#2900/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/12/29 8:22 (199)
優しい事件 1 永山
★内容
街にはジングルベルが流れている。恋人同士らしき男女のカップルが、何組
もすれ違う。1992年も暮れていく……。
「うー、うっとうしい」
早歩きしながら、思わず、考えていることが口をついて出た。
「何を言ってるの、リマ」
ミエこと玉置三枝子が、分かっているような顔をしながら、あたしに言って
きた。
「あたしはミエの気持ちを代弁してあげただけ」
と言って、気持ちをごまかす。
だいたいさ、クリスマス目前の十二月二十二日に、女同士で並んで歩くいき
さつになったのは、ミエ、あなたのせいよ。こんな時期を選んで部誌を発行す
るなんて、信じられない。推理研の正式復活を目指して副部長のあなたが頑張
るのも分かるけど、状況ってもんがあるでしょうが!
一くさり文句を心の中で言ってから、あたしは自分のことを考える。うーん、
別に部誌作りの予定が入らなくたって、大した違いはないかもしれない。自分
でも言うのもなんだけど、細山君との仲が進展していれば、ちょっとは違うん
だろうけど、一年前と変わってないからなあ。結局、みんなで集まって楽しく
騒ぐというとこに落ち着くのかしら。
喧騒の街を抜けてしばらく行くと、やっと我が校が見えてきた。この時期に
なるとサービスで授業を休講にする先生も多く、人影はまばらだ。
あたしとミエは、すぐに部室棟へ向かった。街での人混みの多さのおかげで、
約束の時間より少し遅れていたのだ。
「遅い!」
音量大だが、どこかおかしがっている響きのある声は、真子だ。一つ下の木
原真子は、イラストを担当する。
「しょちゅう遅刻しているあんたが言うんじゃないの」
ミエはたしなめるように言うと、奥の席に座った。あたしもそれに続く。
「あ、お久しぶりです、奥原さん」
先輩の姿を目に留めたあたしは、慌てて挨拶をした。別に上下関係に厳しい
人じゃないんだけど、本当に久しぶりに会うもんだから、つい緊張してしまう。
「ああ……」
奥原さんの声には、いつもの張りがなかった。四回生になった今でも部長を
務める奥原さんは、今年、就職活動と卒論で苦戦していたのは事実だけど、そ
れも終わっているはずよ。
「どうかしたんですか?」
ミエが真面目な口調で聞いた。
「いや……。心配をかけるつもりは全くない。ようやく時間が空いたから、部
誌に載せる短編を久々に書いてみたんだが、ちっとも面白くないのができちま
った。ただそれだけのことさ」
「そんな……。そこまで大げさに苦悩しなくても」
あたしはいくらか茶化し気味に言った。
「いや、奥原さんのいうことも分かるで」
急に関西弁で割り込んできたのは、SATOMI君。あ、本名は高野里美ね。
元バスケ部で、我が推理研ではず抜けて大きい。
「はっきり言わせてもらうと、創刊号に載っとった話や、この間の犯人当てに
比べたら、面白くない。終わり方が特につまらんのや」
うーむ、そこまで言うか。いくら上下関係希薄な推理研と言えど、強心臓で
なきゃできないわ。
「じゃあ、載せるの、やめるんですか?」
剣持が言った。さっきからトランプカードをいじっていた彼は、手品が得意
な二回生だ。
「いや、ページの穴埋にしてくれ。自分としては不満な出来だが、金を取って
るんじゃないからということで、何とか勘弁してもらおう」
そう言う奥原部長は、やっぱりどこかお疲れ気味だ。あとはミエに任せると
言って、編集作業のイニシアティブを副部長に渡した。
「じゃあ、時間もないことだし、原稿のチェックは今回はなし。後で気付いた
ら増刷するときに訂正すること」
ミエはそう切り出して、『編集会議』が始まった。しばしの話し合いの後、
原稿の順序と、どこにイラストを挟むかが決定した。
他に決めるべきは、『りぃだぁずぼいす』、つまりは推理研に寄せられた部
誌に対する読者の感想を選出しなければならない。選ぶほどあるのかって?
