AWC 空からの告発 6   平野年男


        
#2874/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  21:31  (186)
空からの告発 6   平野年男
★内容
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 狼狽した様子が、声からも明らかな中川。祐子は居ても立ってもいられなく
なった。祐也がおとなしくしているのを見届けて、彼女は部屋を移る。
「……」
 夫と刑事、二人の前に姿を見せたものの、言うべき言葉が見つからない。
 間の悪さをものともしないように、浜本刑事が口を開く。
「奥さん、おられましたか。旦那さんに警察に来てもらって、お話を伺いたい
のですがね」
「あの、少しは聞こえていたんですけれど……どういうことなのでしょうか」
「鹿児島でしか降らない火山灰が中川さん、いや、奥さんには中也さんと言う
べきかな。とにかく、旦那さんの靴から見つかったんです。我々警察が考えて
いること、お分かりでしょう」
「俺は鹿児島に行ったことはない!」
 絶句している祐子に代わって、中川は声を張り上げた。
「よく考えてください、中川さん」
 何やら重要めかした口調になる刑事。ここが分かれ道だよと諭すかのようだ。
「鹿児島で殺人事件があった。関係者の一人の靴から、桜島の火山灰が発見さ
れた。本人には客観的に見て動機がある。事件当日の行動ははっきりしない。
−−これだけ条件が揃いますとね、逮捕状の請求だってできるんですよ。でも、
何かと事情が大変なようですから、逮捕状請求の前に、こうして伺っているん
です。今ならただの参考人です。今拒むと、次は重要参考人と言ってほとんど
容疑者扱い。最後には逮捕、被疑者となる。そうなる前に徹底的に話し合いが
したい、我々としてもね」
「恩着せがましいこと−−」
 夫がそう言おうとするのを、祐子は慌てて制した。
「あの、今、そちらに出向けば、何日も帰って来られないなんてことはないん
ですね?」
「まあ、そうなるはずですが」
「ね、あなた。聞いたでしょ? とにかく、話して、分かってもらわないとい
けないわよっ。いい? 祐也のことも考えて」
「考えてる! だからこそ、こんなことに巻き込まれている暇はないんだ!」
「そんなこと言っているときじゃないの! 今ちゃんとしとかないと、ずるず
る悪い方へ行きそうな気がする。お願いよ」
「……分かったよ」
 中川は疲れたように言った。傍観していた風の刑事は、のんびりした声を上
げる。
「では、来てもらえますか」
「ああ。付き合いますよ。この際、はっきりさせたいものだ」
 中川はジャケットを引っかけながら答えた。彼が靴を履く段になって、
「あ、問題の靴は証拠物件として、預からせてもらいます。正式な手続きを踏
まないと行けないんでね」
 と、刑事が言った。
 そんな言葉も無視し、中川は出て行くとき、振り返って祐子に話しかけた。
「……大声出して悪かった」
 祐子は首を横に振って、
「かっとしないで、知っていることをそのまま話して、分かってもらって」
 と、暗記文のスピーチのごとく、早口で言った。


