AWC ヴェーゼ   第1章 リエ 3 リーベルG


        
#2633/5495 長編
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ヴェーゼ   第1章 リエ 3    リーベルG
★内容

                  3

 ガーディアックの医者であるカダロルは、その時襲撃者の予想と期待に反してまだ
眠りについていなかった。
 33歳のカダロルは、次の日に森の奥まで薬草採集に出かけ、ついでに森に住む友
人を訪ねる予定だった。森へはタカになって往復するつもりだったので、あまり多く
の薬草を採っても仕方がない。そこで今の薬草の在庫を調べ、最低限必要な薬草の種
類をまとめていたのである。
 昨夜、村の農夫の一人が急な腹痛を起こし、カダロルは朝まで付き添っていた。よ
うやく病状が回復したので、カダロルはベッドに倒れ込んで中断された眠りをむさぼ
ることができた。幸い、その日は急病人もなく、カダロルが目覚めたのは夕方近くだ
った。
 そういうわけで、いつもならとっくに眠っている時間を、カダロルは薬草の在庫調
べに費やしていた。さらに幸運だったことに、2名の襲撃者が、カダロルの小屋にや
って来たとき、カダロル本人は屋根裏の貯蔵室にいたのだった。母屋のランプは消し
てあったので、襲撃者達が予定通りカダロルが眠っていると思いこみ、音もたてずに
ドアから滑り込んでくると、まっすぐベッドに向かった。そのため、天井の割れ目か
ら、ひょいと下を覗いたカダロルに貴重な数秒を与えることとなった。
 「誰だ!」カダロルは大声で怒鳴った。「盗人か!」
 襲撃者たちは文字どおり飛び上がって天井を見た。とっさにナイフを声の方向に向
けたものの、ナイフで攻撃するには天井板が邪魔である。だが、兵士達が躊躇してい
たのは、一秒の何分の一かに過ぎなかった。一人が滑らかな動作でオートマティック
を抜くと天井に向け、トリガーを絞った。
 ブシュッ!
 もちろんカダロルは、階下の見慣れぬ服を着た男達が手にしているのが武器らしい
とは察したものの、どうやって自分を攻撃してくるつもりかはわからなかった。何か
が厚い天井板を易々と突き破って、自分の片耳を吹き飛ばしたときも、まだ呆気に取
られて見ているだけだった。反射的に手を頭の右側にやって、耳がなくなっているこ
とに気付くと同時に、一気に激痛が押し寄せてきた。
 「ぐああ!」カダロルは反対側に倒れた。「ぐうおおお!」
 さらに2発の弾丸が撃ち込まれたが、カダロルの身体が移動していたため、それ以
上被弾することはなかった。だが、一人の兵士が素早く屋根裏に通じる梯子を見つけ
て、それを昇りはじめた。もはや足音を忍ばせる必要を感じず、スピードを優先した
勢いである。
 そのため視覚によらずして襲撃者の接近を知ったカダロルはすさまじい恐怖に襲わ
れた。彼にできることはただひとつ。小さく呪文を唱えることだけだった。
 片手にサイレンサー装備のオートマティックを握って梯子を駆け上がってきた兵士
は、標的の身体が急速に縮み始めたのを見て、一瞬呆気に取られた。だが、鍛え抜か
れた反射神経がそれを克服しトリガーを絞った。もっとも狙いはかなりいい加減だっ
た。
 その時、すでにカダロルはタカへの変身を完了しつつあった。頭の上を何かが飛び
去るのを感じたが、その正体を突き止めようとする意欲はもちろんなかった。ただ、
一刻も早く逃げ出したい一心で行動し、翼を拡げて飛び立とうと筋肉をたわめる。
 兵士はそのチャンスを逃さなかった。間をおかずに連射された2発の弾丸が、正確
に両方の翼を撃ち抜いた。普通のタカであったら、あっさりしとめられていただろう
が、カダロルが変身したタカは魔法で飛ぶのであって、翼はのんびりと滑空するとき
に必要になるに過ぎないのだ。そのままカダロルは飛び上がり、屋根裏の小さな窓に
体当たりしてぶち破ると一気に夜空へ飛び立った。
 兵士は素早く窓に駆け寄ると、オートマティックを連射した。急速に闇に溶け込み
つつある鳥をハンドガンで狙撃するのは至難の業であるが、それでも2発が命中した。
だが、すでにタカは森の方へ遠ざかり、やがて深い木々にまぎれて見えなくなった。
 マガジンを空にした兵士は、それをホルスターに戻すと、ヘッドセットのピックア
ップで小隊長を呼び出した。


               ミッションコマンダー
 第2小隊隊長から報告を受けた作戦指揮官は怒りを禁じ得なかった。綿密に計算さ
れた作戦に綻びが生じたのである。些細な齟齬ではあるが、堤防のアリの穴になりか
ねない。このミッションの絶対条件は、アンシアンに、地球の存在を知られてはなら
ないということである。もし、脱出してしまったアンシアンがキッカケとなって、近
隣の町や村から誰かがやってきたとしたら……。もちろん、別の次元世界からやって
きた兵士だということなど分かるわけがないにしても、服装や言葉の特徴を記憶され
てしまうことは充分にあり得るのだ。そうすれば、遠くない将来に地球から本格的な
移民が始まったとき、この夜の襲撃と関連づけることは容易である。
 とはいえ、作戦指揮官が打てる手といえば、予備部隊を周辺のパトロールに出すぐ
らいのものである。もともと兵士達が可能な限り迅速に作戦を遂行していることを疑
ってはいないのだ。
 結局、作戦指揮官は状況をギブスン大佐に連絡し判断を委ねることにした。



 小さな音をたてて、未だに正体の分からない器具はLEDを消した。リエは農夫の
妻に近付くと、手を伸ばして無造作に器具を引き抜いた。女は快楽から急激に引き戻
されて虚ろな視線をさまよわせたが、それが定まる前に後ろにいた兵士がナイフを抜
いた。鋭い刃が頚部に突き刺さり、中枢神経に致命的な一撃を加える。鮮血が吹き出
す前に女は絶命していた。
 リエは少女に向き直った。こちらの器具はまだ作動している。少女の顔には恥辱も
恐怖もなく、ただ底知れぬ快感に深く引きずり込まれて捕らえられている幼い陶酔だ
けがあった。両脚は裂けんばかりに開かれ、器具が挿入された膣から血を流しながら、
少女は熱い吐息とともにリエの理解できない言葉で、ぶつぶつと何かを呟いていた。
 その時、リエは新たなパスワードを受け取った。今度のもフレンチだが、2語で構
成されていた。
 ----ホールト!パッセ!
 それは即時撤収開始----すべての行動を中止して回収地点に集合せよ----を示して
いた。ただし危険が迫っているわけではない。
 リエは直ちにそれに従った。少女に挿入されている器具のLEDはまだグリーンの
ままだったが、構わず手をかけ抜き取った。肉がまとわりつくような抵抗を感じたが、
すぐにそれは少女から離れた。同時に少女は電流を流されたように、身体をビクンと
動かしたが、そのときすでに兵士のナイフが後頭部に刺さっていた。少女は自分が死
を迎えたことに気付かぬまま死んだ。
 回収した2本の器具をしまい込むと、リエはすぐに家を飛び出した。2名の兵士も
同じ行動をとっている。まずは小隊を集合させなければならず、集合場所も定められ
ていた。リエはその場所に向かった。



