AWC 後継者たち(8)           悠歩


        
#2834/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/11/ 1   0:35  (196)
後継者たち(8)           悠歩
★内容

「た………たすけて………」
 微かに声が聞こえた。
「おい!」
「はい」
 サンタクロースに見とれていた二人は、はっとして顔を見合わせた。
 声は死体の山から聞こえたように思えた。
「誰か生きているのか」
 二人は死体の山をかき分け、その声の元を探した。
「う………」
 呻く声。男はぐったりとしている少年を抱き上げた。
「おい」
 少年はすっすらと目を開けて、男の顔を見つめた。
「生きてる! 医者だ、軍医を呼べ」

「良かった」
 デビットは兵士が少年を見つけだしたのを空から確認して、胸を撫で下ろした。
 かすれて行くような意識から、少年の居場所を見つけるのに手間取ってたのだが、
どうやら自分が行くまでも無かったようだ。
「どうもぼくって、大事な所で役にたたないな」
 せめて何かプレゼントぐらい、そう思って袋を開けてみた。
「あれぇ、これは」
 一枚のチョコレート。袋の中には初めて少年の意識に触れたとき、渡すことが出
来なかったチョコレートが入っているだけだった。
 サンタクロースのプレゼントにしては寂しすぎる。
「才能ないのかな、ぼく」
 そう思いながらも、何も無いよりはマシとデビットは少年めがけてチョコレート
を投げた。
 チョコレートは、絶妙の軌道を描きながら、少年の方へと落下して行った。

 男は少年が弱々しく両手を上げるのを見た。
 そして、その手は空から落ちてきた何かを、しっかりと受けとめた。
 少年は嬉しそうに笑って、気を失った。
 空を見上げると、あのサンタクロースが飛び去って行くのが見えた。
「チョコレート。サンタクロースのプレゼントが、チョコレート一枚ですか」
 男の後ろに立っていた若い兵士は、呆れたような声で言った。
「何をしている、早く軍医を呼ぶんだ」
「あ、はい」
 男に叱咤され、若い兵士は慌てて駆け出した。
「チョコレート一枚か………分かってないな。サンタクロースは、私に子どもを授
けてくれたんだよ」
 男が呟いた。


 病院の中も、今日はいつになく賑やかだった。
 動ける子どもたちはみんな、クリスマスの支度に大わらわだった。
 そんな中でも少年はベッドで一人横になっているしか無かった。
 何か楽しげな事が起きているのは、何となく分かったが自分には関係無い。きっ
と夜には看護婦が特別な物を食べさせてくれるのだろうが、何が特別なのか理解は
出来ない。
 少年には味覚も無いのだ。味覚が有ったとしても、それを相手に伝えることも出
来ない。
 喜びも哀しみも、少年には相手に伝える手段が無い。
 早く全てが終わればいいのに。永久に眠ったままなら、何も考えないで済む。出
来ればその前に外が見れたらいいな、少年は思った。
「メリークリスマス」
 いつもの看護婦とは違う、少女の声。
 見慣れない顔が、少年を覗き込んでいた。

「何が入っているかしら」
 シンシアは袋を開けてみた。
「やだ、ジェームズさんのうそつき」
 袋は空だった。アメ玉一個入っていない。
「もう、どうりで軽いと思った………どうすればいいの」
 少年に与えるものが何もない。何のために自分はここまで来たのだろう。
『与えるだけが解決ではない』
 シンシアはおじいちゃんの言葉を思い出した。
「もしかしたら………でも、出来るかしら」
 やるしかない、他に考えつく事がないのだから。何もしなければ、ここに来た意
味がない。
 シンシアは、恐る恐る少年にそっと触れた。少年の異形が恐ろしかったのでは無
い。壊れ物のような少年が傷つくのを注意したのだ。
 そして目を閉じ、山小屋での事を思い出してみる。
 おじいちゃんの出した光が、シンシアたちをも包んだ時のことを。
 自分の力で光を出すことが出来た今、自分にもおじいちゃんと同じ事が出来るか
も知れない。
 シンシアの身体がうっすらと光り出す。それを少年にも伝えようとするが、自分
の身体を包む光すらコントロールが難しかった。気を抜くとすぐに薄くなって行く。
 時間を掛け、試みて行くうちに。段々とコツが分かって来た。
 ゆっくりと光を、心を少年に送る。コツが掴めると意外なほどスムーズに流れて
行く。
 おそらくは少年の方も、それを素直に受け入れられる資質が有ったのかも知れな
い。
 シンシアと少年の双方が眩い光に包まれる。
 そして」」」。

