AWC ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 2 リーベルG


        
#2658/5495 長編
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ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 2    リーベルG
★内容

                  2

 少なくとも15人の地球人が、空中から出現する光景は誰にも目撃されることはな
く、全員----アンソーヤを含めて----が、ほっと安堵のため息をついた。メンバーの
中に憶病者は一人として含まれていなかったが、余計なトラブルを歓迎する者もまた
いなかった。
 ガーディアックから数百メートルほど南に離れた森の中だった。前回と同じポイン
トやガーディアックに近すぎるポイントを慎重に避けて、<ムーンゲート>は開かれ
た。だが、<ムーンゲート>の実用精度は最大500メートルまでなので、運が悪け
ればアンシアンの魔法使いの包囲の真ん中に出現してしまう可能性もあったのだ。
 素早く全員の無事を確認したギブスン大佐が、無言で兵士達に合図を送った。たち
まち行き届いた訓練を見せ、兵士達は周囲の警戒にあたった。
 リエ・ナガセ探索隊の全員が、この地方の一般的なアンシアンの衣服を身につけて
いた。火器は拳銃を一丁と、弾丸を20発のみ。しかも拳銃は博物館の骨董品から復
元された先ごめ式の2連発銃だった。短い銃身は重い鉄で、その他のグリップなどの
部品は、合成木材で作られていた。これぐらいならば、万が一アンシアンの手に落ち
たとしても高度な科学技術を連想するようなことはないだろう。むろん、使わずにす
めば、それに越したことはない。
 その他の武装は、ナイフと、アンシアンで普通に使われているクロスボウが武装の
全てだった。アンソーヤとドナを除く全員が、この2つの武器については出発前に訓
練を積んでいる。
 「これからどうするんだい、大佐」アンソーヤは興味なさそうに兵士達を見回しな
がら訊いた。「ここで夜明かしかい?」
 「工作員の一人と接触します」ギブスンはぶっきらぼうに答えた。そのしかめ面か
らは、再びアンソーヤと作戦行動を共にすることを歓迎していないことが、ありあり
と窺えた。
 前回と同じく真夜中だった。アンソーヤを除く全員が特殊コンタクト・レンズを装
着しているため視界は鮮明である。ただし、今回は戦闘支援車両を送り込むわけには
いかないので、無線による連絡は不可能だった。
 「工作員ね」アンソーヤが言った途端、一同の右の木陰から、ゆっくりと人影が姿
を表した。害意がないことを示すように、両手を軽く上げている。髭を生やした中年
の男だった。兵士達が一斉にクロスボウを向ける。
 「こんな重荷を起こすには」ギブスンが緊張した顔のまま小声で言った。すかさず
 「シジフ、そなたの勇が要る!」
 「刻苦勉励しもするが」
 「『芸術』は長く『時』は短い」
 「よし、クレメンテ・ウィギンス」ギブスンはわずかに表情を緩めた。「ギブスン
大佐だ」
 クレメンテは敬礼した。ギブスンも答礼する。
 「お待ちしておりました、大佐殿」
 「ご苦労。用意は?」
 「できております。こちらへどうぞ」

 一同はクレメンテの用意した荷物を背負って隊商へと化けた。荷物の中身はコショ
ウやナツメグなどのスパイスが大部分を占め、旅人が常備する干肉や乾果などもあっ
 「我々は」クレメンテは荷物を背負いながら一同に説明した。「ガジェから来た隊
商でネイガーベンへと通商に向かう途中だということになっています。お分かりです
ね?」
 ギブスンは頷いた。その設定はすでに全員が記憶している。
 「我々はネイガーベンで一旗上げようとする商人の一行だ。よく分かっている。と
ころで、クリスタルについての最新情報を聞かせてもらおう」
 クリスタルとは、リエを表すコードネームだった。
 「この森、つまりロキスティ森林周辺の村や町、それに主な街道には我々の見張り
が秘かに配置されていますが、クリスタルらしい女を見たという報告は入っていませ
ん。クリスタルはまだ森のどこかにいるのだと思われます」
 「森の中か」ギブスンは顔をしかめて考え込んだ。「どうせ、魔法使いどもも、ク
リスタルを探してうろうろしているのだろうな?」
 「それがそうでもないようです」
 「というと?」
 「ガーディアックは確かにマシャ----魔法使い協会の手で厳重に封鎖されています
が、クリスタルを追って森へと入って行ったのは、わずか2名の魔法使いでしかない
ということです」
 ギブスンが答える前に、それまで黙ってやり取りを聞いていたアンソーヤが口を開
いた。
 「わかっているのさ、魔法使い協会にも。追っているのが相当強力な魔法を操る者
だということが。雑魚を何匹も送り込むより、少数精鋭を選んだだけのことだよ」
 「では我々の為すべき行動は単純になりますな。要するに、その2名の魔法使いよ
りも先に、クリスタルを見つけ出せばいいわけだ」
 「うまく行くといいがね」アンソーヤは他人事のように呟いた。
 ギブスンは、文句を言いたいような顔をしたが、思い直して別のことを口にした。
 「よろしい、クレメンテ。出発しよう。先導は任せるが、何かあてはあるのかね?」
 「あて、というほどではありませんが、森に隠れているとすれば、その場所は限ら
れるはずです。訓練を受けた兵士ならば特に。木の上、洞窟といった場所が候補とな
ります。その他いろいろな条件を総合して、いくつかのポイントをピックアップして
ありますので、それらを順に回っていくことにします」
 ギブスンは頷き、兵士たちに向かって命令を発した。
 「出発する。周囲の警戒を怠るな。許可するまで武器の使用は控えること」



