AWC 邪狩教団 第3話 ミレニアム 14


        
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邪狩教団 第3話 ミレニアム 14
★内容

                  14

 「……その娘を、こちらに寄こすのだ、教授……」教授に言いながら、マーシュの
無慈悲な視線は、意識を失っている道代を注視している。
 「ふ……ざける……な!」教授は歯の隙間から、絞り出すような声を出した。「お
まえ……たちに……わたすぐらいならい……こ……の手で……殺す!」
 「……わしを怒らせるでない……寄こせ……」
 「ミスター・マーシュ」ジヒョンが口を挟んだ。「下から、別の女の子を連れてく
ればいいじゃない。協力すれば、教授とその子の命は保証すると約束したんだから」
 教授は意外そうな表情でジヒョンを見たが、感謝の言葉を述べようとは思わなかっ
た。ここに至るまでの脅迫の大部分は、ジヒョンが行ったのだから。
 マーシュもジヒョンに視線を移した。その両生類的な顔からは、何も読みとれなか
った。
 「……時間がないのだ……」マーシュは冷ややかに答えた。
 「約束は約束よ」ジヒョンは言い張った。「おまけに、教授とそれを約束したのは
私なんだから。私は契約や約束を破るのは嫌いなのよ。相手が誰であろうとね」
 「……逆らうつもりか……」低い声でマーシュは訊いた。
 「そんなつもりはないわ。ただ、再考を求めているだけよ」
 「……ならば黙っておれ……我が主は……その娘を求めておるのだ……お前の下ら
ぬ自尊心などに……構っている暇は……ない……」
 ジヒョンはわずかに眉をひそめた。だが、そのまま素気なく頷くと、また壁にもた
れかかった。マーシュは再び、教授を見た。
 「……これが最後だ……その娘を渡せ……さもなければ、お前を殺す……」
 その時、階段の方から、金属を打ち合わせた音が響いてきた。ジヒョンは階段の方
を見ながら言った。
 「何にせよ、急いだ方がいいわよ。誰かが上がってくるわ。足止めはしてあるけど」
 「……ドアを閉めておけ……」マーシュが命じた。「……さあ、教授……答えるの
だ……お前とその娘と両方の命を失うか……それとも片方だけにするか……運が良け
れば……娘は大いなる栄誉を与えられた上で命が助かる……返答せよ……」
 追いつめられた獲物のような表情で、教授は一抹の希望を瞳に浮かべてジヒョンを
見た。だが、ジヒョンは言われたとおり、ドアを閉じようと歩き出したところだった
ので、その視線を捉えることはかなわなかった。
 「……十秒だけ待とう……」マーシュが告げた。「……それまでに返答しなければ
お前を殺す……」
 教授は憎悪の視線をマーシュに突き刺した。
 ジヒョンは重い鉄製のドアを閉じようとノブに手をかけた。だが、次の瞬間、すご
い勢いで後方に飛びすさると、ハンドガンを抜いた。
 「敵が来るわよ!」
 ジヒョンは叫び、足でドアを蹴りつけた。ドアはゆっくりと閉まりはじめた。だが
完全に閉まりきらないうちに、外から何かが激突し、ドアは音を立てて開いた。そこ
から飛び出してきた人影に、ジヒョンは銃口を向けてトリガーを絞った。


 確かにそれはジャスミンだった。一対一の戦いでカインを出し抜ける者など、世界
に何人もいないだろう。ジャスミンは間違いなく、その中の一人である。
 この夜、2度目の負傷を受けたカインは、壁に背中をつけたまま剣を持ち上げた。
身体をひねったとき、想像を絶する激痛が全身を貫いたに違いないが、カインは唇を
噛んだだけで、それに耐えていた。
 「ジャスミン」玲子は呼びかけた。「ジャスミン!」
