AWC 空からの告発 7   平野年男


        
#2875/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  21:41  (198)
空からの告発 7   平野年男
★内容
 すぐにファミリーレストランが見つかった。中に入ってみると、時間帯の割
に空いている。東京のこの手のレストランよりも小規模だが、さらに大衆的な
雰囲気があるような気がする。大衆食堂によくある備え付けのテレビがあるせ
いだろう。
「天丼」
「ミックスサンドとグラタンを」
 私、流の順で注文し、しばし待つ。こんなときまで依頼の件を話すこともな
いので、何とはなしに窓の外を見つめる。
「ファミリーレストランで丼物はないだろう。ああいうのは専門店か、そうで
なきゃ大衆食堂の蛍光灯の下で食べるのがいいよ」
「ここが大衆食堂の雰囲気に似ていたからさ」
 私の言葉で何かを思い出したように、流は立ち上がった。入口のラックから
新聞を手に、すぐに戻って来る。全国紙と地方紙の二部だ。
「新聞を見たかったんだ。その土地にしか流れないニュースで、我々の引き受
けた依頼に関連ある事件が起こっているかもしれない」
「なるほど」
 私も片方の新聞を広げた。私の目が節穴なのか、関連ありそうな記事は見当
たらない。注文が来るまでに新聞を交換して探したが、やはりなかった。
「手応えなしか」
 流がこう言ったので、私は少しほっとした。我が目は節穴でなかったらしい。
 注文は先にサンドイッチが来て、天丼とグラタンは同時に来た。三品揃った
ところで食べ始める。
「メニューに写真がないから分からなかったが、こんなに量があるとはね」
 サンドイッチを評して、流。
「平野君、君も手伝ってくれ」
 天丼とサンドイッチとは奇妙な取り合わせだと感じながらも、承知した。手
を伸ばしたところで、私は声を上げた。
「あ、あれ」
 流は何も聞かず、振り返った。
 テレビがニュースをやっていた。その内容が気にかかったのだ。
<鹿児島でのヒサミ物産専務・久海峻さん殺害事件に関して、警察は、東京に
住む被害者の弟で作家の中川太郎、本名・久海中也を容疑者として逮捕したと
明らかにしました>
 画面には被害者の久海峻なる人物が大写しになり、ついで中川太郎の顔写真。
「知っているのかい、中川って人を」
「ああ。親しいってほどじゃないんだが、何度か会って話したことがある」
 流に答えてから、私はさらにニュースに集中する。
<発表によると、鹿児島に行ったことはないと主張していた中川容疑者の靴か
ら、鹿児島の桜島から出た物と見られる火山灰が採取されたのが決めてとなっ
た模様です……>
「思い出したぞ」
 流がうめくように言った。
「何を?」
「久海寛だよ。さっきからどこかで耳にした名だと感じていたんだが、やっと
思い出した。久海峻氏が殺された事件で、最初に疑われていたのが双子の弟で、
名前は久海寛だったはずだ。職業については、生物の研究とか何とか言ってい
たから、合致する」
「それじゃあ、久海峻氏の事件と日野圭三の失踪は、久海寛を通じて関連して
いると?」
「そこまでは言ってないが……。調べる必要が出てきたかもしれない。考えて
みると、圭三の失踪直後ぐらいに久海峻氏は殺されたことになる。−−率直な
ところを聞こう。中川氏は殺しをするような人物かい?」
「いや、信じられないな。逮捕されたと聞いて、驚いていたんだ。ただし、久
海峻という兄とはそりが合わなかったそうだよ」
「ふむ、難しいな。とにかく、急いで食事を片付けて、動くことだ」
 七分後、我々は車に乗り込んでいた。

