#2835/5495 長編
★タイトル (RAD ) 94/11/ 1 0:39 (163)
後継者たち(9) 悠歩
★内容
高く上がる水柱。
青年と少女の掴まっていた電柱が倒れる。トナカイはその足下に体当たりをして、
瓦礫ごと吹き飛ばしたのだ。
ロバートは、ロープを握る手に力を込める。青年と少女の体重が、すべてこの一
本のロープに預けられた。さらに二人を押し流そうとする、水の力が加わる。
「くそっ」
その重量は、とても子ども一人が支えきれる物では無かったが、ロバートは耐え
た。
なんとかロバートの力で二人を岸まで手繰り寄せようと頑張った。
少女を抱き抱えている青年には、自力で岸まで来る余裕は無いのだ。二人の命は、
いまロバートの手の中にあるロープに掛かっているのだ。
粗いロープの目が、ロバートの手の肉を破り赤く染め上げた。激しい痛み。
しかし、どんな事があってもこれを離す事は出来ない。
−−メリ−−
嫌な音がする。
ロープを結びつけていた木の根本が浮かび上がっていた。
暴風雨によって根本が弱くなっていたところに、強い重量が掛かって耐えきれな
くなってしまったのだ。
「急がないと」
気持ちは焦るが、サンタクロースの力を借りているとはいえロバート一人には大
きすぎる重みだった。
−−ボゴッ−−
ついに木が倒れてしまった。
その途端、ロープに加わる力がそれまでの数倍になる。
「うわっ」
その力に負け、ロバートはものすごい勢いで、川に引きずり込まれて行った。
結局自分は、二人を助ける事が出来なかった。でもせめてこのロープだけは離し
たくない。
「…………?」
川を目の前にしてロバートの身体は止まった。それどころか、じりじりと後退し
て行く。
「トナカイ!」
振り向くとロープの先をトナカイがくわえて、引いていた。
『さあ、早く二人を引き上げないと。特に女の子は危険な状態です』
「うん」
やがて二人は、無事に引き上げられた。
青年は激しくせき込んだが、元気なようだ。だが少女の方は、ぴくりとも動かな
い。
急いで青年は少女に人工呼吸を施す。繰り返し施してみるが、少女が甦生する兆
しは見られなかった。
「だめ………か」
青年はその場にへたり込み、うなだれてしまった。
「ごめんなさい」
ロバートは悲しかった。結局なにも役に断つことが出来なかった。
サンタクロースになるという魔法が使えるようになって、いい気になっていたの
だ。もう自分は、サンタクロースなんかじゃない。
青年は何も言わない。ロバートにはそれが辛かった。
いたたまれなくなり、ソリへ戻る。先程、飛び降りたときに落としたのだろう。
袋がソリの外に落ちていた。
それを拾い上げると、僅かな重みがあった。中を見ると、小さなブローチが一個、
入っていた。
ロバートは、そのブローチを取り出すと、少女の亡骸の上にそっと置いた。
「行こう」
ソリに戻っていたいたトナカイは、ロバートの言葉に従って空へ向かい走り出し
た。
「やっぱり、ぼくにサンタクロースなんて出来ない」
悲しそうにロバートが呟く。
『さあ、どうでしょう。それはもう一度、後ろを見てから考えては如何です?』
「え?」
トナカイの言葉に促されて、ロバートは後ろを振り返る。
「あ」
短い、喜びの声。
青年と、そしてあの少女がにこやかに手を振っていた。胸にちいさなブローチが、
輝いているのが見えた。
サンタクロースの姿をした少年のソリが動き出した。少年はひどく落ち込んでい
るようだったが、青年には掛けてやる言葉が無かったのだ。
あの少年も懸命にやった。それはあの血だらけの手と、泥だらけの服を見れば分
かる。「ありがとう」の一言も掛けてやれば良かった。
青年は少女の胸にブローチが置かれているのに気がついた。あのサンタクロース
少年の贈り物らしい。