あるんだなそれが。いつもはさほどでもないんだけど、今回は特別。何と言っ
ても、この前の部誌は学園祭用に作った物だから、読んでくれた人も多い。よ
って、自然と感想の数も増えるのだ。ただし、その中には、おちゃらけな物や
いい加減な物、こちらを馬鹿にしたようなのもあった。何か腹が立つけど、こ
れも致し方ないってとこかしら。
とにかく時間がない。原稿とプリンター用紙を抱え、遥か遠く?の学生課横
のプリンター室目指し、出発! 奥原さんは部室に残るということで、あたし、
ミエ、真子、高野君、マジシャン剣持、それに物静かな二回生の本山の六人で
行くことに。
学生課等がある本部棟を目前にして、ハプニングが起こった。プリンターの
用紙を抱えていた一人である本山に、小柄な影がぶつかったのだ。
「あ」
用紙が宙を舞った。折り悪く、風がきつくなっていた。瞬く間に、白い紙は
四方に飛散した。
「あ、ああーー!」
叫んでる内に、どんどん散らばる。あたし達は必死にプリンター用紙を追い
かける。本山にぶつかった影が、どうしているかなんて気にする暇はなかった。
何分かかかって、ようやく用紙を拾い集め終わる。本部棟前にある池に、何
枚かは落ちて、だめになってしまったが、どうにかコピーはできそうだ。ほっ
としていたところに、今度は剣持が、らしくない慌てふためいた声を上げた。
「あ!」
「どうしたの?」
あたしが聞いても、剣持は言語障害になったかのように、ただ近くの植え込
みの方を指差すばかり。
高野君が上から大きく、剣持の肩に手を乗せ揺さぶることで、やっとマジシ
ャンは喋れるようになった。が、その口から飛び出た言葉は、とんでもなかっ
た。
「げ、原稿がないんです!」
「はあ?」
みんな、頭が混乱していたのだろう。変な声を上げてしまう。
「どういうことなの」
ミエが聞き返した。
「あの、僕、原稿を持っていたでしょう?」
「知ってる」
「それで、用紙が散らばったから、僕も拾わなくちゃと思って、手にしていた
原稿をそこの植え込みの脇に置いたんです。もちろん、重しとしてコンクリー
トのかけらを置いて……。それが、今見てみたら、なくなっているんです」
「本当に? 風で飛んだんじゃないわね?」
「はい。あのコンクリート片、あるでしょう? あれで押さえたんです。あれ
が残っているのに、紙だけ飛ばされるなんて」
「……ぶつかってきた人、どうしたのかしら?」
ミエが不意に言った。誰も答えようがない。
「本山君、ぶつかってきた人、どこかわざとらしくなかった?」
「暗くて分かりにくかったですが……言われてみれば、向こうが僕の行く手を
妨げる感じはありました」
茫洋と、本山は答えた。
「そいつが持っていったと考えている訳?」
高野君が、難しい顔をしているミエに聞いた。
「まあね。いい? 証拠なんてないけど、とにかくあのぶつかってきたちっこ
いのを見つけて、問い質すのよ。あれだけの原稿を持っているんだから、すぐ
には遠くまで行けないと思うから」
「でも、原稿を捨てるってこともあるかも」
あたしは思い付きを述べてみた。けれど、間髪入れずにミエは首を横に振っ
た。
「捨てるんだったら、最初からここで原稿を台無しにすればいいじゃないの。
つまり、原稿を持っていた剣持君にぶつかればいいってことよ。何枚かは確実
に水に浸かるわ」
ミエは、苛立っているようだった。あたしは首をすくめ、素直に従うことに
決めた。
ミエが苛立つのも無理ない。この忙しいときに、何てことをしてくれたの!
ともかく、あたしたちは手分けして、キャンパス内を探すことにした。うー、
原稿をだめにしていたら、どうしてくれようか?
