AWC 夜の虎(8)       青木無常


        
#2800/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/10/12   3:16  (200)
夜の虎(8)       青木無常
★内容
ールへと手をのばし、強引に身体を引きずり入れた。明滅する非常灯のわきのカヴ
ァを叩き割り、非常ボタンをおす。
 扉を引きはがされた溝から中心に向けて、白濁した薄膜が、噴き出した気流に外
へ向けて膨らみつつも見る間に拡大し、接合する。
 同時に、気流がぴたりと停止して薄膜は半円を描いたまま凝固した。
 控えめな音を立てながら室内に失われた空気が補充されはじめた。
 内扉を背に二人はがくりと尻をつき、へたりこんだ。しばし放心の体で視線をさ
まよわせたあげく、相ついでヘルメットに手をやり、むしり取る。
 マリッドは力なくかたわらのバラムを見やり、あきれたような口調で云った。
「あんた人間?」
「おれは虎さ」
 素気ない返答を真顔でつぶやいて、バラムは立ち上がった。すでに息さえ乱して
いない。
「……あんた、人間?」
 うんざりしたような口調でもう一度つぶやき、マリッドもまた緩慢な動作でよろ
よろと立ち上がると、自称虎が内扉のあわせ目に手をこじ入れて力づくで開いてい
くのを呆然と眺めやった。

    7.奇跡のバランス

 トーチカ内部はしんと静まりかえっていた。
 点々と常夜灯の点灯する薄闇の中に人の気配はなく、無機質な通廊が横たわるば
かりだった。
 簡略化された構内地図が一角に掲げられている。施設は大まかに砲身部、燃料部、
簡便な機関部とそれぞれを結ぶ通廊、四つのドッキングステーションと展望室、そ
して制御室とにわかれている。当然のことながら二人はまず、制御室を目ざした。
 入口を前にして、自動扉のセンサーぎりぎりの位置で前進を停止し、左右に別れ
た。
 手にしたハンドガンをマリッドにわたし、身がまえる。
「あたしがいくわ」
 踏みだそうとするバラムを制してマリッドが低く宣言し、ついと半身を踊らせた。
 扉が開き――ぼやけた灰色の空間が口を開いた。
「Dトラップ!」
 叫ぶより速くのばしたバラムの手をつかむ間もなく、マリッドの小柄な肢体が次
元の亀裂に吸いこまれて消えた。
 反射的に身をのり出しかけるのをかろうじて抑え、バラムは奥歯を噛みしめた。
「マリッド」
 小さくつぶやいた。
 だが扉が閉まった時にはすでに、不機嫌な仏頂面をとり戻し、そしてただひとり
移動を再開した。
 放射状に六方向から制御室にのびる通廊のすべての入口に、Dトラップは仕掛け
られていた。思案したあげくバラムは、侵入時に使ったのとはべつのドッキングス
テーションに向かった。
 気密服を手ばやく身につけ、備えつけのスラスタを背負ってふたたび虚空へと身
を踊らせる。
 スラスタの出力に微調整を加えつつグリッド上をただようようにして目標点をし
ぼりこんだ。
 無骨な構造物の間をぬってゆっくりと移動しながら、トーチカの中央部を目ざし
て軌跡を延長した。復路分の燃料は残らないが、もともと還る道そのものが、閉ざ
されている。
 見えた。排気口だ。バラムはほくそ笑んだ。かなり狭そうだが、かろうじて人間
ひとりくらいならもぐりこめそうだ。
 トーチカに限らず、人間の居住空間を内包した真空中の構築物は例外なく空気や
水の循環再生システムを採用しているが、その課程で分解・浄化しきれない不純物
はかならず少なからず発生する。それを廃棄する機構が再生システムには組み込ま
れており、最終的にそれはきわめて安易な廃棄物処理場である真空中に口を開いて
いる。
 問題はその大きさだった。宇宙船やシャトルのステーションならともかく、通常
は無人で運営され、有人ミッション時もさほどの人数を収容することのない惑星防
衛トーチカのようなシステムの場合、排気口が人間ひとり通り抜けるのに充分な大
きさではない場合も少なくはないだろう。幸いにしてこのトーチカのそれは、どう
にか身体をおしこめるだけの間口をもっているようだ。
 といっても、ぎりぎりであることもまた確かだ。気密服に傷でもつければ、窒息
と血液沸騰の恐怖に身をさらすことになりかねない。バラムはバイザー内部で小さ
くため息をつき、燃料を使いきったスラスタを放棄すると排気口にとりついた。
 フィルタつきの外壁を力まかせに引きはがし、身をおしこんだ。気密服に傷をつ
けないよう慎重に四肢をくりながら、木のうろを進む虫のようにもどかしい前進を
十数分つづけた。
 濾過システムにたどりついた。子犬ほどの大きさの機械が、前進をはばむ。掌を
おしあて、力をこめた。くいしばった奥歯の底で、はりつめた呼気が二度、耐えき
れずに吹き出した。三度目の呼気をつく寸前、重く不快な手応えとともにユニット
が固定面から引きはがされ、その隙間から気流が吹き出しはじめた。
 呼吸を整えてから、つっぱった足を前方に移動させ、さらに機械をおした。
 気流と摩擦の抵抗をおし退けてユニットは、ずずずと不快な感触を掌に伝えなが
ら前進し、漏気を探知して噴出する非常機密膜をおし破りつつ室内に飛び出した。
 機械を追って薄膜を破りながら、室内に踊りこむ。
 通廊と同じく人工重力が働いていないのは、このトーチカ自体が居住性をあまり
重視していないことの証左だ。アムルタート舞踏教団なる連中がどれだけの期間、
ここで過ごしていたのかはしらないが、さぞ不便だったことだろう。
 そのストレスを叩きつけるべく、侵入とともにバラムのかたわらを電磁ナイフが
かすめすぎた。
 身をひねってかわしつつ、四囲に視線を走らせる。ヘルメットぬきの簡易気密服
に身をつつんだ影が合計四つ。それぞれ均整のとれた肢体を、壁を支点にして手な
れた動作で踊らせていた。無重量空間での移動と、そしてさらには戦闘の経験も充
分らしい。
 ふん、と鼻をならしつつバラムは器用に身をくねらせながら四方から襲う電磁ナ
イフの襲撃をかわす。銃火器を使用されていればかなりの不利は免れ得なかったが、
宇宙空間の構築物内では銃火器類はご法度、という鉄則をこの脅迫者たちは遵守し
ているらしい。
 そんなバラムのおちついた動作にも、敵側はとくに感慨ひとつ表情にはうかべず、
絶えず四点の中心に獲物をおくよう移動をくりかえしながら黙々とナイフをくり出
してくる。
 絶え間ないラッシュのひとつが、スパークをまき散らしつつバラムの肩口を切り
裂いた。簡易気密服がチーズのように裂けて、異臭をあげつつ溶け焦げる。
 ここぞとばかりに残りの三つの影が、あいついで殺到した。
 その時には――バラムに一撃を加えた最初のひとりは、首を傾けていた。
 異様な角度に。
 頓着せずくり出された三本のナイフはそれぞれ空を薙ぎ、のび切った腕の一本が
二つ目の打撃を受けた。
 関節が逆側に衝撃を受けて脆弱に砕け、室内に重い悲鳴がとどろいた。
 そのすきに第三の犠牲者は、背後から急襲を受けていた。起重機のような力が首
根っこをわしづかみ、ほとんど同時に心臓の真裏に突き抜けるような衝撃が飛びこ
んできた。
 強化繊維ラプルズフォームがあっさりと引き裂かれ、苦痛を感じる間もなく第三
の犠牲者は絶命した。
 その時にはすでに、残されたひとりは、仲間の背にとりついた暗殺者に向けてた
