AWC 光陰館の殺人 4   平野年男


        
#2769/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 9/30   8:24  (150)
光陰館の殺人 4   平野年男
★内容

 結果から言えば、携帯電話はあったものの、使い物にならなかった。持って
いたのは安光助教授一人であり、彼の電話機は旧タイプのために電波の届く範
囲が狭いのだった。
「これは車で行くしかなさそうだ」
 広間に全員が集まっていた。流の意見に、月谷が反対する。
「流さん、街まで何時間かかると思っているんですか?」
「街まで戻る必要はないですよ。どんな小さな派出所でもいいんです。公衆電
話を見つけるだけでもいい」
「……しかし、番組はどうなるんです? こんな中途半端なまま、警察を呼ん
だら、撮影は中止、タレントもスタッフも足止めを食らって動けない」
「本音が出ましたか」
 流は淡々と言った。口を押さえた月谷を、軽蔑の眼差しで見ている。
「あなたの地位も危なくなるという訳ですね」
「……当然じゃないか」
 開き直ったような口調に改まった月谷。
「誰が殺したか知らないが、いい迷惑だよ、俺は。番組は完成できそうもない
し、貴重なタレントは失うし、自分の地位は危なくなるし。仕事に対して真面
目で何が悪い!」
「僕も仕事に真面目ですよ。先ほどの根室さんの言葉、依頼と受け取りました
からね。だからこそ、警察に連絡すべきだと言っているんです」
「俺は……私はだな、警察へ連絡したくないから、あんたへ知らせたんだ。探
偵ならどうにかしてくれるだろうと思って」
「残念ながら、探偵とはそのような存在ではありません。時間も無駄に過ぎて
いることですし、妥協案を出しましょう」
「妥協案?」
 怪訝な顔をしたのは月谷だけでなく、その場にいるほとんどの者であった。
「車は二台ある。どちらでもいい、一台で誰かが警察へ知らせに走る。警察が
来るまでの間に月谷さんは番組が形になるよう努力すればいい」
「そんな無理なことを」
 言ってから月谷は顎に手をあてた。
「待てよ。最後、メルト氏の大ネタさえ撮ってしまえば、何とかなるかもしれ
んな。時間調整はあとでできるとして……。牧瀬和義最後の出演番組という値
打ちもあるから、お蔵入りはさせんぞ、うん。よし、それで行こう」
 うなずく月谷。流も安心したように笑った。
 ところが、思わぬところから意義が出された。これまでのやり取りを通訳し
てもらっていたメルトホスからだ。明津が彼の言葉を伝える。
「こんなところはたくさんだ。撮影については改めて話し合う必要がある」
「何ですって? 何を言い出すんですか、メルトさん」
 月谷が顔色を変えた。
「最後に、誰にも見せたことのない現象を披露する、そう約束してくれたじゃ
ありませんか?」
 しばしの間。明津が言葉の中継をする。
「それは撮影が順調にいったときの話だ。事件が起きたことで、現象を起こす
ために利用する『霊の場』が乱れてしまった。よって、最後の現象は取り止め
にせざるを得ない」
「困ります。あなたの大技がないと、番組が締まらない。この非常事態を収拾
するにはそれしかないんです」
 それしかないことはないだろう。私は思ったが、口には出さない。
「とにかく無理だ。全ては一度、正式に話し合ってから」
「参ったな……。おい、どうする」
 月谷は仲間を見渡す。メイクの久島が手を挙げた。お椀をかぶったような奇
抜な髪にどんぐり眼が目につく若者だ。
「犯人を見つけたら、『霊の場』の乱れとかは解消するんじゃないんすか?」
「なるほどな……。明津さん、聞いてみてください」
 明津は久島の言葉をメルトに伝える。メルトの横には、スージーホスが心配
そうに縮こまっている。やがて明津がメルトの言葉を訳す。
「そうかもしれない。だが、それも時間がかかるに違いないだろう。そこまで
ここにとどまれと言うのか……です」
 メルトの口ぶりを表現しようと言葉が荒くなったのを気にしたのか、明津は
最後に「です」と付け足した。
「それは……」
 月谷が口ごもると、流が発言権を奪い取る。彼の口から出てきたのは英語だ。
「私が最大限、努力してみましょう。それでいかが?」
 明津が丁寧にも、流の言葉を訳して皆に聞かせてくれた。それと同時にメル
トの言葉も聞かねばならないから、大変であろう。
「メルトさんの返事は……できるのならやってみなさい。だが、警察が来るま
でがタイムリミットだ、と」
「これはいい。警察が来るまでという制限は同じで、撮影完了が真相解明に変
わったことになる」
 流は楽しそうに言った。また月谷が慌てる。
「番組はどうなるんですか、番組は」
「警察が来るまでに僕が事件を解決すれば、撮影に無条件で協力してくれます
か、メルトさん?」
 月谷の顔を見やってから、流は日本語でメルトに聞いた。
 誰にでも分かる英語−−「オーケー!」とメルトは応じた。
「これでいいでしょう、月谷さん」
「え、ええ、まあ。頼みますよ、流さん」
 不安そうな月谷。彼としたら、視聴率が稼げること間違いなしの番組を物に
できるかどうかの瀬戸際だ。その気持ち、分からなくもない。
「では、誰が警察へ知らせに行くかが問題だな。どうする?」
 根室が後方で話している。それをとがめる流。
「ああ、勝手に決めないで。いや、何も権利を振り回しているんじゃない。た
だ、一言注意を。警察へ知らせに行く人間が犯人である可能性、なきにしもあ
らず。ここはあまり親しくない人が複数で行くのがいい」
「そうですね……。でも、流さんはここにいてもらわないと困るし、ホス夫妻
が行ってもしょうがない。ということは明津さんもいてもらうことになる」
「しおりを行かせるのは反対です」
 毅然として言い切ったのは、邑崎しおりのマネージャー、脇田だ。
「アイドルが殺人の通報だなんて。事件に巻き込まれただけでスキャンダルな
のに、これ以上の重荷は御免ですわ」
「分かりました。じゃあ、残るは瀬倉アナを含めたスタッフと安光先生、平野
先生ですか」
「平野君には正確な記録係としていてもらいたいんですよ」
 流のこの口添えで、私は残ることになった。
「それではすみませんが、安光先生。行っていただけますか」
「いいですよ。どなたとかな?」
 根室の頼みを、安光はあっさりと引き受けた。まさか彼が犯人ではと思える
ほど、気軽な調子だ。
 流が口を挟んだ。
「第一発見者の月谷さんと根室さん、本庄さんにはいてもらいますよ。それと、
昨夜、自分は熟睡して事件に関する証言はほとんどできそうもない。そんな自
信があるスタッフから選びたいですね。証言ができる方にはいてもらいたい」
「あの……自分、昨日の夜、変な物を見ました」
 ぼそっと言ったのは湯川だ。彼の居残り決定。
「俺、二階の廊下でほとんど眠りかけてたんですけど、役に立ちますかね?」
 カメラマンの安井が、念のためといった感じで切り出した。流が質問する。
「本当かい? それは何時頃?」
「夜中の一時から三時ぐらいだったと思います。一階でむろさん達につき合っ
てたら、飲み過ぎちまって。それで静かなところに行きたくて、二階の壁にも
たれ掛かって酔いを覚ましてたんです。その寝た場所が、階段を上がったとこ
ろで」
「つまり、廊下を見通せる位置にいたと言うんだね。よし、いてもらおう」
 こうして候補を絞っていき、最終的に警察へ知らせに行くのは安光助教授、
脇田女史、久島の三人となった。「何で私が」と最初は嫌がった脇田を、邑崎
しおりが行かない代わりだと説得し、承知してもらったのだ。ともかく、この
三人なら共犯である可能性は低く、また仮に三人の中の一人が犯人だとしても、
逃亡できまい。
 三人が乗ったマイクロバスを見送ってから、月谷が言った。
「流さん、頼みますよ。どうにか早いとこ犯人を見つけてください」
「できることはします。最初に第一発見者の話を聞きましょうか」
 そう応じた流は、広間で事情を聞き始めた。集まっているのはホス夫妻を除
いた十一人。夫妻はスージーの方が疲れたと言い出したため、203の部屋で
休んでいるのだ。
「どういう経緯で牧瀬さんの部屋に行き、あの惨状を発見したのです?」
「昨日、収録した分をチェックをしていて、牧瀬さんにもう少し毒舌をふるっ
てもらいたいなと感じたんです」
 根室が答える。
「メルト氏に対する攻撃じゃなくてもいいから、何か気の利いたことをもっと
言ってもらいたい。その旨を伝えようと思い、朝から牧瀬さんの部屋を訪れた
んです。いえ、実際に行ったのはこの本庄ですが」
「ところが返事がなくて、ノブに手をかけたら開いているのが分かりました」
 受け継いだ本庄は、思い出そうとしているかのように首を傾げている。
「でも、開いているからと言って、自分のような若いのが、牧瀬さんの部屋に
黙って入るのもなんだなと思い、お伺いを立てに一階へ戻ったんです」
「それを聞いて、私と月谷さんがついていこうとなったんです。牧瀬さんの機
嫌を損ねたら面倒ですからね」
「で、三人で揉み手せんばかりに入ってみたら、あの有り様だったんですよ」
 月谷が最後に言った。
「再度、確認しておきますが、何も動かしたりさわったりしていませんね?」
「もちろんです、流さん。ドアのノブと電気のスイッチ以外は」
 本庄が答えると、流はそれを聞きとがめた。
「電気のスイッチ?」
「ええ、部屋の明かりが点けっ放しだったので、消したんです」
「まあ、その程度ならいいでしょう。犯人が牧瀬さんの部屋へ忍び込んだので
はなく、牧瀬さんあるいは力沢君を訪ね、部屋に招き入れられてのち、犯行に
及んだのが明白になった訳です」
 言い終えると、流は他の人物に目を向けた。安井が指名される。

−−続く




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