 さすがに大学院の方へは顔を出していなかったが、自宅に回ってみると久海
寛は在宅していた。幸い、取材陣は来ていなかった。
 ある程度こちらの手札を見せようと決めていた私達は、日野圭三の知人だと
名乗った。
「ああ、日野君の」
 疑う様子もなく、久海寛は言った。昆虫の研究をしているとの話だが、あま
り日焼けしていない。フィールドワークはせずに、研究室で閉じこもっている
タイプなのだろう。
「圭三がいなくなって、困っているんですよ。彼のアドレス帳を覗いたら、あ
なたの名前があった。それで伺わせてもらったのですが……どういうご関係な
のでしょうか」
「簡単です。アルバイトとして手伝いをやってもらっていたのです」
「と言いますと?」
「一年ぐらい前からでしたかな。それまでは私一人で色々な研究をやっていた
んですが、さばききれなくなりましてね」
「失礼ながら、そんなにたくさんの研究に手を出すものなんですか」
 私は感じたことをそのまま口にした。相手は軽く微笑むと、
「いえいえ。全部が全部、私自身の研究というのではありません。教授の方々
が研究しているその下調べのような物がほとんどなのです」
 と答えた。
「圭三はどういうことを?」
「採集した昆虫の分類、レポートの清書、文献集め等ですかな」
「なるほど。それでこの部屋にも標本がいっぱいなんですね」
 流は部屋を見回した。壁には一面、昆虫の並んだ標本箱が掛けられている。
色とりどりで、なかなか楽しい。
「いやいや」
 曖昧に笑いながら、相手は煙草に火を着けた。
「あ、よろしいですかな」
「かまいません。私自身は吸わないんですが、喫煙家の権利は認めているつも
りです」
 流も笑って応じる。
「ところで、圭三がいなくなったのはいつです? まさかこちらには顔を出し
ているってことはありますまい?」
「そうなんですなあ。いやあ、彼が急に来なくなったものだから、私も困って
いたんですよ、実は」
「いつからです」
 流は、わずかに口調を強め、同じ質問を繰り返した。
「来なくなったのは、そう、三月になっていませんでした。二月の中旬ぐらい
だったんじゃないでしょうか」
「電話をしてみたんでしょうね、当然」
 上目遣いをしながら、流。久海寛はふっと視線をそらし、答える。
「ええ。その日、すぐに彼の下宿に電話しましたが、つながらなかった。翌日
からも何度も電話したのですが、とうとうつながらずじまいのまま、今日まで」
「あなたは何か行動を?」
「どういう意味ですかな?」
 煙草を灰皿に押しつけ、久海寛は返してきた。
「警察に届けるとか……。いえ、これはあなたを責めている訳ではありません。
こちらとしては、状況がどうなっているのかを掴んでおきたいだけなのです。
ご容赦を」
「警察には連絡しませんでしたね。日野君の親御さんに知らせず、私が勝手に
やるのもなんだし、かと言って、その親御さんに連絡しようにも私は何も知り
ませんでしたからねえ。仕方ないってところです」
 自分は関係ないといった態度をしてから、相手は再び煙草に火を着けた。指
がやにで汚れているのが見て取れた。
「そうですか……。話は変わりますが、今、大変なようですね」
「あ? ああ、兄弟のことですか」
「ええ。どうなっているのか詳しくは知りませんが、弟さんが逮捕されてしま
いましたが、あなたはどう思われています?」
「別に……。とんでもないことになり、迷惑だとは思いますが、中也が兄を殺
したとしても、私は何の不思議も感じません」
 そこまで答えてから、彼は余計なことを言ったなという表情になった。
「あなた方、マスコミからの回し者ではないでしょうな?」
「違いますよ。圭三の居所が知りたくて、走り回っているだけでして」
「ならいいんだが……」
 それでも疑わしそうな目の久海寛である。
 そんなとき、電話の呼び出し音が盛大に響き渡った。
「失礼」
 短く言って、久海寛は立ち上がると、部屋の隅に向かった。そこにある電話
から送受器を取り上げる。瞬間、表情が緩み、またすぐに元に戻った。
「だめじゃないか、君。ここへは電話するなと言ってあるだろう。今、お客さ
んもいるし……。何、テレビのこと? いいから」
 小さな声であったが、このような言葉がどうにか聞き取れた。
「夜、こっちから電話するから。じゃ」
 そう言って電話を終えた昆虫学者は、どこか苛立っている様子があった。
 その隙をついて、流は質問を重ねた。
「よろしいですか?」
「あ、ああ……」
「さっきの続きですが……あなたも疑われていましたでしょう? 鹿児島に住
んでいるというだけで」
「ああ、嫌なもんだ。でも、アリバイが成立してね。容疑は晴れたようだよ」
 自信たっぷりに言う久海寛。
「そうでしたか。いや、それはよかった。……ああ、関係ないことまで聞いて
すみませんでした」
「気にしていない」
「あなたのお時間が自由であれば、これからも何かと、協力していただきたい
のです。圭三のためにも」
「正直に言うと、あんな身勝手な男に感心はもうないんだが……まあ、いいで
しょう。できる範囲で」
 恩着せがましく、彼は言った。この男、どんどん尊大になっていくようだ。
「感謝します」
「ただし、彼が再び現れても、私は雇う気はありませんから」
「そこいらの事情は圭三自身の問題です。私達は関知しませんから」
 流は相手の口調を真似て言うと、おもむろに立ち上がった。
「では、この辺りで……。貴重な時間をお邪魔して」
「いやいや、かまいませんよ」
 座ったまま、久海寛は我々を見送った。