3 鹿児島行

 私と流が鹿児島に着いたのは、諸々の用事もあって、三月二十四日であった。
 空港の空気を肌で感じたところ、気温は期待していたほど暖かくはない気が
した。確かに、こちらの方が春めいてるなとは感じるが、南下した割には暖か
くない。もっとも、今年が異常気象なのかもしれないが。
 それでも、空港を離れ、レンタカーで道を走り始めると、南国らしい風景に
出くわす。椰子の木だろうか、いかにもトロピカルムードを狙った背の高い木
が、道路に沿って植えてあった。
「日本にはハワイがあるんだよ」
 出し抜けに流が言った。理解不能なその文章に、私は頭の中が混乱しそうに
なった。
「何だって?」
 それでもハンドルを握る手への注意はそらさず、私は聞き返した。
「日本のハワイ、あるいは東洋のハワイ宣言をしている市町がいくつかあると
聞いた。うち一つが、鹿児島の指宿市だそうだ」
「へえ? やっぱり、観光名所としての作戦かね?」
「そうだろうな。本当かどうか、指宿では市役所の全職員がアロハシャツを着
ているらしい。公務員全員がサングラスをかけているという説もある」
「まさか!」
 私は笑い飛ばしてやった。公務員全員となると、警察官までがアロハにサン
グラスとなってしまうではないか。流がまた、私をからかっているのだろう。
 流は大真面目な様子で、
「何だったら、確かめてみるかい?」
 と言い出す始末である。取り合わぬことにしよう。
「指宿と言ったら、鹿児島県内でも相当、南のはずだろ。依頼人の息子がいる
下宿とは方向が違う。事件が片付いて余裕があれば、考えたらいい」
「それもそうだ。……どうも今回は旅行気分が抜けなくていけない」
 反省する口ぶりの流。探偵の彼が意気消沈してはまずいので、私はフォロー
する。
「いや、確かにあの母親だって普通じゃあないと思うよ。成人している息子が
少しばかり連絡をよこさないからって、こうも騒ぎ立てるのは。それに、息子
を心配する気持ちがあるなら、それを金だけじゃなく、気持ちの方でも示すの
が当然じゃないかな」
「ま、そこらは人それぞれ、さ。僕としたら、犯罪絡みでないことを願うばか
りだな」
「−−あぁ、あそこらしいな」
 下宿が見えた。屋上に「なんごうそう」と一文字ずつ、大きな看板が立てて
あるので、すぐに分かる。壁が何となく灰色がかって見えるが、降灰の影響が
出ているのだろうか。二階建てで各階に四部屋か五部屋あるらしい。
「管理人、あそこにいるのか」
「そう聞いている。ただし、前も言ったが、住人の私生活には関心がない人ら
しいから、大した話は期待できない」
 私達は少し離れたスーパーの駐車場に車を入れ、南郷荘に向かった。一階の
西隅にある部屋が管理人室だった。
「やめよう」
 突然、流が言った。
「管理人に聞いても、役立つ話は聞けないのは目に見えている。その上、部屋
の中を見せることを拒まれるかもしれない。折角、鍵を預かってきているんだ、
下手な道を通ることはない」
 それもそうかと思い、私達は管理人室には何も告げず、日野圭三の部屋に向
かった。
「六号室は……ここだ」
 なるべく音を立てぬよう二階への階段を昇り、ドアの前に立つ。両隣はやけ
に静かだが、留守なのだろうか。そうであってくれれば好都合だ。
「ここまで信用してもらって、光栄だ」
 冗談とも本気ともつかぬ口調でそう言いながら、流は日野夫人から預かった
鍵を取り出し、開錠した。
 予想と違い、室内の空気によどんだ感じはない。男の独り暮らしの部屋にあ
りがちな、何とも言えぬ臭気もなかった。
「部屋の主がきれい好きだったのか、片付けてから姿を消したのか……」
 早くも思考する様子で、流が漏らした。右手の人差し指を立て、部屋のあち
こちを確認するように指差していく。テレビとラジカセがやけに目立つ居間か
ら始まり、玄関、台所、狭い風呂場、トイレ……。
「圭三は、新聞はとってなかったのかい?」
 ふと思い付いて、私は聞いてみた。新聞をとっていれば、それがいつからた
まっているかで、日野圭三失踪?の日付が分かるのではないか。
「とっていなかったそうだ。テレビ欄とスポーツ欄以外さほど読みもしない物
をとるぐらいなら、遊びに使いたいってところだろう」
 残念ながら、ワトソンの浅知恵ははかなくも散った。
「これは僕の印象だが」
 と、流が始める。
「圭三は自分から消えた訳じゃなさそうだ。確かに男の部屋にしてはきれいだ
が、灰皿には吸殻が残っているし、冷蔵庫にもパックのハンバーグがある。さ
すがに牛乳や卵はないね」
「つまり、出て行ったのは自分の意志かもしれないが、すぐに戻るつもりだっ
たということかい?」
「当たりだ。まあ、断定はできないけど」
 言いながら、流は机の上とか電話の側とかを調べている。
「親の承諾を取っているからと言っても、これは犯罪だな」
 苦笑しつつ、流は見つけ出したアドレス帳を広げた。
「日記は付けていないようだ。電話に留守番機能はおろか、リダイアル機能も
ない。手紙やはがきも、親からの分以外は見つけられなかった。となると、人
間関係を知るにはアドレス帳ぐらいだな」
「しかし、友人にはあの母親が聞いているんだろう? そりゃあ、誰か悪意の
友人がいて、嘘を言っている可能性はなしとしないが」
「友人ばかりがアドレス帳にあるんじゃないさ。言うまでもないだろうが、例
えばバイト先での人間関係、大学の教授・助教授・講師……」
 流の言葉が途切れた。見ると、アドレス帳をたどっていた彼の指先も止まっ
ている。
「どうした? 何か変わったことが書いてあったのか?」
「いや、ちょっと予想していなかったタイプがあった。大学院生、四十四歳と
ある。しかも圭三が通う大学とは別の大学の院生らしい」
「へえ、違う大学の大学院生か。四十四となると、かなり離れているな。あ、
まさか女じゃないだろうね?」
「この名前は男だ。久海寛。うん、とにかくこの男性は調べよう。どんな関係
が圭三とあるのか、はっきりさせたい」
 流はアドレス帳から久海寛なる人物のデータを写し取った。
「他にめぼしい人物はいるかい?」
「圭三との関係が想像できないようなのはいない。でも、女には全員、当たっ
てみなけりゃならないだろうな。その女の男友達と、トラブルが起きる可能性
もあるから」
 流は、彼らしくない、地道な手順をふまえるつもりらしい。結局、全員の名
前を写し取っていった。
「さて、次は大学の方へ行ってみようか」

