#2669/5495 長編
★タイトル (XVB ) 94/ 7/ 3 14:37 (134)
僕たちの鎮魂歌(5) $フィン
★内容
僕は夢を見ていた。
僕の知っている親戚のおじさん、おばさん、それに田舎のおばあちゃんもいる。
大きな煙筒が数本飛び出している古くてところどころひびのはいったレンガ色の建
物からみんながそろそろ出てきている。
一番最後にはパパとママがいて、パパはママを抱きかかえるようにして歩いている。
そして、ママは白いハンカチで目を押さえている。ママの目が赤い。ママは泣いて
いるみたいだった。
大丈夫だよ。僕は微笑んだ。
何故なくのママ? 泣かないで、ママ、ママ、ママ、僕が慰めてあげるよ。僕は呼
び続ける。だけどママには僕の声が聞こえていない。
ママが泣いているのを見ると僕も悲しくなってくる。どうしてだろう、夢なのに僕
の目から涙が出る。ちょっとおかしいね。あの煙が目に入ったのかなもしれないね。
僕は煙突から少しだけ出てくる煙を見て、ほんの少し感傷的な気分になる。
どうしてみんな黒い服をきているのだろう。
わかった。これはだれかのお葬式なんだ。
一体だれが死んだのだろう。
僕はそんな不思議な夢を見ていた。
まぶしい、僕は目をあけた。僕の周りにはなんの飾り気のない白い壁。天井も白。
僕の枕元には名前も知らない小さな花が花瓶に生けてある。
僕は・・・身体を動かそうとした。全身ににぶい痛みが走る。
痛いよ、どうなったのだろう。ああ、そうか、徹と一緒に走っていて何かにぶつか
ったのだっけ。僕は思い出した。
そして僕のベットの隣で顔をうつむいて腰掛けているママを見た。
「ま・・・」僕は声を出そうとした。
だけど、鼻から入ったチューブが邪魔してうまくしゃべることができなかった。
まだ頭が膜がかかったようにぼうっとしてよくわからないけど、たくさんのチュー
ブが、僕の身体中のいろいろな場所に繋ぎ合わされているのが見えた。
これじゃあ、昔のSF映画に出てくるワンシーンのようだね。僕は一人で笑った。
僕の笑い声を聞きつけて、ママが頭をあげる。
ママの目が大きく開かれる。
「よかった。気がついたのね」ママはとっても優しい声で僕に言った。
ママの声はとっても優しいけれど、とっても寂しい声だ。それに目が赤いよ。ママ
さっきまで泣いていたの。何故? どうして? 僕はママの顔を見る。ママの頭にな
にかついている。僕はチューブが邪魔してうまく口でいえないけれどママの黒い髪を
一生懸命見て、ママに知らせようとした。
ママは僕が見ている先に気がついて、手で軽く髪を払う。ママの髪から淡い桃色の
雪が落ちる。
「あや、嫌だ。桜の花がついていたのね」ママはひとひらの桜の花びらを見ながら言
った。
僕はママに微笑んだ。
ママも僕の笑いにつられてほんの少しだけ微笑む。
「徹ちゃん、もう大丈夫よね。ママをひとりにしないでね」ママはそっと僕の髪を触
りながら言う。
ぷんとママの身体からお線香の匂いがする。
桜の花にお線香の香り、だからあんな不思議な夢を見たのかな僕はそう思いながら
目をつぶった。
目をつぶりながら、僕の知らない間に桜が咲く季節になったの、それに隣の誰もい
ないベットにはだれが寝ていたの、徹はどこにいったの。それにママ、僕は徹じゃな
くて孝だよ。
僕はママに言おうとした、また眠った。
僕は一枚の葉をとる。
木々が揺れ、一日遅れの雨を僕に落とす。
滴り落ちる水。僕の身体を濡らした。
首筋からも水が落ちる。
僕は苦笑し、首筋の黒子に手をやる。
首についた水滴を軽くぬぐうと僕を反対の手にもっていた葉を口にあて、軽く息を
吹きかける。
美しい音色があたり一面にこだまする。
はやいものだね。あれからもう1年が過ぎようとしているよ。この身体に眠るもう
一人の僕に言った。
それは、僕の呼び掛けには答えず、また深い眠りに陥ちる。僕は軽いため息をつい
た。
僕は思い出す。あの聖バレンタインの日に車に轢かれ、そのまま病院に運ばれた僕
たちのことを。
僕たち2人の身体はぼろぼろだった。そのまま病院に担ぎこまれる前に死んでいて
