AWC 光陰館の殺人 3   平野年男


        
#2768/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 9/30   8:21  (179)
光陰館の殺人 3   平野年男
★内容

 VTRも実演とあまり変わらなかった。目を引いたのは、アメリカでメルト
ホスが能力を使って行方不明者の居場所を見つけた映像。不明者はすでに遺体
となって雑木林の奥、枯れ落ち葉の堆積した土に埋められていたのが、メルト
には「見えた」ということのようだ。
「それじゃあ、質問を始めてください」
 VTR終了と同時に瀬倉アナ。明津はメルトに何やら伝えている。
「では、最初の演技からお聞きしたいんだが」
 安光助教授が言いかけたとき、月谷ディレクターが腕をばつ印にした。
「カメラ止めて! すみません、先生。今のところは、質問はVTRに出てき
た分に限ってください。お願いします」
「ああ、そうでしたか……」
 手を口にやる安光。月谷の合図で再開される。心得たもので、瀬倉が同じ台
詞で始めた。
「それじゃあ、質問を始めてください」
「映像で見ただけでは、何とも言えないが」
 断った上で、安光が口を開いた。彼は質問の数こそ多いが、核心に触れるよ
うなものはなかった。VTRの内容に限定されては、誰もが同じだったと見え、
流も牧瀬もほとんど発言しようとしない。
 助教授の質問をメルトがことごとくかわしたところで、瀬倉が言った。
「牧瀬さん、どうです? 番組の最初は威勢がよかったですけれど」
「いや、意見は最後にまとめて言わせてもらいます。一部だけをやっつけても、
一つの真実っぽいのが出てきては困りますからね。それに」
 と、牧瀬は流に視線をよこしてきた。
「ねえ、流さん。名探偵というものは、全てが分かるまで、真相をべらべら他
の人に喋りはしないもんでしょう」
「ええ、まあね。僕もよくやります」
 流は微笑を返した。牧瀬は大きくうなずき、
「名探偵に倣い、私も最後にまとめて一刀両断にして見せようかと思ってます」
 と宣言した。メルトを見れば、通訳から牧瀬の言葉を聞くや、不機嫌そうな
色を露にした。
 瀬倉が、おおっという表情になる。密かに観察していると、スタッフの面々
もこれは面白くなりそうだと感じているらしい。特に月谷は顕著だ。
「これはいい。牧瀬さん、約束ですよ。それじゃあ、ついでに流さんや平野さ
ん、それに安光助教授も、番組の後半でご自身の推理を述べていただくという
ことにしましょうか」
「名探偵が勢揃いという趣向ですか」
 助教授は自嘲気味に言った。しかし、決して不快そうではない。むしろ楽し
んでいる様子が見受けられる。
「流さんに平野さん、依存ないですね?」
 強制するような司会者の呼びかけに、流は曖昧に笑いながらも承諾した。私
の方は、
「いや、私はいつもワトソン役に過ぎませんので、流に任せたいと思います」
 と、逃げを打っておいた。
「あたしは? あたしも参加させてくださーい」
 邑崎は手を挙げんばかりだ。彼女が何かを言うだけで、緊張が和らぐ。あま
りひどいと白けることになりかねないが、そこまでは行かない。
「え? しおりちゃん、推理できるの?」
 瀬倉がオーバーアクションで応じる。
「できますよぉ。よく推理小説、読んでるし」
「それなら期待できそうかな。とにかく、舞台は整いました。メルト氏が本当
の超能力者かどうか、五つの厳しいチェックが設けられる訳です」
 明るい調子で締めくくった瀬倉。カメラを止めるよい機会になった。これで
本日の撮影は終了。スタッフらがあとで画面をチェックして、よほどのことが
ない限り、撮り直さずにすむそうだ。

 やや遅めの夕食。その中身は意外に豪勢だった。昼食の弁当とは比べ物にな
らない。ここ光陰館には調理設備があるらしく、局が食材を運び込んだらしい。
これはゲスト−−多分に牧瀬和義と邑崎しおりに配慮した厚意と言えそうだ。
 食後、すでに十一時近くになっていた。一階ではカメラマンの安井とビデオ
エンジニアの湯川が中心になって、映像のチェックをやっている。
 安井は色黒でやせているが、カメラを担ぐ腕は太い。酒は苦手らしく夕食で
も、他のスタッフ連中は飲んでいるのに、一人、仕事があるからと言って一滴
も飲まなかった。
 湯川は190センチはある長身で、手先が器用そうだ。スタッフの誰かから
聞いたのだが、彼は近眼でコンタクトをしているという。
「退屈だ」
 本を読んでいた流が顔を覗かせた。私も雑誌を膝に落とし、同様にする。
「引き受けてしまったからにはしょうがない。少しの辛抱だ」
「僕は番組がまともな検証をすると思ったからこそ、引き受けたんだ。平野、
君の言うことをそのまま受け取ったら、この有り様だよ」
「声が大きい。スタッフに聞かれたら面倒だ」
 私はチェックをやっているスタッフらに目をやった。幸い、こちらの会話は
聞かれなかったらしい。
「メルトホスに直接、リクエストしてやろうか。昼間言った、スプーンのガラ
ス抜けを」
 流は珍しくも投げやりな調子である。メルトホスがこの場にいないから、例
えいても日本語を解さぬからいいようなものの、全く、始末が悪い。
「牧瀬氏や安光助教授はどこに行ったのかな?」
 私は話題を転じようとする。
「牧瀬氏の部屋に集まって、アイドル歌手と談笑していたよ。チェック済みだ」
 流は別の水路を断ってしまった。それでも私はこの話題に執着する。
「へえ、マネージャーの脇田さんや付き人の力沢君も一緒かい?」
「僕が見たときはそうだった」
「どんなことを話してた?」
「つまらないこと。大学の先生まで加わり、芸能界ネタに花を咲かせていたよ」
「……ホス夫妻は?」
 接ぎ穂を求めて、仕方なしに私はその名を出した。
「明津さんの部屋を訪ねて、彼女に話を聞いていたよ。日本のことを色々とね」
「……さすがだな。人の動きを完全に把握している」
「別にどうってことない。それに他人の動きを完全に把握するなんて、所詮無
理な話だ。そんなことができれば全ての事件を食い止められる」
 流は文庫本を片手に立ち上がり、独りでに階段へ向かう。私は迷ったが、結
局、流の背中を追っかけることになった。

 朝の目覚めはよくなかった。あれからすぐに床についた私達だったが、流は
ともかく私の方は、一階が騒がしくて仲々寝付けなかった。スタッフ連中が仕
事を終えて、また飲み始めたのがその発端。
「起きたかい」
 機嫌よさそうな流の声。見れば、すでに身仕度を終えている。メイク係の久
島に手を入れてもらったら、すぐにもテレビに出られそうだ。
「何時だ?」
「七時五分てところだ」
 四時間ぐらいは眠れただろうか。目をこすっていると、激しいノックが。
「今、開けます」
 流がドアを開けると、廊下には根室が立っていた。
「どうしたんです?」
「あ、あの、事件です。殺されて、牧瀬さんと力沢君が……」
「慌てるな」
 流は事態を察したらしく、根室の両肩を押さえる。
「死んでいるんだな。牧瀬さんとその付き人が? 殺されているのは間違いな
いのか?」
「そう言われると……分かりません」
 やっと落ち着いたか、根室は静かに言った。流も言葉遣いを戻す。
「いいでしょう。では、場所は? どこに二人の遺体があるんです?」
「201です。牧瀬さん達に割り当てた部屋の」
「このことを知っているのは、現在誰々ですか?」
「他に月谷ディレクターと本庄だけです。他には話してません。流さん達に知
らせたのは、あなた方がこういうのに慣れているだろうからと、月谷さんが言
ったからで」
「部屋には誰かいますか? 牧瀬さんの部屋に」
「月谷さんと本庄の二人が見張ってます」
「よし。とにかく行ってみよう。平野、準備はできたかい?」
 私はちょうど着替えをすませたところだった。

 201は血の海と形容してよい惨状だった。
 うつ伏せに床に倒れた牧瀬は、身体の前面のどこかを刺されたらしく、絨毯
に赤い染みを作っていた。その右手の指は特に血で赤黒くなっており、絨毯に
何か文字を書き残したらしい。殺人−−にじみもあって判読しにくいが、血文
字はそう読めた。「人」という字に比べ「殺」が大きい。できるだけ正確に記
してみると、次のようになる。

   メ几人
   木又

 血文字の意味は置いておき、彼の付き人の力沢もまた、うつ伏せに倒れて死
んでいた。後頭部辺りを何かで殴られたらしく、激しい出血の名残が見られる。
ぱっと見たところ、こちらには目立った手がかりは残っていない。
「これは殺人に間違いないな」
 確認する意味で、私はつぶやいた。目でうなずく流。
「ああ。二人とも、死後四〜五時間か。午前二時〜三時頃にやられたらしい」
 経験と知識からそう述べたのち、流は他の三人に聞いた。
「誰も何もさわっていませんね」
「もちろんです」
 代表したのは月谷。さすがに顔色が悪い。
「ドアの鍵は開いていたんですか?」
「そうです。朝、用があって−−」
「詳しいことは後ほど。ドアそのものは閉まっていましたか?」
「はい」
「あの窓、施錠されていないようですが、あれも開いていた?」
 流は庭に面した窓を指差した。わずかな隙間だが、開いているのが分かる。
「ああ、本当だ。どこにもさわってませんからね、開いていたんでしょう」
「警察へ連絡は?」
「それが……」
 月谷の顔が申し訳なさそうに曇った。
「光陰館には電話が引いてありません。当然のことながら、携帯電話を持って
来ています。ところがその電話が破壊されているのです」
 問題の携帯電話機を示す月谷。アンテナが折れ、ボタンのある板が砕けてい
た。電源そのものが入らない。間を置いて流は聞いた。
「……どなたの電話?」
「私のです。正確には局の物ですが」
「月谷さん、あなた、これをどこに置いていたのです?」
「一階の広間のテーブルに放り出していました。他のスタッフがいつでも使え
るようにというつもりだったんですよ」
「ということは、他のスタッフの方々は誰も携帯電話を持っていない?」
「そうです」
「近くに公衆電話はなかったし……牧瀬さんは携帯電話は?」
「東京にいるときは持っていらしたはずです。けれど、今回は電話ごときに縛
られたくないとかで」
「持ってないんですね? じゃあ、他の人が持っているかもしれない。聞いて
みましょう」
「しかし」
 月谷は戸惑っている。
「それですと事件のことも明かさなくてはならない……」
「当然です。いずれ知らせなければならないんだ。早いか遅いかの違い。それ
より今は警察への連絡が先決ですよ」
 流は強い調子で言い切った。

−−続く




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