 ジャスミンの顔が玲子に向けられた。玲子はそこに、例の学生たちと同じ表情を見
た。ジヒョンの邪眼によるコントロールに間違いなかった。
 「行け、ハミングバード!」剣を構えながら、カインは叫んだ。「上に行くんだ!」
 玲子は躊躇った。だが、すぐに自分の為すべき行動を定めた。
 「恩に着たりしないわよ!」
 叫びながら玲子は階段を駆け昇った。ジャスミンが素早く動いて、玲子を牽制しよ
うとしたが、それより早くカインが飛びかかった。
 「さっさと行け!」
 もはや一言も発せずに、玲子は屋上に通じる残りの行程を一気に走破した。蝶番の
きしむ音とともに、屋上のドアが閉まり始めている。玲子は肩からドアに激突し、そ
の勢いで屋上に飛び出した。
 途端に暴風雨のように瘴気が押し寄せてきた。それに驚く間もなく、ドアの影にい
た誰かが動くのを察知し、玲子は敏捷に跳ね起きた。
 カチン。
 乾いた音が玲子の耳に届いた。視線を巡らすと、ジヒョンがハンドガンを構えてい
るのが視界に入った。もちろん、この強烈な邪力の波動の中では、銃器が作動しない
ということを玲子に確認させたにすぎなかった。
 「あら、さっきのお嬢ちゃんじゃないの」ジヒョンは素早くナイフを抜きながら、
玲子に向かって艶然と微笑んだ。「よくここまで来れたわね」
 玲子は素早く周囲を見回して状況を把握しようとした。ジヒョン、実川教授、助手
の道代、そして……
 「<深きもの>!」玲子の手にメダリオンが出現した。
 「……邪狩教団の手の者か……」マーシュが言った。「……ジヒョン……そいつを
始末しろ……いや、まて……」
 マーシュの口が耳まで裂けた。
 「……生け捕りにするのだ……そいつも……主がお試しになるやもしれぬ……」
 「簡単に言ってくれるわね」ジヒョンは目にも止まらぬスピードで、両手の間でナ
イフを移動させながら答えた。「この子はおとなしく捕まるような相手じゃないわよ」
 「……やるのだ……」マーシュはジヒョンの抗議を払いのけると、教授に向き直っ
た。「……教授……決めたか?」
 「くそでもくらえ!」教授は教職の身にあるまじき言葉を吐き出し、続けて早口で
唱え始めた。「アル・ルル・ゼフォオロ・ミレ・アデナイ! ン・ガイイ・ヨ・グ・
ソトホート・デルラティ・プリメマー……!」
 呪文は、しゃっくりのような呼吸音とともに、ぶっつり途絶えた。マーシュが鈍重
そうな外見を裏切るようなスピードで教授に詰め寄り、その喉を片手でわしづかみに
したのである。半ば気管を潰された教授は、両手で自分の喉につかみかかったが、マ
ーシュの手を引き剥がすことはできなかった。教授の腕の中から、意識を失ったまま
の道代が崩れ落ちた。マーシュの手が伸び、その腕をつかんで引き寄せる。
 「……そのような貧弱な呪文に……わしが動ずるとでも思ったか……」マーシュは
冷ややかな声で言った。「……愚か者め……」
 玲子はメダリオンを投じようとしたが、ジヒョンの身体に阻まれて間に合わなかっ
た。みしり、と小さな音が響き、教授の口から鮮血が垂れた。
 「教授!」玲子は叫んだ。
 次の瞬間、教授の頚部は果実のように潰れた。かっと両目を見開いた教授の首が、
ちぎれた皮膚と数本の血管のみで胴体からぶら下がり、すごい勢いで血液が周囲に飛
散した。マーシュはたっぷりと返り血を浴び、満足そうに奇妙なうめき声を洩らした。
 任務達成に失敗した……玲子は暗い失望が心を覆うのを感じた。それは、直ちに怒
りへと直結した。
 「お!」
 ジヒョンが驚きの声をあげ、眼前から消失した玲子の姿を求めて、ぐるりと周囲を
見回した。それほど、玲子のスピードは人間の限界を超えていた。1秒フラットで、
マーシュの元に達しメダリオンを叩きつける。
 想像を絶するような苦痛の悲鳴が夜空に響きわたった。だが、玲子は攻撃が失敗し
たことを知って、猛獣のように唸った。最後の瞬間に、マーシュの部下の一人が、玲
子とマーシュの間に割り込み、文字どおり身を焼きながら、主人を守ったのである。
道代の身体を引きずるようにしながら、マーシュは素早く後退した。
 男の身体はメダリオンを叩きつけられた額から、シュウシュウと煙を上げながら蒸
発していった。それでも、驚くべき生命力で玲子の方に鱗で覆われた手を伸ばしてく
る。玲子はそれをかいくぐると、男の足元を思いきり払って転倒させた。男の邪悪な
肉体はぐしゅぐしゅと不快な音を立てて崩れ落ちた。
 マーシュはジヒョンの背後に回り込んでいた。そして、怒りの声で叫ぶ。
 「……殺せ!殺すのだ!……」
 残った2人の男たちが同時に玲子に飛びかかった。だが、玲子は大きく跳躍して、
2人の頭上を回転しながら飛び越すと、片方の首筋をメダリオンで横にないだ。男の
後頭部はたちまちぶくぶくと泡を立てて蒸発し始めた。
 衣服が引き裂かれる音を耳にして、反射的に玲子はそちらを見た。ジヒョンがナイ
フを構えて立ち、その後ろでマーシュが道代の衣服を引き裂いている。玲子の血が頭
に逆流し、メダリオンを投ずる形に手首が反り返った。
 シュッ。
 空気が切り裂かれる音が玲子の耳元をかすめた。もう一人のマーシュの部下が、奇
妙な形のナイフを手に、玲子の右手から接近していたのだ。鍛え抜かれた戦闘本能の
おかげで、ナイフは玲子の黒髪を数本切り離しただけだった。反射的に玲子の脚が宙
に舞い、男の無表情な顔面に激しく叩きつけられた。よろめいた男に、玲子は急接近
し、顔面をメダリオンで一撫でした。
 「やるわね」ジヒョンの感心したような声が玲子に届いた。「接近戦のマニュアル
に載せたいぐらいね。無駄のない、いい動きだわ」
 その背後では、マーシュが全裸になった道代の身体を軽々と抱えて、魔法陣の上に
開いた暗黒の亀裂へと歩いていくところだった。
 無言で玲子は跳んだ。ジヒョンの身体で隠されている、マーシュへの射線を得るた
めである。だが、ジヒョンはほとんど同時に反応し、ナイフをきらめかせながら、空
中の玲子に襲いかかった。
 鋭い金属音が、邪力の荒れ狂う屋上に響きわたった。ジヒョンは巧妙に玲子の身体
を、マーシュから離れる方向へ押し流した。玲子はそれに気付いたものの、どうにも
ならず、ジヒョンの意図した方向へ跳んだ。
 「ジヒョン!」玲子はじりじりと足を動かして、ジヒョンを突破するタイミングを
見つけようと試みた。「どいて!あの<深きもの>を止めなくてはならないのよ!」
 「彼の名はマーシュよ」戦いの興奮に彩られた瞳を輝かしてジヒョンは答えた。「
私はクライアントを裏切ったりしないの。相手が先に裏切らない限りはね」
 「お金なら幾らでも払うから!お願い!」
 「買収には応じないわ」ジヒョンは応じた。
 同時に玲子は跳躍し、攻撃をかけた。玲子にしてはタイミングがばらばらだった。
焦りと、周囲の邪力に神経が悲鳴を上げ続けていたためである。ジヒョンは易々とそ
れをかわし、なおもマーシュへの進路を妨害していた。
 マーシュは道代の身体を、両脚を大きく開かせた格好で、亀裂の上にしゃがませて
いた。玲子は怒りと焦燥を同時に感じながら、再度、マーシュに突進しようとしたが、
なんなくジヒョンに妨げられた。
 「くとぅるふ・ふたぐん!うざ・い・えい・うざ・い・えい・じゅは・すろ・ふぁ
む・ど・ろ・んがん!」
 マーシュが呪文を唱えた。玲子は時空を越えた亀裂から、おぞましい触手が出現し、
まっすぐ道代の下腹部を貫く光景をはっきり見た。
 その衝撃で意識を取り戻したらしい道代が、自分の体内にもぐり込もうとしている
剛毛の生えた触手に目をやった。最初、自分に生じている事態がはっきり分からない
ように呆然とした表情が浮かび、次に道代は絶叫した。
 その時、閉じかけていた屋上のドアが音もなく開き、抜き身を握ったカインが出現
した。ほんの一瞬、ジヒョンの注意が分散した。その隙を知覚したというより、本能
的に感じ取った玲子がジヒョンに体当たりした。
 「くぅ!」
 反射的にジヒョンのナイフが振り下ろされ、玲子の左肩に深々と突き立った。だが
それは玲子が一瞬のうちに計算した通りの場所だった。失敗を悟ったジヒョンが飛び
退くヒマもなく、玲子は下から突き上げるように、ジヒョンの顎を握り拳で殴りつけ
た。ジヒョンは声もなく吹っ飛んで、背中から落下した。
 カインはドアを開けた瞬間に事態をおよそ悟ったようだった。呼吸が荒く、脇腹を
はじめ、腕や肩や脚などに血が滲んでいたものの、カインは猛スピードでマーシュに
突進した。
 マーシュは慌てもせず、絶叫を続ける道代の身体を持ち上げると盾にした。
 「……来るでない……この娘の命が惜しければな……」
 カインは道代の身体まで数歩の所で立ち止まった。その後ろに玲子が立つ。
 「放しなさい!」玲子はメダリオンを握りながら叫んだ。「放さないと、地獄へ送
り返すわよ!」
 「……やれるものならやってみるがいい……」ふてぶてしくマーシュは応じた。「
わしが死んだ途端……この娘も死ぬのだからな……」
 「どうせ、そのままにしておいても死ぬのだろう」カインが息を整えて言った。「
ならば、今のうちに死なせてやるのが慈悲というものだ」
 カインが一歩前進した。玲子は躊躇したが、すぐにカインの腕をつかんだ。
 「待って、カイン」
 少年はマーシュを睨んだまま、苛立たしそうに言った。
 「あの女は殺すしかない。まだ人間でいる間に、人間として死なせてやるんだ」
 「教授は死んだのよ」玲子は囁くように言った。「彼女だけでも連れて返らなけれ
ば……」
 ミッションのことなど忘れ去っていたらしいカインは舌打ちした。
 「……心配するな……」マーシュが口を挟んだ。「……すぐに返してやる……」
 「黙れ、忌まわしき<深きもの>」カインが凝縮した怒りの声を出した。
 その時、激しい瘴気が噴火のように沸き起こり、玲子とカインはうめき声を上げて
後退した。同時に、道代の下腹部から、触手がずるずると離れ、亀裂へと戻っていっ
た。道代は恐怖に耐えかねたように再び意識を失った。
 「……事は成った……」無感動にマーシュが宣し、道代を引きずるように立たせた。
「ぐあんどろ・ひゃぐ・える・じゅは・する・ふぁむ・ど・ろ!」
 呪文と同時に亀裂が次第に小さくなり、数秒で塞がった。それに伴って、周囲に満
ちていた強烈な邪力も薄れていった。
 『……バード、カイン。応答せよ』突然、イアピースに通信が飛び込んだ。邪力が
弱まったせいで、通信機が機能を回復したのだろう。
 「……受け取るがいい……」
 マーシュが道代の身体を突き飛ばすようにカインの方へ押しやった。反射的にカイ
ンは、道代を抱きとめた。その瞬間、マーシュはものすごいスピードで駆け出し、出
口の方へ向かった。一瞬後に、玲子が身体をひねり、メダリオンを投じようとした。
が、玲子は驚きの声と共に、身体を沈めなければならなかった。全く攻撃を予想して
いない方向からナイフが飛来し、危うく玲子の手を切り裂くところだったのだ。
 玲子は振り向き、ジヒョンがマーシュを追って走り出したのを見た。





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