AWC 邪狩教団 第3話 ミレニアム 2


        
#2838/5495 長編
★タイトル (FJM     )  94/11/12   0: 8  (182)
邪狩教団 第3話 ミレニアム 2
★内容

                  2

 21インチの高画質ハイビジョン対応テレビに、空中から撮影した写真を補正処理
したらしいCGが映し出されていた。真剣な表情でそれに見入っているのは玲子を含
めて3人。リビングルームに置かれた豪華なソファに身を沈め、ソフトドリンクを手
にしている。その脇でタイラントが無表情な顔で説明を加えていた。
 「これが私立霞川大学だ。法学部、経済学部、文学部を擁している」
 あまり聞いたことのない大学である。現役の女子大生である玲子がそうなのだから
他の2人はもちろんであろう。
 「この第二研究棟の3階の研究室に、実川という文学部の教授がいる」タイラント
は手元のアタッシュケースに仕込まれたコンピュータを操作し、60過ぎぐらいで少
し太り気味の男の写真を表示させた。正面からと横からの2枚である。
 「諸君の任務は、この実川教授と助手の金納道代の2人を脱出させることだ」
 「脱出?」玲子は首を傾げた。「大学からですか?」
 「40分前、霞川大学は武装した集団に占拠された」タイラントは驚くべき情報を
さりげなく告げた。「そろそろ臨時ニュースが流れている頃だ」
 そう言うとタイラントは、画面をNHKに切り替えた。
 「……現在の所、犯人側からいかなる声明も要求も出されておらず……」興奮した
表情の女性アナウンサーが原稿を見ながら早口で喋っている。「緊急に設置された対
策本部も状況の把握に追われています。では、現場からの中継をご覧下さい」
 画面が切り替わった。大学の正門らしい門扉を、パトカーが遠巻きにしている。ち
ょうど機動隊のバンが到着したところで、ジュラルミンの盾を持ち、ヘルメットと防
弾チョッキで身を固めた機動隊員が続々と降りては配置についている。
 「こちらは霞川大学の正門前です」テレビからは姿の見えない男性の声が流れてい
る。「これまで分かっている状況をお伝えします。午後2時20分頃、霞川大学に正
体不明の武装グループが突如出現、4つある門の全てを封鎖し、学内にたてこもりま
した。立てこもる際、抵抗した学生3名と講師1名が射殺された模様ですが、被害者
の氏名などは公表されていません……」
 「武装グループに占拠……」目を見張りながら玲子は訊いた。「テロリスト?」
 「半分はそうだと言ってもよい」タイラントは映像を切り替えた。「しかし、半分
は違う。我々の敵がこれに関与していると信ずべき根拠がある。これを見たまえ」
 驚くほど鮮明な画像がテレビに写った。霞川大学の上空から望遠で撮影したように
見えたが、数秒後には微かな違和感が明らかになった。これは衛星軌道上から監視衛
星が捉えた映像をコンピュータ処理によって補正したものである。
 サブマシンガンらしいものを構えた人影が4つ、足早にキャンパス内を移動してい
る。その後ろに、さらに4人が何か黒い円柱のような物を運んでいる。玲子は不意に
背筋にぞくりと冷たいものを憶えながら、その円柱を凝視した。よく見ると黒い円柱
の表面には奇妙な指紋のような模様が細かく刻まれている。完全な円柱ではなく、そ
れどころかシンメトリックですらなかったが、それでも奇妙な調和と、ぬぐい去れな
い印象を残す形である。
 玲子の記憶の最奥にある扉が開き、その中のひとつと眼前の映像が正確にではない
にせよ一致しかけた。形や色による一致ではなく、ある種の雰囲気、たとえようもな
い邪悪な力の一致である。
 「まさか……」玲子の声はかすれた。「<黒の石>?」
 全員の視線が玲子に集中し、ついでタイラントに向けられた。邪狩教団の関係者な
らば<黒の石>または<暗黒の碑>を知らない者はいない。
 タイラントは口を開こうとはしなかった。代わりにカインが透き通った声で言った。
 「だが、<黒の石>は20世紀の中頃、教団の手によって破壊されたはずではなか
ったのか?」
 「私はそう信じていた」タイラントは平板な声で答えた。「事実、破壊された。そ
れは間違いない。私がこの手で破壊したのだから」
 「では、あれは?」とジャスミン。
 「かねてから教団の研究者の何人かは、<黒の石>と呼ばれる太古の邪悪な存在を
召喚する魔石は、単体ではなく複数が集まることでより強力な力を発揮するものだと
考えていた。だが、研究材料はほとんどなく、他の黒の石の存在も明らかではなかっ
たため、実証されていはいなかった」
 誰も口をはさもうとはしなかった。
