#2884/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/11/30 23:49 (198)
化石未来 4 永山 智也
★内容
本格的な夏を迎えたと言うのに、暑さは今一つ、盛り上がりに欠けている。
お百姓さんや海水浴場は大変だろうが、化石を発掘する分には涼しければ涼し
いほどいい。桂木は無責任なことを考えながら、汗をぬぐった。いくら冷夏で
も、長時間、太陽の下で土を相手に格闘していると、汗がにじむのだ。
「おーい、そろそろ飯にしないかね」
珍しくも、桜田教授の方からそう言い出したので、桂木はありがたく飛びつ
いた。腕時計を見ると、十二時ちょうど。
「今朝はゆっくり食べている時間がなかったもんでな」
そう言いながら、大きくて平かな岩に腰を下ろした桜田は、リュックサック
の中から新聞紙に包まれた弁当を取り出した。
「愛妻弁当ですか」
「さあてね。悪妻弁当かもしれんな」
桂木の冷やかしにも動じず、悠然と古新聞紙を取り除く桜田。その新聞の隅
が、何かの煮汁で少し汚れていた。
「い?」
何とはなしにその染みを目で追っていた桂木は、そこにある文字を認識して、
奇妙な声を出してしまった。
「どうしたのかね?」
口をもぐもぐさせている桜田に構わず、桂木は新聞紙を拾い、引っかかった
箇所を捜す。すぐに見つかった。
「先生、これ、見てくださいよ」
「何事だね。昼飯ぐらい、ゆっくり楽しむもんだ」
と言いつつも、助手の指す箇所へ、桜田は目を近付けた。
「えっと、何だって。『ウェルロック開発社長の別荘に泥棒』だと?」
連続放火犯裁判判決、女児行方不明、鉄道車両内にゴミ袋放置といった記事
に囲まれる形で、その記事はあった。
「ねえ、何かあると思われませんか?」
「待て待て。だから君は短絡的だと言うんだ。とにかく、記事を最後まで読ま
せなさい」
記事の内容は、七月一日未明、ウェルロック開発社長岩井清彦の別荘に、泥
棒が押し入ったという物だった。当時、別荘には娘の美代子とその友人らがい
たが、物音に気付いて階下に行ってみたところ、庭に面した大きなガラスが割
られ、雨が吹き込んでいたらしい。盗まれた物は装飾品を数点やられたようだ
が、被害総額は百万に満たないということだった。
「日付はどうです?」
「ん? ああ……。確かに、仮の許可を得た日とはっきり断わられた日の間で
はあるな」
「これじゃないですか? この泥棒を殺してしまったんじゃないですか?」
桂木は勢い込んで言った。桜田教授には、井手の想像も伝えてある。
「夜中、物音に目覚めた岩井美代子が侵入者を発見。身の危険を感じた彼女は、
相手を何かで殴るかどうかしたんですよ。気付いたときには、泥棒は死んでし
まっていた。慌てた彼女は遺体を隠そうと思い、自分の山に埋めることにした」
「非常にドラマチックな筋だが、その状況で、どうして遺体を隠さねばならん
のだね?」
「は? それは、人を殺してしまったからで……」
「そうかね? 私は法律は専門外だが、この場合、正当防衛が成り立つんじゃ
ないのかな。そりゃ、泥棒が何か凶器でも持っていたかとか、家人を見て逃げ
ようとしたか居直ったかとかで、変わってくるんだろうけどね。少なくとも別
の犯罪、死体遺棄をするまでのことだろうか?」
「分かりませんよ。思いもかけず人を殺してしまったことで、気が動転したの
かもしれません」
「君の筋書きだと、他にも問題がある。盗品はどこへ行ったんだね?」
「盗品と言いますと」
「新聞記事を見たまえ。盗まれた物が数点あるんだよ。それを持って行ったの
は誰なんだ? 泥棒が死んでしまったのなら、盗まれずにすんだということで
はないかね」
「それは……。泥棒と一緒に山に埋めたんでしょう」
桂木の意見を聞いて、桜田は吹き出してしまった。
「何のためにだ?」
「えーっと」
答に窮する桂木。時間をかけて、ようやく答を捻り出した。
「泥棒を殴ったときに血が飛び散ったんです。それの付着した物を選んで、一
緒に埋めた……」
「血を拭き取るだけじゃだめなのかな? 私はそれで充分だと思うが」
「先生は推理小説にお詳しくないから、そんなことを言われるんです。血は拭
き取ったぐらいじゃ、検査で分かってしまうんです」
