AWC 司法神官ドラクーン(1)   みのうら


        
#2683/5495 長編
★タイトル (ARJ     )  94/ 7/ 5  10:39  (145)
司法神官ドラクーン(1)   みのうら
★内容

 司法神官ドラクーン


 1   ティシュトリヤの降りる峰



 人の気配に背の鉄杖を抜いた。
 殺気だ。
 押さえても、流れてくる。
 いくつもの、焼けるような、敵意。
 呼吸を整え、殺気を探る。地平線では、今にも顔をのぞかせようとする太陽が、空を
紫に染めていた。
 殺気が風に乗って流れてくる。
 朝の大気が、戦いの予感を運んでくる。
 両手の中の鉄杖を握り直す。ずしりと重い手応えが心地よい。
 司法神官なら誰でも持つ鉄杖だが、こいつは特別製だ。普通のものとは少々違うが、
略杖ということで許可を受けている。
 半世紀も前、当時帝国一の呼び名も高かった名工に作らせた。いまだに錆一つ浮かず
、最も頼れる相棒だ。司法神の紋章が、申し訳程度に刻まれている。
 大地に突き立ててみる。先端の輪が鳴らないように、結びつけておいた布が、ほどけ
かかっているのを直す。
 流れる殺気の源は、この鉄杖の先端よりはるかに上、すなわち、生い茂る樹々の上に
ある。
 魔の森の盗賊。
 先祖代々由緒正しい半農半盗を繰り返してきた奴等だ。深い森に守られて。しかし、
だ。
 僕は振り返る。
 そこには、緊張の面持ちで、僕を見ている者たちがいる。
 多すぎる。
 敵の気配は三十ほどだが、こちらはその倍以上はいる。
 全員が、木の上に……登れないだろうな。どう考えても。下手すりゃ、数が多いのを
逆手に取られる。
 ならば。
「敵は木の上だ。ついて来られる者だけ、来い。無理な者は、道を切り開き、遅れても
続け。」
 言うだけ言って、跳躍する。
「ああっ!」
 一瞬のことに、一同、ざわめく。
 簡単な命令を下し、後はかまわない。これが長い間続けてきたやり方だ。今更変えら
れない。
 鬱蒼と茂るイバラに封じられ手も足もでない神官団を後目に、僕は一人で風のように
疾った。
 枝の上を。
 葉がびっしりと茂っていたが、問題はない。
 厚い葉が頬をかすめるがまったく問題ない。
 この程度で僕の行く手は阻めないし肌は傷つけられない。
 自分で言うのも何だが、すばらしいスピードだった。
 はるか後ろでは、身軽な者たちがまねをして枝に飛びついているが、とうてい僕のス
ピードは出まい。軽い朝のもやに薄れてゆく。
 思わず、笑ってしまった。
 それも、大声で。
 もちろん笑っている場合ではない。よそ様の兵士を預かっておきながら、ほっぽりだ
して来てしまった。何人ついてこられるのか、見当もつかない。
 だが、今日の僕は機嫌がいいのだ。後でなにを言われるか、考えるのもめんどくさい
くらいに。
 白い神官服が鮮やかな緑に染められてゆく。かまうものか。
 山から吹き下ろす強い風が、向かい風になって行く手を阻むが、かえって心地いいく
らいだ。
 風はじきに、ささやかな朝霧も吹き払ってくれるだろう。
「魔の森はその名に恥じない恐ろしい森で、悪霊や怨霊がいるといいます。どうか、充
分にお気を付け下せいませ。」
 村長の心配そうな顔を思い出した。
 ばかばかしい。蔓延っているのは、イバラや蔓草だ。誰だ、魔の森なんて俗な名前を
つけて。村人たちも、この様子では滅多に奥まで入ってこないのだろう。そこが奴らの
つけ目になってしまった。
 身体中を湿らす朝露が、髪からしたたり、頬を伝って後ろに流れる。と、
「……っつう!」
 何かつぶてが顔に当たった。
 そう簡単に、僕の皮膚を傷つけられるものはないが、まあ、腹は立つ。何だ、今のは
。
 スピードを落とし辺りに目をやると、木々の間に人影がいくつか見える。
 奴らか。
 近付いてくる。
さらにぴかぴかに磨かれてある。痛いはずだ。普通の人間相手なら、軍用の矢で射抜か
れたような効果が期待できるだろう。こういう場所では、矢よりもずっと効率がいい。
「おかえしだ!」
