AWC お題>あやつり人形(上)       青木無常


        
#2867/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/11/21   1:56  (170)
お題>あやつり人形(上)       青木無常
★内容
 雨を裂いて影が跳ねた。黒い影。ねじ曲がった背中。ぜんぶで三つ。
 回転する赤色灯が街をかけめぐり、幻のようにサイレン音が交錯する。
 都市中央にたたずむ法と正義の塔を、武装した機動隊がとりかこむ。突入は――つ
ごう三回。いずれも惨憺たる結果だった。
 偵察ユニットが雲霞のように吐きだされて塔内にばらまかれ、暴走した悪魔をさが
しつづけた。とらえられた映像は――つねに、一瞬。
 黒い影。
 ねじ曲がった背中。
 ぜんぶで三つ。
「はやくつかまえろ! あの化物どもを、はやく!」
 塔内最上階、即席だがもっとも厳重なガードに四囲を鎧われながら、唾をとばして
わめきまくる男に、ネットワークの画面をとおして演出される威厳や慈父の相なども
はや、どこにも見あたらない。
 なしくずし的にその任をおわされた警備陣のうちの過半数はそのことを敏感に察知
して、やる気を喪失しかけていた。大義名分のかげに自分の命を守るため、という根
本理念をひそませていなければ、とうに持ち場を放棄してパニックの嵐に身をまかせ
ていたことだろう。
 チャン・ユンカイは、パニックとも大義名分とも、そしてもちろんやる気とも、ま
ったく無縁の男だった。
「バカバカしい」
 よれよれのコートにつつんだ小太りの短躯をせわしなく右に左にさまよわせつつ、
上階に位置する署長室にむけて吐きすてるように、くりかえしつづけていた。
「こんなバカげた茶番に、なぜおれたちがつきあわされにゃならんのです。とっとと
帰ってグラップルでも見ながら酒かっくらってたほうがよっぽどマシだ。そうでしょ、
部長? そういうわけで、おれは帰ります。あとはよろしく」
 いって、意外なほどすばやい身のこなしで逃亡にうつるタイミングなど、マウェン
部長は知りつくしている。長年の勘にうらづけられた絶妙の呼吸でえり首つかみ、龍
の彫刻をあしらった柱わきにひきずり戻す動作も、すでにあきるほどくりかえしたも
のだった。
「いいから、ここに、立っていろ」
 かんでふくめるようにいいきかせ、ラウレン市警でも一、二をあらそう問題児が、
仏頂面でコートのポケットに手をつっこんでふてくされるのを確認しつつ、ひそかに
ため息をついた。
 チャン・ユンカイに指摘をうけるまでもなく、一般に信じられている虚像とはあま
りにもかけはなれたラウレン市長シェイ・バの、裏社会でのこわもてぶりの片鱗は警
察内部でも察せられていた。
 察せられていながら手だしができないのは、いうまでもなく明暗さまざまな形で、
シェイ・バの権力の鉤爪が機構そのものの喉もとにがっちりと喰いこんでいるからに
ほかならない。
 したがって、歪みは闇に沈潜する。
 シェイ・バへの攻撃の手はつねに、暴力と機動力を武器とするテロリズムという形
で陰に陽にその周囲につきまとい、とうぜんのごとくそれに対抗すべく、ラウレン市
長のまわりにもまたつねに、陰に陽に護衛の影がつきまとっていた。
 むろん、その内実もピンユンライ星系にまでレンジをひろげてさえ匹敵するものを
さがすのが困難なほどの充実ぶりを誇示している。
 それだけに、今回の襲撃者の異様な手腕が目立っていた。
 市警をシェイ・バがたずねたのはスケジュールに沿ったできごとだった。それだけ
に、予想され得るテロリズムに対する警戒の目は、あらゆる方面に厳重にむけられて
いるはずだった。
 あるいはこれは、市長をねらったものではなく警察機構に対する挑戦なのかもしれ
ない。
 あるいはまた、人ならぬものの外見どおり知能をもたぬ狂獣の、まったくの偶然に
