AWC 化石未来 5   永山 智也


        
#2885/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/ 1   0:38  (187)
化石未来 5   永山 智也
★内容
 今年の就職戦線は特に厳しいと耳にしている。このご時世に、マスコミ業界
に蹴られた土屋にとって、自分を積極的に迎えてくれるウェルロックは手放し
たくない「切り札」だ。それが切れてしまう事態は、どうしても避けたいだろ
う。
 それは美代子にとっても同じだ。どうやらこの二人の関係は、美代子の方が
土屋にべったりのようだ。彼女にとって、土屋がウェルロック開発社長に嫌わ
れるということは、自分の父親が土屋と自分との仲を認めないということに直
結する。そんな事態だけは避けたく思っても不思議でない。
「ここでもし、岩井美代子さんが装飾品を壊したと言い繕えば、どうなったで
しょう? それでも岩井社長が二人の仲を見る目は、厳しくなるかもしれない。
それに土屋さんが内定を取り消される可能性は、わずかでも残っているのです。
それだけは絶対に避けねばならない。二人は考えたんでしょうね。時間的余裕
があれば、そっくり同じ物を買って来るとかもできたんでしょうが、次の日に
は岩井社長が別荘に姿を見せる予定になっていて、時間がなかった。あるいは、
同じ物は二つとない装飾品だったのか。そこらの事情は全く分かりませんが、
その夜の内に対策を立てる必要があったんだと思います」
「その対策として思い付いたのが、狂言か」
「そうでしょうね。泥棒が入って、問題の装飾品その他を盗み去ったことにす
ればいいのではないか。思い立ったが早いか、二人は実行に移したことでしょ
う。窓ガラスを外から割ったり、他に盗まれたことにする品物を物色したり。
口裏も充分に合わせたことだと思います。そうして、品物を処分する段階にな
りました。どちらが言い出したか、近くの山に埋めることを発案します。雨模
様の暗い中、二人は割れた装飾品やらその他の品を運んだ。いい場所を見つけ
ると、すぐに穴を掘り始め、物を放り込み、また穴を埋めた。これで見事、山
の発掘を許可しない理由が誕生したのであります」
 最後は講談口調になって、井手は締めくくった。
「もし、何かの拍子でその破片が掘り起こされると、おかしなことになるもの
な」
 感心しきりに、桂木は同調した。
「そうですよ。例え考古学者でなくても、出て来た破片を見て古代人の使って
いた土器だとは思わないでしょうからね」
 冗談めかして、井手は笑った。
「そりゃそうだ。当然、泥棒が盗んだ物を壊して埋めるとも考えないから、必
然的に岩井美代子らが疑われるんだな。発掘を断わるのも道理だ」
「ちょっと、自己中心的ですがね」
「それで、井手。証拠はないんだよな、今までの話に? どうやって確かめた
らいいかね」
「それは相手の性格にも依るでしょうけど……。この推測が当たっているので
あれば、交換条件として発掘を許可させてもらうつもりですか?」
「できればそうしたいね。そのために今までやってきたんだから」
 桂木は言い切った。彼の顔を窺うようにしていた井手は、真顔を崩して、
「それなら、考えてみますか。彼らのしていることは、一種の税金泥棒なんで
すから。ありもしない事件で警察を惑わすのは感心できませんよ」
 と言った。

