AWC 代理UP>店長候補6   鳥  (転載者:藤堂龍)


        
#2618/5495 長編
★タイトル (MUJ     )  94/ 5/15  11:20  (121)
代理UP>店長候補6   鳥  (転載者:藤堂龍)
★内容

                                       6

 窓の外は、雨らしい。耳を澄ますと、通りを走る車が水をはねる音が、ひっきり
なしに聞こえてくる。
 亮太は、口を開け、放心したように天井を見ながら寝ていた。
(お客様、お客様か……。どんなお客様にも、満足していただけるサービスをしろ、
か……)
  今になって考えると、なんと白々しい空虚な言葉なのだろう。そして、それを得
々とアルバイトたちに話していた自分が、なんとも滑稽で惨めに思えた。口先だけ
で偉そうに、きれいごとを言っていて、それがどういうことなのか、本当は全然わ
かっていなかったのだ。
(要するに、俺は”奴隷”だったんだ。やれ、と言われたことをやり、言え、と言
われたことを言うだけの、奴隷だったのだ。こびへつらうだけの奴隷が、自分の幸
せを見つけられるというのか……。俺は、それを本気で信じていたのか。みんなは、
俺を玩具のようになぶりものにしていただけだった。ははは……。何を言おうが、
結局は、奴隷は死ぬまで奴隷じゃないか)
  飴と鞭で躍らされ、本当はなんの希望もないことに気付くこともなく、ごまかし
の言葉を信じて、体をつぶすまで働いたのだ。おめでたいやつだ。まったく、馬鹿
の見本みたいなおめでたいやつだ……。
(艱難汝を……玉にする、か)
  病室のドアが開いて、花束をもった三人連れが入ってきた。相沢サトシと、サト
シと同じ会社に就職した小林健次と、そして飯野里美だった。
「あ……」
「やあ、亮太、元気そうだな」
 サトシは、相変わらず派手なシャツを着ていた。しかし、亮太は里美が来たのに
は戸惑った。
「みんなの噂になってるんだぜ。亮太のやつが、働き過ぎでぶったおれたってこと。
お前が喜ぶだろうと思ってさ、飯野さんにも電話してさ、一緒に来たのさ」
「そうか……」
「男の人ってたいへんね。でも、体の方が大切よ。ゆっくり休まなくちゃ」
  里美の言葉に、サトシはあいづちを打った。
「お前は、まじめなやつだからな。俺みたいにちゃらんぽらんにやってりゃ、よか
ったんだよ。これからは、俺のこと、見習わなくっちゃいけないぜ」
「はは……。そうだな」
「亮太は俺たちの出世がしらだったのにな。まあ、ゆっくり休んで、元気になれよ。
心配ないからよ」
  健次が、ため息をついた。
「俺なんか、これで会社三つ目だぜ。どこへいっても、なんだかやる気が起きなく
てさ。亮太は、本当にやりがいのある仕事についたんだな。なんたって、倒れるま
で働いたんだから。俺は、信じられないぜ。その点は、本当にうらやましいよ」
 それを聞いて、亮太は寂しく笑った。
「……違うんだ」
「え?」
  しばらく、四人は黙っていた。微かに、雨の音が聞こえていた。
「俺……」
  亮太は、嘲るようにつぶやいた。
「俺は、仕事が楽しいから働いたわけじゃないんだよ」
  健次は、静かに聞いた。
「……じゃ、なんでそんなに働いたんだ」
「俺は、見返してやりたかったんだ。人に馬鹿にされ、うっぷんばらしの玩具にさ
れて、屈辱にもだえながら生きていく生活が、もう嫌だったんだ。俺だって、人を
鼻でつかい、いたぶっても誰も反抗できないような偉い人間になりたいと、自分に
人が一目置くような箔をつけたいと、それだけを思って頑張ってきたんだよ」
「なんでさ。なにか、嫌なことでもあったのか」
「わからない。でも、俺は、仕事ぶりをほめられて、店長にまでなれるなんていう
のが、うれしくてたまらなかったんだ。今まで、俺のことを馬鹿にしてきた連中を、
見返してやるんだって、それだれを思って、頑張ってきたんだ……」
  亮太は、ちらりと、里美を見た。普段着姿で、薄化粧をした里美は、相変わらず
美しかった。
(そして、里美ちゃんか……)
  サトシは、優しい声で言った。
「そりゃ、誰だって同じだよ。みんな、そんな”ルサンチマン(怨念)”で、頑張
るんだ。それは、恥ずかしいことじゃないだろう」