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ルーペ ’93 一月号 −−目次−−
犯人当て・問題編 「ナンバ」 SATOMI
1992年のベストミステリー 部員一同
孤島ではいつも…… 「君と共に館で」 本山永矢
エッセイ 「たかが本格されど……」 玉置三枝子
連載第三回 「江戸川乱歩殺人事件」 香田利磨
マジック種明し 「舞台裏からマジシャンを」 剣持絹夫
密室+アリバイ破り 「クロックとルーム」 奥原丈巳
犯人当て・解答編 「トルコ石付き刀の冒険」 玉置三枝子
執筆者の言葉&編集後記
表紙・本文イラスト/木原真子
犯人当て・問題編 ナンバ SATOMI
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*登場人物
難波幸司(なんばこうじ) 喫茶店の経営者兼マスター
林達也(はやしたつや) 新聞記者
内藤留美香(ないとうるみか) 村井静男(むらい)
賀来行洋(かくゆきひろ) 楠木原サリオ(くすのきばら)
その他ちょい役 女子高生の集団 主婦らしき集団
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「助けてえな、難波」
「出し抜けに何や」
「……えらく冷たい反応やね」
「忙しいんや。いっつもならこうへんおばはんの集団で来よってな。ケーキ類
を食い散らかして行きおった。それで夕方に来るお得意さんのために、新しい
のを焼いとるんや」
「ああ。女子高生のためにね」
「妙なことを妙なアクセントで言うな。それやと、俺がまるで変態やないか」
「変態ちゅうたら、幼虫がさなぎになって蝶になるっていう、あれやな」
「変態違いじゃ。まあ、間違うとるとまでは言わへんが」
「そや、こんなこと喋っとる場合とちゃうかってん」
「おまえから脱線しといて、よう言うのお、林」
「堪忍や。……とりあえず、アプルジュースをもらおか」
「忙しいのに、悠長に注文をよこすな!」
「ええがな。前は、喫茶店に来たら注文をするもんやと言うてたやないか」
「そんときはそんときじゃ。だいたい、アプルとは何や。日本人は古来、りん
ごのことをアップルと発音してきよったんや。本場の発音がどうであろうと、
りんごはアップル、これが決まりいうもんやろ」
「んじゃ、日本人らしく、いっそのこと、りんご汁と言いまひょか」
「えーい、うるさい! ほら、これで文句ないだろ。早く、本題に移れ」
「わ、そないに乱暴に置くなって。飛び散る」
「それで上等じゃ」
「きついなあ。まあええわ、事件の話や。殺しやで、殺し。殺人事件」
「くどいぞ」
「くどうもなるわ、こんなおもろい事件、ないで」
「おもろいとはまた、えらい言い様やな。仮にも人一人、死んどるんやろ?
不謹慎ちゅうもんやないか」
「それを言うたら、おしめえよ」
「どこの生まれじゃ、おまえは」
「実際、そうやないか? 探偵なんてみんな不謹慎やで。あいつら、好き勝手
しよる」
「小説とごっちゃにすな。事件の話を続けんかい」
「オーケーオーケー、カラオーケー」
「しょうもない洒落や」
「……それでや、難波君」
「おまえがワトソン役なんを忘れんと喋れよ、林『君』」
「分かっとるがな。……事件は三日前に起きた。いや、正確に言うたら、遺体
が見つかったのが三日前なんだ。ときに、難波」
「落語みたいな言い回し、すなよ」
「おまえ、内藤留美香って知っとるか」
「知らいでか。留美香やったら、この方面に疎い俺でも知っとる。今、ごっつ
う話題の人や。アイドルが失踪したんやから、ワイドショーのええネタになる。
三、四年前にも、何たらいう難しい名前の、脳の血管の病気になって再起不能
と言われとったんが、彼女の従兄弟っちゅう医者が執刀した手術で、見事回復。
その従兄弟も留美香の難病を治すことに成功したおかげで、一躍、医学界の権
威になったいうことで話題になっとったしな。その内藤留美香がどないした?」
「まだオフレコなんやが、三日前に見つかった遺体っちゅうんが、彼女らしい
んや」
「何やて!」
−−−続く