 ギブスン大佐は作戦指揮官からの報告を軽々しく受けとめたりはしなかった。やや
遅れてそれを耳にしたアンソーヤの反応はより激しかった。
 「何だと!逃げられた!?能なしどもが……」アンソーヤは美しいボーイソプラノ
で吐き捨てるとギブスン大佐に怒鳴った。「さっさと引き揚げさせろ!今すぐだ!」
 「まだ実際に危機が迫ったわけではありません」大佐は同時にシグを通じての報告
を受け、それを処理しながら答えた。「報告によれば、その鳥になって逃げたアンシ
アンに何発か撃ち込んだそうですからな。今頃、死んでいる可能性が大ではありませ
んかな?」
 「愚かなことを!アンシアンの魔法を甘く見るんじゃない!さっさと撤退させるん
だ!」
 「わかりました」ギブスンは舌打ちを隠して答えた。「ただし、通常の撤収行動に
移行するだけです。まだ12分残っていますが、それを繰り上げます」
 ギブスンはアンソーヤの返事も待たずに命令を発した。もっともアンソーヤはギブ
スンには目もくれずにシートに沈み込むと、声を出さずにセクレタリを呼んだ。すぐ
に作戦指揮所の小さなドアが開き、20代後半で中背で痩せぎす、ブルネットという
特徴を持った女性が入ってきた。アンソーヤの個人セクレタリ、ドナ・マドウである。
 「お呼びですか、アンソーヤ?」落ち着いた声でドナは問いかけた。
 「ああ、ドナ」アンソーヤはギブスン大佐に対するのと比べれば一万倍ぐらい柔ら
かい表情を作って応えた。「<ヴェーゼ>についての最新報告書を持ってきてくれな
いか?」
 「はい、アンソーヤ。ここにお持ちしました」ドナは微かな笑みとともに、数枚の
ホロシートを渡した。「他に何か?」
 「いや、いいよ。だがそこにいてくれ」
 「民間人の方をここに入れては困りますな、ミスター・アンソーヤ」ギブスン大佐
はドナの引き締まった身体に視線を走らせながら、彼女のボスに文句を言った。もち
ろん本気で異を唱えているわけではない。美人と同室できるのは大歓迎だ。たとえこ
こが殺風景な戦闘支援車両の作戦指揮所であっても。もっとも、どんなに女好きでも、
地球最大の魔法使いアンソーヤの個人セクレタリを口説く勇気のある男などいないだ
ろうが。
 「ぼくだって民間人なんだよ、カーネル」アンソーヤはシートに目を落としたまま
無愛想に言った。「ぼくのやることに何か文句でもあるのか?」
 「いいえ、どうも失礼しました」アンソーヤに負けないぐらい無愛想に応えると、
ギブスンはシグに流れ込んでくる情報に注意を向けた。
 7分後、ギブスン大佐は全ての兵士が集合したことを知った。緊急に放ったパトロ
ール隊からも異常は報告されていない。慌てることはなかったか、と大佐は安堵のた
め息をついた。
 その途端に最優先ヘッダの付いた報告が飛び込み、ギブスン大佐の安堵をかき消し
てしまった。
 ----パトロールからの連絡が途絶えました!通信回路に異常はありません!
 ----直ちに第3フェイズに入れ!ギブスンは即座に命じた。レベル2の警戒態勢!
サイレンサー付きに限り、火器の使用を許可する!全ての小隊長の連絡を、同時にこ
ちらでもモニタする。
 命令を終えたギブスンは、いつの間にかすぐ後ろにアンソーヤが立っているのを知
って、心臓を跳ね上がらせた。アンソーヤの顔には、固く真剣な緊張が浮かび、アメ
ジストのような瞳は宙を見つめている。
 「ギブスン大佐……」信じられないことに、その声は震えていた。「……辺りに、
この辺りに魔法の力が集中しつつある。とても強い力だ。第3フェイズを急がせた方
がいい」


 誰かに見られている……。リエは先ほどから妙に落ち着かない気分でそう考えた。
それは回収地点に集合した全員が感じていることらしく、誰もが緊張した顔を隠して
いなかった。
 たった今、パトロールが消息を絶ったことを知らされたことばかりが原因ではない。
明らかに何か強い力が、惨劇の舞台となったこの村に注意を向けているのだ。ただの
好奇心ではない。敵意だ。
 すでに最後のパスワードが発せられ、兵士達はそれに基づいて行動していた。正体
不明の何かが迫っているだろうことを考えると、奇妙な作業と言わざるを得ない。兵
士の一人が持ってきたらしいバックパックが地面に置かれ、中身が露になっている。
それはほぼ正方形をした強化セラミックスのブロックだった。何かのコンポーネント
であることは、むき出しになったコネクトパーテーションからも明らかだったが、そ
の接続先となると、あらゆる軍事技術に一通りの知識を持つリエでも、全く見当もつ
かなかった。だが、少なくとも自分のやることだけは分かっていた。
 コンポーネントが起動すると、兵士の一人が何かを持って近付いた。それはリエが
使用したのと同じシリンダー型の器具だった。兵士がコンポーネントの天井部分に設
けられたポートに器具を差し込むと、小さなモニタランプが点灯し、作動しているこ
とを示した。
 何の根拠もないものの、リエは直感的に、このコンポーネントがシリンダー型の器
具から何かを回収しているのを知った。
 ----つまり、あたしたちがアンシアンの女から何かを吸い取り、それをここで回収
しているというわけかしら?でも、なぜここでやらなければならないの?地球に戻っ
てからゆっくり回収するばいいのに……
 誰もリエの疑問に応えてくれる人間はいないようだった。仕方なくリエは、自分の
順番が来るのをじっと待った。だが、誰かに見られているような圧迫感はますます強
くなっていった。




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