#2716/5495 長編
★タイトル (EXM ) 94/ 7/31 9:34 (124)
JETBOY第2話(2)
★内容
2
畦道のようなところに三人残された。志村は眠りこけ、田宮と矢島もグラウンド
の上に腰掛けている。
風が静かに流れている。本土の喧騒と全く違う世界がここにある。クラクション
の音も、OA機器の喧しい雑音もない。
ざわざわと砂糖キビがざわめく音だけ・・・・・・・・
「どうです、この環境」
「全く、感心するより他なしだな」
田宮も外国で、スポーツシューレなるものを見たことがあったが、これほどの豪
華な施設は少ないと太鼓判をおしている。
「あの教会だけど、あれがクラブハウスって言ってたよね」
「はい、あれが沖縄シーサーズクラブの全クラブのクラブハウスで、その向こう
にある蔦が絡まった洋館みたいな建物、あれが姫百合学園の校舎です。海に面して
まして、見晴らしは最高ですよ」
「へえ」
あまりにも豪華すぎる施設である。
「でさ、こんな学校誰が作ったん? それに学校法人だったらわざわざスポーツ
シューレなんて冠つけなくてもいいのに」
「屋敷さんのことですか」
矢島は屋敷大要なる人物の説明をはじめた。
「屋敷大要さんは元アポロビールの取締役さんでして、マスコミから重化学工業
まで色々と経営している、地元の大地主にあたる方です」
「へえ、で、学校にも手を染めた」
「いえ、スポーツシューレの経営プラン自体は、我々博士堂が出したものです。
けど日本でスポーツシューレを経営するのは税制面や資金面、あと教育面での不安
がありました。だったら『ワシが学校法人を作って、その枠の中でやればいい』と
仰ってくれたんで、姫百合学園の中にスポーツシューレの部門を作らせて頂いたん
です」
「へえ、世の中には豪気な方がおるもんだな」
納得する田宮である。
「けど、見返りもかなりあると思いますよ」
屋敷大要は決してボランティアでやっているわけではない。
「シーサーズがJリーグに入ったら、現在建設中の那覇のスタジアムにも沢山の
観客が押しかけてくるだろうし、野球やラグビー、ボクシングにしても沖縄でのプ
ロモーションで潤うじゃないですか」
「おいしいところを後で独り占めするわけか」
「あと、本土に対する対抗意識もあるかもしれませんね」
全くもって、究極の構想である。
「特例措置をつくれないかな、Jリーグに」
「そうですね、シーサーズがJ昇格に7年もかかるってのも問題ですし」
そりゃそうだと納得する田宮。
田宮はまだチームを見ていない。そんな状態でコメントも何であったが、西武ラ
イオンズの例もある、初期投資に力を入れたクラブに強いクラブが無い筈はないの
だ。このクラブの強さはもう保証されているようなものだと田宮は思った。
終業のチャイムが鳴った。
「ぼちぼち練習が見れるかな」
田宮がそう思った矢先であった。
オレンジとブルーのシャツを着た選手が数十人姿を現した。これだけなら、さあ
これから練習だ、本腰入れて見なければと思うだけであろう。
ただならない事態に遭遇したのだ。
田宮が慌てて、眠りに入っている志村を起こした。
「おいっ、あれをあれを!」
「なんだよ、たみやぁ」
志村は田宮が指をさした方向を見た。
最初は意識がぼんやりと霧が掛かっていたのではっきりしてはいなかったが、ひ
とつだけ、普段のサッカークラブとは大きく違う点があった。
「ああっ! 」
ようやく気づいたようだ。
矢島が腕組みしながら、グラウンドの中のある人物に注目する。
「あれがシーサーズのトップチームですよ」
その視線は、『美しいもの』に向けられていた。
「あれって、マジか? マネージャーだよな」
志村が矢島に尋ねる。しかし、矢島はこれを否定した。
「彼女が、シーサーズのエースストライカーですよ」
「本気かぁ」
本気だ。
志村も田宮も信じられない顔をして立ち尽くしている。矢島だけがひとり、この
光景を楽しそうに見ていた。
下級生の、多分ジュニアユースクラスのボーイズに囲まれている一人の少女。青
とオレンジのユニフォームを身にまとい、ボーイズ達の寵愛と信頼を一手に受けて
いるように見えるこの状態。
「志村さーん、矢島さーん、田宮さーん」
井上渚は、こっちに向かって手をふった。
「渚ちゃーん、一つたのむよ。彼ら、君がエースストライカーだって信用してな
いんだ」
「よおし」
田宮の呼びかけに渚は応じた。
これからパフォーマンスを見せるのだ。
「縦のロングボール、お願い」
一人のボーイズの肩を叩き、そして自身は、ゴールに向かってダッシュした!
同時に、ボーイズの一人が、縦に高いボールを打ち上げた。
縦のロングボールが渚の頭上を越えて、ペナルテイエリア寸前で勢いよく跳ねる。
しかし、そのボールはすぐさま、かすめ取られていったのである。
「速い! 」
脱兎の如く、ボールをとらえたそのスピードに驚嘆する志村と田宮!
ペナルティエリアに飛び込み、そして右足を豪快に振り切った。
勢いよくボールをとらえて叩く!
そしてしなやかに、ボールは走った。
おおっ!
ギャラリーのため息まじりの唸りと同時に、ゴールネットが激しく揺れた。
凄ぇぇっ!
ど真ん中にボールは突き刺さった。それも、目に見えない速さで。視神経と脳と
の相互連絡がうまくいかないくらいに、あっというまの出来事であった。
男勝り、いやいや、男女の区別関係無しにお見事なパフォーマンスであった。
「どうです、見ましたか! 」
志村は目をこすった。しかし、目の前にいるのは、渚だ。こっちにむかって手を
振っている。
「ブラボゥ! 」
志村も田宮も渚のことを、そしてシーサーズのことを認めた。
こりゃ、強いぜ!
美少女ストライカー井上渚、これが沖縄シーサーズの秘密兵器だったのである。
督が呼んでいるから、練習が終わったらまたね」
志村の許に走り寄り、最後に一つ、頬に唇の感触を残していった。
渚の唇に、惚ける志村。
グラウンドの真ん中の人の輪の中へと渚は消えていった。
「なんとも、とことんまでふざけたチームだ」
田宮は呆れ返っている。
しかし渚の実力は、エースストライカーに相応しいものではあった。
多分、100メートル11秒前半は確実と思われるくらいのスピードに、ボール
を叩きつぶすくらいにインパクトの強いシュート、そしてそのシュートのスピード
だ。一気にディフェンダーを置き去りにしていくだろうし、ゴールキーパーが反応
する隙も与えない。
Jリーグでも、確実に得点王は狙えるだろう。
もし、渚と他の10人が同じ実力なら。これは、ユースクラスでありながら面白
い想像であった。
「なるほど、これは強すぎる」
このことを知ったら、日本サッカー協会の理事連中は泡を吹くに違いない。
しかし、シーサーズはこれだけでは無かったのである。
もうひとり、とんでもない、それこそ物騒な奴がいるのだ。