AWC 「黒姫譚」(3)俄貪堂欣幻


        
#2765/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  94/ 9/29   0:27  (100)
「黒姫譚」(3)俄貪堂欣幻
★内容
「黒姫譚」俄貪堂欣幻/Q-saku:Mode of luna

     ・第六話(承前)・

 いつの間にか、私は眠っていた。乱暴なノックで目を醒ます。ドアを開けると
制服の警官が、ドカドカと雪崩込んできた。まくし立てられ、ワケも解らぬうち、
椅子に座らされた。口髭を生やした警部が、私の前に腰掛ける。尋問が始まった。
衒学が昨夜、何者かに殺されたのだ。首を切断されて。私は正直に答えたが、尋
問は執拗だった。警部は私を疑っているらしい。衒学が死んで最大の利益を得る
のは、財宝を共に発見した私だと言うのだ。もちろん私は反論した。衒学が私に
財宝の一切を譲ると記した覚え書きを、警部に示した。警部は鼻で嗤い、覚え書
きをヒねくり回す。

 「震えた字だな。脅かされ無理矢理に書かされたら、こんな字になる」「衒学
は引き上げの最中も、財宝を私に全部譲ると明言していた。作業員も皆、聞いて
いることです。彼が欲しがったのは、たった一つ……」「たった一つ、何だ」
「……黒姫です」「黒姫? 価値のあるものか」「解りません。ただ、彼にとっ
ては、かけがいのない物でした」「それはいったい何だ」「剥製、……そう、剥
製です」「剥製? 珍しい生き物の剥製か」「珍しい? あぁ、確かに、あんな
美しい少女は見たことがない」「少女? 何の話をしているんだ。剥製に就いて
訊いてるんだ」「そうです。それは黒姫という美少女の剥製でした」。

 警部は目を剥いて聞き返してきた。「人間の……、剥製?」「はい。四百年前
の美少女の剥製です」「ふ、む。変態趣味の奴には、高く売れるかもしれんな。
昨夜、隣の部屋で何か変わった物音はしなかったか」「そう言えば、水か何かが
壁に掛かった音、何かが床に落ちて転がる音、そして……若い女の声が聞こえま
した」「どんな声だ。言い争っていたのか」「いえ、その……、喘ぎ声でした」
「はん、娼婦か。何時ごろだ」「十二時ごろでした」「娼婦は何時から何時まで
夢幻亭の部屋に居た」「解りません。気が付けば、喘ぎが聞こえていました。私
が眠るまでは居たようです」「何時に眠った」「一時ごろだと思います」。

 一人の警官が部屋に入ってきた。警部に耳打ちする。頷いた警部が、早口で何
か指図する。私を取り囲んでいた警官が、一斉に部屋を飛び出していく。警部は
急に表情を和らげ、「君への嫌疑が薄らいだようだ。夢幻亭の部屋のベッドから、
女性の体液が検出された。凶器と思われる日本刀、君たちが引き揚げた財宝の一
つだが、それにベッタリと何者かの指紋が残っていた。夢幻亭の物でも、君の物
でもない」。咄嗟に私はテーブルの上を見渡した。目覚ましに飲んだコーヒーの
カップが、いつの間にか、なくなっている。警部はニヤリと笑って、「君が素直
に押捺しないと思ったもんでね。気を悪くしないでくれ」。

 親しげな口調に変わった警部の尋問は、更に続いた。「確認したいのだが。黒
姫とかの剥製は、本当は莫大な価値があるのだろう?」「本当に知らないんです。
もしかしたら、研究家にとっては、価値があるのかもしれませんが」「実はね、
その黒姫の剥製がなくなっているんだよ。夢幻亭の机にあったリストと照合した
のだが、他の物は何もなくなっていない。もっと手頃な貴金属や宝石は、すべて
残っている」「そんな、何故……」「それを訊きたいのは、こっちだよ」「リス
トが偽造なのかも。何も盗まなかったよう見せかけるために。私の持っているリ
ストで、もう一度、確認してみてください」。

