AWC JETBOYS.1            たっちゃん


        
#2600/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 4/28   9:47  (196)
JETBOYS.1            たっちゃん
★内容
             「JETBOYS」
             第1話 「出会い」
 「まもなく当機は那覇空港に到着いたします・・・・・・ 」
 俺は一つあくびをして、機内放送のいうとおりにシートベルトを巻いた。
 東京から大体4時間程度だろう。俺、伊丹英世は決して飛行機は好きではない。
どうせならピースボートで七日かけて船旅するほうがはるかに心地がいい。しか
し仕事だ。悠長にバケーションを楽しむわけではない。仕事で行くのだ。俺がフ
リーのスポーツライターになって以来、はじめての取材なのだ。
 飛行機は嫌いである。しかし、この南国の地には何度も訪れたことがある。俺
はかつて「週刊・プレイボール」の番記者を担当していた。パリーグの大して人
気のない在京球団ではあったが、6年間殆ど休暇も取らず最前線で活躍していた
と自分では思っている。
 だが一か月前、俺は退職し、フリーのライターと相なった。生計を立てること
は怪しくなっていたが、とりあえずは食えるので安心はしている。
 飛行機が着陸の体制に入った。となりの巨象もとい、カメラマンの小岩井が目
を覚ました。
 「着きましたかぁ・・・・・・伊丹さーん・・・・・・・・  」
 小岩井は耳に栓をしている。離着陸の最中は、耳の奥に違和感が生ずる。急激
な気圧の変動でこうなるのだ。小岩井は人為的な環境の変化には不慣れなのだろ
う。先程まで、スチュワーデスがくすくすと笑うくらい大きなイビキを立ててい
たくせに。
 機内がドォンと揺れた。滑走路に、図体のデカいボーイングが降り立ったのだ。
しかし、あまり丁寧な着陸の作法ではない。
 「ふぁぁぁぁっ、やっと着きましたか」
 時速900キロとも言われているジェット機のスピードがみるみるうちに落ち、
そしてゆっくりと止まった。
 「さぁて、着いたか」
 俺はこんなせせこましい空間からは即おさらばしたい性格である。行儀は決し
てよくなかったが、軽やかにタラップを降り、沖縄の土を踏んだ。
 沖縄の空は、これ以上望みようのない程青く輝いていた。気温も多分25度を
超えてるだろう。この空が、俺にやりがいを与えてくれた。
 この三日間、俺は、新しくJリーグ入りしようとするチームを取材するために
この地を訪れたのだ。そのチームの名「沖縄シーサーズ」は、おとついまで聞い
たこともなかった。しかし、地元の記者達の話を聞くにつれ、その期待は自分の
胸の中でふつふつと沸き上がっていたのである。
 沖縄シーサーズは凄い。地元の記者のこの言葉が俺の心に突き刺さったままで
あった。俺は、もともと野球しかしらない。けど、昨年のJリーグそしてW杯予
選を観てから、その興味は鼠算式に膨れ上がってきている。まず、フリーになっ
て最初に書きたかったのがサッカーなのである。
 沖縄シーサーズは、そんな俺の心を十分に刺激してくれた。JFLにもPJM
フューチャーズという下克上をなし遂げつつあるクラブがあることは知っている。
しかし、一からの下克上を目の当たりに出来るのはこれが始めてなのである。
 俺はすぐにでもグラウンドに行きたかった。
 「小岩井! はやくしな、オクマ行きのバスに乗り遅れるぞ! 」
 「はい! 伊丹さん」
 ショルダーバッグ一つの中身は結構重いものであったが、そんなもんは気にな
らない。無論、カメラマン小岩井のバッグはもっと重い機材が入っているのだが。
 俺たちは、出発一分前のオクマ行きのバスに飛び乗った。JALオクマリゾー
トから車でさらに五分のところに沖縄シーサーズのグラウンドはあるのだという。
 所要時間1時間30分程度は大して気にならなかった。90分といえば、サッ
カーの試合時間だ。さらに言うなら、ウルトラスの連中は、三時間以上も前から
開門を待ちわびているのである。
 沖縄の景色は、最初は殺伐としていた。しかし次第に那覇市内から離れるにつ
れ、緑と青の穏やかな色が俺の瞳を支配していった。
 隣をちらりと見る。平日だというのに大胆な娘だ。
                 ★
 オクマリゾート行きの送迎バスから下車した後、荷物一式をオクマの宿泊施設
に置いて、休む間も無く取材へと出掛けた。時計は2時半。地元の新聞社からの
ファクスによると30分後にジュニアユースとユースの練習が始まることになっ
ている。
 丁度いいタイミングで現れたタクシーに俺たちは乗り込んで、ファクスに書い
てある姫百合学園へ運んでもらった。
 名前こそ姫百合学園となっているが、全寮制の共学校である。校名の由来は、
言わずと知れた「ひめゆりの塔」から来ているのだろう。しかしどう考えても、
この名前は女子校のものとしか思われないのだが。
 10分くらい北進して、ようやく俺たちは姫百合学園へ到着した。
 その時、小岩井が驚きの声をあげた。車から降りるなり、金網に張りつき、ファ
インダーを覗きはじめた。
 「凄いですねぇ。運動場が全部芝生で覆われている」
 小岩井がシャッターを切りまくる方面には、煉瓦色の校舎と、緑の深々とした
芝生の運動場が、ヨーロッパのゴルフ場のように広がっている。東京の都立の中
学校の校舎なんて、教育現場に相応しくないように思えるくらいだ。
 しかし俺には、シーサーズとこの学校との関係がいま一つハッキリしなかった。
そのことについて考えている時だった。
 そんな時、俺の横に誰かが居る事に気が付いた。
 男も、青々と爽やかな香りを生み出している芝生の方に注目している様子であっ
た。
 その中肉中背の男が俺に話しかけてきた。
 「シーサーズは、この学校を基盤として誕生したんだ」
 この男、俺よりもこのチームの事について知っている様子だ。
 「それは、どういうことで? 」
 俺の問いに、その男は応えた。男はいかにもゴルフ帰りと言った感じの恰好で、
ポロシャツは何処かのブランドのものを着こなしていた。
 「日本の教育制度の下では、Jリーグの提唱する小中高一貫育成のシステムは
事実上不可能や。あの4階建ての校舎ん中には、小等部から高等部までみんな入っ
とる。シーサーズは学園と提携して、全寮制のシステムで選手を育成してるんや
な」
 男は感心しながら俺達に、この学校とシーサーズの係わりについて説明してく
れた。といっても、話を聞いた程度というから、実際にシーサーズを見るのは始
めての様子みたいだ。
 それに、俺は男に見覚えがあった。記憶が定かでは無いのは、Jリーグを見だ
したばっかりという俺の個人的な事情のせいである。
 ただ、とても重要な人物のような気がしてならないのである。
 その男の素性について考察している間に予鈴が鳴った。その透き通った鐘の音
が鳴り終わると同時に、ジャージに身をつつんだ少年たちが煉瓦色の校舎から姿
を現した。
 小岩井がシャッターを切り始める。フィルムはすぐさま使い果たされる。
 そして、先程の男は・・・・・・  俺たちの前から姿を消した。
 俺は、姿を消した先程の男の事がどうしても気になって仕方なかった。だが、
取材をしないわけにはいかない。ウォームアップをしている光景をじっと金網越
しに見つめていた。
 沖縄シーサーズFCから取材の許可は取っていたが、一市民として見ている方
が干渉が入らなくていい。取材の約束の時間にはまだ余裕があったから、俺は、
フィールドだけでは無く、色々な方面を見て、姫百合学園の凄さを確認した。
 気がつかなかったが、はるか後方には野球専用のグラウンドが3面ある。勿論
青々とした芝生でフィールドは覆われていた。そこでは、数十人の部員が、効率
よく練習を行っている姿があった。
 しかし、高校野球でみられる所の根性至上主義を此処では見ることはなかった。
この学校では、生徒は商品ではないみたいだ。よかった。
 広々とした環境の中にある姫百合学園の世界に、俺の心はある種の理想を追い
求めていたみたいだ。
                 ★
 沖縄シーサーズFCのクラブハウスは、学園の体育館の隣に位置している。ク
ラブハウスというよりは礼拝堂の風貌だ。礼拝堂は別にあるらしいが、この徹底
ぶりというものは、日本のクラブハウスでは滅多に見られないものであろう。
 もっとも、球団事務所という機能に関しては、那覇市の中心部に移転したらし
く、このクラブハウスの中には、姫百合学園の女子生徒らがたむろしていた。
 「どうぞ、召し上がってください」
 俺は、クラブハウスのランチルームから練習の様子を眺めていた。窓から見え
る練習の風景はミニゲーム中心で、ミッドフィルダーとディフェンダーがプレス
を掛け合う光景が所々で見られた。
 また、陸上トラックでフィジカルトレーニングをしている光景も見られる。
どうやら、練習がプログラム通り組まれているみたいだ。
 コーヒーに二口くらい口をつけながら、じっと練習の様子を見ていた。その俺
に、背広姿の、恰幅のいい男が話しかけてきた。
 「ようこそ、遙々遠方からいらっしゃいました」
 男は名刺を差し出した。
 なる程と思ったものだ。その男を一目見たとき、俺なりにはこの男の人なり程
度は読み取ってはいたが、「沖縄シーサーズFC球団社長・石塚巌」という身分
は決して嘘では無い。
 「先程まで、東京から来られていたお客様と、ちょっと仕事の件について話を
していたんですが、マスコミというものは敏感ですな。ここ1週間の間、全然取
材が絶えません」
 石塚社長は、最近のクラブの取材攻勢について話してくれた。時々誇張も見ら
れるが、聞いていて中々面白い。
 もっとも、雑誌系の取材が多く、テレビ局の取材に関してはまだ一局も来てい
ないことについては、少し不満の様子であったが、俺も同感である。
 フィールドの中で展開されているテクニックの応酬は、Jリーグのそれよりも
激しくまた華麗であった。
 俺は、今でも日本代表で十分通用しそうな人材をこの地で少なくとも五人ばか
り発掘した。窓越しに指さした選手について俺は石塚社長に色々と尋ねてみた。
 石塚社長は本当に、自分のチーム、いやサッカーを心底から愛している人物で
あった。俺の質問に的確に、更に未来図まで鮮やかに描いて俺に語ってくれる。
 「こんだけタレント(才能)が集まったら、5年後が本当に楽しみでしょうね」
 俺はお世辞抜きでそう言ったつもりであった。
 しかし石塚社長は、俺に対して意外な反応を用意してくれた。
 「私も、彼らが世界に通用してくれたらと思うのですが、あの二人に比べたら
まだまだだと思いますよ。渚と誠はまだグラウンドに姿を見せていないな」
 俺は、石塚社長の返答を疑った。
 「え、まだおるんですか? こいつ等、いや彼ら以上の、凄い子が・・・・・・  」
 事実、いま練習に興じている子供達も相当なものであった。日本代表ユースと
練習試合をしてもかなりの実績は残せるのではないかと俺も思うくらいだ。なの
に、彼らを越える逸材がまだこのチームにいるというのだ。
 ひょっとしたら、あのカズよりも凄いのかもしれない。
 石塚社長は、グラウンドをじっと見ている。ただ、その瞳は先程までのらんら
んとしたものではなく、この青空には不似合いな曇り空の靄がかかっていた。
 石塚社長が少し間を置いて、そして俺の問いに答えてくれた。
 その時、俺の頭の中に、先程の中年、グラウンドで見た男の姿が強烈に蘇った。
俺の記憶が、少しずつあの男の正体をつきつめていたその矢先の石塚社長の発言
であった。
 「先程、横浜フリューゲルスの加茂さんが直接ウチのチームに交渉にやってき
たんですよ。淋しいことだが、我がシーサーズの至宝・井上渚と井上誠の二人を
3千万でローンしたいと言ってきた」
 あの男は、横浜フリューゲルス監督、加茂周だったのである。あの天皇杯を、
ヴェルディを破って優勝した智将である。
 「私は、シーサーズのパブリシティのために、サインした。私は、正直言って
彼らを一時期とはいえ手放したくはない。だが、広い世界をみせるのもいいかと
思っただけなんだが・・・・・・・・  」
 石塚社長の瞳に雨が降り始めた。
 俺は、この兄弟、渚と誠とやらに非常に興味を持った。プロ球団がローンで借
り入れる選手なのだから、少なくとも代表レベル、もしくは外国人レベルの逸材
としか考えられなかった。
 俺は、この目で見たかった。一国のオーナーを嘆かせる程の力を持ち合わせた
天才兄弟とやらを。
 気が付くと、グラウンドではミニゲームが行われていた。しかし、選手の動き
が先程とはまた格段に違っていた。
 選手のテクニックが更に精緻さを増し、スピードがさらに上がっていた。
 横をちらりと見ると、石塚社長が真剣な眼差しで練習の光景を見つめている姿
がそこにあった。
 石塚社長は、俺に変貌の理由を教えてくれた。やっぱりだ。
 「渚と誠が練習に入ってきた。見ててくださいよ、伊丹さん」
 俺は、食い入るようにして、兄弟の姿を探した。
 気が付くと、加茂氏も、俺の側でその様子をじっと見ていた。そして時々ため
息をつく。
 俺も何度かため息をついた。しかしその意味は、加茂氏のそれとは別の所にあっ
た。
 可愛い・・・・・・。
 俺には彼女もいるし、同性愛の趣味もない。なのに、フィールドを駆け回る双
子の少年に俺は惚れ込んでしまった。
 俺は、小岩井にカメラを持たしたことを後悔した。この可憐な姿をファインダー
におさめたい気持ちで埋め尽くされていた。
 無論、石塚社長自ら惚れ込む彼らの技能は先程の少年達とは比べ物にならなかっ
た。判断力、運動量、そして技術。全てをこの双子は兼ね備えていた。
 俺の興味は、この双子の正体、それだけに集中していた。俺の両足は、気持ち
のままに、グラウンドへと駆け出していたのである。
                            つづく




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