AWC 空からの告発 4   平野年男


        
#2872/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  21: 9  (194)
空からの告発 4   平野年男
★内容
「仲……よくなかったですよ。隠し事してもしょうがないから言いますけど、
私と峻なんかは、よくないどころじゃなく、仲が悪かった」
「ほう。何か理由でも?」
 興味ありげに聞く浜本刑事。
「ヒサミって会社は、名前からもお分かりの通り、久海家の者が中心でしてね。
死んだ親父が社長だった。だが、私はサラリーマン生活というのを毛嫌いして
まして。性に合わないんでしょう。親父の言うことは、まるで聞かなかった。
で、長男の峻は何て言うか上昇志向が強くて……。一昔か二昔前のモーレツサ
ラリーマンってやつですよ。親父の後継者になりたがっていたのは端からも明
らかでしてね。親父は親父で少し旧弊なとこもあって、長男をいずれ社長にと
決めていたようだから、すんなりと後継者問題は片付いた。社長には早すぎる
ってことで、まだ本決まりじゃなかったみたいですが」
「みたいとは、あまり会社の現状をご存知でない?」
「自分は、勘当されたようなもんですんで……。親父から見れば、作家なんて
やくざな稼業なんでしょう。こっちとしても、その方がうっとうしくなくてよ
かった。会社から峻の死を知らせて来ないのも、当然かもしれません」
「ほほう。では、こちらとの結婚も……?」
 と言って、浜本刑事は、祐子の方をちらっと見たようだ。
「ええ。実は」
 今度は、中川も彼女を見てきた。構わないと、目で返事する祐子。
「実は、彼女の家庭の事情について、反対にあったんです。彼女、ふた親とも
亡くしてまして。それが気に入らなかったみたいですね、親父達。で、ちょう
ど、自分も作家一本槍で行こうと考えていた頃でしたから、衝突が起きて……。
結局、飛び出すような格好で。久海を捨てて、彼女の姓を名乗っているのも、
そんな訳があるんですよ」
 そう言った夫の顔に、最後は言わなくてもよかったかなという表情を、祐子
は読み取った。
「念のため、寛さんのことも聞いておきましょうか。寛さんと峻さん、あるい
はあなたとの仲はいかがでしたかね?」
「ご存知でしょうけど、峻と寛は双子の兄弟で、私が二つ離れた弟なんですよ。
私から見れば峻も寛も同じ年だけ離れているんだが、やっぱり弟という意味で、
寛の方が親しかったかな。ま、峻との仲が悪すぎたせいもありますがね。寛と
仲がよいと言っても、現在では彼とも音信不通でして、どこでどうしているの
か知りません。ヒサミ物産の社員なのは間違いないと思います」
「寛さんの性格は? 峻さんに対して妬みを抱くようなことはあると考えられ
ますか?」
「さて、どうかな」
 夫が顎を手にやったのを見、それがいくぶん、刑事に対するポーズなのだと
祐子には分かった。
「寛は真面目でイエスマン的な点もあって……。そうだ、子供の頃から昆虫に
興味を持っていて、本当はそちらの方面に進みたかったらしいが、生来のイエ
スマン的性格が災いしたんでしょう、親父あるいは兄の峻に言われるまま、ヒ
サミの社員になったんですよ。だから、彼が社長の地位に執着があるとは考え
にくいな。そう思います」
「なるほど、参考になります」
 口ではそう言いながら、刑事は別のことを確認している様子があった。だけ
れども、今は祐子が口出しできる状況ではない。
「立ち入ったことですが、財産の相続は、どうなったんです?」
 少し口調を変え、刑事は質問を再開した。
 中川はやや、気を悪くした節があったが、すぐに答え始めた。
「私は、放棄しちまいましたから、何も受け取ってません。親父からのお下が
りなんて、もらいたくなかった。大部分は峻がもらったんでしょう」
「ははあ。お話を聞いてると、あなたは、ほとんど久海の方とは行き来してな
いようですな」
「何度も言っていますが、音信不通だったんです。完全に不通だったと言って
もいい。ここ何年かは、峻や寛はおろか、久海に関わりのある人に全く会って
いない」
「……おかしいな。ここからが本題なんですがね」
 と、浜本刑事は、切り込むように言った。
「中也さん。あなたは、三月八日の夜中近く、峻さんを訪ねていますね?」
「それは……」
 絶句する夫を目の当たりにし、妻の祐子は内心、驚いていた。
「どうして会っていないなんて、言ったんです?」
 ここが攻めどころとばかり、強い詰問調になる刑事。
「……祐子に格好つけたかったからです」
 祐子は、夫の言葉にはっとなった。まだ、意味が飲み込めない。それは刑事
も同じらしく、すぐに質問を重ねた。
「奥さんに? どういう訳なのか、詳しく話してくれないと」
「つまらない嘘をついたことは謝ります、刑事さん。心臓の病気の手術には金
がかかるんです。人の生命は金では買えないなんて言いますが、いい加減なも
んだ。自分は半端な作家だから、大した蓄えもないんでね、あちこち金策に回
ったんです。到底足りなかったけれど、それでも、久海の家だけには頼りたく
なかった。そう宣言してしまったんですよ、妻にね」
 言葉を区切った夫が、自分の方を見つめるのを、祐子は感じた。
「だけど、どうしようもないと分かったから、恥を忍んで、久海の家に行った
んですが……。正直に切り出せなくて、結局、喧嘩別れだった」
「そういう事情でしたか。分かりました」
 何かを逡巡する様子で、浜本刑事は上目遣いになっていた。が、その視線は
すぐに移った。腕時計で時間を確認したらしい。
「お、もうこんな時間でしたか。いやあ、遅くまで長々とお邪魔しました。ひ
ょっとしたら、また話を伺いに来るかもしれませんが、そのときはまた」
 刑事は何度も礼を述べてから、帰って行った。
「峻がね……」
 ほっとしたような息をつきながら、中川が言った。
「あなた」
 祐子はそんな彼を、きっ、と見つめた。
「どうして話してくれなかったの? お兄さんのところに行くのなら、私も一
緒に行って、頭を下げる。それぐらいの覚悟はあるわ。それだけ祐也は大事な
のよ。なのに、勝手に一人で行って、喧嘩別れしたなんて」
「……すまん」
 低い声で言うと、中川は頭をゆっくりと垂れた。
「謝られたって困るわ。別にお金が借りられなかったことを言っているんじゃ
ないんだもの。隠し事しないでほしいの。もしもお兄さんのところからお金を
借りられてたとして、あなた、私にどう説明するつもりだったの?」
「……考えてなかったな」
 かすかに笑う中川。まだ納得していなかった祐子も、彼の表情を見て、気抜
けしてしまった。
「……いいわ。あなたもそれだけ祐也のことを考えてくれてるんだって証だも
の。嬉しい」
 それからの祐子は、今度は事件について気になり始めた。
「あなた。あまり、ご兄弟のことは話してくれないけど、どんな人だったの?」
「どんなって、今さっき、刑事に話した程度しか、自分だって憶えてないな。
無理に、忘れようとしてきたからなあ。それにしても、こんなときに」
 夫の言葉の意味はすぐに察せられた。赤ん坊のことだ。
「手術費用の工面にばかり、構ってられないか。最低限、葬式に顔ぐらい出さ
ないと、何を言われるか分からん」
「そうね……。一応、どんな事件だったのか、知っておいたほうがいいんじゃ
ないかしら」
「それもそうか。家に帰ったら古い新聞を引っぱり出して、調べてみよう」
「それがいいわ」
 祐子は、後に続く言葉は飲み込んだ。「あなた、疑われているみたいだから
……」という言葉は。

