AWC JETBOY第1話(1)


        
#2710/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 7/31   9: 7  ( 97)
JETBOY第1話(1)
★内容
                            「JETBOY」

           第1話「獅子の目覚め」

 「獅子が目を覚ます頃合いです、川淵チェアマン」
 Jリーグチェアマン・川淵三郎に進言する男の影がいた。
 川淵が視線を逸らそうとする。
 「シーサーズのことは、ちょっと、うむ」
 しかし男は容赦しなかった。
 「我々は待てません。このままで、僕等が作り上げたJリーグは腐ってしまい
ます」
 腐ってしまうとは、物騒な言い方だ。
 しかし、男は実直であった。過激な部分は見受けられるにしても。
 男と川淵の歳は、明らかに倍くらい違う。しかし、Jリーグの最高責任者に対
しても、この男の言い方は厳しい。
 男の容姿は精悍で、渋谷を闊歩していそうな顔つきである。
 「矢島君、このままでも巧くいってるんだ。別に、荒波を立てなくとも」
 「いえ、我々はJリーグを野球の二の舞にはしたくありません!」
 矢島は、川淵の事なかれ主義を叱責した。
 矢島は川淵の隣に座った。ここから試合が一望できる。東京ドームのロイヤル
ボックスから見えるのは、プレシーズンマッチの光景であった。横浜フリューゲ
ルス対クルゼイロFCの試合である。リバース方式の天然芝がこの試合のために
敷きつめられていた。
 しかし試合は緊張感を欠いていた。クルゼイロの選手の中には、試合中なのに
観客のコールに手を振って応える者もいる。
 しかめ面の矢島の口調は余計に激しくなった。
 「Jリーグも、闘いの匂いが薄くなっちゃいましたね」
 矢島は澄ました顔で言う。
 「川淵さん、あくびしてたらフォーカスされちゃいますよ」
 痛いところを突く。
 事実だ。
 「確かに、緊張感の無い試合だな」
 川淵も矢島と同じ気持ちである。
 しかし矢島は目を背けなかった。
 矢島の細い瞳は、許せるかぎり沢山の試合を見つめてきた。Jリーグから世界
の好勝負までソフトは多数ある。
 「昨年は手さぐりでしたし、希望も届くところにありましたから、皆が身を削っ
ていい試合を見せようとしてた。けど、うわべだけの、僕等広告屋が演出した人
気に浮かれてしまって、目指すべき物をわすれてしまったような気がするんです」
 一人のサッカーファンとして、更に強調した。
 「日本のサッカーはもっとよくなるはずなんです!」
 矢島の感情が爆発した。
 しかし、その爆発は軽く済んだ。フィールドが歓声で包まれているのがスピー
カー越しにも判る。
 「すごいな、あの小僧」
 クルゼイロのエース、ロナウドが鮮やかなゴールを決めてみせた。簡単にフリュ
ーゲルスの守備の穴を突き、爪先で決めたゴールである。
 しかし、ロナウドはまだ十七歳なのである。大したものだ。
 このロナウドのゴールが、矢島の主張に根拠を与えた。
 フィールドを指さし、可能性を示してみせた。
 「沖縄シーサーズには十一人のロナウドが居ます!」
 そして矢島は、川淵の「旧悪」に触れた。
 「川淵さんは、シーサーズのことを表似出さないよう、報道関係者に箝口令を
敷きました。Jリーガーより強い高校生、確かにこれからJリーグって時に邪魔
な存在でしょう」
 更に正論を並べ立てる。
 「しかし、強い者がウイナーズカップを手にする、それがプロ・スポーツじゃ
ないでしょうか。チェアマン」
 そして、現状報告に入った。
 「屋敷オーナーは、いつでもJで戦う準備は出来ていると言っておられます。
それに、若干十六歳のチームがもし天皇杯を手にするとしたらどうなりますか?
それこそ、Jリーグの終焉でしょう」
 とどめを刺した。
 そしてまた、ドームがどよめいた。
 ロナウドのハットトリック達成の大歓声だ。スコアボードの得点は5−1、野
球の点差がついている。
 しかしこのクルゼイロ、決して本気は出していない。右袖に烏を抱く天皇杯の
覇者フリューゲルスでさえもこの有様だ。
 日本のクラブチームが世界に達することの厳しさを思い知ったはずだ。
 「矢島君、わかった」
 川淵が口をひらいた。
 「沖縄シーサーズを世に出そう」
 最高責任者が観念した。しかし、突発的なものではない。
 川淵も判っていたはずだ。何処かでメスを入れねばならぬ事くらい。
 チェアマンの決断は、確かに矢島の耳に入った。
 「ありがとうございます」
 静かに、矢島は感謝の言葉を述べた。
 「失う物は何もないって言ったの、チェアマンでしたね」
 矢島はにこり微笑む。
 「シーサーズにもJに昇進する為の試練が必要かと思いますが、彼らはきっと
乗り越えるに違いありません。Jも、捨て身でかかればどうにかなるかもしれま
せん。マスコミにとっても過激だけど、魅力的なネタになることでしょう」
 「そうだな、マスコミに解禁令を出すか」
 「ちょっと、待ってください」
 矢島が川淵を制した。
 「一週間、待って頂けますか?」
 「ほお、一週間とは」
 この問いに対して、矢島はうぶな笑みを見せた。
 「どうしてもなし遂げたいことがあるのです。ま、その根回しで」
 「君も色々と忙しい」
 謀略は広告屋の仕事だと悪びれた。
 実際、矢島の目指すところは、シーサーズを世に出す事であった。
 しかし、矢島の希望はそれにとどまらなかったのである。
 矢島の夢はシーサーズというより、その一部にあった。そのためだけにシーサ
ーズの夢を追い求めていたのである。
 鞄から、携帯電話を取り出した。沖縄シーサーズの、本当の第一歩であった。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 たっちゃんの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE