AWC 幻都放浪(12)       青木無常


        
#2565/5495 長編
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幻都放浪(12)       青木無常
★内容
 だからたぶん、ここらあたりにキャンプをはっていた奴らも、それ相応の苦労を
つみかさね、そして半年前までは生き延び、ある程度の繁栄さえ見せていたという
のだから相応の実力をたくわえてもいたのだろう。
 それが、いかにすばやく、また強力とはいえ、たった五匹の化物に全滅に近いや
られ方をした、というのだから、いかに俺たちのしようとしていることが無謀なの
かがわかるというものだ。
 だから、沙羅がどうしてもついてくる、といってきかなかったのには、俺もタツ
も少々うんざりしていた。
 もともとこのお節介にいちばん気乗り薄だったのが沙羅だ。美紀の写真を見て鼻
の下をのばす俺たちを見て、露骨に敵意を示し、「ぜったいに協力はしない」と宣
言までしてもいた。
 それがいつ、どう気がかわったのかはよくわからない。
 傷の手当てと征討の準備を終え、さあ行こうか、という段になって沙羅は、だま
って魔鏡を首からさげると立ちあがった。
 困惑し、制止をかける俺やタツの言葉には耳も貸さず、
 「あんたたち、美紀って娘の写真見てだらしなく緩んじゃってるけどさ。妙な女
の色香に惑わされてんのに、黙って見てるわけにもいかないじゃない」
 憤然と宣言するや、みずから先に立って歩きはじめたのだ。
 俺もタツも、肩をすくめるくらいしかなかった。
 なんのこたない、焼きもちを焼いてるだけじゃねえのか、とも思った。が、この
沙羅もまがりなりにもあの弁天の娘だ。なにか予感のようなものを感じていたのか
もしれない。
 事実、寺へとつづく石の階段が見えてきたあたりで、最初にその黒影に気づいた
のは沙羅だった。
 「あれ」
 と抑揚を欠いた口調で告げながら沙羅が指さす先で、たしかに黒い影がさっと樹
影に移動するのを俺たちも目にした。
 「ご丁寧に、お出迎えかよ」
 唇の端を舌なめずりつつ、タツがつぶやいた。
 だれも答えず、俺たちはさらに歩調をゆるめて先へ進んだ。
 正面に人の背たけほどの幅の石段。神社仏閣によくあるように、けっこう急だ。
左横手には、もう少しせまい幅だが勾配はいくらかゆるやかな石段。右手がわには
商店街ふうのアスファルトの道路。
 まよったあげく、真ん中の石段を選んだ。左右に樹木がしげり、しかも襲われれ
ば足場も逃げ道もない最悪の道程だが、まがりなりにも聖域だったわけだし、先刻
見かけた影は左側のアスファルト坂の方向に消えたように見えたからでもあった。
聖威をきらったか、アブーカジェリフだけは右の道路を選んで別行動だ。
 こっけいなほど周囲に気をくばりながら階段をのぼり、阿仁王吽仁王の陣取る山
門をくぐって弘明寺の境内にたどりつく。
 賽銭箱はたたき壊され、中身の小銭が乱雑に散乱していた。建物は腐りかけた木
の臭いを濃密に発しながら、なかば崩れかけている。
 通りぬけた。
 左手方向に「大聖歓喜天」と大書した別の建物があった。
 その前を通りがかろうとしたとき、その建物の扉がすうと音もなく左右に開いた。
 ぎょっとして俺たちは目をむいた。
 堂内に、化物が鎮座していたのだ。
 象頭の巨人だ。
 身長は三メートル近くあるだろう。灰色の肌の色に、お釈迦さまが着るような半
分だけ肩にひっかける布きれの着物を着て、座禅を組んでいる。手は合計六本。そ
して、長い象の鼻とうちわみたいな耳をひらひらと降りながら、その小さな目で無
表情に俺たちを眺めおろしている。
 俺は思わず弓に矢をつがえ、タツも当然のごとく腰を落として、剣の柄に手をか
けていた。
 なんだてめえは、と、むき出した歯の間から俺が言葉を発しようとしたとき――
 「弁天の娘は、おまえか」
 象頭の方から、そう問いかけてきた。
 なに? と俺たちは目を見ひらく。
 沙羅も一瞬、ぎょっとしたような顔をしていたが、すぐにその目がすうと細めら
れた。
 「あんた、大聖歓喜天?」
 「今は、な。おまえの母と同じく」
 象頭はおかしなセリフを口にし、ついと立ちあがった。
 息をのみ身がまえる俺たちを制するようにして沙羅は、象頭からは目をそらさな
いまま、後ろ向きに尻のあたりで手のひらをひらひらと振ってみせた。
 「お母さんを知ってるの?」
 無邪気な口調でそうきいた。