 「だが、数日前、教団の特殊能力者が何人か、その存在を地上に察知した。彼らも
場所を特定することはできなかったが、アジア、特に極東地域であるとまで絞り込む
ことができた。教団は全力を挙げて、その発見につとめてきたのだ」
 「それが思いがけない形で出現したというわけですね」玲子は呆れたように言った。
「でも何故、霞川大学に?そもそもあの武装テロリストたちは何者なんですか?」
 「んむっ!」突然ジャスミンが驚きの声を上げた。「映像を停止して下さい!」
 映像が静止すると、ジャスミンはブラウン管の表面に顔を押しつけるように、何か
を凝視した。玲子は何がジャスミンの興味を引いたのかと、その肩越しに画面を見よ
うとした。                            レッドアイズ
 「間違いない」ジャスミンは唸った。「赤い瞳のジヒョンだ」
 「何者ですか?」玲子は訊いた。タイラントとカインもジャスミンを注視して、次
の言葉を待っている。
 「この女だ」ジャスミンは画面の一点を指した。
 タイラントがキーボートを叩き、画面を拡大した。
 研究棟らしい建物から、数人の人間が出てくる場面で画像は停止していた。ジャス
ミンが示しているのは、先頭に立って歩いている人物である。顔の細部までは分から
ないが、女性であることは分かる。身長は165センチから170センチといったと
ころかだろうか。短い髪とやや鋭角的な細い顔が見て取れる。
 「チェ・ジヒョン。通称、赤い瞳のジヒョン」ジャスミンは低い声で説明した。「
北朝鮮出身の世界的なフリー・テロリストだ。雇われれば西側、東側、キリスト教圏
でもイスラム教圏でも、どこへでもいくらしい。血と金が大好きな、正真正銘のサデ
ィストという噂だ」
 「フリーのテロリスト?」玲子は首を傾げた。「主義主張のために戦うわけじゃな
いとすると何を目的にテロを行うんですか?金ですか?」
 「それならまだいいんだがな。ジヒョンは何かの目的でテロを行うのではなくて、
テロを行うこと自体が目的なんだそうだ。主義主張がからまない分、冷静、いや冷酷
な女だよ」
 「これが彼女の資料だ」タイラントが口をはさみ、画面を切り替えた。「残念なが
ら不完全な情報でしかない」
 CHOU JEE HYUN から始まるその資料は、確かに断片的なだった。生年月日不明。出
生地は朝鮮民主主義人民共和国のどこかであること以外不明。両親不明……。北朝鮮
の特殊部隊に所属していたが、病気のため除隊。1989年、最初のテロ活動をエル
サレムで実行、27人の市民を爆弾により死傷。以後、「赤い瞳のジヒョン」として
世界中のテロ組織に仕事を依頼されるようになる。ICPO(国際刑事警察機構)の
全力の捜査にもかかわらず、有力な物証を残したことがない。
 読み終えた玲子はタイラントに向き直った。
 「それで、この赤い瞳と<従者>との関係は?」
 「わからんな」とジャスミン。「だが、いかにも<従者>が好みそうな女ではある
がね。ジヒョン自身が<従者>でないことは確かだ」
 玲子はもう一度静止画像を見つめた。
 「わかりました。それで、実川教授とは?」
 「実川教授は文学部の教授だが、反面、<旧支配者>の研究も行っていた。彼は、
邪狩教団の一員となることは拒絶したが、教団からの研究依頼はしばしば引き受けて
いたのだ。
 ここ数年、実川教授はある重要な研究をしていた。それはここで話すわけにはいか
ないが、教団の進めているプロジェクトの中でも最優先にランク付けされているもの
だ」
 半分目を閉じながら耳を傾けていたカインが片目を開いて問いかけた。
 「ミレニアム・プラン?」
 タイラントが黙って頷くと、カインは一人納得したようにまた目を閉じた。
 「厳重に秘密は守られてきたのだが、どういうわけかそれが<従者>側に漏洩した
らしく、数週間前に教授を誘拐する試みがなされた。幸い、それは未遂に終わったの
だが、それ以後我々は教授の身辺を厳重に警戒してきた」
 「にもかかわらず?」玲子は皮肉を言った。
 「にもかかわらず、だ」タイラントはにこりともしなかった。「見ての通りだ。秘
かに2人の戦闘要員が教授の護衛についていたのだが、霞川大学が占拠されてから、
連絡が途絶えた」
 「目的は教授の研究ですか?」
 「間違いない」
 「<黒の石>も関係があるんですか?」
 「間違いない」
 「我々の任務は実川教授の救出ですな?」とジャスミン。
 「そのとおり。それが何よりも優先する」こころもちタイラントの表情が厳しくな
った。「他の人質の救助や、テロリストの逮捕などは考えなくともよい。とにかく、
