#2578/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 4/ 3 11:46 (199)
幻都放浪(25) 青木無常
★内容
弘明寺の別院で、大聖歓喜天がさしだした、石の剣だった。沙羅はそれを腰の鎖
にからませて固定する。
その間に、バチ、と異臭を空気にただよわせながらアブーカジェリフのぽちゃぽ
ちゃした手が、電気火花のスパークを散らしていた。
きらめきながら白い翼が雷撃にうたれ、ふらふらと闇空を舞った。
近場の翼はアブーカジェリフとタツにまかせ、俺は弦を思いきりひきしぼって矢
を解き放つ。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
計十本の矢を射かけ、六対の翼を射落とした。その間に、タツの白刃が三対の翼
を両断する。残った二対は、降下を中断して<宮殿>へと逃走していった。
射かけた矢を回収する。二本はどうしても見つからず、射た八本のうち三本が折
れて使いものにならなくなっていた。つごう、残り矢七本。
俺たちは無言のまま先へ進んだ。
かつてワシントンホテルが建っていた一角から、壮麗な光の帯ははじまっていた。
なだらかなスロープを基線に、複雑な模様を描きつつ、無数の光の球が濃くなり
まさる闇を淡く照らしだす。
そして、アスファルトの街路上にセラミックの蹄の打つ音が、遠く反響しはじめ
「<騎士>どもか!」
俺は奥歯を噛みしめながら、うめくようにして言った。
沙羅の顔を見る。
泣きそうな顔をしている、と一瞬、思った。
気のせいだったかもしれない。どこか寂しげな微笑を浮かべ、沙羅は音の方角へ
と目をやった。
交差点をまわりこんで、七騎の人馬が現れた。
セラミック剣はすでに、ぬき放たれていた。
「隆二!」
沙羅が、闇に向けて叫んだ。
先頭を行く男くさい顔が、無表情にかつての恋人を眺めおろした。
前脚を蹴あげて七騎の馬はつぎつぎに停止し、たたらを踏む。
隆二の視線は、長くは沙羅の上にはとどまらなかった。
「帰れ! そして二度と来るな!」
よく響く低い声音が、光り輝く街路に反響した。
フン、と俺は、歯をむき出して笑ってみせただけだった。
「隆二、来てよ」沙羅もまた、叫ぶようにして馬上の人影にうったえた。「でな
きゃ、あたしが行く! あなたのところへ!」
冷厳な視線は、それでも沙羅のもとへと戻ることなく、ただ声だけが問うた。
「俺の味方になるか? すなわち、彼らの敵に!」
その燃えるような瞳は、俺よりはむしろタツの上へと、そそがれていたかもしれ
ない。
しばし逡巡した後、沙羅は答えた。
「あなたしか見えなかったの。ずっと、ずっと、あなたしか!」
「ならば、来い! 俺のもとへ。仲間を捨てて!」
剣を夜天にひらめかせ、隆二は宣言した。
ひたむきな目を馬上の雄姿にすえていた沙羅は、ためらうように、あるいは、う
ろたえるように、俺と、そしてタツとを交互に見た。
好きにしろ。俺は目だけで、そう答えた。
そしてタツは、唇を噛みしめたまま目を伏せた。
そんなタツを永刧のごとく沙羅は見やり――そして、隆二を見あげた。
その唇が開き、言葉を発しようとする前に――
「おおおおおおおおっ!」
腹の底から怒号をしぼり出しつつ、タツがかけ出していた。
鞘から、刀身は抜き放たれていた。
完全に熱くなってやがる。居合屋が剥き身で敵に挑むなど、自殺行為そのものだ。
俺は矢をつがえ、隆二に向けた。他の奴らは完全に無視していた。
いやあ! と夜気を震わせて刃が閃き――キン、と耳をつらぬく音が交錯した。
とっさに放った矢は、背後からすばやく前進してきた<騎士>のひとりに、空中
ではねとばされていた。
そしてもうひとつ――塔の光を受けてきらきらと輝きながら闇に舞い、そして冴
えた音を立てて、折れつきた刃が街路にころがった。
打ちあげた姿勢のまま、タツは呆然と、根もとからへし折れた居合刀を見つめて
いた。
俺もまた、言葉もなくその光景を見つめ、
「くそが」
喉の奥でうめいて、二矢を、つづけて三矢を、射ち放った。
左右から前進してきた<騎士>たちに俺の矢はこともなげにつぎつぎと払い落と
され、またたく間に俺たちは包囲されていた。
「訣別しろ、沙羅」
静かに、どこか哀しげに隆二が言い、足もとにうずくまるタツに向けてセラミッ
クの刃をふりあげた。
タツの野郎、ふぬけたままだ。あのバカ!
距離がありすぎた。走りだしながら俺は、タツが両断されるのをただ見つめてい
るしかないだろうことに気づいていた。
「タツよう!」
胃の腑をしぼり出すような声音が、不覚にも俺の口をついて出たとき――
奇跡がおとずれた。
いや――奇跡ではなく、意志だったのか。
鈍い音を立ててはばまれたセラミック剣を、隆二は呆然と見おろした。
その視線の先で、石の剣で恋人の刃を受けて立ちながら沙羅もまた、呆然と隆二
を、そして己自身の腕を、見あげていた。
何も考えず、ただ体の動くにまかせた結果なのだろう。
自分でも、自分の行動を理解できていなかったのかもしれない。
泣き笑いを顔に浮かべて、沙羅は隆二を見つめた。
「これが返事か」
隆二の声音も、どこか優しげに響きわたった。
「しかたないじゃない」
震える涙声で沙羅は答え、背後で呆然と自分を見つめるタツに向けて、石剣をさ
し出した。
「居合刀じゃないけど」
言って、阿呆みたいに自分を見かえすタツに向けて「ん」と押しつけるようにし
て剣の柄を向ける。
信じられぬ面もちで、タツはあやつり人形のようにぎくしゃくと石剣を受けとり
――そしてぎらりと目をむいた。
退く沙羅にはもう目を向けず、すばやく身をひいて腰を落とし、炎のような視線
をひたと隆二にすえる。
「よかろう」隆二もまた静かに言い放ち、馬上から街路の上へと降り立った。
無造作にセラミック剣を体側に落としつつ左右を見やり、
「麗子の兄を討て!」
六人の<騎士>に向けて命令を下すや、周囲のいっさいが消え失せたかのごとく
ぎらりと目をむき、刀の柄を両手で握り横水平に剣をかまえた。
ち、と俺は舌を打つ。二度とない大勝負を目の前にしながら、べつの連中を相手
にしなければならないからだ。だいたい、隆二ひとりでもかなわなかったのに、同
じような連中が六人もいるのはちと荷がかちすぎる。
だが、ぜいたくは言ってらんねえ。
「タツ! そいつはてめえにゆずってやる! 負けんじゃねえぞ!」
叫ぶや、返事も待たずにくるりと踵を返し、俺はスタコラ逃げ出した。
寸秒の逡巡をおいて、六対の蹄が街路を打ちはじめた。
むろん、後ろをふりかえって確認している余裕など天からない。俺はぶざまにが
に股で街路を横ぎり、枝も葉ものび放題の街路樹へと強引にかけ上がった。
繁った枝の間に危うくバランスをとりつつ今にも落下しそうな足場をなんとか確
保するや、己の安全など頭から無視して弓に矢をつがえ、最初に目に入った<騎士>
に向けて射ち放った。
右肩を射抜いた。ねらったのは胸だが、この状態で細かいことは言ってらんねえ。
ぐらぐらと枝の上で揺れながら次の矢をつがえる。が、狙いをつける前に、現れた
二人目がセラミック剣を投げつけるのを見て、ほとんど落下同然の形であわてて枝
から飛び降りた。
だん、と四肢をフルに使ってかろうじて地上に降りた。じん、と先端から衝撃が
上昇する。
「やろ」
うめいて、痺れる四肢を無理やりあやつりながら迫りくる騎馬に向けて猪突猛進
した。
勢いに恐れおののいたか、馬は前脚を蹴立てて半身を浮かす。そこへ闇雲に飛び
かかって手綱をつかみ、飛んだ勢いを借りて力まかせにぐいと後方に引いた。
「うあ!」
とわめいて、俺に向けて剣を投げつけた<騎士>が路上に転がる。
よし! とガッツポーズをとって強奪した馬にまたがろうとして、ぐい、とひっ
ぱられた。
うひひひひーんと嘶きながら馬は無軌道に街路をかけ出しはじめたのだ。
「わっわっわっわっ」
うすらみっともない声を立てながら俺はころばないようあわてて馬を追うが、ど
だい人間の足で追いきれるもんじゃない。あっという間に歩道に叩きつけられ、そ
のままどすんばたんと幾度もしこたま打ちつけられつつかなりの距離を引きずられ
た。
手綱を離したのは知恵ではなく単に痛みのせいだった。
うめきながら俺は体を丸める。
が、容赦なく騎馬が背後から迫ってきた。
くそが、と弱々しく罵声をつぶやき、背中を丸めたまま走りだした。
ちらりと背後をうかがう。瞬時の像を視界にとどめて目を閉じて走った。追撃者、
五騎。
馬に逃げられた一騎と隆二をのぞいて、丸ごとくっついてきやがる。俺が肩口を
射ぬいてやった奴も、来ているらしい。はっきりいって、相手が一騎でも限界だっ
た。
案の定、十歩と走らずに足がもつれて路上に倒れた。立体交差になった街路の上
だった。錆び落ちたか、手すりのない歩道の端から絶望的に、下方の暗い街路を眺
め降ろした。
蹄の音がまたたく間に迫る。
これまでかよ、と臓腑をかきむしる思いで奥歯を噛みしめた時――
「死ぬのなら、宝剣を返してからにしてくれ」
憎々しげな声とともに、肥満した救世主が、派手はでしく七色の火花を散らしな
がら俺の頭上に降下してきた。
「へ」と、感謝の念を唇の端に浮かべつつ、俺は言った。「役たたずめが、今ご
ろんなって出てきやがって」
「ザール・トゥーシュの名にかけて、その言葉、取り消させるぞ。まずは見てお
れ!」
宣言するや、五つの雷球が迫りくる騎馬の前面で弾け飛んだ。
六頭の馬がいっせいに竿立ちになった。魔法使いは間をおかず、
「しゃっ」
と、やけにカッコつけたかけ声をかけつつ野球のピッチャーみたいなフォームで
雷球を放つ。
闇を裂いて迸る稲妻の塊が、騎馬の手綱をとる手を、笞のようにして次つぎに打
ちすえた。
短い苦鳴をあげつつ、<騎士>たちのうち二人が路上に落ちた。残り三人が巧み
に手綱をさばいてアブーカジェリフの攻撃を避けるのは無視して、太った魔法使い
はフリーになった馬をすばやく雷撃でうちすえ、路上に倒れた二人から機動力を奪
った。
が、残り三人は落ちつきはらってアブーカジェリフの攻撃を避けながら、じりじ
りと包囲網をつめてきた。一人は、肩口から血をしたたらせてやがる。くそ、しつ
こい野郎だ。
「おい、アブーカジェリフ」
俺は痛む全身をかばうように両手で抱えこんだ姿勢のまま、呼びかけた。
「何か、妖霊よ。わしはいま忙しい」
ほんとに忙しそうに、脂ぎった額に汗を浮かべつつ答える魔法使いに、俺は苦笑
とともに質問した。
「俺ひとりくらいなら、その絨毯の端にでもつかまらせて運べるか?」
「むう? ちとしんどいが、できないこともない」
それがどうした、と聞くイルアーナの魔法使いに、あそこまで運べと俺は下方の
闇を指さした。
都庁あとあたりのその部分には、光の塔の基部が達している。街路樹と、崩れた
コンクリートを照らし出して、淡い色彩が闇を駆逐していた。
「立体交差だ。相手が馬の足でも、まわりこんで降りるより空中を行く方がいく
らかは速いだろう。できるか」
「アフラーフ・アクバール。よろしい、やってみよう。つかまるがいい。落ちる
なよ、妖霊よ」
俺はうなずき、激痛の奔る身体を無理やり開いて魔法の絨毯の片端につかまった。
浮きあがると、予想どおりぎしぎしと骨から痛みが奔りぬけた。落ちないように
するのがせいいっぱいだった。
騎馬が街路をまわりこんで疾走するのを、視野の片隅でとらえる。
もう一方の目で、天へとそびえる<宮殿>を見やった。
幻となって訪れた時に、さえぎるようにして燃え盛っていた麗子の炎は今はない。
こうして見ると、その威容はまったく<混沌>の名にふさわしからぬ美しさだった。
ケイオスたちは、なぜこの壮麗な塔を<混沌の宮殿>などと名づけたのか。
答えの返らぬ疑問はそのまま宙づりにして、俺たちは光の樹木の根もとへと、ゆ
っくりと降り立っていった。
蹄の音はまだはるか上の方だ。ここまで降りてくるにはもう少々時間がかかるだ
ろう。
追いつかれないうちに、と俺たちは光の氾濫に向かって、頭から突っ込んでいっ
た。
まばゆい光輝に眩惑された目がようようなれはじめたとき、俺たちは幾本もの列
柱の立ちならぶ白い部屋の中にいた。
足もとは、鏡のように磨きぬかれた床になっている。頭上は吹きぬけのようにな