「でも、そうだったんだろうか。出世して、人をあごで使うようになれたとしても、
本当に幸せになれるんだろうか。店長になったからといって、好きな人が俺のこと
を好きになってくれるだろうか。……だめさ。俺は、何て馬鹿なんだろうな。本当
は、俺なんか、店長になろうが総理大臣になろうが、誰からも愛されることなんて
ないんだ」
「そんなこと、ないよ」
「店長になったら、俺はどんなことをするだろうって、考えたんだ。飲み屋で、ぐ
でんぐでんになるまで飲んだくれてさ、大学生のかっこいい連中にいちゃもんをつ
けて、『よお、お前ら俺のこと知ってるか』『え? さあ……』『俺はな、デリシ
ャスの店長なんだぞ。俺のこと、知らないって言うのか。この若造どもが。俺はな、
偉いんだぞ』『しらねーよ、おっさんなんて。何が店長だよ。てめえみてえな親父
が店長の店なんて、一週間でつぶれるのがおちさ』『なんだと、俺はな、腕を見込
まれて店長になったんだ。俺の店長としての腕はな、だれにも負けないんだぞ』『
馬鹿か、てめえ』『なんだと、偉そうに。てめえが店長になれるか』 とか言って、
喧嘩でも始めてしまうんじゃないだろうか。そんなこと考えたんだ」
「……」
 サトシも健次も、黙って聞いている。
「ああ、まったくなんて情けないやつなんだろうな、俺は。やっぱり、俺は店長に
なんてなれなくてよかったんだ。店長になったって、間違って総理大臣になったと
したって、俺は誰からも尊敬されることも、愛されることもないに違いないんだよ」
「なれないことは、ないんだろう。これからも、頑張れよ」
「俺は、店長になりさえすれば、愛も名誉も思いのままになるんだと、信じていた。
それがただ一つの心の支えだったからだ。それだけを信じて頑張ってきたんだ。で
も、それは身勝手な、汚い欲を剥き出しにした思い込みに過ぎなかったんだ。俺は、
自分の欲に背中を押されながら走り回っていたんだ。そして、結局自分自身を見失
ってしまった。本当の幸せとは何なのかを、見失ってしまったんだ」
「でも、みんなそんなものだと思うよ。俺だってさ……」
「俺、病院に入ってさ、ここで大声で叫んじまったんだ。『かあちゃん、俺、高卒
だから店長になれない』って」
「……本当にそうなのか」
「いや、違うよ。はは……。高卒だって大卒だって同じなんだ。高卒で店長になっ
てるりっぱな人が、たくさんいるんだよ。俺は、自分の実力のなさを学歴のせいに
したかったんだ。高卒だから、高卒だから、と言っては、自分の力のなさをごまか
して、慰めていたんだ。金がないから、勉強をする暇がなかったから、大学にいけ
なかった、本当はいけたんだ、俺の本当の力はこんなもんじゃないんだ――って。
でも、それがうそだということは、心の底ではわかっていたはずんだ……。それを
見るのが怖かったんだ」
「でも、お前はもうすぐ店長だったんだろう。あきらめちゃうのは、もったいない
と思うけどな」
「俺は、本当の気持ちをごまかして生きていたんだ。アルバイトを叱るときには、
『お前のために』とか、偉そうなことを言っていたけど、本当は命令することが得
意でたまらなかったんだ。だから、みんな反抗してきたんだな。さぞかし、鼻につ
く上司だったろう。幹雄のやつも、俺に向かってきて当然だった……」
 サトシは、あきれたように言った。
「しかし、ずいぶんしおらしくなっちまったな。でも、病気のせいだよ。治ったら、
またばりばり働けるさ」
  亮太は、苦笑した。
「俺は、一生懸命に考えたんだよ。俺は、素直に生きたいよ。病気が直ったら、あ
の店はやめるんだ。これからは、高卒だということも隠さないで、そのままさらっ
と生きていくんだ。本当の自分を見つめて、謙虚な心をいつももって、少しずつ頑
張っていくんだ……」
  亮太は、満足したように力を抜いて目を閉じた。里美は、何も言わないで、立っ
ていた。ふいに、隣に寝ていた男の人が体を起こして言った。
「あんた、頑張れよ。そうだよ、仕事なんか転職したってぜんぜんかまわないんだ
よ。自分を大切にすることだよ。心配要らないよ、大丈夫さ」
  亮太が顔を向けると、頬のこけたその男は、にっこり笑った。





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