 スナップをきかせて、手近の影に投げ返す。ぎゃあう、と悲鳴があって影は枝から転
がり落ちた。絡み合って生えるイバラに突っ込んで、動かない。いい気味だ。
「野郎っ!」
 他の影たちが、いきり立ってつぶてを撃ってくる。
 こっちは背の鉄杖以外武器がない、が。
 そろそろ実力の見せ所だ。
「うりゃ。」
 身を隠してくれた枝を蹴り、さらに高く飛ぶ。
 敵も正確に打ち込んでくる。
 着地、ならぬ着枝、で足場を定め、僕の背にあわせてかなり短く作られた司法神の略
杖を、一瞬で抜き放ち風車のように回す。
「そりゃそりゃそりゃそおりゃああああっ!」
 あめあられに降り注ぐつぶてをすべてたたき落とす。
 かかかか、といい音だ。
 それだけじゃ面白くないので、杖を剣のようにかまえて、つぶてを打ち返す!それも、
撃ってきた者に対して、きわめて正確に。
 打ち返せなかった分が身体の至る所に当たるが、問題ない。周りの木の葉や枝はつぶ
てにはたき落とされ、樹皮がえぐられる。
 襲撃者は、熟した柿のように木の枝から落ちてゆく。
 意外の反撃に動揺し、おりからの風に足をとられた奴もいる。
 が、むこうさんも後から後からわいてくる。遊んでるときりがないのでもっぺん、風
車をやったところ、からん、と絡むものがある。
 見れば、ごく短い鉄の矢だった。ボウガンだ。もしくは、それに似たもの。
 落ちてゆくのを拾い上げ、風車の片手間に投げ返す。
 これが面白いように当たる。
 右手に風車、左手に鉄の矢。ペースを掴んで、そのまま木々の上を駆け抜ける。
 ふいに、後ろから攻撃があった。いつのまにか、敵の陣を追い越さんばかりになって
いたらしい。前にも若干敵がいる。
 普通だったら、囲まれた、という形だが、ここではそうはいかない。
 何も知らない哀れな奴らは、僕を取り囲むべく、じわじわと包囲をせばめている、つ
もりらしい。僕は、顔を上げて奴らのさらに向こうを見た。
 魔の森の、切れ目が見える。
 大きな都市国家ほどもある、この森の一角に打ち込まれた杭のように、戦神の山脈の
一端が食い込んでいる。岩の被い山肌には、まばらに緑が見えるだけで、むき出しの大
地のどこかに奴らのアジトがある。
 そこのボスこそが、この僕、司法神アストレイアに仕える司法神官、ルース・リンク
スの獲物だ。
 こんなところでつまらん雑魚の相手をしている暇はない。本命は、自分の部下を尻尾
ほどにも大事にしない。常にさっさと切り捨て、とんずらをかましてくれる。
「ちくしょうめ!」
 強烈な気配が、怒声とともに落ちてきた。
「だーっ!」
 気配と一緒に、大きな身体も落ちてくる。
 バランスを立て直す間もなく、からみつかれ転がり落ちた。
「この、でかぶつ!どうやって、僕より上に・・・」
 言い終える前に、遅れて一枝落ちてくる。なんだ、登ろうとして枝が折れたのか。
 この僕でさえ、限界ぎりぎりの高さにいたのに、無謀な奴もいたものだ。
「この、悪魔め、赤毛の魔女の、犬め!この、」
あっっ!!」
 血飛沫と悲鳴を派手に上げて、僕の上から飛び退く。
 殴るだけのつもりだったが、杖の角でえぐったらしい。失敗した。
 鉄輪に巻いた布で血を拭い、そのまま捨てる。服にまでは付かなかったが、いい気持
ちはしない。血は嫌いだ。
 解放された輪が、しゃらりと鳴る。
 僕は胸を張って立ち上がる。
 すっかり囲まれていた。
 しかし、近付こうとしてこない。戸惑っているのだ。罠かと疑っているのだ。
 さっきの男は、右手の上に左手をすっぽり重ねて首を絞めた。
 片手でも充分なほど、細い首。軽々と被ってしまえる小さな身体。
「なんだ・・・」
 ささやき合っている。僕は嘲笑い、鉄杖を振る。いい音だ。
「なんだ、こいつは、」
 木の上の一人が、目を狙って打ってきた。正確だったが、わざとギリギリで、掴み取
った。
 ささやきがざわめきになる。
「なんだ、こいつあ、」
 僕にもっとも近い男が上げた、悲鳴にも似た、頓狂な叫び。..




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