 D私大は南郷荘から車で十分と離れていなかった。大学までの距離としては
理想的と言えよう。
 巨大なサイコロといった風情の建物がいくつか突っ立ち、その合間を灰色の
通路がつないでいる。緑が乏しいキャンパスだが、敷地の外は自然がいっぱい
でつり合いがとれているのだろう。
「あ、どうかしていたな」
 大学の前に車を停めるなり、流は頭に手をやった。失敗したという顔だ。
「どうしたんだ?」
「今回の調査では、僕は本当にどうかしているよ。まだ三月下旬だぜ、春休み
なんだ。学生なんてほとんど来ていない」
 そうか。相当、私も間抜けなものだ。今、初めて気が付いた。
「直接、住所を訪ねるか」
「……いや。帰省している者もいるだろうから、空振りに終わる可能性が高い
な。ここは例の大学院生、久海寛を先にしよう。この年齢で大学院生なら、研
究室に姿を見せているかもしれないからね」
 結局、D私大には一歩も足を踏み入れぬまま、Uターンとあいなった。
「仕事をしているのが嫌になるくらい、いい天気だ」
 肘をドア枠に軽く乗せながら、流が言った。どうも、流の調子はよろしくな
いようだ。
「鹿児島と聞くと、火山灰が毎日、降っているものだと思っていたよ。ブルガ
リアの人はヨーグルト食べてばかり、ロシアの人は毛皮で身を固めてコサック
ダンス、中国の人はいつも両手を袖に突っ込んで腕組みといったイメージを抱
くのに似ている」
「インド人とカレーの関係だな。そう言えば」
 私は備え付けの時計に目をやった。朝一番の便でやって来て、二時間動き回
っていた。そろそろ昼飯どきなのだ。
「どこかに寄るか」
「ああ。でも、土地の名物はやめておくよ。観光気分がいつまで経っても抜け
なくなる」

−−続く




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