せめてブローチをきちんとつけさせてやろう。それが少年のためにも、そして少
女の魂を慰めるためにもなるような気がした。
一度、そのブローチを手に取ろうと、少女の胸元に手を伸ばした。その手を少女
がそっと握り返す。
「え? あっ」
「メリー………クリスマス」
少女が息を吹き返したのだ。青年の胸に、じわりと感動がわき上がる。
「お兄さんと、サンタクロースが助けてくれたのね」
「あ、ああ」
「これ、わたしがもらってもいいのかしら」
「ああ」
青年の目に涙が溢れて来た。こんな嬉しい涙なら、いくら流してもいいと思った。
五人のサンタクロースが、並んで飛んでいる。
「向こうで誰か泣いているわ」
「あっちで誰かが叫んでる」
「あそこで誰が苦しんでいる」
「そっちで誰か困っているよ」
ロバートたちは口々に叫んだ。
目の回るようないそがしさ。その一つと触れるだけで、とてつも無い疲れを感じ
る。おじいちゃんは毎年、一人でそれをやっていたのだ。
「全てを救おうと思ってはいけない。わしらは神では無いのだ。ほんの僅かに手助
けが出来ればいいのだ」
「でも」
ロバートは見た。
一緒にクリスマスを祝う約束をしていたガールフレンド、ジェニファーの贅沢過
ぎるパーティを。
小さなパンケーキを囲んだ、貧しく慎ましいながら暖かいパーティを。
せめてみんなに、この暖かいパーティを経験させたいと思った。
世界は広すぎた。
サンタクロースが五人いても、とても全ての人の助けなど出来なかった。だから
おじいちゃんは、会社を作ってその儲けを役立てたいと思ったのだ。
でもいま会社を継いでいる、ロバートたちの父さんはみんなそう考えてはいない
………
「ちょっと、何か来るよ!」
デビットが叫ぶ。
見ると後ろから三つの光が、凄いスピードで向かって来る。そして光はロバート
たちを追い越し、行く手を阻むようにして止まった。
「パパ」
「グレゴリー、アルバート、リチャード!」
それはおじいちゃんの三人の息子、つまりロバート、デビット、シンシア、リリ
アの父親たちだった。
ロバートたちと同じようにサンタクロースの恰好をして、ソリに乗って。
「困りましたね、父さん」
「私たちが跡を継ぐのを拒んだからと言って」
「まさか、この子たちを引きずり込むとは」
みんな一様にも怒ったような顔をしていた。
「違うの、パパ! わたしたちが勝手に」
「リリアの言う通りなの」
「ぼくもそうなんだ」
「おじいちゃんのせいじゃない」
ロバートたちの叫びに、父さんたちは難しい顔をして考え込んでいた。
「そのことは後で、じっくりと話しをするとして………。急ぎましょう、時間が無
い」
「えっ?」
「我々がサンタクロースでいられるのは、イヴの晩だけだ。もう時間はいくらも無
い、手分けして行きましょう」
「お前たち………」
おじいちゃんは泣いていた。とても嬉しそうに。
「パパ」「父さん」
「ふん、子どもに負ける訳には行かないからな。跡継ぎは我々だぞ」
そう言い残し、父さんたちは世界に散った。
「ぼくたちも」
「ええ」
ロバートたちも負けじと飛んでいく。
「ジェームズ」
「はい」
「これでもう心配することは無くなった」
「よろしゅうございました、旦那様」
「だが、わしらとてまだ負けられんな」
「はい、では参りましょう」
その日、世界中を八人のサンタクロースが飛び回った。
それでも結局、イヴの間に全ての人と触れる事は出来なかったが、今までのクリ
スマスで一番充実していたと、ロバートは思った。
シンシアもリリアもデビットも同じだと言った。
父さんたちは、来年は自分たちに任せろと言った。おじいちゃんも、まだお前ら
には任せられないと言っていたけど、嬉しそうだった。
でもロバートたちは、みんなで決めていた。
来年も、再来年も、今年会うことの出来なかった人たちと会うために、サンタク
ロースを続けようと。
【終わり】