AWC ヴェーゼ 第2章  狩人たち、集う 6 リーベルG


        
#2651/5495 長編
★タイトル (FJM     )  94/ 6/19   1:35  (184)
ヴェーゼ 第2章  狩人たち、集う 6    リーベルG
★内容
                  6

 トートがどこからか持ってきた服は、多少サイズが大きかったが、ベルトで調節す
れば邪魔にはならない程度だった。それは、肌触りのいい青い布のワンピースで、と
ころどころにパッチが当てられていたものの、それほど古くはなっていなかった。リ
エはありがたくそれを着た。ただ、足をむき出しにして森の中を歩くのことには、少
しばかり抵抗感があったのでズボンだけはそのままはいていることにした。ワンピー
スにズボンというのは、地球的な標準から言えば奇妙だったが、アンストゥル・セヴ
ァルティの衣服のバリエーションは、それこそ無数にあるようなので目立つことはな
いだろう。
 着替えるときに気付いたのだが、リエが負ったはずの傷は、一つ残らずきれいに治
癒していた。14日の睡眠程度で跡形もなく治るとは思えない。やはり、リエの魔法
が勝手に治してくれたと考えざるを得なかった。
 「こういう役に立つ力だけなら良かったのにな」リエは呟いた。
 「あん?なんだって?」紳士的に背中を向けていたトートが訊いた。
 「何でもないの」リエは明るく答えた。元々、くよくよするのは性に合わなかった。
「もういいわよ」
 トートは振り向いて、検分するようにジロジロとリエの全身を眺め回した。もっと
も、その視線にいやらしさは微量も含まれていなかったので、リエも不快にはならな
かった。
 「少しだぶだぶだったかな」トートは申し訳なさそうに謝った。
 「とんでもない。感謝してるわ」リエは礼を言ったが、ふと気がかりそうに訊いた。
「ところで、この服どっから持ってきたの?」
 「うん、まあ、その」トートは言い渋った。「まあ、どっからでもいいじゃないか」
 どうせ、どこかから盗んできたに違いない。だが、リエはそれを咎める立場にはい
なかった。どのみち、トートが盗まなくても、いずれリエ自身が他人から盗むことに
なっただろうから。それにトートが恥じているように見えるのは、盗むという行為で
はなく、それだけの金がないということである、と思い当たったからでもある。
 「そうね。気にしないことにするわ」
 リエが微笑みながら答えると、トートは露骨にホッとした表情を浮かべて、手に抱
えていた包みを開いた。
 「じゃあ、朝食にしようか」
 包みから現れた食物を見て、リエの瞳は輝いた。新鮮なレタスとハムをはさんだサ
ンドウィッチと、干し魚、それに青リンゴに過ぎなかったが、もはや地球では安全な
本物を手に入れることなど決してできない自然の恵みだった。リエはリンゴをつかむ
と、表面を拭うのももどかしく、がぶりとかみついた。たちまち、芳醇な甘酸っぱい
果汁が口いっぱいにほとばしって、ほとんど性的な快感がリエの全身を走った。
 どんな上等のワインでも、これにはかなわない……。
 リエの目から不意に涙がこぼれ落ちた。
 「ど、どうした!?」トートがうろたえたように叫んだ。「虫でも入ってたか?」
 リエは首を横に振り、何か言おうとしたが、こみ上げてきた想いがのどにつかえて
いるようで、言葉にならなかった。
 かつては地球でも、こんな果実があたりまえのように取れた時代があったのだ。今
では地上の山や海や森や川には、自然界の浄化能力を遥かに超える汚染物質が浸透し
ており、もはや回復の見込みはほとんどない。それは人類が科学文明を発展させるた
めの代償だった。文明を得るために、人類は太陽の下で野原を散歩したり、川で泳い
だり、大地を彩る草花を眺めたりする権利を放棄した。
 人類の支払った代価は、どれほど大きなものだったのだろう!それを理解するのに
エコロジーや哲学は必要ではなかった。リエはリンゴをたった一口かじるだけで、そ
れがいかに巨大なものであったかに気付いたのだ。失ったものに比べれば人類が得た
ものなど、銀貨30枚にも値しない。そう思うと、自然に涙が流れ、止めることがで
きなかった。
 「ごめんなさい」ようやく涙を拭いて、リエは謝った。「ちょっと思い出したこと
があって」
 「……まあいいさ。誰にでもいろんな事情があるってもんさ」
 余計なことを訊かないトートの心遣いをありがたく思いながら、リエは一口で中断
してしまった朝食を再開した。サンドウィッチにかぶりつく。レタスとハムが何階層
にも積み重ねられボリュームたっぷりである。地球でダグウッド・サンドウィッチと
呼ばれるやつに似ている。パンは黒パンで、黒砂糖のほのかな甘みを感じることがで
