AWC 彼女は彼女 4  永山智也


        
#2976/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8:27  (195)
彼女は彼女 4  永山智也
★内容


#0686395
発信者:RWD68412      亥龍寺音
受信者:XAM95037      ひろみ
文書名:無事、帰還
 今、大阪の自宅に戻ったばかりです。そしてすぐにパソコンを立ち上げ、ア
クセスしました。この文章、オンラインで書いてますんで、ちょっと変になる
かもしれないけど、許して。酔いが頂点に達しつつあるせいもあって、文字の
入力がやりにくいったらありゃしない。

 いやあー、盛況でしたね、オフラインミーティング。一次会の時点で、総勢
二〇余名ぐらいだったっけ。知っている顔が多い中、ひろみさん、あなたの顔
はかえってすぐに見つけられましたよ。
 それにしても、想像していたのと違って、美人なんで、びっくりしてしまっ
たよ、オジサンは。いや、冗談じゃなく、ほんとに目を奪われちゃいました。
 てっきりねえ、眼鏡をかけた平凡なお顔を思い描いてたんですが、見事には
ずれてくれた。いや、うれしい。顔だけで判断するのはよくないんだとは分か
っていても、やっぱり、美人にはよわいんよ、男は。
 あーあ、酔っ払って、だめだ。変なことばかり書いてしまう。またあらため
て、書くから。今日はこの辺で。

 実に楽しかった。


#0686450
発信者:RWD68412      亥龍寺音
受信者:XAM95037      ひろみ
文書名:改めて
 楽しかったですね。
 よく考えたら、ひろみさんはオフラインのあと、友達と旅行だって言ってい
ましたっけ。このメールを読むのは相当先になると思いますが、あの日の感動
を真空パックにしておきます(笑)。

         …
         …
         略
         …
         …

 それでは。また、お会いしたいものです。


         ※

 周囲にはジングルベルのメロディが流れている。
 亥龍寺音こと諸井は、時計を見やった。約束の時間までは、まだ早い。
 彼は、この夏のオフラインミーティングで初めて出会った彼女−−ひろみに
参ってしまった。話が合うだけでなく、ルックスも亥龍寺の好みにぴたりと当
てはまった。彼はまるで高校生に逆戻りしたかのように、彼女にアタックを開
始したのだ。
 その結果は、いい形として早い段階で返ってきた。最初の頃は、一人っ子の
ひろみが、「亥龍寺さんがお兄さんになってくれたらなあ」と言っていたので、
出鼻をくじかれた格好になった。
 それでも、亥龍寺は押し切ってみせた。多分、亥龍寺が、大阪からわざわざ
駆けつけてみせたのも、相手の心を動かしたのかもしれない。
 でも、そんなことがなくとも、彼女は僕のことを選んでくれたはずだ。亥龍
寺はそう信じることができた。
「亥龍寺さん!」
 声がした。いつ耳にしても、心地よい響きを持っている。
 声の方を振り返ると、彼女がいた。雪の妖精のような、白い毛皮をまとって
いる。頭の帽子の先には、丸く小さいボンボンが着いていて、いっそう、妖精
っぽい。クリスマスに合わせたらしい。
「待たせたみたいね。寒くなかった?」
「待つために早く来たんだ。君が来るまで待つのも、どきどきしていいもんな
んだよ」
 亥龍寺は気取ってみせた。
 そんな彼の手を取り、彼女が言った。
「亥龍寺さんの手、冷たくなってる。ほんとに大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。それよりも、そろそろ本名で呼び合ってもいいんじゃない
かなあって思うんだけど」
 亥龍寺は、かねてから何度も提案し、その都度、却下されてきた言葉を、今
度も口にした。
 案の定、今回も返答は同じだった。
「まーだ。いいじゃないの。パソコン通信で知り合ったんだから、亥龍寺、ひ
ろみってハンドル名で呼び合うのも。だいたい、亥龍寺音なんて名前、芸名と
かペンネームっぽくて格好いいわ」
 それに対して、亥龍寺は軽く肩をすくめてみせてから、
「じゃあ、行こうか、ひろみ」
 と、相手のハンドル名にアクセントを置いて応じた。

 一夜が明けて、クリスマス本番の日も、二人はショッピング等を楽しんだ。
 だが、遠距離恋愛をする二人にとって、時間はいくらあってもあまりにも短
いと感じられよう。
「いつもなら」
 タクシー待ちをしているとき、ひろみが言った。さっきの夕食のアルコール
のせいか、少し、呂律が回っていない。
「駅まで行って、見送るのに」
「しょうがないよ。例の叔父さんが、急用があるって言ったんだろう?」
 亥龍寺は笑って答えた。
 結局、一度も会ったことはないが、ひろみの叔父のことは、彼女からときど
き聞かされている。プロレス好きな他に特徴的だと感じたのは、ひろみのこと
を意識しているらしいということ。亥龍寺は、恋人としてちょっと気になった
ものの、こんなにかわいい女性が姪ならしょうがないなと思い直したものだっ
た。
「ごめんなさい。こんなにわがままだとは思わなかったわ、叔父が」
「いいって。クリスマスぐらい、家族で一緒にいたいんじゃないの? お」
 亥龍寺は顔を上げた。タクシーの順番が回って来たのだ。
「じゃあ、今回はここで。また会いに来るから。そんな顔するなって」
 タクシーに乗り込んでから、見上げると、彼女の顔がクリスマスにふさわし
くない、寂しそうな表情だったので、亥龍寺はそう声をかけた。
「いつものキス」
 やや不機嫌な声で、ひろみ。
「ここで?」
 亥龍寺は戸惑った。確かにいつも、別れ際にキスをしている。でも、それは
終電を待つばかりの、暗く、人の少ないプラットフォームだからこそできる。
亥龍寺はそう考えていたが。
「仕方ないな」
 目を瞑った相手を見て、彼も覚悟を決めた。人目もはばからず……。

