#2748/5495 長編
★タイトル (LDJ ) 94/ 8/21 9:14 ( 90)
『長城有情』 完結 旺春峰
★内容
要塞ウォールから発射されたミサイルは正確に着弾し、メイホワの身体もこなごな
に砕けたかと思えたが運と直感と生存本能は彼女をまだ生きながらえさせた。
緊急跳躍ロケットを水平に作動させることによってミサイルが着弾する前に素早く横
方向に移動したのだ。官製戦闘マニュアルには載っていない操作であった。
とっさの思いつきが運よく成功したがメイホワにとってはこれが本当に最後の奥の
手、もはやなんの裏ワザも残ってはいない。
こんどであたしも駄目か・・。
決して悔いのある人生ではない。それまで生きてきた二十数年も自分がこの戦争に志
願したことも、でも、さっきの蜃気樓はいったいなんだったのだろう、メイホワにま
だ死ぬなと告げたメイホワとうり二つの女性。
あれは昔の私なのかも知れない、もしも人に生れ変りがあるならば・・。
メイホワはなぜか懐かしい気持ちで空を見上げた。その時真昼の空に星がきらりと光
った。
爆発の白い閃光がメイホワを包んだ。
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夫を捜すメイホワが長城に到達してから八百年近く過ぎた唐の時代。一人の兵士がそ
の場所に立つ小さな墓碑を眺めていた。
遠い先達が築いた長城。それはもはやこの大唐帝国、民族や宗教の枠を超えた史上最
初のコスモポリタン国家には必要ないものとなっていた。
人の往来に制限を課さず新しい異文化を求めるにあたり長城は妨げにこそなれ、なん
の益にもならない。
彼は過去ここに投じられたエネルギーの莫大さと、代わりに奪われた真に建設的な事
業の機会損失、そして失われた人命の多さを思った。
かわいそうに。ここに眠る者もその犠牲者の一人なのだろう。
優しい兵士は自分が字を読めないことが悔しかった。もし字が読めたなら墓碑に刻ま
れた死者の名を呼んでしばしの祈りをたむけてやれただろう。
メイホワよ安らかなれと。
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・・間一髪で命びろいした経験は初めてではない。けれどメイホワは混乱していた。
自分が死の世界に迷いこんだのか、それとも。亡者が蘇り現れ出たのか。
上空から稲妻のように黒い塊が急降下してきたかと思うと、次の瞬間にはメイホワ
の目の前に鎧甲で身をかためた古代中国の武人がまるで石像のようにそびえていた。
武人はメイホワと敵の間に立ちはだかるとなんと腰の長剣を抜きはなち飛来するミサ
イルを次々と叩き落としていったのだ。
勘の良いメイホワがそれを最新型の戦闘スーツだと悟るのに時間はさほどかからなか
った。そして同時にそれが敵軍のものだと知るのに。
ひとしきりの攻撃が止むとやがて武人は剣を手にしたままゆっくりとメイホワの方を
向いた。
メイホワは銃を構えた。
二人はしばらく無言で見つめあった。永遠の沈黙が続くかと思われたが、やがてもた
らされた言葉はメイホワのすべての記憶を呼び覚ました。彼女がなぜに西を目指した
か、そしてそれが誰の為にであったか。
「遅かったかい」夫である武人はやさしく微笑んだ。
「いいえ。間にあったわ」メイホワも微笑んだ。
「ここにいてくれて良かった。ここなら月の上からだって目印になる」
・・勝つための最良の方法,それは敵を味方にかえてしまうことであると紀元前の戦略
思想家は説いた。
今、休戦協定が結ばれ平和が訪れた事をメイホワは知った。
メイホワは勝ったのだ。
砂漠の蜃気樓は時に人影さえも映し出す。
遠い砂塵の彼方に、長城とメイホワと夫の姿が浮かんだ。
けれどその蜃気樓が二人と違った衣裳を纏っていたことに気づく者はいなかった。も
はや誰も知ることない二千年前の王族の衣裳を。
旺春峰