きる。新鮮なレタスと厚切りのハムの歯ごたえとともに、リエは心の底から朝食を楽
しんだ。
 トートは両手で干し魚をつかんで、ゆっくりと食べていた。リエはそのとき始めて
トートの手が、人間と同じように、長く物をつかむのに適した5本の指を持っている
ことに気付いた。もっとも指の半ばまで毛皮で覆われているところは、猫族の特徴を
残している。アンストゥル・セヴァルティのネコはみんなそうなのか、訊いてみたか
ったが、トートの不審を誘うことになるだろうと思い直してやめにした。そのうち、
わかるだろう。
 「ああ、おいしかったわ」
 最後のひとかけらまで素晴らしい朝食をたいらげたリエは、革袋に入れた水をごく
ごくと飲んで、満足そうにため息をついた。食べ物を本当においしいと思ったのは生
まれて初めてだった。
 「そりゃ良かった」トートは骨まで食べてしまった干し魚の頭を放り出すと、立ち
上がった。「そんじゃあ、そろそろパウレンのところへ出かけようか」
 リエは頷くと、自分が脱ぎ捨てた戦闘ジャケットを丸めて洞窟の奥へと蹴りこんだ。
本当は焼き捨てるかどうかしたかったのだが、あいにく火を起こせるような道具を持
ち合わせていなかった。
 着替えるとき、持ってきた栄養チューブは捨てた。うっかり誰かに見られていらな
い注意を引きつけたくなかったからだ。ナイフだけはそっと隠してあった。サイズの
大きなワンピースには、隠す場所がいくらでもあったのだ。できるなら、これを使う
ような事態に遭遇しませんように、とリエは秘かに願っていた。だが、魔法とナイフ
とどちらかを使わなければならないような事になれば、ナイフを使うつもりではあっ
た。できうるなら魔法など一生使わずにすめば、それにこしたことはない。
 リエは悲観論者ではなかったし、魔法を否定する頑迷な科学技術信奉者でもなかっ
た。もし、自ら望んで魔学を学び、その結果強力な魔力を得たのであれば、それを使
うことに何の痛痒も感じなかったに違いない。リエが自分の、未だ使い方もはっきり
分からない魔法の行使を躊躇うのは、それが自分自身の心を大きく変えてしまうかも
しれないことを恐れるからだった。
 あの夜、魔法を使っていたときは、残虐に仲間を殺戮する自分を、どこか遠くの空
から眺めているようだった。自分の中に、あのような残忍な部分があったと知るのは
ショッキングな体験だったが、自分の中の暗く冷たい一部が、血の匂いに歓喜の笑い
声を上げていると知ったことは、それ以上にリエを打ちのめした。あの影が何である
にせよ、魔法を使うことによって目覚めるならば、いつか大きく成長し、リエを内部
から浸食していくかも知れないのだ。
 二度と魔法は使いたくない。リエはそう思っていたが、考えてみれば使い方がわか
らない、ということは、使わないでいる方法もわからないということに他ならない。
誰かに魔力のコントロールの方法を教えてもらうことが必要だった。地球の人間にそ
れを望むのが不可能である以上、レヴュー9の魔法使いに頼るしかない。そして、直
接、間接を問わず、リエが知っている魔法使いは一人しかいない。
 「用意はいいわよ」リエはトートを振り返った。「出発しましょう」
 地球人とアンストゥル・セヴァルティのネコは、さざめく陽光と、生の喜びを謳歌
する森の木々の中へ歩き出した。



 リエが長い眠りから目覚めた7日ほど前、魔法使い協会によってリエの追跡が開始
されていた。
 「確かに強い魔法だな」キキューロの端正な唇から低い呟きがもれた。「しかし…
…」
 キキューロは乾いた地面に残った茶色のシミに触れていた指をつとひっこめると、
なめらかに立ち上がった。格闘士のように鍛えぬかれた身体を包む純白のマントがひ
るがえり、真ん中に誇らしげに浮き出しているコヨーテの印がきらめいた。コヨーテ
の印は、黒と赤と白で描かれている。闇の黒、血の赤、叡智の白である。アンストゥ
ル・セヴァルティを支配する影の存在、魔法使い協会の証だった。
 魔法使い協会の実態は、一般のアンシアンからは注意深く距離をおいていることも
手伝って、ほとんど知られることはない。だがクーベス大陸の西、ダーミィネラント
海の中央に浮かぶマシャ島に、その本拠があることは別に秘密ではなかった。この小
さな島には、もちろん協会に属する魔法使いしか出入りができない。アンシアンは、
魔法使い協会のことを、この謎の島の名で「マシャ」と呼ぶときもある。
 キキューロは、ガーディアックで起きた異変を調査するために、マシャから派遣さ
れた魔法使いだった。23才と若いが、老師たちも一目置くほど優秀な魔法使いであ
る。特に抜擢されて、この任務を命令された。
 すでにガーディアックは、一足先に派遣された魔法使いたちによって、厳重に封鎖
