#2750/5495 長編
★タイトル (LDJ ) 94/ 8/28 10: 7 (118)
『黒い瞳のSUTERA1967年夏』 (2) 旺春峰
★内容
レースのカーテンを風が揺らしまぶしい日差しが白いペンキを何度も塗り直す
頃小さな僕の町にも夏がやってきた。
日没は日をおうごとに遅くなり夜の10時になってもまだ明るい戸外で人々は
誰もが太陽と友達になろうと努めた
ひさしぶりにエジンバラのおじさんがやってきた日。僕の家ではバーベキューパ
ーティーが開かれそれほど広くない庭にそれでも20人程の知人や親戚が集まっ
た。
スーはいつものように質素な木綿のズボンを穿いて甲斐甲斐しく料理を運んだり
地元でつくられたワインを注いでまわったりした。そしてそんなスーの姿に興味
を持ったのはエミリーおばさんだ。おばさんにはちょうどその時スーと同じくら
いの年頃の娘がいたからかもしれない。
エミリーおばさんは僕の両親にスーのことを尋ねた。おそらく最初はどこの国か
ら来たのかとか名前はなにかとかいう他愛のないことだったろう。けれどしばら
く話しているうちに急に驚いた表情になり、少しの間考えこんでから、まるで自
分の娘を見るようないたわしげな眼差しでスーを眺めて、なにを思いついたのか
ほとんどスーの手をひっぱるようにして一緒に家の中へ消えていった。
僕はスーのことをちょっと心配したけれどエミリーおばさんはとっても賢くて優
しい人だったからきっと悪いことではないだろうと思うことにした。
やがて現れたスーをみてその場にいた全員が声をあげた。それほどその赤いドレ
ス、それは本来エミリーおばさんが自分の娘の為に買ったものだったが、驚くほ
どスーに似合っていたのだ。
大きく胸元の開いた、でも若い女の子ならその頃でさえそれほどめずらしいとい
うものではなかったのにスーは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
その時僕は子供だった。けれど今になってあの時のスーがどれほど奇麗だったか
を信じられないくらい鮮やかに思い出す。
まるで東洋のプリンセスのようじゃないか。
誰かがそう評したのを受けて他の誰かが昔、中国に本当にいた有名な美しいプリ
ンセスの話を始めたが、名前が浮かんでこない。
父がスーになにかを言うとスーは小さな声でその名前を答えた。
僕らにはとても発音しにくいその名前にみんなはかわるがわる挑戦したがどうし
ても似ても似つかなくなるために最後は大笑いとなった。スーも顔をあからめた
まま一緒に笑った。
けれどその時スーについて僕が気がついたことが一つある。それはスーが僕以外
の大勢の前で本当の笑顔を見せたのはその時が初めてだったということだ。
そしてそれは最後でもあった。
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スーと一緒に一度だけロンドンへ出かけたことがある。ロンドンにいるというスー
の友達を訪ねていった時だ。
チャイナタウンへはその時が初めてだった。まるで魔法の国のような不思議な色や
形。赤い門に黒い文字。そして街のあちこちで目を光らせているいろんなドラゴン
たち。
けれどスーはまるで避けるかのようにそこを過ぎると僕を近くにあるあまり清潔
とは思えない場所へ急がせた。チャイナタウンとすぐ隣どうしのその街ソーホー
へそれ以来二度と足を踏みいれたことはない。
スーは友達の故郷での名前しか知らなかった。
シャンハイから来た東洋人の女性。その人がエレーンという名で呼ばれているこ
とがわかる頃にはスーの顔から懐かしい友人に会えるという期待はなかば不安に
かわっていた。
派手な化粧と強いコロンの香り。彼女の仲間だという女性達の言葉からはスー
が見せてくれた写真の中の三つ編みの女学生の面影は想像できなかった。
会わないほうが良かったのかもしれない。
一軒の酒場でエレーンは人待ちをしているかのように座っていた。
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エレーンとステラ。
エレーンは最初、スーを見てもそれが誰であるかわからないようだった。写真の中
の昔のエレーンは本を読みすぎた学生のようなまん丸い大きな眼鏡をかけてたから
もしかするとそれはふりではなくただの近視だったのかもしれない。
でもスーが彼女にエレーンでなく彼女の本当の名前を投げかけた時エレーンの表
情は変わった。僕がその時の二人の会話を覚えているのはエレーンがなぜか英語
でスーに話したからだ。
久しぶりに異国でめぐり逢った友人に母国の言葉ではなく異邦の言葉で話し続けた
エレーン。その心境はなんだったのだろう。
エレーンはふるさとを捨てようと思ったのかもしれない。
その頃スーたちの国では大きな政治運動が人々の生活の全てを支配していた。それ
は子が親を告発し兄弟どうしが敵となるほどの激しいものだったという。
「あんたの両親を見殺しにしたのはあたし」
エレーンはたしかにそう言った。それが果たして何を意味していたのか。ただ言え
ることはエレーンがかつての親友であったスーに最後まで他人のような態度をとっ
たという事だ。
その時僕は幼かったからわからなかった。けれどそれからいっぱい多くの笑顔と憤
怒と悲しみを見てきて今ならわかる。
エレーンのそれは償いの表現だったのだ。
僕はエレーンの為にではなくむしろさびしげな様子のスーを思いやりせいいっぱい
の元気さで僕の知っている彼女達の国の言葉を、別れ際にエレーンに投げかけた。
エレーンが微笑み、同じ言葉を返してくれたことは僕にとってとりあえずの心のや
すらぎを与えてくれた。
エレーンがその時一度だけ口にした中国語。たとえそれがさようならだったとし
ても。
旺春峰