もおかしくない状態だったとお医者さんたちは言っている。
それでも僕たちは死なず、そのまま眠りつづけ、4月の桜の花が咲き始めるころ再
び軌跡的に目覚めた。
僕たちが目覚めた後、今僕がいるこの場所に立つことができたのは必死のママの看
護のおかげだといっても言い過ぎではないんだ。
ママは僕たちに今まで以上の愛情をもって慈しんでくれた。
僕たちが眠っているうちは、身体が硬直するのを防ぐため、ママはお医者さんにみ
つかると怒られるのを承知でいろいろ身体を動かしてくれた。
そして僕たちが目覚めた後も身体中にチューブをつけたままのベットに縛りつけら
れるはずだった生活を防いでくれたのはそんなママの努力のせいだ。
それをママが毎日お見舞いにきてくれて、僕の動かなかった手足を動かし、汗と汚
物にまみれた身体を丹念にふいてくれた。
少しづつだけど、僕の身体は動くようになっていった。
僕は車椅子に座れるようになり、そして立つことができ、パパが出張で家にいない
ときはママが僕の横で寝てくれるぐらいママは昼も夜も僕たちに全身全霊をこめて愛
し、死にのぐるい看病のおかげで僕は普通に歩けるようになれたのだった。
ママ、ありがとう、僕ママのこと大好きだよ。
僕はママがいるおうちの方角をむいて軽く鼻で笑った。
そして、僕は緑の生い茂る桜の樹の横にたてかけておいた白い花を見る。そばにあ
るだけでほのかに匂う甘い香り。
ママは僕に持たせてくれた花だ。
僕は独りで歩けるようになって、最初に行きたいと考えていた場所をママに聞いた。
ママは悲しそうな顔をして僕を見る。
「ママがついているから寂しくないわね」ママは僕に言った。それは夜僕を抱きなが
らよくいう言葉だ。
ママの言いたいことはよくわかるだけど、「どうして? ママ」と僕はママが哀し
そうな目で僕を見るたびにこう聞き返したくなる。
だけど僕はいうのをやめる。ママには何もいえずただ微笑むことしかできない僕だ
った。
それともうひとつママには内緒にしていることがあるんだ。
それはね、僕にガールフレンドができたんだ。
知っているだろう。僕が病院に入院していたときにときどき見舞いに来てくれた栗
田さんだよ。
栗田さんはね、ママに似ているんだ。今になって気がついたのだけど、初めて栗田
さんと、キスをしたときにどきどきしたのは、ママと栗田さんがどことなく似ている
からなんだ。
僕は、ママが大好きだけど、法律の上ではママとは結婚できないから、ママとよく
似た栗田さんと結婚しようと思っているんだよ。
ママ、僕の花嫁になる栗田さん、栗田さんと僕との子供に、そして今ママのおなか
のなかで眠る僕の兄弟でもあり子供でもある胎児たちに、かつて十六歳になりきれな
かった徹と孝という双子がいたことを、火葬場からたちのぼる煙を見ながら僕は、伝
える台詞を考えている。
だけど、徹も孝も死んだんじゃない。生きている死んだ僕、死んだはずの生きてい
る僕がいる。
そして今から僕のお墓に白い花を持って参ろうとしている僕がいる。
僕が満開の桜の花の夢をみたとき、孝の身体は焼かれつづけ、孝の身体は骨となっ
て墓の中に葬られ、残された孝の心は徹の身体に宿った。
徹は身体を残し、孝は心を残した。
僕にはわかる。お互いがどれほど相手のことを愛していたのか、どれほど一緒にな
りたいと思っていたのか、それを考えるだけで胸が張り裂けそうになる思い。
だけどもうすぐ、それも叶えられる。
僕の心に変化の兆しが少しづつ起こっている。僕の中で眠ったままの徹の心が僕の
心に入り込み、孝の心であった僕が眠りつづける徹の心に入り込む。
2つに別れていた心はひとつの身体の中で混ざりあい、やがて一つの心になる。
そのときをおもうと僕の心は喜びにうちふるえる。
僕は手に持っていた桜の葉を軽く口につけ、息を軽く吹きかける。
その音はどこか切なく美しい音色があたり一面に響き渡る。
これは鎮魂歌だ。ぼくは今日、この場所で僕たちの鎮魂歌を吹きたかったんだ。
突然そう悟った。
涙が零れ落ちる。
おかしいね。嬉しいはずなのに涙がでてくるよ。
僕はこの日のことを一生忘れない。
$フィン