AWC ダルガの心臓(9)       青木無常


        
#2951/5495 長編
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ダルガの心臓(9)       青木無常
★内容
「尚美ちゅわん」
 この期におよんで脳天気な声とともに、トランジスタグラマーな肢体めがけて分身
おっ勃てつつばしゃばしゃと泳ぎよりはじめるのだから、おれも案外小春のことをど
うこう云えないのかもしれない。
「妙なオーラを出すな」
 心底あきれた、とでもいいたげな顔つきで尚美が叫ぶようにして云い、そんな、あ
いかわらずつれねえなあ、とあくまでスケベ心まるだしで応えるおれを制するように、
頭上を指さしてみせた。
 ふるえあがった。
 ゆらめくようにして、音もなく降下してくる五つの人影は、まちがいなく手を四本
もっている。援軍がきた、といったところなのだろうが、どうもおれには増殖しやが
ったな化物どもが、という印象しかうかばない。
 しかも、さらにべつのものも、妖怪どもを追うようにして上空から降下しつつあっ
 青白い光輝。
 幻のようになんの音も発さず、直径二十メートルの楕円はおれたち目がけてゆっく
りと降りくだってくる。
「こっちよ、峠達彦! とっととしなさい!」
 叱責の響く方に目をやり、尚美たちとの間の距離がさっきより大はばに遠ざかって
いるのに気づいてぎょっとした。
「あわわ、待ってくれよ冷てえなあ」
 いいつつ、抜き手を切った。
「あん、あたしをおいてくなあ」
 不満たらたらの抗議をしたがえて小春もまたばちゃばちゃとおれの後を追いはじめ
る。
 だだだと四方から落下する水しぶきを顔面にあびつつ、乱流を構成する複雑な激流
をもまれるようにして泳ぎわたった。これで避難場所が滝の裏側のひそかな洞窟かな
にかだったらできすぎだな、とか思っていたら、尚美たち三人はほんとうに滝の裏側
にまわりこんだ。
「ぶは。急げ。あの裏の洞窟だ」
 はげますつもりで背後に呼びかけたが、小春におれの指さした方向が見えているか
はおろか、自分の指さしている方角が正確かどうかまでおぼつかない。
 かわりに、頭上から静かで、そのくせよく響く声が呼びかけた。
「大いなるものの光輝を」
 ぎょっとして上目づかいに眺めあげる。いうまでもなく、妖怪どもだ。
 五つの微笑がひとしなみに、激流に翻弄されるおれたちをいとおしげに見おろして
いる。
 そしてその手が、五枚の花弁のようにおれにむかってさし出されていた。
「いけ!」
 小春に叫びかけ、呆然と見かえすのへもどかしげに手をふってみせた。
 いいからとっとと行けバカが、と五回ぐらいくりかえしてようやく小春は激流にさ
からって泳ぎはじめる。
 見とどけ、ずぶぬれになった顔をぶるるとふるい、そして頭上に浮かぶ五つの慈顔
にむけて、ニッと笑ってみせた。
 さらに上空から降りつつあるUFOも、すでに仏像人間どものすぐ後ろだ。急がに
ゃなるまい。
 にこやかに微笑む妖怪どもにむけておれは、くい、くい、と手まねきをしてみせた。
 仏像どもは、微笑はそのまま、さし出した手を先にしてゆっくりと降りてきた。
 叱責とも、悲鳴ともつかない叫びが背後からかけられるのを無視して、おれは二方
向からさし出された青白い手を、ぐいと握った。
 そのまま、ひいた。
 同時に、水を蹴って半身をはねあがらせる。
 ひきずられて上半身を折れ曲がらせた体の二匹の化物をさらに引きずりよせ、その
奇怪な胴体を思いきり蹴りつけた。
 蹴りつけざま、握った手をむりやりもぎ離した。
 離れた。一匹だけ。
 もう一匹は、慈愛にみちた微笑を頬にきざみこんだままぎょっとばかりに目をむき
つつ、おれと手をつないだまま飛んだ。
 だばん、と水がわれた。
 同時に、ぎゃあ、と絶叫があがった。
 それをどう形容していいのかわからない。張り裂けてなお喉を酷使しながらわめき
あげる、狂人の咆哮、とでもいえばいいのだろうか。
 わめきながら水面をのたうつ肉塊は、どう見ても人間の顔をのせた芋虫のような印
象だ。四肢――というか、四本腕もまた、でたらめに水面を叩きまくっている。
 そしてその顔は――溶けていた。
 絶叫を吐き出し、双眼をむき出しにしてわめきもがく顔面からは、頬や額の皮と肉
がずるりと、むいたようにはがれ落ちていた。青黒い肉塊の間からは、白いものが顔
をのぞかせている。どうやらヤツらも骨格だけはおれたちと同じ白らしい。
 残る四体が、宙に浮いたまま、たじろぐようにして後退したような気がした。もっ
とも、口もとの微笑はそのままだった。
「水に弱いのか?」
 激流にさからって抜き手を切りつつ、ひとりごちた。それにしても、溶けて流れち
まうとは少々常軌を逸している。まあ、いずれにせよ助かった。
 そう思い、余裕を感じておしりペンペンでもしてやろうかと薄笑いをうかべてふり
かえり――やめた。
 あわてて、まじめに泳ぎはじめた。
 退いた四体をおしのけるようにして、巨大な青白い円盤が前進しつつあるのを見た
からだ。
 ばちゃばちゃと、はたから見ればいささかぶざまであろうかっこうで水をかき、滝
の裏側へまわる。
 首をひねった。
 立ち泳ぎの体の小春がおれをふりかえり、タッちゃあんと途方にくれたように鼻に
かかった声をかけてきた。
「なにしてんだ。洞窟はどこだ?」
 岩壁を視線でなめつつ、問うた。小春のやつ、なんだか絶望的な泣きっ面で首を左
右にふってみせてから、一角を指さす。
と勢いよく大量の水が流れこんでいく大ガマの口みたいな大空洞が、ぱっくりと口を
あけていた。
「これがどうした」
 仏頂面で問うてみた。最悪の解答を予測しつつ。
 これまた仏頂面で、小春が予想どおりの答えを口にした。
 願望をこめて云ってみたが、小春はかなしげに首を左右にふるうだけ。
 舌うちしつつ急流に身をまかせて大口の内部をのぞきこんだ。
 激流が、滝となって暗黒にのみこまれていくばかりだった。なにも見えやしねえ。
 近づけば流れが身体をのみこもうと情け容赦なくおれをひきよせる。ななめになっ
て水塊を蹴りつけつつ現状を維持し、小春と目と目を見かわした。
「どうするう?」
「どうするったって、おめえ、よ。尚美たちゃ、先いっちまったのか?」
「うん。ところで、なによあの女? あん?」
「浮気の相手だ、とでもいってほしいのか? 安心しな、まだつながっちゃいねえ。
おめえこそなんだ、あの若えヤツらに色目なんか使いやがってよ」
「ひどい、タッちゃん。あたしのこと、そんな女だと思ってたのね」
「おう」
「ひどい!」
 云ってどん、とおれの胸をついた。おっ、危ねえ。
 あたしがこんなに身も心もつくしまくってるのにタッちゃんはあたしを捨てる気な
んだ、この人非人、人さらい、×××、おんおんおん、××××の×××、とわけの
わからないヤバい熟語を連発しながらお得意の泣きマネをはじめやがる。うんざりし
て後頭部をばりばりかいていたが――ぎょっとした。
 どうどうと落下する滝の壁のむこうが、蒼白の光に染まりはじめたのだ。
 同時に、壮烈な勢いで落下中の滝が、まんなかから手で開いたようにして、すうと
左右にわれはじめた。
 どういう物理法則なんだよ、と泣きたくなるような気分で顔をしかめる。が、こじ
あけられるようにして左右に広がっていく滝と、その奥から現れた青白い楕円の巨球
を前にして手をこまねいて待っているわけにもいかない。
「モーゼの十戒かよ」
 つぶやくのへ、
「おんおんおん、じっかいってどこの女よ」
 とまったく意味不明のリアクションをかえす脳天気娘のぽちゃぽちゃとした手をぐ
いと握り、有無をいわさずひいた。
 力いっぱい泳ぎだすまでもなく、乱流にのまれてみるみる大口が眼前に迫る。
 落ちた。
 落ちる寸前、UFOが滝の裏側へとおどりこんでくるのを見たような気がした。
 確認するひまもなく、暗黒にのみこまれていた。

    8

 抹香くさい大伽藍の底で、巨眼でにらみ降ろす鈍色の大仏の髭がどじょうのようだ。
 正座する無数の坊主ども、ひとりひとりが仏像の慈顔をうかべて異様な響きの読経
をひびかせ、その底からわきあがるようにして小春の量感にみちた肉体がタコみたい
「うふん、タッちゃん、もっと」
 くねくねと肉のかたまりをおれにおしつけながら、ぽちゃぽちゃした白い指が隆起
した局部をうにうにと刺激した。
 いいかげんにしろこのバカ、葬式でからむんじゃねえ。