よる暴走の結果なのか。
 それが人ではないことはわかっていた。
 するどい鉤爪にひき裂かれて絶命した死体の凄惨さは筆舌につくしがたいものがあ
った。
 なにより、これだけの人数が右往左往していながら、襲撃者の正体をはっきりと目
撃した人物が片手にさえみたない、という事実。
 その筆頭であるシェイ・バ自身が、積極的に襲撃者に関する情報を開示することを
かたくなに拒んでいた。もちろん理由はわからない。どうせろくでもないことにちが
いない、とは、これもチャン・ユンカイの独断的な意見だが、おそらくまちがっては
いないだろう。
「チャン、ロウァン、いま、むこうで音がしたな」
 ふと顔をあげてマウェン部長いうのへ、チャン・ユンカイはかぶせるように、
「気のせいでしょう。気のせいにちがいありません。気のせいだってば。気のせいな
んだから、おれはだんじて様子を見になどいきゃしませんよ。ええ、いきませんとも。
だんじて」
 ぶるると盛大に顔を左右にふりながら、憎々しげにまくしたてた。
 部長はながく息をつく。
「わかった。それでは私がみずから」みずから、という部分をいやみったらしく強調
する。「偵察にいくとしよう。ああ、この歳になって殉職とはよもや思いもしなかっ
たことだ。ああ、この歳になって」
「ご家族がよろこびますよ。二階級特進ですからねえ。心おきなくいってらっしゃい」
 とてつもないセリフを平気であびせてよこした。非常時で本音が出てしまったわけ
でもなんでもない。チャン・ユンカイという男はふだんからこの調子なのだ。
 ぶつぶつと文句をたれつつ非常階段にむけて歩をふみだすマウェンに、ごく最近、
よその部署から転任してきたロウァン刑事が困惑に眉間にしわをよせつつ追随する。
あーあー、どいつもこいつもものずきなこってす、とかなんとかぶつぶついう声だけ
が背後に遠ざかる。
「ああはなりたくないものですねえ」
 こっそりとマウェンの耳もとにささやくロウァンに、
「あれこそ、警察がひろってやらなければいまごろは、裏街のどぶどろの底にいるタ
イプだろうな」
 と上司も小声で応じた。
「もっとも、どこにいてもヤツの場合、やってることはかわらんだろうが。さて」
 と、物音の源とおぼしき非常階段わきの壁に身をよせ、ロウァンと目くばせをする。
 中年の域にたっした叩きあげの刑事だけあって、はじめてコンビを組むにもかかわ
らずロウァンは、機敏な身のこなしでマウェンにあわせて銃をつきだし、扉から通路
へ、そして通路からすばやく上下をのぞき、下方に異物を発見するや正確に銃口をポ
イントしつつ、すばやい足どりでうずくまる人影に歩みよっていった。
 カヴァーして上下に気をくばりながら後を追いつつ、マウェンは、こういう部下ば
かりだとやりやすいのだが、とユンカイの憎々しげな丸顔を思い出しつつ心中でため
息をつく。
「襲撃者ではなさそうですね」
 冷静な声音で、ロウァンが状況を報告してよこした。
「怪我をしているようです。署内の人間では、ないな」
 最後のひとりごとめいた論評を、マウェンも自分の目で確認した。
 ロウァンに半身を抱えおこされた初老の男の顔にはたしかに見覚えがない。市警内
部のすべての人員の顔を熟知しているわけではないが、顔をあわすのも初めて、とい
う相手などまず思いうかばなかった。
 やせ枯れた、といった印象の外見に、無造作に白衣を着ているほかは、とりたてて
特徴のない男だ。
 わき腹のあたりが、血まみれになっていた。
 汚れでよくわからないが、どうやら裂かれているらしい。深くはなさそうだが、ほ
うっておくと危険なことにはかわりがない。
 注意深く四囲の気配をさぐってから、ロウァンは上に戻りましょうと提案する。も
ちろん、マウェンに否やはない。
 細心の注意をはらって白衣の男を抱きあげるロウァンを先頭に、階上の執務室に居
をうつす。