 中川は病院から家に帰り着くなり、新聞を手に取った。目当ての記事は、鹿
児島で起きた事件にしては扱いが大きく、被害者の顔写真も掲載されていた。
やはり、ヒサミ物産という企業の名前のせいだろうか。
 新聞記事によると、中川太郎(渡辺中也)の兄である、久海峻の遺体が発見
されたのは、三月十八日の午後二時十五分。二時から商談の予定だった地元企
業の男が、一時五十五分に峻の部屋に出向いたが、姿がなかったので、ホテル
内外を捜して歩いたところ、ホテルの中庭の植えこみの側で、倒れている峻を
見つけた次第らしい。
 死因は後頭部を強打され、脳挫傷を起こしたためとされている。しかし、犯
人はそれで死んだとは思わなかったらしく、さらに紐状の凶器で首を絞めてい
た。凶器は、共に見つかっていない。
「目撃者捜しに全力を注いでいる、か」
 そう言った夫に、祐子は尋ねた。
「お葬式、出ない方がよくないかしら」
「どうして?」
「だって、あなた、向こうとは仲がよくないんでしょう? 言ってみれば、突
然の弔問みたいなものだから、向こうもあなたが来ることを知らない」
「まあ、少なくとも、予想はしてないだろうな」
「だったら、お葬式の場へあなたが顔を見せて、大丈夫かしら。変な冷やかし
だと間違われたりしない? それに、お兄さんとあなたの顔って、似てるんじ
ゃないの? そういう意味でも……」
 新聞にある白黒の小さな顔写真を一瞥しながら、祐子は色々と気を回してし
まう。
「そんな心配をしてたのか。そうだなあ、もめる場合もないとは言えんが、心
配するほどのもんじゃない。だいたい、行かなけりゃ、どんな陰口を叩かれる
か分かりゃしない。行ったら行ったで、嫌みの一つも言われるだろうがね。ま
だましだろ」
 それでも、祐子は心配だった。
「気にするな。おまえは、祐也の身体だけを心配してくれりゃ、いいんだ。俺
だって、本当は葬式なんか放ったらかしにして、費用集めにかけずり回りたい
ぐらいさ」
 そうして、二人の目は自然に、病院で預かってもらっている赤ん坊を思う色
になっていた。祐子はこれからすぐ、病院へ引き返すつもりである。

「お帰りなさい。どうだった?」
 祐子は、車で帰って来た夫を迎えた。朝からの雨は、まだ止みそうもない。
「ん……。おまえの心配してたようなことはなかったけどな」
 疲れた声が返ってきた。
「会社、相当ごたついてるみたいだなあ。まず、驚かされたのが、寛がすでに
会社を辞めているってことだ。てっきり、いいポストに就いているものと思っ
ていたんだが、親父からの遺産が入った後、あっさり辞めて、虫の研究をする
ために鹿児島の何とかいう大学院に入ったらしい。今では鹿児島で暮らしてい
るんだと」
「ふうん……。あ、もしかして、この間の刑事、わざと隠していたのかしら」
「何を?」
「その寛さんが退職して、鹿児島にいるってことを。しきりに聞いてきたじゃ
ない、寛の方とのつき合いはどうなんだと」
「言われてみればそうかもしれん。刑事は人を疑うのが商売らしいからな、勝
手にやらせとけばいいさ」
 中川はタバコを取り出したが、すぐに戻した。赤ん坊が生まれてからは外で
しかすわないようにしているのだ。
「それより、もう一つ、あからさまなトラブルが起きていた。身内とは言え、
部外者だからな、俺は。だからちゃんとした話は聞けなかったんだが、立聞き
したところじゃ、どうやら、会社の金が消えているようだ」
「お金?」
 手術費用で苦労しているので、敏感に反応してしまう祐子。
「ああ、横領って訳だ。それも、峻に近いところで。峻自身が持ち出したのか、
それとも他の奴かなんてことまでは、まだ分かってないらしい」
「じゃあ、ひょっとしたら、お金のトラブルで……」
「殺されたって? どうかな。まあ、結構なもめごとだよ。俺達が必死にかき
集めようとしている額の何倍もの金が消えたって、そいつは会社の金のほんの
一部たあね。サラリーマン社会って、やっぱり合わないね」
 夫の言葉に、祐子は嫌でも思い出した。今、祐也に必要なのだ。あと千九百
万のお金があれば。
「何かあったか、家の方は?」
「それが、祐也を病院に連れて行ったら、また具合いが悪くなってるって……。
なるべく早くに手術するか、せめて早期に入院するのがいいって」
「そうか……」
 中川は一瞬、考える様子だったが、すぐに決断を下した。
「よし、入院はさせよう。手術は待ってもらうしかないな。手遅れにならん内
に、俺が何としても集めてやる」
 祐子はしかし、もう二人には、どこにもお金の当てがないことを分かってい
た。夫婦と子供以外、身内のない彼女らにとって、他に頼れるのは友人関係だ
けだった。それももう、回り尽くしている。なのに、集められたのは必要な額
の半分にも満たないものだった。
「あなた、まさか……?」
「何だ。変な顔するなよ。もう絶対に、久海には頼らない。あの夜は気の迷い
だったんだ。久海の家に頼るくらいなら、強盗でもやった方がましだ」
 苦笑する中川。皮肉な笑みだった。

−−続く




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