#2988/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9:17 (200)
出会い 9 永山&平野年男
★内容
「おっと、これは僕の話し方がまずかったな。騒ぎが大きくなったところでと
いうのは、大げさだった。僕が、他の部屋の従業員に状況を見てもらおうと説
得している隙に、と言い直すよ」
「それですと、足跡の問題が未解決のままになりますわ」
「犯人は、僕の足跡の上を歩いたんだよ」
「えっ?」
何て発想なの! 及びもつかない流さんの推理に、みんな目を見張る。
流さんは、これまでで最高の笑みを浮かべ、得意の表情をしている。
「僕も迂闊だったんだから、自慢にならないんだが……。まさか、自分の足跡
の上を、誰か他人が歩いたなんて、思いも寄らないものじゃないかな。そうい
うことで、大目に見てもらおう。で、僕の足跡の上を後ろ向きに歩けば、本館
に戻れる。急ぐなら、靴を後ろ前に履けばいい。いくら犯人−−岡田牧子が女
性としては大柄な方でも、その靴のサイズは僕のよりは小さいだろうからね。
ほとんど不自然さは残らない」
しんとしてしまった。自分達の周りだけ、空気が違う感じ。
「以上だ。何か質問は? ……ないようだね。では、これから僕は警察へ話し
に行くとしよう。快く受け入れてくれればいいんだけどねえ」
そう言い残し、流さんはあたし達の前から姿を消した。
事件は解決したようなものなんだからスキー、スキーっていう声が沸き起こ
ったため、昼−−二時が近かったけど−−からは、外に出た。
きよちゃんと真子は、剣持に教えてもらっている。マジシャンの教え方は、
さぞうまいかもね。それとも秘密めかしててだめかしら。
本山は相変わらずのマイペース。それでも少しは遠慮がちに、一人で端っこ
の方をうろうろ滑っている。あれの何が楽しいんだか?
あたしは細山君と二人きり……のはずが。
「何か恨みでもあるのー?」
ぴったりと、ミエが側にくっついてるのだ。
「応援してくれてるんだと思っていたのに!」
「……リマ」
ゲレンデに出てから言葉少なだったミエが、小さな声で言った。
「何よ」
あたしは細山君の方を気にしながら受ける。彼、一人で立ってるから、どこ
か他の女が近寄って来てるじゃないの。
「あなた、あんな説明で納得しちゃったの?」
「あんな説明って」
「流次郎の推理。あれが仮にも名探偵と呼ばれる人の推理? 私には信じられ
ないわ」
ひどい言い様ね。ま、流さんが話しているときから、ミエがあまり感心して
いなかったのは分かったけど、それにしたって。
「少し悪く言い過ぎじゃない?」
「そうかしら」
当然という顔つきを変えないミエ。こうなると、あたしも意地になる。
「ミエは、あの足跡のトリックに感心しなかったの?」
「あれねぇ……。小説上ならともかく、実際はかなり無理があるわよ」
「どこよ。具体的に言ってくれなきゃ」
聞き返しながら、また細山君のことが気にかかる。ちらっと見ると、三人の
女子大生(多分)に囲まれ、何だか楽しそうにしていた。焦る!
「歩幅よ。あれだけ女と男の違いに言及しておきながら、歩幅の差については
一言もなかった。これ、変じゃないかな」
……言われてみれば……。
「おかしい……ような気もする」
「思うでしょう? 歩幅を考えると、流さんの足跡の上を岡田さんが歩くなん
て、簡単には行かないはずよ。少し、ジャンプする形になるんじゃないかしら。
そうだとすれば、当然、足跡はうまく重ならず、ぶれるわよね。ぶれたら、い
くら迂闊な流さんだって気付くはず」
ミエは「迂闊」にアクセントを置いた。
「……でも、それぐらいは」
「まだあるわ。岡田さんの足の怪我よ」
あ!−−人が振り返るほどの大声で叫んじゃった。それだけ、慌ててしまっ
ていたんだけど、確かに、足の怪我のことを忘れてた!
「治りかけにしたって、捻挫していたのよ。いつも通りに足を動かせるかしら。
他人の足跡の上を歩くときは、特に慎重でなければならないのに」
「……トリックについての推理は間違っていたかもしれない」
あたしは、それだけは認めた。
「でもさ、犯人を指摘する過程は完璧だったと思うけど」
「名前とイニシャルだけよ。第一、現場にあった文字がKでなく、カタカナの
『オ』だと、どうして言い切れるのよ。イニシャルがKで福沢さんと関係のあ
る人の犯行とするには困難が伴うから、無理に『オ』と読み換えた。そんな風
にしか見えないんだけど、私には。その証拠に、『オ』のつく人の検討はおざ
なりだったわ。たまたま、岡田さん一人しかリストに上がらなかったから、そ
れですんだようですけどね」
手厳しい攻勢に、あたしの心もぐらついてくる。だけど、あの探偵・流次郎
が間違えるなんて……。
「とどめの一撃を披露しようか。誰も気付いていないのが不思議なくらいなん
だけど、もう一つ、大きな見落としがあるわ」
「とどめ? 大きな見落とし?」
あたしにできるのは、ただただ、おうむ返し。
「犯人は絶対に岡田さんじゃないわ。正確を期せば、リマ、あなたが目撃した
人物が犯人だとすれば、という条件付きになるかな」
「どういうことよ?」
「その夜中に目撃した怪しい人物は、足音をかつんかつんと響かせていた……。
こう言ったわよね、リマ」
「言った」
あたしは考えてから、ゆっくりと答えた。うん、間違いない。あの人影は足
音を高く響かせてたわ。
「岡田さんが足音を響かせられるなんて、到底、思えないんだけどな。理由?
ここにも、あの人の足の捻挫が関わってくるの。岡田さんは捻挫のおかげで、
ブーツが履けなくなったと言っていたわ。これは真実よね。医者の診断もある
んだから」
「ええ」
「ブーツの代わりに、あの人は何を履いたか、覚えている?」
「スニーカーよ。ここで買ったと言ってた……。あっ、分かったわ、ミエ」
勢いあまって、バランスが崩れそうになった。慌ててストックを突き立てる
と、ミエに引っ張ってもらった。
「ありがとう」
「それより、分かったんでしょう。言ってみてよ」
「あのスニーカーでは、足音がするはずない。故に、岡田さんはあたしが見た
人影ではない。証明終わり……ってとこかしら」
「そうよ。食堂で聞いたものね。岡田さんが歩く音、スニーカーだからぺたぺ
たという感じだった」
あたしの記憶にも、その場面がしっかりと蘇る。
「ミエの言いたいことは分かった。それだと、誰が犯人になるの? 流さんの
言った方法以外、雪の密室を開け放つ解答があるとは思えないし」
「リマの灰色の脳細胞、回転が鈍ってるんじゃないの? 今回は、前から会え
たらいいと思っていた探偵に会えたことと、細山君との仲を進展させようと舞
い上がっていたせいにしてあげる」
全然、関係なさそうな事柄まで、ずけずけと言ってくれるわねえ。言い返せ
ないけど。
「だけど、どう考えたって、本館と別館との間を、足跡を着けずに行き来でき
るとは思えないわ。流さんの言った方法を、うまく実行できる人が犯人と考え
ていいんじゃないの」
「私が思い描いているのはね……。第一ヒント。いわゆる『意外な犯人』を思
い浮かべること。さあ、考えなさい」
クイズ番組の司会者の口調で、ミエは言う。
それにしても、意外な犯人ときたか。謎かけのつもりかしら? えっと……。
「第二ヒント。足跡のトリックを最も簡単に作ることができる人物は?」
黙っていると、ミエがそんなことを言った。それって、まさか?
「流さんが犯人だと考えてるの?」
「ご名答」
流さんの口真似までしてみせるミエ。何を考えてるのやら。
「脳細胞がどうのって言ってくれたわね。その言葉、そっくり、ミエにお返し
してあげる」
「あら」
「あら、じゃない! あのねえ」
あたしは興奮で、ミエを指差してしまってた。
「流さんが犯人のはずないでしょう! 雪の密室のトリックを考えるときに、
『発見者が絡んでくるパターンを考えなくてすむ』とか言ってたのは、どこの
どなたよ?」
「探偵の推理を聞いたら、変更したくなったの」
「いい加減なこと、言わないでよ!」
「純粋に可能性だけを、よく考えてみて」
「可能性を言い出したら、きりがないわ。でも、流さんは最も容疑者たり得な
い人よ」
「だったら、最もありそうにない仮定を受け入れて。それが本当にないかどう
か、考えるだけでいいから。ね?」
リマが肩に手をかけてきた。
「……いいわ」
あたしも興奮しすぎたと反省。ちょっと落ち着けた。
ミエは微笑んで、続ける。ゆるい風が、彼女の長い髪をふわっと持ち上げた。
「よかった。じゃあ、物語させてね。流次郎は、福沢菊江を追ってこの土地に
やって来た。どういう仲かまでは知らないけど、彼には福沢さんを殺す理由が
あったとしましょう。ロッジに来て、探偵は思惑通り、福沢さんを発見。でも、
自分が来たことを知られるのはまずいから、顔を見られてもすぐには感づかれ
ないように、サングラスをかけ続けることにした」
ミエの言葉に、あたしは思い当たる。あの探偵は、いくらスキー場とはいえ、
不自然なほどずっと、サングラスをかけていた。福沢菊江が亡くなるまでは。
「当然、流次郎は福沢さんを観察していたと思うの。だからこそ、彼女に絡ん
でいた酔っ払いの中年男性−−外山浩太郎氏をすぐに見つけた、名探偵として
の素振りもできたんじゃないかしら。実際に絡まれている場面を見ていたのな
ら、凄く簡単よね」
「えっと、何て名前だったっけ……。そうよ、照岩修平が受けたという電話の
件も、流さんが仕組んだと?」
「そう考えていいと思う。前に言ったように、電話の声は留守番電話機能で記
録できるんだから、そのテープとレコーダーを持って来たら、福沢さんからの
電話は演出可能。ちょっと引っかかるのは、照岩が流次郎を頼ってこない場合
だけど、もしも思惑通りに運ばなかったら、福沢菊江に頼まれたとか何とか言
って、別館まで自分から出向けばいい。
足跡のトリックはもういいかもしれないけど、一応、話そうか。目撃された
ときの用心のため、流次郎は女装して犯行に臨んだ−−ご丁寧に女物のブーツ
まで履いてね。そのおかげでばれたようなものだけど。彼は、別館に向かうと
き、爪先立って歩いたのかな。帰りも、なるべく行きの足跡に重なるよう、爪
先立って歩く。そして発見者を装って別館に向かうとき、初めてまともな足跡
を着けて歩くのよね。爪先の跡を上から踏み潰す形で」
筋は通ってしまう……。どう考えたらいいのか、分からない。目が回りそう
な気分。
「おーい、いつまで喋ってるんだ?」
滑ってきた細山君が、横に止まった。
「つかまってて、大変だったんだからな」
「楽しそうにしていたじゃない。もっと時間をあげようか」
あたし、いらいらしていて、彼に当たり散らす。
「そんな言い方するか? いいこと教えてやるよ、リマ」
と、顔を近付けてくる細山君。耳打ちする気らしい。
「何よ。言いたいことがあるんなら、はっきり言いなさいよ」
「怒鳴るなって。玉置さんには聞かれたくないの」
ミエの方を見やってから、彼は声を落とした。
心得ているミエが、少し距離を開けてくれたのが分かった。
「ミエに聞かせたくないことって、何よ」
「笑わないでくれよ。実は……」
あたしの耳に、息がかかる。見た目は少しロマンチックかもしれないけど、
細山君の言った内容が−−。
「ぷ」
思わず、吹き出してしまったの。笑いをこらえきれない。今度はバランスを
崩さないよう、自らしゃがみ込んで、思う存分に笑った。
「笑うなって言ったろう!」
「で、でも」
ひーひー鳴ってる自分の息がおかしくて、また笑ってしまう。ミエが近寄っ
てきた。
「何ごと? 死ぬほどの笑いって感じだけど、細山君、リマに何を言ったの?」
「あ、だめ。こいつにこれだけ笑われるんじゃあ、他のみんなにはなおさら話
せない。リマ、絶対に言うな」
細山君の顔は、情けないほど弱り切っていた。喋らなけりゃよかった。そん
な後悔の思いがあらわになってる。
「い、言わないけど……あは」
苦しい。飲み込んでも飲み込んでも、笑いがこみ上げてくる。
「とりあえず、起きなったら。人が見てる」
ミエが手を貸してくれた。何とか収まりかけてるけど、まだ口元がひくつい
ちゃう。
−−続く