 ところが、井手が名案を出さない内に、向こうから接近して来たのだ。電話
で桜田の研究室に呼び出しがかかったらしい。予想外のことに、桂木らは戸惑
いを覚えた。
「信用していいものでしょうか?」
 同行させてもらった井手は、桂木に尋ねた。が、それに答えたのは桜田の方
だった。
「井手君だったかな。私は、発掘さえ許可させてもらえるんであれば、構わな
いんだよ。仮に君の言うことが本当だとしても、大した罪じゃない。黙ってく
れと言われれば、黙っておくさ」
「僕は、桂木先輩が調査していたことを向こうが知って、それで連絡を入れて
来たんだと考えてるんですが」
 井手は初めて顔を会わせた教授に対し、少し人見知りしながら返した。
「向こうがこちらをどうにかする根拠がない。小さな罪を隠すのに、それ以上
の重い罪をしでかして、どうなると言うんだね」
「それはそうですが」
 不安を拭い切れない様子のまま、井手は押し黙った。
 呼び出された先は、例の岩井の別荘だった。そこへ到着して、三人は邸内に
招き入れられた。別荘にいたのは、岩井美代子の他には土屋和義だった。
「私達がしたことを、そちらの方が調べていたそうですね」
 桂木ら三人を前にして、美代子が言った。言葉は詰問調なのに、口ぶりの方
は以前のような迫力がない。
「かず−−土屋さんから聞きました」
「知られていたのなら、仕方がない。認めます」
 桂木は頭を下げた。別にやましい気はなかったが、これが礼儀だと考えての
行動である。
「桂木君のことを悪く言わんでください。私がこちらの地層にこだわりを見せ
たので、彼は調べてくれたのです。責任の大部分は私にあります」
 桜田がこう言い出したのを、桂木は意外に感じた。
「こちらこそ、どうやら全て、知られてしまったようですね」
 美代子の横にいた、頑丈そうな身体の男が口を開いた。土屋だ。その声は身
体つきと同じく、野太い。
 それに呼応して、主に井手が中心となって、こちらの仮説を話してみた。話
している間、美代子と土屋の反応は何かに耐えているように見えた。やはり、
自分達のしたことを暴かれるのが、恥ずかしく感じられたのだろう。
「間違いありません」
 認めたのは、岩井美代子だった。
「父が非常に大事にしていたガラスの器を割ってしまったのです。それを知ら
れるのが恐くて、泥棒に盗まれたことにしたのです」
 彼女が話している間に土屋は立ち上がり、隣の部屋から新聞紙を引きずって
来た。その上には細かく砕けたガラスや濡れたような跡がある巻物、高い脚に
泥の付いた壷等があった。
「これは、気付かれたと思って、昨日の内にまた掘り出した物です」
「何のために……」
 井手が聞こうとした矢先に、続けて岩井美代子が言った。
「これで、そちらの意向には添えることでしょう。どうぞ、自由に発掘をして
ください。妙な器が出て来ることもありません」
「それじゃあ、構わないのですね、山を掘らせてもらっても」
 半信半疑のまま、桜田と桂木が声を重ねて言った。
「ええ。その代わり、このことは他言無用ですわ」
「それはもちろん、約束しますよ」
「でも、わざわざ掘り出してしまっては、社長さんの目から隠しにくいんじゃ
ないでしょうか?」
 嬉しそうにうなずき合っている桂木と桜田を後目に、井手が尋ねた。
「それが、父は八月に入ってから海外に出て行ったの」
 井手が自分より歳下だからか、美代子は含んで聞かせるようにする。
「だから、当分の間、父がここに来ることはないわ。だから、その間にちゃん
と処分してしまうつもりなの」
「そうですか……」
 納得したかどうか、井手は引き下がった。