教授と助手の脱出に全力を傾注するのだ」
 「<従者>の存在の確認は?」カインが訊いた。
 「いや」タイラントはかすかに首を横に振った。「だが、確認作業は続行中だ」
 「ということは、当面避けるべき相手はレッドアイズ・ジヒョン以下の武装テロリ
スト達になるのですな」ジャスミンが確認するように言った。「人数と装備は?」
 「確認できただけで14人。未確認が5名から7名。武装についてはウージー、イ
ングラム、スコーピオン、等のサブマシンガンがメインアームだ。他にAK−47、
AR−15A2も確認されている。サイドアームは、ベレッタ、ガバメント、SIG
ザウエルなど多種類。その他、M14対人地雷、M18A1クレイモア。M72A2
ロケットランチャー、カールグスタフM3対戦車無反動砲、M16手榴弾。高速デジ
タル暗号方式の無線通信装置は全員が持っているらしい」
 「テロリストなんてもんじゃないですな、こりゃ」ジャスミンは首を振った。「ち
ょっとした不正規活動部隊の装備ですよ。拳銃握ったポリスが100人突入しても、
10秒で殲滅されるでしょうな」
 「教団の戦闘部隊なら?」玲子は訊いた。ジャスミンは肩をすくめた。
 「敵の戦いぶりを見たわけではないから、はっきりしたことは言えない。だが、仮
に今聞いた武器に対する訓練を充分積んでいて----充分というのは、系統だった訓練
を本当に充分という意味だ----さらに指揮官が優秀で、部隊としての動きを全員がマ
スターしていて、指揮官の命令に忠実だとすると……」
 「……だとすると?」
 「同数なら勝つ自信、というより負けない自信はある」心なしかジャスミンの褐色
の肌が青ざめているように見える。「敵が2倍程度だとすると、負けはしないだろう
がこちらも20パーセント以上の損害を覚悟しなければならん。3倍なら、初めから
戦おうなんて思わんよ」
 「可能な限り戦闘は避けることだ」タイラントが顔色も変えずに言った。「繰り返
すが、ミッションの至上目標は実川教授と助手の金納道代を脱出させることだ」
 「私の配役は?」玲子は質問した。「どうも私が同行しても足手まといになるだけ
のような気がするんですけど。チームとしての訓練は受けている時間もないし」
 「カインとハミングバードはジャスミン達とは別行動を取ってもらう」タイラント
は玲子とカインを交互に見やった。「ジャスミンチームと、カインチームは別々に構
内に潜入して、別々にミッションを遂行するのだ」
 そうすれば、片方が敵に発見されたとしても、片方は任務を続行できるというわけ
である。むしろ、どちらかが発見された方が、敵の均等な配置を崩すことになり、も
う一方のチームは潜入が楽になるだろう。ありていに言えば、先に発見されてしまっ
た方は、それ以後は囮となって敵を引きつけるのである。通常なら、タイラントはこ
のように消耗を強いるような作戦を立案したりしない。今回の任務は、長官が口にし
ている以上に重要な任務なのだろう。
 「もちろん、どちらかがターゲットを確保した時点で、両チームが合流するのは構
わない。それは現地指揮官に任せるが、それまでは別行動を取ってもらいたい。他に
質問は?」
 「作戦の開始は?」とジャスミン。
 「1900時」そういってタイラントは時計に目を走らせた。「後、4時間ほどで
潜入を開始する。日没の直前に侵入するのだ。それまでに大学構内の地理を習熟する
こと。ここを出るのが1830時の予定だ。遅れないように」
 「模擬訓練できないのが残念ですな」ジャスミンは腕を組んだ。「せめて3次元処
理した建物の見取り図でもあれば」
 「用意している時間がない。平面図は可能な限り入手してある」
 「了解」ジャスミンは立ち上がった。「では部下たちとブリーフィングを行います
ので。ハミングバード、後でそっちのルートと付け合わせをして重複チェックをする
からな」
 「了解、ジャスミン」玲子はカインを振り返った。「私たちも打ち合わせをしまし
ょうか、カイン?」
 <巫女>の一族の少年は頷いた。相変わらず不愛想ではあるが、1年前に比べれば
やや人当たりがよくなったようだ。多少は社交性や協調性を学んだのであろう。それ
でも、無愛想という範疇からは抜け出していない。
 「お姉さんは元気?」玲子は訊いてみた。
 「まあね」カインはつっけんどんに答えたが、その後で思い出したように付け加え
た。「そういえばハミングバードによろしくって言ってた」
 「それはどうも」玲子はくすりと笑った。「ソーマにもよろしく」





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