「そういう意味ではなくてだな。死体がないのだから、警察だって殺人事件と
しての捜査はせん訳だろう? もちろん、君の言う血の検査だってするとは思
えない。だったら、血が付いた物まで処分することはないと考えたいねえ」
「……動揺していたんですよ」
逃げ口上とは分かっていたが、桂木は答えておいた。
「白旗かね? 私も一つ、思い付いたぞ。殺人のついでに将来の相続のときの
税金逃れをしようと考え、装飾品を適当に見繕って遺体と一緒に埋めたんだ」
「それだと、額が低すぎますね」
さすがにこの点には、桂木も気付いた。
「その通り。私らのような者には百万相当でも意味があろうが、企業の社長さ
んとなると、その程度では何の足しにもなるまいね」
皮肉な口調で桜田は言った。そしてお茶をあおって、続ける。
「もっと論理的に考えねばいかんよ。恐竜の骨から、その生きている姿を想像
するのと同じようにな。泥棒の一件が、岩井美代子の心変わりに関係している
のではないか? そう推測することは誤りではない。決めつけてはいかんがね。
泥棒の件は本当にあったことなのか、偽装なのか。これも考えるべき点だ」
「恐竜の場合、偽装なんてことはありませんね」
ささやかな反論のつもりで、桂木は気軽にそう口にした。だが、桜田教授は
目を丸くして、聞きとがめた。その態度がわざとなされているものだとは分か
るのだが、桂木は緊張してしまう。
「これはどうしたことかな。君はかのベリンガーを知らないと言うかね?」
いたずらっぽい目で桜田に見据えられ、桂木はようやく思い出した。
今から三百年ぐらい前、ドイツのベリンガーという学者がいた。彼も化石の
研究をしている学者で、よく山を歩いて化石を探したそうである。そんな彼は、
ある日、不思議な化石を発見する。その石には、太陽や月が描かれていたり、
古代の文字のような物が刻まれていたりしたのだ。凄い発見だと得意になった
ベリンガーは、発掘を続けて愕然とさせられる。何と、自分の名前が掘られた
石が出てきたのである。つまり、これらの化石(のような物)は作り物で、ベ
リンガーを引っかけてやろうと考えた学者が用意した物だったのだ−−。
「そうでした。化石の方でも注意が必要です」
「分かればいいんだ。で、話を戻すと、泥棒があったことの真偽の他、事件の
とき、別荘にいたのは岩井美代子の他に誰々なのか、事件の後、どの様な変化
が彼女の周りで起こっているか。とまあ、これぐらいのことは考慮せんといか
ん。変化が起こっていないのだとしたら、どう考えるね、桂木君?」
「そうですね。泥棒の件は岩井美代子の心変わりと無関係なのか。それとも…
…泥棒の件を通して何かを保守する必要が生じ、それに成功したのか。成功し
たなら周りで変化が起こっていなくて当然です」
「よろしい。さて、これらを踏まえて、本業に取り掛かるかな」
桜田はゆっくりと立ち上がり、伸びを大きくした。昼食の時間は終わり、午
後の発掘の開始である。
夏の長期休暇に入ってしまうと、学生同士顔を会わせるには、約束してどこ
かで待ち合わせでもしないと、その機会は急激に減少する。桂木も、後輩の井
手聡一郎と会うために、電話連絡・両者に都合のいい日時の選定・日程の調整
と、段階を踏んだ。
そうまでして、駅前の喫茶店で井手と向い合った。なのに、例の泥棒のこと
を知ったいきさつと、そこから派生した推理を相手に聞かせた後、
「知っていますよ、泥棒の話」
と言われてしまっては、つっかえ棒を外されたようにがくっと力が抜けるの
はいたしかたない。
「知ってるだって? どうやって知った?」
「この間、岩井の名前を新聞記事で見かけたと言ったでしょう? それが泥棒
の記事だったんですよ」
聞かされてみるとなんのことはなかった。疲れた気持ちを何とか奮い立たせ
ながら、桂木は口を開いた。
「それならさぞかし、おまえさんは進展させたんだろうね、お得意の推理を」
話ぶりがやや嫌みになるのは疲れているからだ。勘弁してもらおう。先輩の
桂木は自分の口調をそう弁護した。
だが、井手は、
「ええ、まあ」
と答えたものだから、桂木の疲れの度合はまた上がってしまった。
「本当にか? からかってるんじゃないだろうな」