されている。物理的にも魔法的にもだ。今日、キキューロが到着するまで、何者も出
入りすることを許されなかった。
 キキューロは、惨劇のあった村の中央広場に立ち、分かっていることを整理してい
た。考えれば考えるほど奇妙な話である。
 魔法使い協会に連絡してきた、自由魔法使いのパウレンによれば、数十人の見慣れ
ぬ衣服を着た人間が村人を殺害したという。彼らには、奇妙なほど魔法の力が感じら
れなく、パウレンの幻術によって、あっさり仲間同士殺しあった。そのうち、その中
の一人が突然、強い魔法の力を発揮した。パウレンと、その女は力をぶつけ合ったが
襲撃者たちの見たこともない武器のために、戦いは中断され、パウレンは逃げると見
せかけて身を潜めた。女はどこかへ去り、襲撃者たちは空中に開いた穴へと消えてい
った。
 協会は狼狽した。魔法も使わずに、そのような強力な武器を駆使するような未知の
種族が存在するならば、協会の存続にかかわるほどの重大問題に発展しかねないから
である。協会の老師たちは、大至急、真相を究明すべく、キキューロを送り込んだ。
 キキューロが到着してみると、確かに村人の死体は転がっていたが、襲撃者たちの
死体はひとつも残されていなかった。マシャの命令で召集された、手近の魔法使いの
手で村が封鎖されるまでのわずかな時間で、襲撃者たちが再び現れて、手がかりとな
るような証拠を運び去ったに違いなかった。何者であれ、為すべき事を心得ていて抜
け目がない。
 とりあえず、キキューロが追うべき手がかりとしては、パウレンと戦ったという黒
髪の魔法使いしか残っていなかった。
 「ふん。どこへ逃げたにせよ、ここには何の手がかりも残っていないか」キキュー
ロはつぶやいた。「となると、やはり森へ入って探索しなきゃならんのか。くそ。パ
ウレンの間抜けめ。どうして、最後まで見届けなかったんだ。いらん手間をかけさせ
やがる」
 キキューロはなおも、わずかな魔法の痕跡を探っていたが、とうとううんざりした
表情で地面を見つめるのをやめた。
 「面倒くせえな、森の中へ顔もわからん女を追っていかなきゃならんのかよ。いっ
そ、見つかりませんって言って、帰っちまうかな。とはいえ、あの爺や婆に無能な奴
だと思われるのもしゃくな話だしな。しゃあねえか。
 ブワーズ!」キキューロはつぶやくのをやめて大声で叫んだ。「ブワーズ!どこに
いる!」
 すぐに、同じように純白のマントを身につけた大男が、巨体を揺らしながら飛んで
きた。ブワーズはキキューロの助手として同行させられていた。
 「お呼びですか?」ブワーズは汗を流していた。
 「ああ、お呼びだとも、このでかぶつめ」キキューロは、自分より年上の同僚に、
はっきりと分かるほど侮蔑の視線を浴びせた。ブワーズは瞬間、むっとしたような顔
になったが、すぐに目を伏せた。
 「おれは、森の中へ女を捜しに行く。お前は、おれが戻ってくるまでここで待って
いろ。いいな」
 「し、しかし、それでは長老たちの命に……」
 ブワーズは抗議の言葉を途中で飲み込んだ。キキューロの瞳に危険な光が宿るのを
目にしたからである。
 「おれの言うことに逆らうんじゃねえ」キキューロはぞっとするような低い声で告
げた。「わかったな?」
 「わ、わかりました」ブワーズは全身から冷や汗を流しながら、震える声で答えた。
「ここで待ちます」
 「爺どもが何か言ってきたら、おれは手がかりを見つけて森に入ったと言っておけ。
もっともいつ戻るかはわからんがな」
 そう言い捨てると、もはやブワーズには一瞥すらくれず、キキューロはまっすぐ森
に向かって歩いていった。
 ブワーズはそれを見送りながら、キキューロにまつわる暗い噂を思い出していた。
以前、協会に対して反旗を翻し、禁じられた魔術を執り行った魔法使いが捕らえられ
たことがある。協会はキキューロに処分をまかせた。罪人を黒の塔の地下室に運び込
んだキキューロは、半日の間、そこに閉じこもった。地下室で何があったのかは、誰
にも分からなかったが、キキューロが出てきたとき、その端正な顔は凄惨な笑みに歪
んでいた。罪人の死体を片づけるために、地下室に入った魔法使いたちは、死体の顔
に浮かんだ名状しがたい恐怖を見て、背筋が冷たくなったという。
 何者だか知らないが、キキューロに捕まったら、その女の魂は安らかに眠ることは
ないだろう。ブワーズはそう思うと、暖かい陽の光を浴びているにもかかわらず、全
身に走った悪寒に身体を震わせた。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 リーベルGの作品 リーベルGのホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE