#2793/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/10/12 2:48 (200)
夜の虎(1) 青木無常
★内容
夜の虎
青木無常
プロローグ 墜ちていく都市
闇と真空をかきわけて、十三のトーチカが旋回した。
大胆な思考と精密をきわめた計算にうらづけられて、ファンファーレがふき鳴ら
される。
十二の砲台が、十二の閃光を吐きだした。
標的は一点。衛星軌道上の巨大ステーションはシュティーベリン反応炉の内壁に
十二の穴を穿たれ、暴走を開始する。
しあげは、ステーションの離着床にいましもランディングしようとしている恒星
船“マリ・シャトラの使者”だ。十三番目のトーチカが火を噴き、リプ・アキュム
レータを直撃。噴出するリプ粒子がシュティーベリン暴走と接触し、乱流をまきお
こして軌道ステーションの巨躯を呑みこんでいく。
自由落下する恒星船は暴走する反応炉の炎のなかに叩きこまれ、崩壊は連鎖反応
によって拡大。軌道ステーションは超光速粒子を身にまといつけたまま、進撃を開
始する。
地表へと。
直撃をうけたのは、海岸部に位置する中規模の交易都市ニフレタだ。
最初に大陸規模の閃光。つづいて、惑星規模の衝撃波。大気圏をつらぬく落下軌
道に“死者の道”が深紅にきざまれ、本来ならば恒星間空間に架けられるべき超光
速の橋は大気圏を狂おしく撹拌した。
広大な面積にわたる海水が一気に蒸発。むきだしになった海底に波涛がなだれこ
む。大量の海水の急激な移動は、潮流に劇的な変化を強要し、惑星を二周する未曽
有の大津波を誘発。沿岸部の諸都市は壊滅的な打撃を被ることとなる。
直撃をうけたニフレタは、いっそ爽快といえるかもしれない。一瞬にして地表は
剥ぎとられ、えぐり取られた一帯は灼熱のクレーターと化した。一切の妥協なきす
みやかなる崩壊。壮麗な夜景を描きだす都市は、なお華々しい光球に呑みこまれ、
瓦礫さえのこさず塵芥となって消えた。そこには、苦鳴の影さえ残るまい。
やがて、惑星全土をゆるがす暴虐の嵐をぬって、司星庁に幾度めかの謎めいた要
求が届けられた。
これは警告である。
ジーナ・シャグラトの秘密をわたせ、と。
第T部 強化人間
1.暗殺者への伝言
きらびやかに照らしだされた白亜の宮殿から大理石の柱廊をぬけて、シャンデリ
アのように華やかで虚飾にみちた集団が吐きだされた。
庭園に配置された無数のテーブルには、タイミングよく料理と飲みものとがくば
られていく。立ちならぶテーブルのあいだを、からくり仕掛けのように優雅で、そ
して機能的な足どりで、白い仮面をかぶった給仕たちがいきかう。仮面の名は“渇
食”。
そしてふいに、テーブルの上にいっせいに、巨大な炎の柱が燃えあがった。炉の
中央で蠢く動物の影。轟々と燃えさかる炎のなかで、皮をはがれた食肉が断末魔に
全身をふるわせながら、なおも口をひらいて理不尽な運命の女神を威嚇する。
照明がゆっくりと光度をおとし、無数の門柱で仕切られたパティオはセピア色の
暗闇にしずむ。おだやかに燃える炎をまんなかに、参会者たちは思いおもいの位置
に居を占めた。
社交界のお歴々のあいだに交わされる笑顔と歓談は、その舞台装置にふさわしく
空虚で、そして底しれない。遊興に名を借りた腹のさぐりあい。絶え間なくくりか
えされる握手と抱擁。ぎらぎらと飾りつけられた胸のうちには、当然のごとく剣を
呑んでいる。だれもが望まず、だれもが有効に時をすごす宴。始末の悪いことに、
そこに集うだれもがそれを自覚している。
バラムは、こみあげてくる破壊衝動を懸命に抑制する。
暴発の機会は、いまじゃない。
色彩が乱舞する。庭園を埋める彫像。水しぶきをあげる噴水。腑ぬけた音色のス
トリングス。
「黒と赤の取りあわせが絶妙ですわね」
ふいに、装飾過剰のきらびやかな人工美女が、バラムに向かってそう呼びかけて
きた。「赤は情熱の色でしょう?」
われしらず、テロリストは笑っていた。
冗談じゃない。
赤は、血の色だ。
バラムの冷笑になにを感じたのか、女は強ばった笑みをうかべて二言三言、つけ
加えてから、そそくさとその場を後にした。ふたたび、虚飾に満ちた歓談のただ中、
バラムの周囲にのみ、奇妙な空白が形成される。獣の臭気を、無意識に嗅ぎとって
いたのかもしれない。
音楽の色調が変化する。アレグロ・ノン・トロッポ。複雑な上下動をくりかえし
た後、空間を充たしていたヴァイオリンとヴィオラの音が吸いこまれるようにして
沈み、コントラバスの長いトーンが重々と残響した。その底から、ひき裂くように
して、ブラスセクションのファンファーレ。
どこまでも悪趣味なやつだ。バラムは嫌悪に顔を歪めつつ、スポットライトの行
方を追った。
バルコニーに、純白のドレスに身をつつんだ美女が三人あらわれ、左右に道をひ
らく。つづいて、あどけない微笑を浮かべた童子が二人。小姓であろう。しずしず
とした危なげない足どりであらわれ、これもついと左右にわかれるや深々と頭をた
れる。
そして、黒衣の熟女をともなって出現する、二目と見られぬ肥満体。
悪夢から抜けでてきたような醜貌にむけて、華麗に着飾った紳士淑女が波のよう
に拍手を打ちはじめた。
ジョルダン・ウシャル――ストラトス星系の暗黒街をその掌中にする“帝王”も、
さすがに重力の拷問には音をあげているようだ。仰々しい飾りつけでなお隠しきれ
ない反重力サスペンサを装備した上に、うわさでは補助心臓の厄介にまでなりなが
ら、一挙手一投足が重々しく、見ているだけで息ぎれがしてくる。
だが、ストラトスの社交界に召集をかけた成り上がりの権力者に対して、侮蔑を
明らさまにするような間抜けは、この場にはいない。血統や名声だけでは、この世
界で地位を維持するのは困難だ。ひそやかに交わされる陰口も注意深く、けっして
暗黒街の帝王の耳にはとどかないように。「王様の耳はロバの耳」と不用意にささ
やく愚か者は――後日展開される惨劇の主人公だ。
“帝王”ウシャルは、己れの足下に集う紳士淑女に下卑た笑いをふりまくと、杯
をかざして一気に呑みほした。余興のつもりなのだろう。
「イーサウラマドゥ、シフ・リズナ」
ふいに背後から、成句とともに敬称つきの呼びかけが届いた。
「イーサウラマドゥ、シフ」
にこやかに返答しつつ、バラムは即座に対応していた。このパーティに潜入する
べく用意した役どころが、脳裏に、思いだすまでもなく立ちあらわれる。すなわち
――かつて、広大な版図を一手にひき受けていた貿易商リズナ・グループ。その若
き後継者を自認するストラ・リズナは、いまや敵対する競合者たちに食い荒らされ
たかつての王国をとり戻すべく、ジョルダン・ウシャルの知遇を得るためにこの恥
しらずなパーティに出席している、と。
富豪の奢りと若者の野心をあわせもった青年を装い、バラムはにこやかだがどこ
か油断のならない笑顔で、自分に声をかけてきた相手にむき直った。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬に過ぎなかった。役柄も警戒心も、バラムの心中からは消し飛んでい
た。
呆けたような間抜けな表情で、魅入られたような視線を自分でも気づかぬうちに、
眼前に立つ女に釘づけていた。
無理やりに忘却の彼方におしこめていた面影が、その一瞬間、バラムの脳裏を暴
虐に占拠していた。
眉の濃い、どこか少年めいた美貌。髪と瞳の色は黒。
甘く優しく、そして哀しみに充ちた記憶が逆なでられる。
バラムは、そんな一瞬の面影を意志の力で強引に断ち切り、改めて眼前に立つ女
を冷徹に監察した。
あざやかに染めあげられたブルーシルクのドレスが目にとまる。トランジスタ・
グラマー。ショートヘア。簡素だが、趣味のいい身なり。その肢体が、挑発するよ
うにしなやかに動く。野性的な印象の女だ。この場にはまったくそぐわない。まる
で格上だ。
「シフ・リズナ」
癖のある微笑を女はうかべる。獲物を前にして、舌なめずりする野獣の微笑。
「あなたはどんな印象をおもちかしら。今日のホストについて」
「たいへんエネルギッシュな方ですね」
躊躇なく答えが口をついて出た。演技の必要はない。この場では、だれもが演技
をしている。「功なり名とげ、いまの地位を築いた。あざやかなものですよ――失