「一人の人物の周りで一人が失踪、一人が死んでいる。となれば、二つには関
係があると見るね」
 車の助手席で、流は簡単に言った。
「偶然に二つが重なる可能性はそれなりにあるはずだが、やはり低いだろう。
二つが関係していると仮定し、作家の君はどんなストーリーを描くかな?」
「そうだな」
 前方を注意しながら、私は考えた。予約した宿に向かう途中である。火山灰
らしき粉塵が空に舞っており、気持ち、太陽光が遮られているようだ。
「ゲームのつもりで答えれば……まず、圭三が犯人だ。何らかの理由で寛の兄
である峻を殺した。もしくは、久海寛と間違えて峻を殺したか。で、圭三は逃
亡している訳だ」
「圭三が逃げる理由は?」
「峻を殺したからだろ」
 私は唇を尖らせて答える。当たり前のことを問われた気がしたからだ。
「考えてみたまえ。誰が圭三を追っているんだ?」
「……」
 警察、と答えようとした。が、言葉が出ない。警察は圭三の存在を知らない
はずだ。
「いいかい。殺人容疑で圭三を追っている者はいないんだよ。姿を隠す必要が
ない」
「寛を殺したと思い込んでいるから、事態が飲み込めてないのかも」
「それこそあり得ない。犯罪者は捜査がどこまで進んでいるのか知りたがる傾
向にある。君の言う状況で、圭三が勘違いしたままでいるなんてまずないね」
 あっさりと粉砕される我が説。一刀両断といった感じだ。ならばとばかり、
私はさらに考える。もはや小説のプロット作りに似てきた。
「それじゃあ、犯人は圭三と峻の二人とも殺しているとしよう。犯人は……寛
にはアリバイがあるし、中川が犯人だとは信じられないしなあ」
「二人とも殺されたと考えるのなら、犯人は寛しかいないだろう。アリバイは
偽装だ」
 流は苦笑混じりに言った。
「どんなアリバイか分からないんだぞ。そもそも、日野圭三が死んでいるかど
うかも分からないし、久海峻の事件がどんなものなのかも知らない」
「そうさ。だから、その穴を埋めていこうじゃないか。今さっきの空想は放っ
てね」
「だったら、何のために僕に想像を喋らせたんだい、君は?」
 私は呆れ顔をしていたことだろう。室内ミラーで確認してみると、やはりそ
うだった。
「いや、久海寛の態度が徐々に偉そうになっていったろう? あれには僕も辟
易したからね、彼を犯人にした場合を空想してみたかったのさ。予断は危険だ
から、もうすっかり忘却したけれどね」
「やれやれ」
 私は心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

−−続く




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