 改めて発掘の準備をして来ると言うことで、今日のところは桂木らは帰るこ
とにした。岩井美代子と土屋和義は、一週間後なら別荘でおもてなししますと
まで言った。
「どうした、井手?」
 桂木は、隣の席にいる井手に言った。岩井の別荘を出てから、井手は難しい
顔をしている。
「ちょっと考えごとです」
「気になるじゃないか」
「……桂木先輩。本当に二人の周囲から消えた人物はいなかったんですか?」
 思い詰めたような声を出して、井手は桂木にその瞳を向けた。
「何だ? 信用できないって言うのかな?」
 化石の発掘許可をもらった桂木は、不機嫌になることもなく、聞き返す。
 運転している桜田も、笑って聞き流しているようだ。
「いえ、そうじゃないんです。本当に該当する人がいないとなると、どう考え
たらいいのか分からなくって……」
「まだ考えているのか? あの真相の他に、何があるんだ」
「真相じゃないかもしれません」
「どういう根拠で、そんなことを言うのかね?」
 我慢できなくなった調子で、桜田教授が割り込んで来た。
「想像だけなんですが、あの二人の態度はおかしいと、僕は思いました」
「どこがだ。自分には何の不審な点も見い出せなかったな。実に素直に認めた
もんだと、拍子抜けしたぐらいだ」
 桂木はいくぶん、おどけてみせた。
「それがおかしいと思うんです。素直すぎたのが一つ。それと、どうして岩井
美代子さん達は、僕らに真相を気付かれたのだと考えたのでしょうね?」
「それは、桂木君が動き回っているのに気付いたからじゃないか?」
 と、桜田。これに対し、井手は芝居がかった言い方をした。
「これはこれは、噂に聞く桜田教授らしくありません」
「どういう意味だね?」
「短絡的に二つの事項を結び付けてしまっています。桂木先輩が調べていたこ
とに気付いた岩井さん達が、どうしてすぐに、真相にたどり着いているのだと、
考えるのでしょうか? まだ知られていないとは考えなかったのでしょうか?」
 井手の言葉に引き込まれたように、運転席の桜田はルームミラーに目を走ら
せた。視線がぶつかる。
「そう言われれば、ちょっとおかしいな……」
「そこで、僕は考えてみました。二人はわざと、僕らの推測に乗ってみせたん
じゃないかって」
「何だって? じゃあ、泥棒の件はどうなるんだ?」
「泥棒の件が狂言なのも、本当だと思います、先輩。ただ、父親が大事にして
いる物を壊したからとかではなく、もっと大きな罪を犯している。それを隠す
ために、自らこちらの仮説に追従した。こう考えてみたんです」
「その大きな罪とは、まさか殺人か?」
「そうだと思います。そのぐらいの重い罪でないと、引き合わない芝居ですよ、
これまでのいきさつは」
「……井手君。もうよそうではないか。私は化石さえ発掘できればいい。君の
言うことは状況だけを元にした、夢想のようなもんだろう。装飾品を壊しただ
けということで収めてはいかんかね?」
「……何も証拠がないですから……。それでも結構です」
 井手は黙った。何となく、重苦しい空気が車内に充満した。

 たがね、ハンマー、ルーペ、巻尺、カメラ、地図……。
 桂木は必要な物をリュックサックに詰め込んでいった。この前に発掘に行っ
て以来、研究室に置きっ放しにしていたので、今朝、桜田教授と共に部屋を訪
れたのだ。
 今朝は待望の日。あの山をついに掘ることができるのだ。
「あれ? 先生、どうかしましたか?」
 桂木は、リュックから道具を取り出している桜田を見て、そう聞いた。
「いや、ちょっと入れ方がまずかったかな。全部、入らんのだよ。待っていて
くれたまえ」
 桜田は言いながら、底にあったらしい弁当を引っ張り出した。例のごとく、
新聞紙で包まれている。それに目をやった桂木は、
「待ちますけど……。その新聞、今日のじゃないんですか」
 と尋ねた。
「ああ、これか。実は昨日、家内がちり紙交換に古新聞を出してしまってねえ。
私としたら、何だか新聞で弁当を包むのに愛着を覚えているものだから、今日
の朝刊を使った訳さ」
「奥さん、困らないんですか?」
 そのままで見える文字を追いながら、桂木は会話を続ける。
「テレビ欄さえあれば満足しているよ。ははは……。どうした、桂木君?」
 笑い話のつもりで言ったことに反応をもらえなかったためか、桜田は桂木の
方を振り返った。相手は熱心に新聞に見入っていた。
「何かまた、発見したのかね?」
「先生、これを見てください」
 そこには、『行方不明の女児、遺体で発見』と大きな見出しがあった。場所
は、岩井美代子の別荘から、程近い河原であった。
「死後一ヶ月とみられる……か」
 弁当から新聞を外し、記事を読んだ桜田。
「ちょうど、あの狂言の頃と一致しますよ。あの二人、埋めた遺体を掘り出し、
河原に遺棄したんじゃ……」
 桂木は、井手の難しげな顔を思い出していた。

−終−




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