 広がる青空、流れる雲、暖かな陽射し。小鳥たちの囀り、草の匂い、優しく頬を
撫でる風。
 どこかに忘れて来ていた五感が、少年の身体に甦って来る。
 ぼんやりと空を眺めていた少年は、自分が二本の足で立っていることに気がつい
た。
「ぼく………立っているの」
 その澄んだ声の響きに、少年は自分で驚いてしまった。
 言葉を話す。初めての経験だった。感覚としての思考ではなく、明確な意志を伝
える為の言葉、それを自分が知っている事も驚きだった。
「いまね、あなたの魂だけがここに来ているの。肉体から解放された魂は、その人
の本来あるべき姿をとるのよ」
 ベッドを覗き込んでいた少女が微笑みながらこちらを見ていた。
「魂………? ぼくは天国に来たのかな」
 天国と言う物を明確に少年は知らなかった。ただもう自分の望んだ、永遠の眠り
を示す言葉として発音されたのだ。
「いいえ、違うわ。私はサンタクロースなの」
「サンタクロース、それはなに?」
「クリスマスの日に、子たちにプレゼントをしてまわる人よ」
「きみも子どもなのに………へんなの」
「ん、まあ………ね。これは私からのプレゼント。短い時間だけど、あなたは自由
よ」
「ふーん」
 少女の言葉はあまり良く分からない。けれども今、自分はこうして立っている。
それだけで充分だった。

 少年は走った。
 人がこんなに自らの力で移動する事が出来るなんて、知らなかった。
 少年は跳んだ。
 人がこれほど自らの身体を高く空に投げ出すことが出来るなど、考えたことも無
かった。
 小鳥と共に歌った。
 湖で泳いだ。
 草の上に寝転がった。
 少年は生きることの楽しさを初めて感じていた。

 魂としての存在になった少年は、とても聡明だった。
 誰よりも子どもらしく、誰よりも素直だった。
 これほどまで子どもらしい子ども、人間らしい人間をシンシアは初めて知った・
「肉体から解放された魂は、その人の本来あるべき姿をとるのよ」
 言っているシンシア自身、良く理解してはいかったのに、不思議とすらすら言葉
が出る。
 少年はサンタクロースを知らないようだったが、詳しく説明することは止めた。
シンシアは、自分だけの力ではこの状態を長く続けていられないことを、その疲れ
の激しさから悟った。
 それならば、余計な話しをするよりも、一瞬でも長く少年を自由に遊ばせたい。
 少年はしばらくの間、跳んだり駆けたり、楽しそうだった。ここまで楽しそうに
遊ぶ子どもを、シンシアは初めて見た。
 そして、少年が草の上に寝ころんだとき、シンシアは力が限界に達するのを感じ
ていた。
「ごめんね………もう、そろそろ」
「うん………」
 少し寂しそうだったが、少年は素直に頷いてくれた。
「ねぇ」
「なに?」
「もう少ししたら、ぼくは本当に自由になれるんだよ。きっと、こうやって毎日走
り回れるようになるんだ」
 シンシアは答えられなかった。少年が自分の死について語っているのを知ってい
たからだ。

「さあ、食事の時間ですよ。今日はイヴだから、特別のご馳走ですよ」
 看護婦がいつもの時間に、食事を病室へと運んで来た。
 いつもは殆ど反応を示さない少年が、目だけを看護婦の方へと向けた。そして口
を開いた。
「あら、珍しいわね。お腹が減ったの?」
 だが、少年は食事を求めて口を開いたのでは無かった。その口から微かに声が発
せられていた。
「ア…リガ………ト」
 少年が一生で初めて、そして最期に口にした言葉だった。


 少女が水に飲まれてしまうのは、時間の問題だった。もう水は少女の目の下まで
来ている。
 青年は懸命に片手で電柱に掴まり、身体を押し流そうとする流れと戦いながら、
少女の顔の周りの水を掻いて、なんとか呼吸をさせようとした。
 しかしそれは何の効果も無い。
 今度は少しでも少女の身体を水面へ上げようと、持ち上げて見るが、瓦礫に足を
取られた身体は殆ど動かない。
 少女の身体から力が抜けていく。酸素の補給を断たれた少女の身体は、その生命
活動を停止し始めていた。
 もう少女の命を救う事は不可能だった。ここは速やかにロープを手繰って、青年
だけでも岸に戻ら無ければ犠牲者が増えるだけだ。
 しかし青年は、まだ完全には息絶えていない少女を置き去りには出来なかった。
「神よ」
 悪魔だっていい………奇跡さえ起こしてくれれば。
 そう思って、澱んだ空を見上げた時だった。
「サンタクロース?!」
 暗い空の中にあって、一層栄える赤い服を着たサンタクロース。それが空飛ぶト
ナカイに引かれ、一直線にこちらに向かって来る。
 神でも悪魔でもない、全く考えもしなかった助けだが、この際なんでもいい。
「手伝いたい、何をすればいい?」
 サンタクロースは、青年の前で止まるとそう叫んだ。
「この子の足が、何かに挟まれている! 何とか出来ないか?」
 サンタクロースがまだ子どもだあったことに青年は驚いたが、そんなことを気に
している時間は無い。

「何とか出来ないか?」
 そう言われても、何をすればいいのかロバートには思いつかない。或いは袋の中
に何か有るかも知れない。そう思った時………
 突然トナカイはソリを岸へ移動をさせた。
「おい、だめだ。あの子を助けないと!」
 しかしトナカイはロバートの制止を聞かない。岸に着くと、トナカイはソリから
離れ自由になった。
「何をするつもりだ」
『私が何とかしてみます! ロバートさんはそのロープを掴んでいて下さい』
 トナカイがそう言った。
 見ると近くの木に、青年の結んだロープが有った。
「分かった」
 ロバートが答えると、トナカイは矢のような早さで飛び、そして川に突き刺さっ
た。





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