 口にしたつもりだが、伝わったようすはかけらもない。熱い息が耳朶をくすぐり、
うふんうふんと荒い鼻息があちこちを甘くかむ。
 どうやら夢を見ているらしい。
 まったく、今朝につづいてどうにもろくでもない夢しか見やがらねえ。まさか夢に
まで小春のことを見るとは、もしかしておれは案外あいつのことを、などと思いかけ
てみずからやめる。よきにつけあしきにつけ、小春という女はそれだけ強烈な印象を
発散しているという、ただそれだけのことなのだ。
 字義どおり夢うつつに納得してから、めんどうだから目をさますか、とうつろに決
心し、うぐぐうとうなってみた。
 目をひらいたが、抹香くささはぬけないし、まとわりつく重い肉塊はいっこうに離
れてくれない。
 ちくしょう、しつこい夢だな、と声に出してつぶやき、夢ではないことに気づいた。
 読経する仏像人間や大仏の姿こそないものの、抹香くささと人にからみついて局部
をぐにぐにまさぐる小春の存在はまさに現実のものだった。ごていねいにも、おれも
 うふん、くふん、もっといじってと巨乳をぶるぶるふるわせて眠りこける脳天気娘
の性感攻撃から、意志の力で身をふりもぎ、あうん、いかないでと寝言でひきとめる
のを無視して上体をおこし、四囲を眺めやる。
 角刈りの、岩みたいな筋肉に鎧われた美丈夫が、立て膝のすきまからちらりとおれ
に視線を投げてよこした。
「よう」
 せいぜいニヒルに、それでも内心感じている敵意というか嫉妬は極力出さないよう
にして、呼びかけてみた。
 返答はなく、男は無表情な一瞥をおれにくれたきり、一言もいわぬままふわりと立
ちあがった。声をかける間もなく、おれたちに背をむけて歩きはじめる。
 待て、と呼びかけようとして、やめた。尚美を呼んできてもらったほうが話がはや
いし、角刈りの精悍男よりは、ボーイッシュなトランジスタグラマーの方が相手をし
ていても楽しいのはまちがいない。
 肩をすくめて男を見おくり、周囲を眺めまわしてみた。
 浅い洞窟のようなところにいた。外は急な断崖にかこまれた広場のような場所で、
あちこちに円空の微笑仏を思わせる、おだやかで荒けずりな感じの像が鎮座ましまし
ている。
 おれたちの眼前で火がたかれ、そして少し離れたところに群れなす樹間を、見たこ
ともないような極彩色の小鳥が何匹か飛びかっていた。
 見わたしてみたところでは、奇怪な生物も青白い光もここにはないようだ。耳をす
ませば、ごうごうと大地をどよもす滝の音がかすかに聞こえてはきたが、全体には静
謐という言葉そのままの、のどやかさ。
 抹香くささに関しては、どこかで線香でもたかれているせいかと漠然と思いこんで
いたのだが、もしかするとこの地底世界特有のにおいなのかもしれない。
「ううん、タッちゃあん、つっこんでえん」
 背後で寝こけたまま身をおしもみつつ、小春がくにくにとおれの腰にしがみついて
きた。
「いいかげんにしろ、このバカ」
 いって軽く蹴りつけると、あうん、もっと、だ。処置なしだな。
 とはいいつつ、まとわりつかれまさぐられた余韻で逸物は隆起したままなのも事実
だ。ちくしょう、てっとりばやく放出しとくか、と小春の足を抱えようとしたところ
へ、尚美が現れた。
「あら、おさかんですこと」
 皮肉まじりに、というよりはからかうような口調でいう。
「おめえがお堅いからよ。そろそろおれに抱かれる気になったか?」
 あわてて小春から離れつつ、そそり立ったモノを見せつけるようにして尚美にむき
直った。なかばやけくそだ。
「あいにくね。疲れてるの。またにしてくれる?」
「股にしてもいいのか?」
 にたりと笑ったおれをあしらうようにして、尚美は焚き火ごしに服のかたまりを放
ってよこした。
 あわてて受けとり、しばし思案する。おさまらねえな、と腕ぐみのすきまからみご
とにそそるおっぱいの谷間や、はりきったみごとな腰まわりに視線をまとわりつかせ
つつ思い、周囲を見まわしてみて――みっともないマネはやめることにした。左右の
岩かげに、角刈りと巨漢とが、さりげなく腕を組んで半身を見せつけていたからだ。
 しかたなしに生乾きの服に身体をおしこみ、




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