 B・Vは歩きながらそっと横目でアンソーヤを見た。少年はドナと何かを話しなが
ら、まるでピクニックにやってきた子供のような足どりで歩いている。
 地球最大の魔法使いであるアンソーヤのことは政府のトップシークレットであった
が、B・Vは以前からその存在を知っていた。シンジケートの暗殺者として、常に情
報収集を怠ることはなかったし、市民が手に入れることのできない情報にも触れるこ
とができたのだ。だが、まさか、アンストゥル・セヴァルティの森を一緒に歩くこと
になるとは考えもしなかった。
 ----あのガキの目を盗んで、リエ・ナガセを殺すのは並大抵のことじゃないな。
 B・Vはそう考えた。出発まぎわにすり変わった兵士としての行動を逸脱するわけ
にはいかないので、リエに接触できる確実な瞬間を待たなければならない。最初は、
うっかり行方不明になったふりでもして、一行とは別行動をとることも考えたが、自
分一人でリエを見つけ出すことの困難さを考えて断念した。
 採るべき選択は一つだけであるように思われた。すなわち、B・Vを除く全員を何
らかの方法で殺害することである。もっとも、クリスタル、つまりリエ・ナガセを発
見するまでは、アンソーヤやギブスン大佐の力は必要なので、時期を慎重に測る必要
はあるだろうが、
 もう一つ、B・Vが注意しなければならない事があった。ドナ・マドウの存在であ
る。シンジケートからはドナについて何の指示もなかった。そのことが、ドナを無視
しても任務を遂行すべきである、と解釈してよいのかどうか分からなかったのだ。ド
ナを何とか一行から分離させて、その上で他の人間をまとめて殺害できればベストな
のだが、それも困難であるように思われた。ドナの近くには必ずアンソーヤがいるの
で、少年の注意を引かずにドナに接触することは不可能に近かった。
 B・Vの任務は控えめに見ても困難だった。だが、B・Vの人格を形成する要素に
ペシミストのそれは全く含まれていなかった。彼は最後には何とかできるという自信
を持っていた。



 クレメンテは優秀な狩人であることをギブスンに証明してみせた。数時間のうちに
案内したチェックポイントは、確かに訓練された兵士ならば、身を潜めるのに選ぶで
あろう場所ばかりだった。一行は、その都度、文字どおり草の根分けて、リエの痕跡
を探したが、これまでのところ成果はあがっていなかった。
 今、追跡隊は、小さな丘の中腹に開いた洞窟の中を調べていた。
 「大佐!これを」
の制式戦闘ジャケットだった。リエ・ナガセが逃亡するとき、死んだ兵士からはぎと
ったものであることは明らかだった。
捨てられているのが発見された。
取る手だてを見つけたということだ。クレメンテ!」
 「クリスタルがここにいたにせよ、今はもう別の場所に移動しているようだ。どこ
のに、ここを離れたということは、少なくとも食料や水の供給に不安がない場所に向
かったと考えられるだろう。町や村へ出現していない以上、まだ森の中にいることは
間違いない。すると……
 「ひとつだけ」しばらくたってクレメンテは答えた。「ここから丘をひとつ越えた
場所に、魔法使いが住む小屋があります。魔法使い協会に属していない自由魔法使い
の小屋ですが、ひょっとしたらそこに助けを求めたのかもしれません」
 「助けを求めるといっても、言葉が通じないだろう」ギブスンは言ったが、アンソ
ーヤが口を挟んだ。
 「リエ……クリスタルの魔法なら、言葉の障壁ぐらいすぐに解消できるさ。それに
ひとつ気になることがあるんだ」
 「何ですかな」
 「クリスタルがここにいたのは間違いないと思う」アンソーヤはじっと地面を見つ
めながら、低い声で告げた。「だが、彼女がここを出るときは、一人じゃなかったよ
うだ。誰かと一緒だったんだ」
 「誰です?」
 「わからないな」アンソーヤはあっさり認めた。「だが、どうやら普通の人間じゃ
なさそうだ。魔法的な生き物だよ、間違いなくね。そんな痕跡がわずかだけど、残っ
ているよ」
 「魔法使い?」ドナが訊いた。
 アンソーヤは首を横に振った。
 「違うね、ドナ。魔法使いじゃない。魔法的な生き物、と言ったんだ」
 「どうしてそんなことが?」
 「わかるんだよ、ギブスン。魔法に理屈はいらない。ただ、分かるんだ」
 ギブスンは気圧されたように沈黙したが、すぐに我に返った。
 「何にせよ、その魔法使いの小屋とやらに行ってみなければなりませんな」ギブス
ンはクレメンテを見た。「ここからどれぐらいだ?」
 「急げば半日もかからないでしょう」クレメンテは答えたが不安そうな表情だった。
「本当に行くのですか?その魔法使いは、偏屈者で近辺の者は、ほとんど近寄ろうと
しません。私も見たことはありませんが、強い魔力を持っていることは間違いなさそ
うですが」
 「たとえ、そいつが地獄の悪魔だとしても行かなければならない」毅然としてギブ
スンは答えた。「案内したまえ」



 一同が歩き出すのを、高い梢に止まった一羽のコマドリがじっと眺めていた。薄闇
のような両眼に、夕陽の最後の残光のように無慈悲な光をたたえ、身動きもせずに異
世界からの追跡隊を注視している。コマドリが発する魔法の波紋は、あまりにも微弱
だったため、明敏なアンソーヤでさえも、ついに気付かなかった。一見無頓着に見え
る少年の全神経は、リエが残した微かな魔法的痕跡を辿るのに、残らず傾注されてい
たのだ。
 コマドリは一行が深い木々の間に消え去るまで、その後ろ姿を視線で追い続けた。
それから不意に飛び立つと、一直線に夜空に向かって上昇した。



 ※文中、ボードレールの詩は、新潮文庫「悪の華」堀口大學訳より引用させていた
だきました。





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