AWC 「家族になりたい2」 (10/10) ■ 榊 ■


        
#2544/5495 長編
★タイトル (HHF     )  94/ 3/22  15:20  ( 89)
「家族になりたい2」 (10/10)  ■ 榊 ■
★内容

 帰り道に通る神社は、いつものように静かにただずんでいた。人はなく、鳥の高
い鳴き声と、葉の擦れあう音が流れてゆくだけだった。
 幾度となく歩いた境内の砂利道を、両手にビニール袋を抱えた二人がならび歩く。
二人の間に張り巡らされていた緊張の糸はだいぶ切れたものの、交わす言葉はなか
った。
 何をいったらいいのか解らない。
 相手の気持ちを推し量りかねて、胸に思いばかりを蓄えていく。ほんの些細な思
いも、降り積もる雪のように厚さを増し、胸が痛くなるのを感じていた。

 ざざっ ざっ ざざっ

 強い大きな足音が悟のもので、軽い音は水香のもの。
 髪が流れる音は水香のもの。
 大きな存在感は悟のもの。
 いつも当然のようにあったものが、今は強く感じられる。
 本堂の横を通り過ぎるとき、急に水香は方向を変え、手にもっていた袋を置いた
かと思うと、両手をあわせて祈りだした。
 何を祈っているのかは解らない。
 解らなくてもいいのかも知れない。
 ただ両足と背筋を綺麗にのばした小さな後ろ姿を見て、悟は遠くなっていくよう
な錯覚を憶えた。
 いや事実、水香はもうすぐ家を出る。
 二人の心の距離と、実際の距離が広まれば、もう二度ともとには戻れないことは
容易に理解できた。
 後悔が残る。
 心が重くなっていくのを感じる。
 しかし、悟はふと、何に対して後悔が残っているのか、よく解っていないことに
気づいた。
 何を後悔しているのか。
 好きになったことを?
 それとも唇が触れたことを?
 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
 その時、なぜか海の言葉を思い出し、そしてふと周りが明るくなるのを感じた。

「精いっぱいやれよ」

 水香が振り返り、二人は目を合わせた。
 少し緊張した水香の表情を見て、何かをいおうとしているのが解った。
 その前に、悟は言った。
「好きだ」
 低く、落ちついた声で一言。
 ほかに言う言葉はなかった。
 夕方を知らせるカラスが、かぁ……かぁ……と二人の上を横切っていく。
 神の前に、たった二人たたずむ。
 悟を見上げる水香の瞳から、大きな涙がこぼれ落ちていった。
 表情は変わらない。
 目を開けたまま、涙が頬を伝い土にしみこむ。
「こんなに男っぽいぞ」
 悟は首を横に振った。
「そこがいい」
「お前の友達にもいい顔できないぞ」
「かまわない」
「遊びも何も知らないし」
「水香からいろいろ教えてもらった」
 水香の涙は止まらず、大きく息を吸い込んで言った。
「家族には戻れないかも知れないぞ!」
「結婚すればいい。そうすれば、また家族になれる」
 水香は悟に抱きついた。
「オレの泣き顔を知ってるのは、お前だけなんだからな」
 表情を変えることなく過ごしてきた、海は笑顔を見せる人をみつけ、水香は泣き
顔を見せる人をみつけた。
 悟が身をかがめる。
 二人は瞳を閉じ、キスをした。


 五年たった春の日。
 水香は桜を見ていた。
 桜は枝を精いっぱいに伸ばし、数十年のときを経た風格をしっかりと備えていた。
 茶の節がかった枝は少しばかり垂れ下がり、大きな唐傘のように水香をおおう。
 そして桜はその身に、かぎりなく白にちかい紅色の花びらを幾千万とつけている。
 水香が細い指をついっとのばすと、その腕にそって花びらは流れ落ちた。
 空を見上げる。
 天高い空には月があり、その身から白い光が落とし、水香の薄く赤くぬった唇が
照らし浮かび上がらせた。
 水香は二十三になっていた。
 長い裾の青いスカートを自然に着こなし、髪は流れるほどにのびた。
 そして、
「水香姉さぁーん」
 玲の変わらず元気な声が響く。
 腕には生まれたての水香と悟の子供が抱かれていた。
 小さな生まれたての赤ちゃん。
 そして、その横には落ちついた雰囲気の悟と、さらに体格の良くなった海が。
 水香は笑顔のままで走った。
 家族のもとへ、と。


                                              「家族になりたい2」 終わり





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