めらいなくナイフを突き出していた。火花を散らす切っ先はまちがいなくバラムの
頚動脈を引き裂いた――はずだった。
 刃が空を薙ぐ感触に呆然と目をみはった。忽然と消失したバラムの姿を、必死で
追おうとした。
 が、狼狽して四囲を眺めわたすより早く、だれかがぽん、と肩を叩いた。
「動きが単調だな」耳もとに、やさしげな声がささやきかけた。「先が見え見えだ」
 沸騰したのは、恐怖よりもむしろ焦慮だった。
 ふりかえる間もなく、脊椎にそって異様な衝撃が疾りぬけるのを感じた。
 壁に叩きつけられ、バウンドした。
 反対側の壁が迫る。
 手をのばそうとして、絶望した。四肢はまったく動かず、息がつまっていた。あ
の一撃で脊椎を破壊されたらしい。
 ふたたび壁面に叩きかえされながらもがき苦しみつつ、四人目は緩慢に絶命して
いった。
「ウシャルはどこだ?」
 片腕を砕かれて空をもがきまわる生き残りの後ろ首をとらえ、ささやきかけるよ
うな優しげな声音でバラムは問うた。
「だれが――」
 答えるか、と云いきらぬうちに、無事な方の右腕がねじられた。
 歯をくいしばって苦痛に備える。
 無駄だった。支点にとらわれた肩が、空き缶のようにみしみしと砕けていく感触
が脳を焼いた。
 悲鳴をあげる前に、さらなる苦痛が全身に轟いた。ねじられた腕はいささかの躊
躇もなしに絞り雑巾のようにぎりりとひねられ、臓腑を吐き出すがごとき絶叫にも
まるでひるまぬまま、異様な音とともにいとも無造作にねじ切られていた。
 腱の一本一本がひきちぎれていく感触をたしかに感じたような気がした。気のせ
いだったのかもしれない。脳内は苦痛一色に染め上げられていた。
「ウシャルはどこだ?」
 もう一度、さっきよりもさらに優しげな声音で、野獣が問いかけてきた。
「まだ……ついていません」
 子どものように従順な口調が、無意識に口をついて出ていた。
「なるほど。おれたちが先行しちまってたわけか」
 思案げにつぶやき、すぐに次の問いかけがかかる。「親玉はどいつだ?」
「ここには、いないんです」
 哀れな獲物は心底悲しげにそう答えた。息づかいが長く、弱々しくなっている。
「どこにいる?」
 憐憫の情さえ声ににじませた質問に、涙がこぼれるほど感謝の意を感じつつ、瀕
死の獲物は云った。
「展望室……」
「そうか。眠りな」
 手を離すと犠牲者はゆらり、と宙にただよいながら蚊のなくような声で、ありが
とう、とつぶやいた。
 襲撃者たちが手にしていた電磁ナイフの一本を手に取ると、バラムは出入口にと
りつき、Dトラップ装置をひとつ取り外して懐にした。展望室にも当然のごとくト
ラップは仕掛けられているだろうが、Dフィールドを重ねてやると瞬時にして過負
荷になり、ジェネレータ自体が故障してしまう。
 薄闇の降る通廊にふたたび踏みだし、壁を蹴って宙を進んだ。
 途上、味も素気もないもうしわけ程度、といった感じの窓の外をちらりと、小さ
な影がかすめ過ぎたのを視界の端でとらえた。
 顔を横向け、次の窓のかたわらでハンドレールを手にして静止する。
 待つほどもなく、濁った双眸が興なげにバラムを見かえしながら窓外をよぎって
いった。
 嫌悪に眉根をよせる。
 全長五十センチほどの矮躯、真空中で数時間は活動可能と喧伝されていた硬化し
た褐色の皮膚、白眼のない橙色の瞳と無髪の真球に近い頭部、そして、何よりも特
徴的な、蜘蛛を思わせる二対の手――無重力下に適応させられた遺伝子工学の無邪
気な実験は、足のかわりに四本の手を持った寿命二年前後の短命な疑似人間を生み
出し、そして地下の闇の底によどませた。ホムンクルス――その生成と生育のメカ
ニズムは民間に流布される前に禁断の果実に指定されて深い政治の奥底の、闇の殿
堂にあわてて押し込められた。だが、禁断の技術はいつでも、どこからか漏れ出て
人目につかない場所で駆使される。
 たとえば、ここのような場所で。
 注意深く観察してみると、トーチカの外縁を小さな影が時おりよぎり過ぎていく
のがたしかに見えた。すくなく見積もっても四体の個体を確認した。
 エル・エマドの七人の開発チームが生み出した狂気の産物が四体、おしげもなく
投入された計画。アムルタート舞踏教団とやらがいったい何者なのかは知らないが、
その背景は意外に底知れないようだ。惑星防衛線をみごとなまでに秘密裏に運用し
た手際。Dトラップ。そしてホムンクルス。単なるテロリストや狂信者などの集団
では、だんじてあり得ない。
 六つのプラットフォームとそれに結ばれたセクション、そのどれからも離れた位
置に、展望セクションはある。
 四囲に油断なく気をくばりながらバラムは、ゆっくりとそこを目ざした。
 扉の前に立ち、無造作にセンサーに手をかざした。
 予想に反して、次元断層は口を開いてはいなかった。
「なんでえ」
 つぶやきつつ懐にしたジェネレータをぽんと叩く。
「趣向がたりなかったかな」
 入口をぬけてすり鉢状の室内のとば口に浮かぶと、おちついた声音が部屋の奥か
ら深く響いてきた。
 半球状に外界に向かって開かれた大展望窓を背に、たたずむ人影はひとつだけ。
 あざやかな青のケープをゆったりと広げ、室内をゆるやかにとりまくハンドレー
ルに軽く背をあずけて浮かぶ、華奢な影。
 ち、と小さく舌を鳴らしてからバラムは、いいや、と首を左右にふった。
「まあまあ楽しませてもらえたぜ」
「それはけっこう。イーサウラマドゥ、シフ」
 慣用句を口にした。「私の名はシャルカーン・バールカイベル」
「バラムだ。よろしくな」
 仏頂面で告げつつ、バールカイベルと名乗るテロリストの首魁を無遠慮に眺めわ
たした。

    8.王と王

 十四、五の少年といってもとおるくらいの華奢で小柄な身体にふさわしい、あや
うげではかなげな、どこか硬く青い美貌がつい、と背筋が凍るほど美しく、そして




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE