AWC JETBOY


        
#2601/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 4/28   9:49  (160)
JETBOY
★内容
           第2話 「渚の中に」

 グラウンドの真ん中では、5対2の練習が行われていた。
 俺の知っているサッカーの練習方法といえば、紅白戦・鬼ごっこと言われる
3対1程度のものであった。こんな形態の練習はここで見たのが初めてである。
 双子の天才少年、井上渚と井上誠は攻撃役であり、あとの5人は二人をディ
フェンスする役である。先程まで見た限りでは、双子達がたった二人でディフェ
ンダーを翻弄していたのである。
 ディフェンダーの方は、たった10分プレーしただけだというのに、汗まみ
れになって息絶え絶えだ。やはり無理だったのかのだろうか、あのスピードと
技術で長時間運動することなんて。
 なのに、双子の兄弟は息一つ切らしていない。風貌は、体育系クラブなら必
ずいるところの、ショートカットのお姉さまタイプの上級生という感じで、体
つきも、ラモス瑠偉以上に華奢である。ちょっと発育の遅れた女の子の体つき
としか思えない。
 誠と渚には悪いが、こんな子に弄ばれる姿を見てしまった後では、彼らの実
力が幼いものに見えてしまう。ユースとしては卓抜しているのであるわけだが。
 少しディフェンダーの疲れを取った後、練習は再開された。
 先程から見ていたのだが、この双子のポジションは攻撃的ミッドフィルダー
とフォワードである。やや目つきが鋭い方がミッドフィルダー役で、どことな
く無邪気な感じのする方がフォワードの子である。どっちが渚でどっちが誠か
俺には判らないが、どっちにしろ相当なレベルのボール裁きを得意とする。
 ディフェンダーの5人が円陣を組んだ。作戦の変更だろうか。
 ディフェンダーがグラウンド右半分に散った。双子の片割れが、センターサー
クルの所にボールを置き、そしてタッチした。
 練習の再開である。
 「マコ! クルゾ!」
 俺の横の禿頭、いや南米人系のテクニコ(コーチ)が誠に対して指示をだし
た。ミッドフィルダーの子が誠のようだ。
 フィールドに目を移した。なんと先程までは二人しかチェックに来なかった
ディフェンダー陣が、4人もプレッシャーをかけに来た。
 ゆっくりとボールを動かしていた誠は、あっという間に四方をディフェンダー
に囲まれてしまった。
  多勢に無勢である。
 「マコトォ! こっちこっち」
 フォワードの方の子、渚がボールを貰いに戻った。だが、こっちの方も、殆
どべったりとマーカーにまとわりつかれて身動きがとれない。
 ここでどんな技が見れるのか楽しみであった。今までは巧みなドリブルやフェ
イント、パスワークでディフェンダーを翻弄してきた誠がどんなアクションを
見せてくれるのだろうか。
 誠の両サイドのディフェンダーが足元から、前後のディフェンダーがハード
マーク、ほとんどぶちかまし同然のチャージで華奢な誠を襲った。
 ゾーンプレスは完璧であった。
 だが、誠は技だけの奴なんかじゃなかった。
 「ああっ!」
 陸上用のトラックでフィジカル(体力)トレーニングしている子達のどよめき
声が聞こえた。その声の間隙を縫って、誠が包囲網を突破したのだ。
 そして、誠を前方からチャージしていたディフェンダーが突然ふらつき、芝生
の上に倒れた。何が起こったのかその瞬間にはわからない。
 ボールは? 誠はペナルティエリアに侵攻していた。キーパーとは一対一だ。
 「わぁぁぁぁっ! 」 金網越しに練習を見ている姫百合学園の他の生徒達も、
興奮し、叫びの声をあげる。
 だが、俺がユース代表級の折り紙を付けたディフェンダー達である。意地でも
シュートを打たせる気は無い筈だ。
 「ヤバイ!」無意識に声をあげた。先程、誠のマークに付いていたディフェン
ダー達が背後から足首を狙って来た! もし実戦でこれをやったら、ペナルティ
キックで相手に1点献上は固い筈!
 誠がシュートの体制に入った。だが、どう考えても、これじゃ足首を損傷する!
 だが誠は、その風貌に似合わず、したたかで残酷な奴であった。
 誠は、シュートを打たず、バックパスを出した。
 そこに渚がフリーで走り込んだ! ディフェンダーは突然反応した渚に振り切
られて、追う意欲を失っている。彼には3フィートのスペースがあれば十分のよ
うだ。誠からのパスを左足で、ノートラップで蹴りこんだ。
 渚の弾道は、ゴールネット右隅に弾痕を残した。
 「やった!」
 誠が拳を握りしめて、感情を素直に現した。
 だが、一方の渚は、ペナルティエリアに横たわっているディフェンダーの側で
何か心の叫びをあげている。
 「ドクター!」
 渚の声を聞いて、ベンチに座っていた沢庵和尚のようなドクターが駆け込んだ。
 「イラブさん!しっかりして! 」
 泣き出しそうな声を上げる渚。俺にも事の重大さがようやく判った。
 イラブ君の口からは血が溢れ出している。先程誠がパスを出した時に負傷した。
いや、故意のバックチャージに対する故意の報復だろう。イラブ君は担架で運び出
されていった。
 そういえば、プレスを掛けたときに倒れてしまったディフェンダーも、腹の当た
りを摩っている。誠と接触プレーをおこして負傷したのだ。
 「ナンテコトスルンダ! マコト!」
 テクニコが激しい口調で、誠を叱りつける。
 だが、誠はそんなテクニコの言葉に耳を貸す様子ではない。ドクターと一緒にイ
ラブ君の事を案じている渚とは全く正反対だ。
 しかし誰も、誠に対して抗議する者はいなかったのだ。逆に被害者の方がおじけ
ついている。俺なら即刻ぶん殴っている場面だが。
 イラブ君は担架で運び出されてグラウンドの外に出た。じっとグラウンドの中で
立ち尽くす渚の視線は、イラブ君の消えていく方向へと流れていった。
 彼は、しばらくの間は食事に苦労するだろう。
 それにしても、腹立たしいのは誠の方だ。一言も謝らずグラウンドから姿を消し
たのだ。
 「渚、僕はもう帰る」
 渚に一言言い捨てて、クラブハウスの中へと消えた。
 実に腹立たしい! 憎たらしいにも程がある。あれではチンピラだ! 俺の拳は、
誠に怒りを向けていた。
 現在、グラウンドはとても練習を続行出来る雰囲気ではなかった。グラウンド内
にフィジコが入り、整理体操をして練習を終えることにした。
 結局、取材は後味の悪いものになったのである。
                 ★
 クラブハウスのカフェテリアで、俺は井上誠の事について考えていた。
 俺も野球担当の記者をやっていた経験がある。確かに、チンピラのような、下種
な野郎は結構見ている。そんな奴らは往々にして一軍半か、一流と言われる選手で
あっても、実力は大したことがないという事が多い。
 しかし乱暴者であっても、気の効いた奴もいて、50勝達成の記念ということで、
我々記者を六本木の寿司屋でもてなしてくれたのである。普段はどうしようもなく
態度が悪く、我々に当たり散らすことも常であった問題児であったが、機嫌のいい
時はリップサービスも忘れない、何処か憎めない奴であった。
 井上誠はどうだろう。片方の渚に関しては称賛以外の言葉は見当たらないが、誠
に関しては、どうしても光の部分より影の部分を告発したい心境になることも事実
なわけだ。本当なら、天才双子少年と書けば読者が注目するわけだ。なのに、誠が
見せた心ない行為が、同時に渚の評価にも影響を与えてしまう。
 もう一つの、意味不明の感情がどうやら憎悪を増幅させているようだ。
 俺はじっと、一人の少年の、はつらつとした汚れない華麗な姿を夢想している最
中であった。
 一本気で小細工無しにゴボウ抜きしてしまうドリブル、力のありったけを叩き込
んだシュート。それが決まった時の笑顔が、どんな時よりも素敵に映る・・・・・・。
 しかし、背後からの声が、俺を夢から覚ましてくれた。
 たが俺は、夢の続きを見ているような錯覚に陥っていた。夢はもう脳裏から消え
去ったはずなのに。
 振り返った。
 俺の眼の前に、夢から飛び出した少年の姿があった。
 「記者さん、こんにちわ」
 背後のアルトなボイスの持ち主はにこりと笑みを浮かべていた。
 「まこ、いや・・・・  井上渚君  ・・・・だよね」
  「はい・・・・・・  」
 なるほど、耽美小説というジャンルが成立するわけである。顔見てドキリ、声を
聞いてドキリとした。モラルは、どこに置き去りにしたのか判らない。
 けど、ジーンズとTシャツの軽いいでたちに身を包んだ渚の姿には何故か違和感
が無かった。綿一枚をはぎ取った後の渚の姿は、正常な感じで想像出来たのである。
 けど、本人の眼の前で妄想に走るのはいささか問題がある。元の世界に戻って渚
の顔を直視した。渚の口許は何か言いたがっていた。俺とは初対面ということで、
二の句がつなげないみたいであった。
 俺は、思いついた言葉に少々の理性を加えて、渚の今日見せてくれた技とシュー
トの事を褒めた。
 俺のぶっきらぼうな美辞麗句に、渚はすぐさま率直な答えを返してくれた。
 「ありがとうございます! 」
 渚の照れている表情が俺の心に直接伝わってきた。元気な声からは、嬉しいとい
う素直な叫びがあふれている。
 俺は、もっともっと話したかった。
 しかし渚の方には、余り時間が無い様子であった。
 「あの、これ・・・・・・  読んでください」
 渚の右手に、レターがあることに気が付いた。
 えっ? という言葉が口から飛び出してしまうのを、俺はすんでの所で押さえ込
んだ。
 妄想の現地点の終着駅は実にこの状況であった。
 「はい・・・・・・  わかり、ました」
 俺は、パステルグリーンの封筒を渚の手から受け取った。
 「ホテルに帰ってから読んでください。僕は、記者さんと話したいことがあった
んだけど、夕食の時間だし、ごめんなさい! 失礼します」
 渚は一礼して、俺の目の前から姿を消した。
 けど、シャンプーの香りがまだ漂っている。それと手にした手紙からはポプリの
香りが微かに染み出している。これが渚の香りなのである。彼の香りが、煙草が染
みついた俺の臭いを打ち消した。苺世代の本なんて読んだことがないから今の女の
子がどんな恰好をして、どんな生活をしているかは想像できないが、渚の持ってい
る雰囲気、それが理想形の清純な女の子というのだろう。
 手紙の内容が気になった。俺は、小岩井より先にオクマリゾートへと戻ることに
した。
 思い出した。俺が野球部で玉拾いをしてた時、練習場の外周をランニングしてい
た女の子の事を。付き合ってみると、ボーイッシュな見かけの中に女の子を沢山秘
めていた。
 似ている。

                                 つづく




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