 象頭は無言でうなずく。そうしている間にも、音もなく二歩、三歩と、悠然とし
た足どりで前進し、沙羅の目の前に立った。
 こうして眼前にしてみると、堂内で座していたときの印象以上に、見るからにで
かい。
 「沙羅」
 タツが小声で呼びかけるのへ、だいじょうぶとでも言いたげに沙羅は、後ろ手に
指を立ててちょこちょこと揺らす。
 「あたしに何の用?」
 微笑みながらきくと、
 「預かりものがある」
 象頭はそう答え、手を差し出した。
 「あっ」
 「待てっ」
 同時に俺たちが叫びを上げたときにはすでに遅く、いつの間にか三本の右手の真
ん中の一本が、両刃の石の剣を握ってぐい、とさしだされていた。
 沙羅の胸へと。
 「てめえっ」
 叫びざまタツが飛び出したとき、すでに俺の手にした弓からは矢が放たれていた。
 信じられないことが起こったのは、その時だった。
 くるりと、平然とした顔で沙羅がふりむき、ダッシュしかけたタツは勢いのまま
走りぬけながら呆然と目をむいた。
 俺の放った矢は、腹立たしいことに象頭の左上手が無造作に払い退けたところだ
った。
 「たしかに渡した」
 象頭は、俺やタツなど見むきもせずに、沙羅に向かって淡々とそう告げた。
 「受け取ったわ」
 呼応して、沙羅がすまし顔でそう言った。
 「行こ」
 くるりとふりかえると、沙羅は俺たちの返事も待たずにさらに左上へとつづく石
段をとっとと登りはじめた。
 象頭の方も、それっきり俺たちには一切の興味をなくしたように背を向けてお堂
に戻閨Aもとどおりに鎮座するや音もなく扉が閉まる。
 「おっおい、今のはいったいなんだ?」
 「刺されなかったのか? 怪我はないのか?」
 過剰に心配げにうろたえる男どもを、沙羅はちらりとふりかえり、薄く微笑んで
みせた。
 「大聖歓喜天。もとはインドの神さまで、ガネーシャって呼ばれてたわ。象の頭
が特徴なの。うちのお母さんとは、まあそういう意味で親戚みたいなものね」
 はあ、と間抜けにうなずく俺を横目に、タツはなおも心配顔で
 「剣はどうしたんだ? あ? おまえ、怪我ねえのかよ、本当に」
 と聞く。
 すると、沙羅は胸のあたりをさし示し、
 「ここ」
 と短く答えた。
 江ノ島から持ってきた鏡が、そこにはあるだけだった。
 わけもわからず、声もなく見つめる俺たちに向けてもういちど沙羅はくすりと鼻
をならして笑ってみせたきり、ふりかえって再びのぼりはじめる。
 あわてて後を追いながら、タツが重ねて質問を口にしようとしたとき――
 獣のうなり声が、俺たちの足を停めさせた。
 がふ、がる、と、かなり興奮の体で縦横無尽にかけ巡っているようだ。それにあ
わせるようにしてあちこちで木の枝や土がざ、ざ、と音を立てる。さらに、あたり
一帯に立ちこめるイオン臭と、はじけるような雷撃の音。
 「偉大なる、預言者、ザール・トゥーシュよ」
 息を切らしつつとなえながら、絨毯に乗ったアブーカジェリフは自在に宙をすべ
り、その両手から次つぎにプラズマを放つ火球を放ちつづけていた。
 牙をむきだしにした黒い巨獣もまた、肥満体の魔法使いにおとらぬすばやさで地
を蹴り、木を蹴り、柵を乗りこえては目まぐるしく移動をくりかえす。
 相当苦戦しているようだ。かろうじて獣の牙にはかからずにすんでいるようだが、
それもこのまま持久戦がつづけば危ないところだろう。
 弓に矢をつがえる。
 とっくの昔に、タツの野郎も俺たちから数歩離れて、腰を落とし剣の柄に手をか
けている。
 が、矢を放つすきを見出せないまま俺は、横手からべつの一匹の強襲を受けてい
た。
 生臭い息がふりかかるほど近くに開いた。ぞろりと牙のならぶ口をさけて俺はど
さりと地面にたおれこむ。拍子に矢はあらぬ方へと飛び去った。夢中で弓をふりま
わし、今しも俺の喉をかみ裂こうとした片目の黒獣の胴を思いきりはり飛ばした。
 糞が、と口中ののしりながら地をころがって身を立てなおし、肉迫する黒犬に向
けて弓をふりまわしながら後退した。懐に手をやる。魔法のヒンジャルめ、またど
っかへお出かけ中だ。くそ、ひとをこんなところにひきずり出しておきながら。
 憎悪に燃える右眼がぴたりと俺に狙いをさだめたまま、がりがりとアスファルト
をけずって右に左に巨体をゆすりつつ、突進をくりかえす。
 またたく間に俺は、後退させられていた。弓をふりまわすが、敵のすばやさを追
いきれずに地を打つばかりだ。牙の強襲が迫るのをさけるので、手いっぱいだった。
 タツは腰を落とした姿勢のまま、とりわけ図体のでかい一匹と対峙した姿勢で凍
りついている。双方ともに、へたに動くことができない、といったところだろう。
沙羅はちゃっかりタツの背後にまわりこんで盛んに、がんばれだのそら今だだの、
口ばかりを動かしている。アブーカジェリフの方は、先までのように目まぐるしく
移動をくりかえしながら、駅向こうの踏切の向こう側まで、移動しつつあった。
 つまり、俺たちはどうやら分断されつつあるらしい。
 くそ、気にいらねえ。気にいらねえが、どうしようもない。何より、もっとも分
が悪いのは他ならぬこの俺なのだ。
 そうして俺はなすすべもなく、ただ牙を避けながら山側の斜面を登らされた。
 眼下にトンネルがあるのは、かつての電車道だろう。樹木と雑草が生い茂ってい
る。昔は道でもあったのだろうが、今じゃ草の中にうもれて踏みわけ跡ひとつ残っ
てはいない。
 俺自身の歩きにくさに加えて、敵の姿が草中に埋もれて見えなくなることも災い
していた。ざざざ、と丈高い雑草をゆらしつつ移動するのはわかるのだが、ふいに
それが静まりかえったと思ったら、思わぬ方角から黒い塊が飛びかかってきたりす
る。
 しかも、昨夜の雨と日あたりの悪さのせいか、地面がぬかるんでいた。何度もず
るずるとすべっては態勢を崩したり、尻もちをついたりした。そのたびに片目の黒
犬は俺の喉を狙って飛びかかってくる。弓と手で闇雲に払い退けるのも、いいかげ
ん限界かもしれない。だいいち、俺の手も弓もすでにズタズタに噛み裂かれてボロ
になりかけている。
 まずいな、と俺は一人ごち、手近の樹上に急いでのぼりはじめた。背をさらす形
になるが、あのまま雑草の中に埋もれていてもどうしようもない。
 案の定、ががうがうと荒い息を立てながら、背後から後ろ脚立ちで黒犬が襲いか
かってきた。ふくらはぎあたりを、爪で横なぐりにされるのをあわてて引きあげ、
ほとんど手だけで弓を下方にふるいながら、必死で枝から枝へとわたる。
 木肌を裂いて犬も後を追いかけてきたが、幸いなことにここでは奴の巨体が災い
したか、途中まで勢いでかけあがるだけで、それ以上はどうしても俺のところまで
迫れないようだ。
 俺は盛大に息を切らせながらも口端を歪め、へへへざまあみろと舌を出してみせ
た。黒獣はぎちぎちと牙をかみ鳴らしつつ、今にも血管ぶち切れそうなほど血走っ
た片眼を俺に向けていたが、やがてふいに雑草の中に埋もれた。
 ふん、と俺は鼻を鳴らすと、足場を確保するためにさらに少しばかり移動し、傷
を調べ、そして矢筒から三本、矢を抜いた。魔法の矢――<十月>、親父の分を持
ってきているが、こんなところで使う気はさらさらない。
 一本を弦に当て、残りの二本を指の股にはさみこんで保持しつつ、黒獣が姿を現
すのを待った。
 ふと眼下を見やると、横浜市南区の街なみが広がっていた。どうやらこの公園は
思ったよりずいぶんと高台にあるらしい。
 灰色のひび割れた街も、こうして遠目に眺めわたしてみると、まるであの崩壊の
一夜とそれにつづく悪夢がうそのように、平穏に静まりかえっている。ビルやら電
柱やらはところどころ崩れ落ちているのがわかったし、車、電車といった動くもの
がいっさい見あたらないのは奇妙だが、それでも、かつてと同じようにあの白い建
物のひとつひとつに、無数の人生がもつれあいもがきながら営まれているような錯
覚が俺をとらえていた。
 ち、と舌をうつ。
 この新世界を、けっこう気にいっているつもりでいたが、もしかしたらそれほど
でもないのかもしれない。
 とくに、妹のいない今は。
 気ままなその日ぐらしは、そのまま得体のしれない襲撃者から護ってくれる法律
も社会規範もない荒野だ。五年前までは、飢えや寒さに死にそうになることだって
一度としてなかった。明日食うものさえない未来の見えない空腹に苛まれる情けな
さなど、味わおうとしてもとうてい無理だったし、凍える季節に風邪をひいても温
かいふわふわの布団にもぐりこんでぬくぬくと眠ってさえいれば、生存の危機など
おとずれようはずもなかった。
 どうやら、すこし疲れているらしい。
 俺はため息をつき――ぎくりと、気をひきしめた。
 油断した。向かい側、五メートルほど離れてはいるが、いま俺がいる樹木よりは
枝数も多く曲がりくねった一本、つまり、足場の多い樹上に、例の片眼がとりつき
のぼりつつあったのだ。




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