と似通った部分があった」
流の口にした名は、私の記憶に残っていた。旅行代理店勤務の男で、なかな
か目端の利きそうな外見だったと思う。依頼内容は、福沢菊江という名の若い
女性を探し出してくれというものだった。
「ただの調査と思って、簡単にすませたのはまずかったな」
階段を降りながら、流は反省する口調だ。
「その福沢菊江が殺されたらしい。僕としたことが、大失敗だ。犯人に被害者
の居場所を知らせてやったとはね。薬としなければならない」
「そんなに卑下することない」
そう慰めてみたが、流はうつむいたまま黙り込んでしまった。
駅前にあるバス停に到着。列に加わる。
私は大きくため息をした。ふと、スキー場帰りらしい、若者六人の様子が目
に入った。男三人に女三人。髪の長いきれいな子や、かわいい感じのおだんご
頭がいる。年齢はほとんど同じだろうに、随分と印象に差がある。
にぎやかな会話が聞こえてきた。
「細山君ったらねえ、ゲレンデで三人のきれいな人に、声かけられてさ」
「リマ、言うなって頼んだのに!」
「いいじゃない。つまんない事件に巻き込まれて、嫌な思いをしたんだから、
気晴らしに」
「あ、あのなー」
「それで? 結局、あの耳打ちは何だったの?」
「ミエも聞いて聞いて。途中まで、細山君、全然気付かなかったみたいだけど、
危なかったんだから。あの三人、ニューハーフだったんだって!」
「ははあ。こちらももう少しで、事件になるところだったんだ」
六人の内の一人を除き、楽しそうな歓声が起こった。
私は、事件という言葉が気にかかったが、流に話を振りはしなかった。彼の
反省は、まだ続いているらしかったから。
−−終わり