AWC 代理UP>店長候補2       鳥  (転載者:藤堂龍)


        
#2614/5495 長編
★タイトル (MUJ     )  94/ 5/15  11:11  (106)
代理UP>店長候補2       鳥  (転載者:藤堂龍)
★内容

                                      2

 亮太は、デリシャス泉ヶ丘店の副店長だが、まだ二十三歳である。平均年齢の若
い、この業界の社員の中でも、とりわけ若くして責任ある地位に抜擢された。その
理由は、とにかくよく働くからである。亮太は、込み合うときには途方もなく忙し
く、夜勤も多いこの仕事を、心底やりがいがあると感じている。
 亮太は、都立高校を卒業して、最初は下町の小さな木工工場に就職した。仕事と
いうものがどういうものなのか、まったくわからずに、ただ進学する意欲もなく、
金もなく、学校にきた求人表をながめて決めた会社だった。
  木工の仕事は簡単だろうと思った。初任給が割合によかったことも魅力だった。
しかし、入ってみてわかったが、いいのは初任給だけだった。昇給は低く、三十歳
を過ぎた先輩が、まだ手取りが十万台だとぼやいていた。経営状態は、非常に悪か
ったのだ。
  仕事の合間に、みんなでたばこを吹かしながら話すのは、パチンコ、賭け事、女
遊びの話ばかりだった。
  いつも酒浸りの太った初老の社員がいて、そいつは亮太たち若い連中を強引に誘
っては飲み歩いていた。逆らうと、やくざのようにすごんだ。そのはずである。元
やくざだそうで、気に食わないことがあると袖をまくって入れ墨を見せながら大声
を張り上げるのだった。
  ノコ屑に汚れながら、亮太は自分の惨めさを感じてしかたがなかった。同級生で
仲のよかった相沢サトシは、洋品店に就職した。バリッとした背広を着込んで意気
揚々とスポーツカーを乗り回していた。
  町で車を運転しているサトシに会うと、亮太は屈辱感に逃げ出したい気持ちだっ
た。得意げなその顔が、自分をあざ笑っているように見えた。
  あるとき、事件が起こった。経営者が金を持ち逃げしたのだ。いれこんだ女と遊
ぶ金がなくて、後先考えずに手提げ金庫を抱えて遁走したのだという話だった。
 よくよくうんざりして、亮太はその工場をやめた。勤めて一年後のことだった。
 それから一カ月ほどぶらぶらしていたが、やがて亮太はアルバイト募集の広告を
見て、自宅の近くのデリシャスで働き出した。食器洗いやウェイターの仕事には、
初めは興味はなかったが、やり始めてみると職場の雰囲気が気に入ってきた。
 まず平均年齢が若い。一軒のデリシャスで働く社員の数は約二十人だが、そのう
ち十七八人は高校生のアルバイトなのだ。また、正社員も皆若かった。草野店の店
長は、村上さんといって、まだ二十五歳だった。
 だんだん仲間ともうちとけて、身の上話もするようになった。亮太の事情を知る
ようになった村上さんは、正社員になることを強く勧めてくれた。
「どうだ、亮太。アルバイトを、いつまでも続けているわけには、いかないだろう。
このまま、正社員になっちまえよ。前の勤め先では、いろいろ嫌なことがあったみ
たいだけど、ここならみんな若いから話も合うだろうし、それにここはな、頑張れ
ば必ず出世できるんだぞ。社員募集広告を見たろう。『誰でも店長になれる』って
いうのは、本当だぞ。この俺がいい例だろうよ。やる気と熱意があれば、どんどん
評価してもらえる、いい職場だぞ。どうだ」
  そう言われて、亮太は二つ返事でうなずいた。
 その日の帰り道、亮太は大きく胸を張って、腹の底まで空気を吸い込みながら、
ゆったりと、大股に歩いていた。
(こんな俺でも、店長になれる……か)
 まぶしい希望が、目の前に輝き出した。今まで、社会の最底辺でもだえることし
かできないような気になって、しぼみきっていた亮太は、胸に熱いものがふつふつ
と沸いてくるのを感じた。
(俺は、仕事ならまじめにやる自信がある。この仕事なら大丈夫だ。村上さんだっ
て、時にはくたびれたように手抜きをするときがあるけど、俺はそんなことは決し
てしないぞ。努力なら、誰にも負けない。俺は、この仕事、向いているのかもしれ
ない……)
  村上さんが手続きをしてくれて、亮太は駒込の本店事務所へ面接にでかけた。小
会議室で待っていると、きびきびした、筋肉質の男が、書類をもって入ってきて、
向かいの椅子に座った。亮太は、あわてて立ち上がってお辞儀をした。
「首都圏ブロックのマネージャーをしている真田と言います。君が、森町君だね」
「はい。よろしくお願いします」
  アルバイトをしていた頃のこと、日常生活、家族のこと、そして仕事への意欲な
どを、早口で聞かれた。亮太は、懸命に答えた。
 やがて、真田マネージャーは、満足したように言った。
「うん。村上君から推薦があったとおり、まじめでよく働いてくれそうな人だな」
 亮太は、それを聞いてうれしくなった。
「うちの会社はね、実力主義なんだ。君は高卒だということに引け目を感じている
かもしれないが、うちじゃ、そんなもの全然関係ない。よく働いて実績を上げたも
のが、出世するんだ。森町君は、店長になりたいか」
 そう聞かれて、亮太は目を輝かせて答えた。
「なれるように頑張りたいです」
「そうか。この業界は、競争が厳しい。職場は、君も知っているとおり、ほとんど
がアルバイトだ。だから、正社員の働きがより大切になるんだ。厳しいこともある
が、頑張ってもらわなければならない。”艱難汝を玉にする”という言葉がある。
知っているか」
「……いいえ」
「苦労は、その人を磨くという意味だ。覚えておきなさい。業績というのは、うそ
をつかないものだ。一生懸命やっていれば、伸びる。怠けていれば下がる。そいつ
の勤務態度は、我々には一目でわかるんだ」
「はい」
「それでは、森町君は採用ということで、しばらくは、今までいた店で村上君に指
示を受けてくれ。正式の辞令は、すぐに出すから」
「はい。ありがとうございます」
「うん。デリシャスのために、粉骨砕身頑張ってくれよ。頑張れば、必ず会社は評
価するからな。それじゃ、以上だ。帰っていい」
 真田マネージャーは、速足で出て行った。その颯爽とした姿を、亮太は胸をとき
めかせて見ていた。
  そのあと、今までどおり、村上さんの元で二週間働いた。自分の働きが、上に見
てもらえるのだと考えると、うきうきして、亮太ははつらつと店内を飛び回った。
やがて正式に辞令がおり、亮太は郊外の店に配属になった。通勤に、片道一時間か
かったが、亮太は勤務の始まる一時間前には出勤して、後片付けや清掃を自発的な
行った。
  その仕事ぶりを、そこの店長にほめられた。
「森町君は、よく働くな。模範的な社員だよ。出世するぞ」
  はつらつとした意気が心に満ちあふれた。自分でもできる。ほめられるような仕
事ができるのだ。熱意と注意深い気配りがあれば、この自分でも十分に”いける”
のだ。
  そして、三年。亮太は副店長として、この泉ヶ丘店に配属された。ここで認めら
れれば、次の異動で店長になれるのは、確実だった。
(俺だって、店長になれるんだ。店長に……)
  厳しい顔をして、てきぱきと指示を与え、社員たちを動かす指揮官――。亮太は、
寛仁大度で仕事を見事にこなす店長となった自分の姿を思い浮かべて、陶然として
いた。
  自分のことをごみか虫けらのように扱った連中の顔が浮かんできた。亮太は、い
きりたって拳を握り締めた。
 あいつらを、見返してやる道が目の前に開けたのだ。自分はもう、好きなように
蹂躙され、いたぶられる玩具ではないのだ。あいつらの上に昇ることができるのだ。
 亮太は、心の底からしびれるような喜びが沸き上がって来るのを感じた。





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