 クリスマスも終わった朝、新聞を見て、ひろみは絶句してしまった。紅茶カ
ップに指をかけたまま、動きが止まった。
「嘘」
 ようやく、その一言を発して、あとは記事に見入る。
<大阪の会社員、列車にはねられる
          **線・**
 二十五日、午後九時十五分頃、東京都**、**線**駅のプラットフォー
ムから、男性が線路へ転落。入ってきた**行き列車にはねられ、全身を強く
打って死亡した。警察の調べで、男性は会社員、諸井祐一さん(二四)と分か
った。転落した状況は、目撃者が少ないために、まだはっきりしていない。諸
井さんは知り合いと会うために大阪から出てきていたという。>
 大きな紙面の隅っこの、小さな記事だった。写真も何もない。
 でも、ひろみにはあまりにも大きな記事である。
(もしかしたら)
 彼女は椅子から立ち上がった。
(亥龍寺さんじゃないかもしれない。私の記憶違いよ。もろいゆういち。読み
方はそうだったけど……そうよ、ゆういちは祐一じゃなくて優っていう字だっ
たわ、確か。諸井優一。これが亥龍寺さんの本名よ)
 念仏を唱えるかのように、口の中で何度も繰り返しながら、ひろみは階段を
駆け上がった。二階の自分の部屋にたどり着く。ドアを開けるのさえ、もどか
しい。ノブが空回りしている感覚。
 室内に転がるように入り、手帳を探す。ない。いつもの場所に見つからない。
 そこで思い出す。昨日、出かけたときに、上着のポケットに入れたんだった。
慌てて洋服掛けに走る。
 最初に手を入れたポケットにはなく、次に手応えが。
 と、今度はどこに書いたのか、そのページがなかなか見つからない。
 やっと見つかったときには、それだけでため息をついてしまった。
 だが、それが何の安心にもつながらないことに、彼女はすぐに気付いた。恐
る恐る、そこに書いてある文字を見る。
(……諸井……祐一!)
 悲鳴が出そうになった。
 だが、出なかった。出せなかった。何故ならば、ひろみはそのまま、気を失
ってしまったのだから。


         3

 香苗は、飯島健治の姿を認め、大きく手を振った。
「おーい! 何してんの!」
 自転車置き場で立ち尽くしていた学生服の飯島は、香苗の方に顔を向けると、
またすぐに下を向いてしまった。
「返事しろ、こら」
 彼の側まで急いで駆けつけ、香苗はその背中を軽く叩いた。
「うるさいなあ」
 声変わりも終わった、野太い声。いらいらした響きがあった。
「そんな言い方ないでしょうが。どうしたのよ?」
「学校の中で、あんまりべたべたしたくないんだよ。生活指導がうるさいから
な。目を着けられると厄介だ」
「平気よ。異性と話すぐらいで文句は言わせない」
 そう言ってから、香苗は飯島の自転車を見た。
「それで、どうしたのよ? 飯島君、だいぶ前に教室出たはずだけど」
「パンクさせられたんだよ、全く」
 相変わらず、不機嫌な声だ。
 手を伸ばして、彼の自転車の後輪に触れてみる。さほど力を必要とせず、ふ
にゃっとタイヤはへこんだ。ほとんど空気は残っていない。
 香苗はよく分かった。これならば、不機嫌になって当然だろう。
「後ろだけなの? 前も?」
「ああ、両方ともやられちまった。誰がやったんだか……」
「他の人の自転車はどうなのよ」
「ちょっと見てみたけど、何ともなっていないみたいだ。俺の他に騒いでる奴
もいないようだしな」
「じゃ、じゃあ」
 香苗は息を飲み込んだ。ゆっくりと考えを口にする。
「飯島君だけを狙って、誰かがこんなことを……」
「俺じゃない。俺の自転車を狙ったんだろ」
「同じよ! 早く、先生に知らせた方がいいんじゃない?」
「面倒だ」
 短く答える飯島。
 その反応が意外で、香苗は口を軽く開けたまま、目を見開いてしまった。
「何よ、それ」
「そのままの意味。知らせたところでどうなる? 根ほり葉ほり、色々と聞か
れるだろうさ。その上、『おまえの普段の行いが悪いから、こんな目に遭わさ
れるんだ』なんて、何の脈絡もない説教を聞かされかねない。そんなの、御免
だね」
「それは……そうかもしれないけれどさ」
 口ごもるしかなかった。
「そんなんじゃあ、当然、警察に知らせる気もない訳ね?」
「そりゃそうさ。先生よりも厄介だぜ。まあ、こんな陰湿なことする奴、大し
たことはできないに決まってるからな。修理代が悔しいが、それぐらいは、な。
まあ、もし犯人が見つかった金、返してもらうつもりだが」
「と、とにかく、自転車屋さんに行こうよ。つき合うからさ」
 香苗が促すと、ようやく飯島は自転車のハンドルとサドルに手をかけた。

−−続く
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