「どうして僕が桂木先輩をからかわないといけないんですか」
真面目な目で、井手は応じる。
「……分かった。聞かせてくれ」
「例によって想像だけなんです。その点を」
「分かった分かった」
適当な返事をする桂木。井手はそれで気を悪くする風もなく、改めて話を始
めた。
「泥棒のことが岩井美代子さんの発掘許可取り消しに関係している。これを大
前提とします。確実に分かっている事実だけを取り出してみましょう。泥棒が
入った? そんなこと、分かりません。第三者にとって確実なのは、装飾品が
数点、岩井さんの別荘からなくなっているということだけです。泥棒の件は言
い換えると、『装飾品数点が岩井の別荘からなくなった』となりますね」
「そうだな」
何だか、論理学の世界になってきたなと思いながら、桂木はうなずく。
「これを事実1とします。そして、山の発掘をさせない理由の中で、事実1に
合致するようなのを考えてみました。そして、一つの仮説を得たのです」
「どんなのだ? さっき自分が話したような、泥棒をどうにかしたというのは
不可なんだろう?」
「そうですね。僕は泥棒のことはなかったと思います。つまり、狂言っていう
ことです。事実1だけを見て、自然とそういう方向に導かれたんですけど。え
っと、その前に、岩井美代子さんの彼氏は何て名前でしたっけ?」
「ちょっと待てよ……」
手帳を引っ張り出し、確認する桂木。
「そうだそうだ。土屋和義だった。これがどうかしたのか」
「土屋さんも関係しているはずです。記事で、泥棒が入った夜、別荘には岩井
美代子さんとその友人がいたとなっていましたけど、それが土屋和義だと思う
のです」
「理由は?」
「彼女−−岩井美代子さんが両親にも嘘をついて、しかも狂言の盗難事件を起
こしてまで守りたいと考える人は、彼氏である土屋さんしか見あたらなかった
からです」
自信たっぷりに言い切った井手聡一郎。想像だと断わっておきながら、どこ
からこの自信は来るのだろう。隙あらばいつも桜田教授から言われている「論
理の飛躍だよ」という台詞をぶつけてやろうと手ぐすね引いていた桂木だった
が、後輩の口ぶりに対しては、それはできなかった。
「恐らく、問題の夜、別荘には岩井美代子さんと土屋和義さんの二人だけだっ
たと思います。新聞記事では『友人ら』となっていましたが、これは岩井社長
がマスコミに対して求めた配慮の結果なんでしょう。
さて、二人きりの夏の夜を過ごすつもりだったカップルのルンルン気分は、
真夜中の思わぬ事態に水を差されます」
ここで考える様子を見せた井手は、照れ笑いのような物を浮かべて、
「ルンルン気分って、死語ですね。最近じゃ、どんな形容詞があるんでしょう
かね?」
井手の真面目くさった態度に、思わず苦笑してしまう桂木。その笑いが収ま
るのを待っていたように、井手は話を再開した。
「思わぬ事態と言っても、もちろん、泥棒がちん入して来た訳じゃありません。
考えるに、二人の男女はふざけあって走り回っている内に、別荘に飾ってある
装飾品の中でも高価な物を、壊してしまったんじゃないでしょうか?」
「あ!」
桂木は声を上げた。井手の言葉で、全体が見えるような気がしたのだ。
「でも、親に謝ればいいんじゃないか。隠すようなことではないし、ましてや
狂言の盗難をでっち上げるほどじゃないだろう?」
いつか桜田教授に言われた言葉を思い起こしつつ、桂木は質問を差し挟んで
みた。
「普通なら、そうすべきでしょう。でも、壊れた品が、岩井さんの父親あるい
は母親にとって、とても大事な物だったらどうでしょう」
「それにしたってなあ。あの娘の親がどんなに厳格だとしても、殴る蹴るなん
てことはないだろうし、勘当扱いなんていう時代錯誤をやらかすとも思えない」
「とても大事な物で、それを壊したのが土屋和義さんだと知られた場合、とて
つもなくまずい状況になるとは考えられないでしょうか? 二人にとって、ま
ずい状況という意味ですが」
「……分からない」
「土屋さんはウェルロック開発に入社が内定していたんでしょう? それを取
り消されてしまうような状況になる。少なくとも当の二人はそう考えたんでは
ないか。こう、僕は推測するのです」
「ああ! そうか、就職か」
考えられないことはない。桂木は思った。
−−続く