礼ですが、あなたとはどこかでお会いしましたか?」
「ご安心を。初対面のはずですわ。わたしの名はマリッドよ、シフ・リズナ。とこ
ろで――ガードはきついわ」
にこやかな微笑はそのまま、不可解な言葉がささやいた。「あのブロンドの美女
三人は、ストラトスでも五指に入る殺し屋。どうなさるおつもりか、興味津々です
わね、シフ――バラム」
困惑の表情をうかべる。一瞬脳内を焼いた驚愕と警戒も、微塵たりとも顔には出
していない。
「殺し屋? あの三人が? なんのことなんです?」
そらっとぼけた質問を返しながら、頭脳は目まぐるしいスピードで回転した。
マリッドと名乗るこの女の素性とバラムに近づいてきたその目的は? バラムの
正体をどうやって見ぬいたのか。なにを、どこまで知っているのか。そしてなによ
りも、どうすべきか。答えは、質問と同時にはじき出されていた。なにもしない。
とりあえずは。
「彼の評判を聞いていらっしゃるなら、薄々はお察しのことと思いますけど――ち
がいます? シフ」
マリッドもまた、なにくわぬ顔でわざとらしい演技を再開した。「あの男を殺し
たいほど憎んでいる者も、ひとりやふたりではないはずだわ」
「――あなたもそうなのですか?」
とぼけた顔で、意地悪くバラムは聞いた。
「わたし?」
マリッドは、愛らしく微笑んでみせた。「――そうね。私個人としては――どち
らでももいいわ。でも、バラム――あなたが彼を殺そうというんなら、妨害せざる
を得ないけれど」
ストラ・リズナが、その言葉の意味を問いかえす前に、マリッドはしなやかな身
のこなしですいと人波のなかに姿を隠していた。
見かけどおりの女ではあるまい。宙軍の捜査官、フェイシスの情報部員、あるい
は――当のウシャルのボディガードのひとりかもしれない。
だがいまは、可能性の海に溺れている暇はなさそうだ。
バルコニーから姿を消したウシャルが、階上の柱廊玄関に出てきている。
下卑た微笑を浮かべて招待客と談笑するウシャルにむかって、バラムは目だたぬ
ようにゆっくりと移動を開始した。標的自身も絶えず移動を繰り返している。だが、
焦る必要はない。冷静に、注意深く、そう、こっちへ来い。もっとだ。
「イーサウラマドゥ、シフ・ウシャル、お目にかかれて光栄です」
宝石を散りばめた整形美人に話しかけようとしていたウシャルへ、割りこむよう
にしてバラムは深々と頭をたれた。
肥大漢の眉がほんの一瞬、怒気に歪んだ。が、痛烈な罵声を浴びせかけるのは、
話しかけてきた若造の正体をつかんでから、と決心したらしい。かすかに笑みをう
かべてウシャルはうなずいてみせる。
「やあ、君の顔には見おぼえがあるよ。一、二度、面会を希望していたんじゃなか
ったかね。ええと、たしか君は――リズ、リズ……」
「ストラ・リズナです」
仮面をにこやかに微笑ませて、バラムはいった。「私のような若輩者が面会を希
望した無礼をどうかお許しください、シフ・ウシャル」
「いやなに」
肥満体が顔中を笑いにかえて答えた。「それで君、私になにをさせたいのだった
かね」
単刀直入な聞き方だ。元来、世間話などとは無縁の人種なのだろう。
バラムは、うす笑いをうかべた。
「あなたに死んでいただきたいのです」
帝王の周囲をかためた四人の美女がむき直り、動作を停止させた。いつでも暴漢
に飛びかかれる距離と姿勢だ。
「ほう」
対して、ウシャル自身は――顔色ひとつ、変えていない。「なんの冗談かな、リ
ズナ君」
「ストラ・リズナなら、いまごろ十二番街のはずれで目をさましたころですよ、シ
フ・ウシャル」
今度の敬称つき呼びかけには、あからさまに嘲弄の響きをこめた。
柔和な微笑はそのまま、ウシャルの目つきが光を帯びた。
暗黒街の帝王の目だ。
その視線にむけて、バラムは嘲笑をおくった。
「脳波チェックをおこなうべきだったな、ウシャル。あの程度の関門、おれにとっ
てはザルにひとしい」
「クレオ、ダリウス」
ウシャルの合図で、小姓二人がゆっくりと後退しはじめた。それを目の端で確認
しつつ、帝王は言を継ぐ。
「名前をうかがっておこうか」
おちついた口調だ。だがその静かな口調の裏がわに、牙をむいた狂暴な本性がほ