     ・第七話(承前)・

 リストを掴んだ警部は、急いで部屋を出ていった。残された私は、妙な話だが、
財宝が盗まれているよう願った。そうでなければ……。見たのだ。実は私には、
見えたのだ。壁の向こうで繰り広げられた、血塗られた淫らな光景が。黒姫が、
剥製にされた筈の黒姫が、ギヤマンの箱からソッと抜け出したのだ。黒姫は大刀
の鞘を払って、衒学に近づいて行った。確かに見たのだ。衒学は、ダラシなく口
を開け、恍惚と黒姫を見つめていた。黒姫は、薄っすらと笑みを浮かべ、猫のよ
うな上目遣いで、衒学に近付いた。ただの一振りで、衒学の首は切断され、宙に
跳び、床に転がった。血潮が壁に噴き付けられた。

 舌舐めずりながら黒姫は、妖しく微笑み、衒学の首を持ち上げた。血糊が垂れ
る首を、シナヤかな筋肉が盛り上がった肉体に、擦り付ける。首は、小振りな乳
房を艶やかな脇を撫ぞり、引き締まった腿に行き着いて、股間に押し付けられる。
ビクンと褐色の肉体が仰け反る。激しい呼吸に、肋骨が浮き上がり波打つ。唇は
半ば開き、粘つく喘ぎを洩らす。腰がクネり律動し、股間が淫らな音を立てる。
肌理細かな膚にジットリと汗が湧き、ヌメやかに輝く。……。「あああぁぁぁぁっ
」。伸びきった肢体が痙攣する。グッタリと弛緩する。ウットリと目を開いて、
体液に塗れた首を持ち上げる。淫らな遊戯を再開する……

 衒学の荷物を整理するうち、黒姫に関する論文の草稿を見つけた。書きかけの
最後の頁の合間から、一枚のメモが見つかった。私は戦慄した。メモに記されて
いたのは、ホムンクルス、人造人間に関する記述だった。原本は、いつか衒学が
話していた、ヨーロッパの魔術書だろう。黒姫は殺されたのではなく、四百年の
間、眠っていたのだ。メモによれば、眠りを醒ますには、男の絞り立ての精液を
かけるらしい。衒学は秘儀を行い、黒姫を覚醒させたのではないか。疑念が妄想
を惹き起こす。私の中で、心を覆っていた薄氷が音を立てて砕け散り、バラバラ
だった幻の輪が、次々と繋がっていく。

 衒学は、蘇った黒姫に殺されたのだ。黒姫は衒学を、自らの欲望を満たす道具
を得るために、殺した。黒姫の目に、衒学は物体/オブジェとしてしか、映らな
かった筈だ。黒姫は、陵辱によって生まれた。男として育てられ、ファロスを欲
した。男の首を切り取り、悦びを得た。首はファロス、男性性を象徴する物だっ
た筈だ。衒学は、すべてを知りつつ、死を選んだ。そうするより他、なかったの
だ。長い間、衒学は史料の海で、黒姫の影を求めて彷徨った。漸く恋する相手に
出会えたのだ。衒学の首は、黒姫自身のファロスとして愛撫され、同時に黒姫を
愛撫した。黒姫の一部となって、黒姫を犯したのだ。

     ・エピローグ・

 結局、黒姫以外に消えた物はなかった。警察は、衒学の部屋を訪れた女を、見
つけだせなかった。私は黒姫の物と思われる僅かな装身具だけを残し、財宝を放
棄した。帰国すると、マスコミが事件を取り上げていた。私は連日、取材攻めを
受けた。会社も辞めざるを得なかった。しかし、時代は踊っていた。暫くすると、
事件や財宝の事など、世間は忘れてくれた。騒がしかった私の周囲が、落ちつき
を取り戻した。私は平凡な男に戻った。ただ、記憶は、黒姫の面影だけは、消え
ることがなかった。黒姫は、何処かで男の首を狩り取っているのだろうか。今で
も私は、背の高い少女と擦れ違う度、振り向いてしまう。

(了)
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