「よ! おかえりよ!」
 ろれつのまわらないセリフが、ふたりの帰還を出むかえた。
 マウェンもロウァンも呆然となった。
 数分とたってはいないはずだ。
 酒を満載した一升瓶をいったいどこに隠しもっていたのか、あるいはさがしだして
きたのかという問題をぬきにしても、あまりに意表をつく展開だった。
 なにしろそれを、この短時間にほぼ飲みほしてしまったのみならず、へべれけにな
ってしまうなどあまりにも人間離れした荒技だ。
「この男は計算にいれないほうがいいんですね」
 あきれ顔でロウァンがつぶやく。だいぶわかってきたようだ。が、マウェン部長か
ら見れば、まだまだ認識が甘かった。。
「ダメだ。つねに計算にいれておけ」
 冷徹にいいはなつ。
「でないと、いつ足をひっぱられるかわからんぞ」
 なるほどそうか、という顔をして神妙に、はい、とうなずくロウァンを尻目に、チ
ャン・ユンカイは
「計算? あい。一たち一は一。二たす二は三」
 と、いかなる物理法則にもとづくものかまったく不明な解答をはじき出しはじめる。
 ごきげんの酔漢はとりあえず無視して二人の叩きあげは手ぎわよく白衣の男の傷の
程度をしらべあげ、可能なかぎりの応急処置をほどこした。
「これは一刻もはやく病院に運ばなければならないだろうな。ただし」
 と言葉をにごしてマウェンは、ロウァンと顔を見あわせた。
「びょういん? それれは、あたしがその大任を、はらしてごらんにいれるれろ。や
った、これれ帰れるろ。ほっひー」
 と脳天気にチャン・ユンカイがれろれろぬかしつつへろへろと立ちあがりかけては
へたりこむ、という動作をくりかえしはじめるのを横目にして、二人はあからさまに
ため息をついた。
 襲撃をうけたのはラウレン時間で正午のことだ。
 雨がふりはじめたのは夕方近く。
 三回の機動隊の突入はいずれもまったく簡単にはばまれ、バラまかれた銃弾と血だ
まり、そしてずたずたにひき裂かれた死体だけがその成果だった。
 おなじように、こころみられた幾度もの脱出劇もまた、玄関近くから裏口、非常階
段の踊り場にいたるまであらゆる場所ではじきかえされている。
 まして、この男の惨状からして襲撃者はいよいよ近づいてきていることはまちがい
ない。
 足もとさえさだまらず立ちあがることさえできない酔っぱらいが、腹を裂かれて絶
命寸前のけが人をかかえて脱出できるのぞみなど、どれだけ好意的に見ようとだんじ
てあり得ない。
 どうします、と視線で問いかけるロウァンに、マウェンもまた途方にくれて言葉を
のみこんだ。
「市長を……シェイ・バを……」
 解決は、当の瀕死の白衣の男の口から、血の色の臭う弱々しいうめきとともにもた
らされた。
「なに? 市長を? あなたは市長に用があるのか?」
 色めきたった口調でロウァンが問いかける。
 初老の男の顎だけが、うなずきを表すようにかすかに下方にひかれた。
「究極の……ホムン……」
 いいかけて苦しげにうめき、身をちぢめる。
「最初からこの建物の中にいたんですかね?」
 それ以上なにかをききだすのはむつかしいと見て、ロウァンはわきあがった疑問を
そのまま口にした。
 わからない、とでもいいたげにマウェンは無言で首を左右にふり、つ、と視線を上
階にむけた。
 しばしの躊躇をおいて二人は、どちらからともなくうなずきあい、ふたたび傷つい
た男をかかえあげた。
 おおい、ろこいくんれすよう、酒もってこい、と言語道断な寝言をのたこくチャン
・ユンカイは完全に無視して、黙々と階上を目ざす。
 間をおかずたどりついた署長の執務室に――人影はなくなっていた。
 瞬時、マウェンとロウァンは目をむきながらたがいに見かわし――さらに階上に視
線をとばした。
 不審にみちた視線だった。




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